20 VSサソリ
ついに主人公VSサソリです
サソリがハサミを振り上げる。ギラリとその切っ先が青く反射して光った。
「ぎゃあああああ――――――っっ!?」
「落ち着け!」
そうだった今は穴の中だったんだ。エルガーに襟首を掴まれて後ろに引っ張られ、大きく尻餅をついた一瞬後に目の前にハサミが叩きつけられた。しかも洞穴の入口を大きく抉って。
「どわあああああああ―――――!?」
裏返った私のブーツを掠めたハサミは近くで見ると更に巨大に見える。なんていっている場合ではなくて!
「立て!」
上司の鋭い命令に反射で立ち上がっていきなり左に突き飛ばされる。ハサミを踏みつけて勢い良く左に飛び出した私は若干転びそうになりつつサソリフィールドの中に着地した。
「お前はそっちの階段から獅子像に向かえ!」
エルガーが地面に埋まったサソリのハサミを剣で叩くと金属音がまるで戦いの合図のように響き渡った。
軽い攻撃はサソリの甲羅を傷つけるには至らないが、視線はエルガーを追う。どうやら誘導しているらしい。
その隙に私は出来る限りのスピードで左側の階段を目指す。腰に固定した剣は重く、足腰に大きく負担をかける。サソリはエルガーを追い、いくつもある脚が蠢いて身体の進行方向を変えた。私から見たら丁度背中が見える位置だ。
―――っと、早く獅子像のところに行かなくちゃ!
ようやく階段に辿りつき、そこから一段抜かしで駆け上がって行く。獅子像はフィールドから一段高いところ、階段をもう少し上って中央だ、まだまだ遠いな。
階段を上っているとエルガーがサソリに応戦している様子が遠目に見える。身長百八十の成人男性でさえあの体格差だ。私なんか戦おうとも思わない。
―――早く獅子像に行ってあの瞼をどうにかしなきゃ!
少しの焦りで獅子像を仰ぎ見た時、右耳から床やら階段を破壊する音が聞こえた。見てみるとサソリのハサミが階段に突き刺さって……いるわけじゃなく、喰い込んでいた。
どうやら無謀にも階段を切ろうとしたらしいが、巨大ハサミを持ってしてもそれは無理だったらしい。すると対になっているハサミが横に薙がれ、その合間を縫って軽快にエルガーがサソリに近付いた。
「うっわ、危ないな……」
とりあえずあれはエルガーに任せておいて大丈夫だろう。そうしている間に獅子像の下にたどり着いた。
瞼と口を結んでいる獅子の表情は穏やかで、息を切らせてその金色の表面に手をつく。この瞼をどうにか開けなきゃいけない。
―――登ろう!
とりあえずここは登るところだ、と私の勘が告げている。なんとかして獅子像の瞼までいけば剣を使って無理にでもこじ開けられるかもしれない。
誰も手入れしていないはずなのに獅子像には蔦の一本も巻きついてはいなかった。それどころか傷一つないくらいだ。
「……」
ただ私には高所恐怖症という名の要らん装備がついているのだった。
―――ええい、ここで怯んでどうする! 何か楽しいことを考えながら登ればオールオッケー! 大丈夫、いける!
まず獅子の前足に手をかけ身体を引き上げる。表面は綺麗だがライオンの毛並みを象って繊細に刻まれた模様のおかげでなんとか手足を引っ掛けることができた。
それにしてもこのライオンも結構な大きさだ、サソリといい勝負……でもここからどうやって「道は続き導かん」に繋がるんだろう。
「おっこいしょ」
ようやく獅子の顔部分まで登ってくることができた。頬のたてがみから緩やかなカーブを描く鼻の上へと移動して落ちない間にまたがる。足でしっかりライオンの鼻を挟んで、出来心でそっと下を見てみる。
―――うひょおおお、高いいいい!
だいたい高さにして四、五メートル。ここから落ちたら死にはしないものの絶対痛いことには間違いない……やっぱり訂正。打ち所が悪かったら死ぬかもしれない。
身を乗り出して右手に持っていた剣を獅子像の閉じられた瞼の隙間に突き立てた。
固い。
―――びくともしないか。
足だけで体重を支えて上半身は瞼に剣を刺すだけで精一杯だ。背後からはサソリが大暴れしている音、早く目を開かせないとエルガーが大変なことになってしまう。
「開きそうにないな……」
剣を刺してテコの原理でなんとか金属の重たそうな瞼を開けようとするけれどどう頑張っても開かない。錆びついているんだろうか?
「―――っ!」
―――え?
後ろから声が聞こえた気がした。
エルガーの声なのは確かだ。何と言っているのかはわからなかったけれど。
大きな地響きと共に巨大な存在感も近付いてくる。振り返った時には視界いっぱいにサソリの姿が入り込んできた。片方のハサミを振り上げている。
―――嘘、エルガーは!?
