04 この国の王様
「大丈夫大丈夫、無礼講でいいってことらしいから」
「無礼講ってそんなアホな……」
ディアの歩幅に合わせてついていく私の頭はもう混乱でぐっちゃぐちゃだ。
王様に会うって言われた。唐突に。何の準備もしていない。王様に会うためのマナーも言葉遣いもわからない。
そして私の故郷日本には王様はいなかった。天皇、と呼ばれている人たちがいたけれど、中学校で彼らは国の象徴そのものだと習う以外はよく知らない。
つまり王というものに免疫がないのだ。彼らが何をしているのかもわからないから気の利いた言葉の一つも言えないだろう。
「でもいきなり、どうして?」
「なかなか時間が空かなかったんだ。早くハルに会いたい会いたいっていつも言ってたよ」
「ご期待に応えられる気がしません……」
「いい意味で期待はしていないよ。肩の力を抜いて、素の君でいけば良い。アルカナという人物がどんな人柄なのかを知りたいらしいから」
歩く廊下の天井は高い。床には美しい絵画が描かれ、ところどころにいかにも高価そうな像が飾ってある。風通しがよく、どこからか花の匂いがした。
歩いていくと騎士団員が二人立っている重厚な造りの扉に当たった。ディアが軽く会釈するとその二人が扉を開く。無言で中に入るように促されて、緊張で胃を痛めながらも足を動かした。
扉の向こう、天井からは大きなシャンデリラがぶら下がっている。蝋燭に灯された火が繊細な細工の中で眩しく光って見えた。
「……」
「ハル、安心して。ここまだ控室だから」
強張った顔の表情筋から力を抜くと、ディアが人差し指を立てて爽やかに言う。
「まあこの次の次が謁見の間になるわけなんだけども」
「げっ」
「そんな不安そうな顔しないで。なんたって僕の親だから。気さくな人たちだよ」
確かに考えてみれば目の前にいる天使のような男の親なのだ。天使の親が必ずしも天使とは限らないけれど、まさか閻魔みたいな人ではないだろう。
にこにこと笑うディアに背中を押されてもう一度ドアをくぐる。相変わらずだだっ広い部屋に、人口密度は少ない。
「じゃあ、よろしく頼んだよ」
「えっ、ディアは!?」
「僕はエルナイトさんに呼ばれてるから行かなくちゃ。それにハルだけ呼んで来いって言われてるから」
―――ななな、なんてこったーい!
あからさまに不安と驚きの表情を剥き出したためにどうやらディアは私の心情を悟ったらしい。悟ったらしいがそれでもやっぱり業務に戻るらしい。
「ごめんね、それに王にも来るなって言われちゃってるからさ」
「う、うん……」
連れ去られたわりに鬼畜にも王様の前に放り出されてしまうとは、友人は天使と見せかけて実は鬼だったらしい。
っていうか王様とマンツーマンか……考えるだけで頭が痛い。
「じゃっ、任せたよ!」
「えっ、ちょ」
逃げるように走り出て行った(というか多分逃げた)ディアを追う気力も無く、とりあえず謁見の間に続くドアを見上げる。
息を大きく吐いて額にかいた汗を拭う。見上げる扉は旧図書室の物に似ているけど、こちらの方がずっと綺麗だ。
―――これは、ノックするべきなんだろうか?
目を瞑って気持ちを落ち着かせノックをしようと手を伸ばした時、ひとりでに扉が開いた。
呆然とする私を前に扉は向こう側に大開きになる。
床に敷かれた赤い絨毯には金の模様があつらえてあり、それを目で追うと数段上った先に人の足が見えた。分厚い、これまた鮮烈な赤色の布で仕切られてその人の顔はここからじゃ見えない。
「入りたまえ」
仕切り布の内側からくぐもって聞こえた声は柔らかいながらもはっきりとした声だ。
「失礼します」
こちらの姿は見えていないだろうが、出来る限り背筋を伸ばし一歩を踏み出す。いつも聞こえる足音は絨毯に吸収されて心寂しい気分になる。
天井にはこれまた大きなシャンデリラが吊るされている。等間隔の滑らかな柱と、その合間には長い布が垂らされていた。視界の端でわかることはそれくらい、視線は前方にいるその人に向けられる。
背後で扉の閉まる音がした。騒々しくは無かったが振り返ってみるとその扉を開けてくれたであろう人の姿は無かった。
「突然呼んですまなかったね」
唐突に話を振られ「いえ」と情けない声で返事する。この部屋の全体図はどうやら楕円のようだ。幅が広く縦は短い。扉からその人の座る場所まで距離にして二十メートルほど。
「いつも愚息が世話になっているようだ」
「いえっ、こちらこそいつもお世話になっておりますっ」
その人が座っていた椅子から立ち上がる。その椅子の豪奢なこと、豪奢だが椅子自体に他人を寄せ付けない重みがある。
玉座、だ。
「君の名前を改めて聞かせてもらってもいいかな?」
「ハルです。七瀬ハル」
「そうだった。ハルさん」
その人が仕切り布をさっと払った。玉座に続く小さな階段を軽々と下りてきたその男性を見て驚きで一瞬言葉が出なかった。
「はじめまして、私がトゥールーズ二十四代国王のクローリアだ。よろしく」
私の目の前まで歩いてきて片手を差し出したその人物。同じように片手を出して握手をする。
―――身長高っ……!
