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アルカナの行方  作者: ほされた葡萄
第4章 歴史の国
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02 年増と若さ



「ナナセ隊員が見当たらんな」


 と騎士団の第一隊に属する隊員たちが口々にそう言い出したのは、アマルテアから帰って三日後の訓練日のことだった。


 午後から交代で城内の警備に配属される予定だった彼らは、ちらりと団長であるエルガーの様子を伺う。最近になって隊に馴染んできた「ナナセ隊員」は皆の妹分(弟分)のような存在で、黒髪の黒い瞳の特異な外見から兎に角目立つのだ。


「団長、ナナセ隊員の姿が見えませんが」

「……あいつは今専属教師のもとで修行中だ。心配しなくてもそのうち戻って来る」

「は、はあ……」


 専属教師のもとで修行中って……一体何があったんだ?

 隊員たちは首を捻りながら、仕方なく自分の持ち場に向かった。



           ―――――――――――――――――――



「はいダメー」

「はいまたダメー」

「ほら何疲れてんのよ」

「隙だらけよー」


 青空に剣が吸い込まれた。

 かと思ったらまた近付いてきた。

 風を切って地面に突きたった真剣。刺さった場所は私の真後ろ。ドラゴンの宿舎の前にある広い空間、柔らかく光る芝生が広がったそこでエミーさんは私の目の前に仁王立ち。


 一方地面に座り込んだ私はとりあえず息を吸って吐くことしかできない。正確に言うと軽い酸欠状態で一刻も早く体中に酸素を取り込もうと勝手に喉が開いてしまう。


―――本物のスパルタ……!


 金髪の女嫌いな美女・エミーさんに剣の先生をやってもらうということで落ち着いた話。おばさん呼ばわりされたことをまだ根に持っているのか彼女の指導(?)は予想以上にスパルタだった。


 二時間の打ち合い。しかも真剣。防具は剣のみで襲いかかられることがどれだけ恐ろしく精神をすり減らすのか身をもって知ることになる。

 頭の中の想像上の痛みが本能的に切っ先を恐れる。多分人という生き物はそういう風にプログラムされているのだろう。幾分及び腰になってしまうのは仕方が無いことの気がする。


―――びっくりするほど疲れる。足も手も震えて使いものにならなそう。


「二時間連続って……はあ、んな阿呆な……」

「まだまだ体力がなってないわねー。お若いのに随分と非力ですこと」


 皮肉られて言われても今は言い返す余地も無い。エミーさんは剣の先を座り込む私に向けたまま厳しい言葉を放つ。


「あんたそれで騎士団なんぞにいて恥ずかしくないわけ? っていうかどんな理由があって配属されたのか全ッ然わかんないんだけど」


 金髪を振り払い面倒そうに告げられたことにいかんせん腹は立つ。でも言っていることは間違ってはいない。

 確かにエミーさんは二時間の打ち合いをしてもほとんど息を乱していない。これは単に私が弱く軟弱だからかもしれない。


「なんでアタシが子守りしなくちゃならないのよ。とりあえずアンタ、体力無いんだから城門の内側三周」

「……三?」

「聞こえなかった? 三周よ、三周。外周よりは軽いもんでしょ? 門番が歩くために城壁に沿って小道があるの。同じ道を三回走ればいいだけだから」


 この城だけで相当な面積がある。一周を測ったことは無いけれど……予想が当たるとすれば十キロはかたい。おそらくそれ以上、もしかしたら倍かもしれない。


「そんな青い顔しないで頂戴。まだ昼前よ、夕ご飯までにはきっと間に合うから頑張ってね」


 こんな時に限ってとてつもなく良い笑顔を残しエミーさんは剣を仕舞う。表情に恨めしさが滲みでていた。


―――しかし仮にも今はこの人が師範。嫌がらせだとしても言う事は絶対だ。


 今までだって師範には必ず従うようにしてきた。どんなに性格が悪かろうと腕を認めた相手ならばその技を見、盗むに他ならない。今回のエミーさんも、強いといえば強いんだ。自分をさらに磨くチャンスになる。


 だけどやっぱり城外三周は走る前から重く感じる距離だった。



           ―――――――――――――――――――



「で、ハル様はこんなところで倒れてらっしゃったわけですわね?」


 日が暮れた時刻、スカートの裾を丁寧に折り畳んだロズが呆れたように私の顔を覗き込んだ。

 城内から漏れる光を一身に浴びていると、香ばしい匂いが鼻をついた。そういえばもう晩ごはんの時間帯だ。それに呼応して空きっ腹が凄まじい音をたてる。


「とりあえずハル様、動けますか」

「……動けないこともない……」


 干からびた声を上げると、ロズは何やら肩からかけていたバッグを漁り瓶を一本取り出して寝転がる私に差し出してきた。


「今はこんなものしかありませんが、なんとか体力を回復してください」

「うう、お恵み感謝する……」


 ありがたくロズの手から瓶を受け取り上半身を起こそうとしてまず痛んだのが背筋だった。反り上がってきた痛み、これは尋常ではない。


「くっそう……あの女嫌いめ……いつか顔に引っかき傷つくってやる」


 毒づきながらなんとか起き上がり瓶の蓋を剥がして唇をつける。渇いた喉に滑り落ちたそれは水だったけど冷たく旨く感じた。


「それにしても、またすごい方に剣を習うことになりましたわね。エミリア様と言ったらあの有名な女嫌いの竜騎士団団長。そんな方に挑んでいくなんて果敢で素敵ですわハル様」


―――いや成り行きで決まっちゃったようなものだからね……!


 とは言えず無言で水を飲み干す。汗で絞れるほど濡れた制服とへばりついた髪をまずなんとかしよう。その為には部屋に戻った方が良さそうだ。


「そういえばルーは?」

「ああ、なんだか最近残業続きのようで」

「そうなんだ。大変だね、メイドさんも」


 座ったまま言うと、しゃがんだロズの表情が僅かに翳った。


「……どうかしたの?」

「いえ、なんでもありませんわ。とりあえずお部屋までお送りしますわよ」


 手を差し伸ばされたので言葉に甘えてその手を握る。立ち上がってもう一度ロズを窺うと先程の表情はもう無かった。



おそくなりました。すいません。

こんなたらたらしているスローペースなお話ですが、読んでくださっている方ありがとうございます。

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