叫ぼうとして恐怖で悲鳴が引っ込み、自分でもわかるくらい大きく目を見開いた。ハサミが叩き落とされる瞬間に剣を握っていた両手が滑って、体重のバランスを落ちつける場所がなくなってしまった。
「ハル!」
視界が反転して足元の感覚が消える。剣の柄に右手の指先が掠った気がした。
―――――――――――――――――――
「そこにいるのは誰なのですか」
凛とした女性の声が狭く暗い闇の中に響き渡った。
やがて視界の中心に青くぼんやりとした光が灯り、周囲の風景が滲んで見えてくる。
「答えなさい」
女性の声が鋭くなった。
青い光に向かって歩いていくと、その中央には岩が生えているのがわかった。鈴の音と風を切る音の中で岩に座る人影がゆっくりと地面に降り立つ。
「答えなさい」
先ほどから声を発しているのはこの人影なのか。そして質問を受けている人影は―――見当たらない。
「そこの者!」
「……え?」
正面を向いた女性の視線ははっきりと私に集中していた。
―――あれ、私生きてる? 獅子像から落ちて……どうなった?
腰を確認すると剣は無かった。掌を見ると、自分のものとは思えないほど血色がなくまるで幽霊みたいだ。
「あ、えっと……どちら様ですか?」
「……私はこの森を統治する精霊です。名はありません」
「精霊?」
女性のシルエットが段々と細かく見えてくる。長い白髪をかんざしのような物で留めていて、肌も透けるように白かった。印象的なのは吊り上がった青い瞳。胸元を隠す鎧と腰元に巻かれた布を見ると精霊というよりはフラダンサーという感じだ。
露出度高いわ!
「して、そなたは一体どこから入り込んだのですか」
「いやそれが自分でもどうやってここに来たのか……わからないと言いますか……」
美人な精霊さんに会いに来たわけじゃないし何より私は元々サソリに襲われていたはずなのに……瞬間移動だろうか?
「あの、ここがどこなのかわかりますか?」
「ここは……そうですね。昔からある神殿のうちの一つです」
「神殿?」
「もともとこの青の森の中には沢山の魔物がいるのですが、それを利用してこの奥深い森の地下に神殿を作ったのです。私はあくまでここにいるだけですが、敵が来た時はその敵から大切なものを守ることが主に課された役目」
大切なものを守ることが役目……ってことは恐らくここに預言書があるんだろう。でもこの人と岩以外に預言書はありそうにない。
「しかしここ最近になって急に魔物たちの動きが大きくなってきました。この神殿は巨大で傷のつかない獅子像に守られているものの、魔物がいつ入ってくるか」
「獅子像……獅子像!?」
―――じゃあここは獅子像の中!?
でもどうやって……私が落ちた時には獅子像の瞼は開いていなかったはずだ。なんの仕掛けも解いていないのに中に入れるわけない。
「あなた、体が……」
「え?」
精霊さんが驚愕の表情でこちらを見てくるので自分の身体を見下ろしてみると、さっきまでしっかり色の付いていた全身がうっすらと透けている。
「ええ!?」
「どうやらあなたは魂だけでここに入り込んできたようですね」
「魂!? じゃあ私今幽体離脱してる状態ってことじゃ……」
つまり体は外、サソリの危険に今なお晒されてるってことじゃないか! 動けないのに!
「すいません、この獅子像に入るには一体どうすればいいのか知っていますか!? 外で仲間が待ってるんです!」
「簡単です。獅子像を起こせばいいのですよ」
瞼に剣刺しても目開かなかったのにそんな無茶な!
「その起こし方を教えてほしいんですけど……」
どんどんと体は透けていく。駄目だ間に合わない、後頭部から暗闇の方向へ強く引かれて精霊さんの姿が歪んだ。
「歌を」
―――――――――――――――――――
―――うた?
金色の巨大な何かが視界を埋め、そこに青い別の物がぶつかった。少し遅れて金属音が頭の中に響いてくる。
「う……」
頭が重い。
視界がぼやけて二重に、しかもスローモーションに見えた。ぶつかりあったものなのが何なのか理解するのに時間がかかる。
うつ伏せに寝転がっている。真っすぐに前を見ると視線は揺らぐが金色の肖像……獅子像の前足が見えた。
―――起きろ!
額の辺りがじっとりして酷く痛い。だけど起きなければ、起きなければサソリに叩きつぶされちゃうんだぞハル!
手を握りしめて自由の利かない体を起こすけれど、どうにもバランスが取れずにふらついた。そのままなんとかその場から離れようと走るけど、背後からはサソリの強烈な視線を感じる。
―――剣、は置いてきちゃった……!