王様は身長百六十五センチの私が見上げて首が痛くなるほどに長身な人だった。どうりで座っていても座高が高いから顔が見えにくいわけだ。恐らく二メートル近い。
「こんな大男で驚いたかな?」
「い、いえ、そんなことは……」
笑った顔はやはりディアに似ていた。揃えられた髭と彫りの深い顔、碧眼に銀髪。がっしりした体躯のせいか必要以上の巨体に見えるが外見で言えば「ダンディーなおじさん」って感じだ。
一切の汚れの無い白い衣装、胸元にあるのは国章だろう。立ち姿は凛としていて、胸には赤い襷がかけてある。
「立ち話もなんだから座ろうか」
王様が指を鳴らすとまるで明りが付いたように突然机と椅子が現れた。丁度私たちの真横、テーブルの上にはおやつなのかシュークリームものっている。
「実は甘い物が好きなんだ」
笑いながら椅子を引いた王様が「どうぞ」とそこに座るように促す。いやでも明らかにあの構えはエスコートの構えだ。王様に椅子を引いていただくなんて恐れ多い。
「まあまあそんな顔しないで、これくらいは男性の嗜みだから」
先程からの絶えない笑顔に負け失礼します、と言いながら椅子に座る。続いて王様も席につき、食事前の号令をしてシュークリームを頬張った。その衣装でシュークリームか……不自然全開だ。
「んー、やっぱり甘い物はいいもんだ。どうぞ、食べて食べて」
「あっはい、いただきます」
―――この人が、王様なのか……。
なんだか想像と全然違う。もっと荘厳で、鷹のような目つきの老人をイメージしていた。現実と想像のギャップが激しすぎる、なんて考えながらシュークリームを一口。
「ん!」
「どうだい? おいしいだろう」
ブンブン首を縦に振って頷く。クリームの滑らかさと外側の皮の程良い固さ。お菓子を久々に食べたからかもしれないが、すごく美味しい。
「それにしても、なんだか想像と違ったなぁ」
「はい?」
「息子から聞いていたナナセハルさん、という人はもっと男らしい人だと思っていたよ。例えば初対面で騎士団の団長に平手打ちした、とか」
そういえば私、初めてここに来た時に女装した男と勘違いされて服を脱がされそうになったことがあったんだった。その時にエルガーの頬に一発叩きこんだ思い出が……
―――ディア、そんなことまで喋ってたんかいいいい!
「甘い物が好きなあたりは普通の女性だね。ここに来てから生活の不自由はないかい?」
「はい、全然。皆さんに親切にしてもらっています」
大丈夫大丈夫、リラックスだ私。粗相をしないようにってことだけ。それだけ考えて無駄に動かないようにしよう。ディアから私の話が筒抜けだったのは予想外だったけれど。
「騎士団はどうかな? 初の女性騎士だし、色々と不安もあると思うけど……」
「いえ、楽しくて充実してます。はい」
こう考えると異世界に来てからも人に恵まれていたなぁと感慨深くなるものだが、王様は少し眉を下げた。
「君はウォーターフォードの神を救うために召喚された、と預言書と預言書の守り番が証言している」
「はい」
「ただ、心配なことが一つあってね」
「はい」
「騎士団は危険な仕事だ。もし君がこの世界の救世主であるならば、騎士団という職種を与えることにウォーターフォードの存亡がかかってくることになる」
顎髭に触れてそう告げる王様の目は私をじっと見据えている。その表情を見ながら目を話さずこちらも頷く。
「物は相談なんだが……騎士団を辞めるつもりはないかい?」
―――……え?
王様から解雇されそうになってる主人公をお届けしました。
シュークリームのこと考えて書いてたらお腹空きました。
ここまでよんでくださりありがとうございます。