獅子像を仰ぎ見ると彼の右目には剣が刺さったままだった。そこへサソリのハサミが近付いてくる。
「くっそ!」
悪態をついて階段をショートカットしサソリフィールドに飛び下りる。自分の身長より高い場所からひょいひょいダイブできるようになって……私も普通の女子高生から大きく遠のいたと実感してしまった。
ハサミを空振してくれている隙にエルガーが尾のほうからサソリの本体に上ったらしい。
待て、これは私完全なる餌フラグ。
「エルガー!? 私は!?」
「走れ!」
「うえええ!?」
剣が無い分走りやすいけど早くなんとかしてくれないと私喰われる! しかも相当痛いしその前に死ぬわ!
だけどいくら鬼畜な上司でも仕事はやっぱり早い。いっきにサソリの頭部まで上り詰め剣を逆手に上げて、一息に瞳に向かって振り下ろす。人間の悲鳴みたいに鮮明な絶叫が鼓膜を貫いた。
―――鼓膜が破れそうだ……!
ブンブン強く頭を振ったサソリからエルガーが軽快に下りて距離を取る。潰れた片目は敵ながら痛々しく可哀想になってしまうが、怒気を含んだもう片方の目がこちらに向けられた途端に自分の立場を思い出した。
「ひいいいいいい!」
と情けない悲鳴が口からダダ漏れになってしまうくらいには恐い。
―――あの一瞬の白昼夢で精霊さんは「歌を」と言っていた。つまりそれって二、三回くらいしか聞いたことのない曲を歌えってこと!?
「えっと、一小節目……く、黒い海にひかるいしー!」
「歌ってないでまず避けろ!」
「そんなこと言ったって!」
サソリが尾をのけぞらせ少し膨らんだ節の先をこちらに向けてくる。
「何!?」
「隠れろ!」
尾の先から何かが飛び出して避けた私の足元を直撃する。そして強い酸性の香りと地面の紋様が焼ける音、更には白煙。
「ぎゃああああ! なんっじゃこりゃあああああああっ!」
「毒液だ」
冷静な分析してないで助けてよ!
いかにも強そうなこの毒液、地面までも溶かすってことは直撃したら死はまぬがれない。
するとエルガーが唇に指を添えて、羊飼いが羊を呼びよせるように大きく口笛を吹いた。それに誘われてエルガーを見たサソリに彼は無情にも剣をぶん投げた。
―――槍投げかい!
重たい剣を肩と腕の力だけで投げたのにエルガーの顔はいつも通り涼やかだ。そして投げられた剣は抜群のコントロールのお陰で無事(?)サソリの残っていた方の目を貫いた。
「獅子像に行け」
「え……でも!」
今は私どころかエルガーも丸腰なのにどうやってサソリと戦うの……という疑問はすぐに打ち消された。エルガーがブーツの内側からナイフを取り出したからだ。
「さっさと行け」
「あ、うん」
その光景を見てしまったからか未練なく階段を駆け上がる。後ろでサソリの暴れるなか、獅子像の真下に辿りつく。
―――歌詞……歌詞は……
獅子像の中から僅かに旋律が聞こえてくる。何度も聞いてきたこの声、精霊さんのものに似ている。
「 黒い海に光る石
銀色の糸を引く神の指
砂中に眠る全てを吸い
ヴェネが再び宿すだろう
神の社の奥深く
そこに眠るは金の獅子
二つの瞼が瞬けば
道は続き導かん 」
歌えた。
「あれ、歌えた?」
旋律に合わせただからだろうか?
すると突然上から剣が落ちてきて私の真横で跳ねた。私の剣、獅子像の瞼に挟まっていたはずの剣だった。
見上げると獅子像の瞼がゆっくりと開き、同時に鎮座する獅子像の前足の間に細い線が入る。やがて線は濃くなり、石の擦れる音がして床がずれ穴が姿を現した。
「道は続き導かん……ってことか」
穴の中には深くまで階段が続いていて奥はよく見えない。
「エルガー! 開いたよ!」
サソリに応戦していたエルガーを呼ぶと私の声に反応してサソリまでもがこっちを向いた。また尻尾をのけぞらせて毒液の準備をしている。
サソリの頭に乗っていたエルガーは目に刺さっていた剣を抜きそこから飛び下りてこちらに走って来る。足音を追ってサソリもやってくる。
「はやく!」
剣身を鞘に収めてぐんぐんと近付くエルガーはいいんだけど問題はサソリだ。あいつがこんなところまで来たら正直すごく困る。エルガーを手伝おうと手を差し伸べるけど。
獅子像の下から高低差二メートルほどある段差に手をかけて私の手助けをことごとくスルーして、あっさりよじ登った。
「行くぞ」
「……了解」
サソリが勢い余って獅子像に向かって突っ込んでくる前に、私たちは穴の中へ踏み入った。
主人公VSというよりはエルガーVSでした。
今回も死亡フラグたっぷりのハルちゃんでお届けしました。
大急ぎで書いたので誤字脱字文章のおかしいところ等あるかもしれないので、見つけたときは報告くださるとありがたいです(*´∀`*)
ここまで読んでくださりありがとうございました_(._.)_