03 独房脱出大作戦!
と、いうわけで。
私は今現在ドアの前で、必死にカンテラに手を伸ばしている状態だ。
作戦① 視界を悪くするためにカンテラの火を消す!
金属の棒の先に引っかかるカンテラを取るのには背伸びをしてもジャンプをしても高さが足りない。そこでコートを脱いで折り畳んだ。
分厚いコートを畳むと、それは結構な固さになる。それを手に持つとコートの先は余裕でカンテラの底に届いた。
あとはこれを押し上げて落ちる前に見事キャッチ、中の火を消せばOK!
ところが。
「あ」
カンテラが落ちそうになったのでコートを手放しキャッチ。
しかし火の着いた金属製カンテラは人間の皮膚では耐えられない熱を持っていた。
指先にカンテラが触れた瞬間
「ぎゃああぁ―――――っっ!」
私は思わず空中にそれを投げていた。
すぐに重力によって地面に引き戻されたそれが派手な音を立てて壊れる。
しかし同時に火も消えたらしい。独房の中は闇に包まれた。勿論この闇も計画通り。
作戦② カンテラの掛かっていた棒に上る!
一番重要なところはここだ。この棒に上り、ドアが開いて誰かが入ってきた瞬間飛び降りてドアから脱走。誰もこんなところに隠れているなんて思わないだろう。
未だに熱い指先をセーラー服に擦りつける。そうしなければ、指先のかゆさを抑えきれなさそうだった。霜焼けなのか火傷なのかわからないが両手の先がピリピリする。
目指す棒は鉄棒程の太さで長さは五十センチほど。奥まで照らせるように長くしたんだろうけどかえってアダとなったな! フハハハ! これならなんとか許容範囲だ!
無論この身長で届くとは思っていない。
私はコートを棒に引っかけ両端を無理やり左手に巻きつけた。
―――うう、ワキ裂けそう!
足を上げて凹凸が目立つ金属の扉にかける。今はスカートだけどパンツなんてどうせ誰にも見られないんだしいっか! よやく右手で棒を掴み、そのまま勢いをつけて足も掛けてしまう。
こんな木にぶら下がったナマケモノ状態の私、誰かに見られたらお嫁にいけないわ。いや、今まで婿に来てとしか言われたことないけど。主に女子に。
手足を入れ替えれば準備完了! 後は体を起こすだけだ。コートがちょっと邪魔だけれど、と手足にぐっと力を入れて棒を中心に体を起こす。
しかし。
本当に残念なことが起きた。
「おい、灯りが消えてるぞ!」
外にいた誰かが独房の異変に気がついてしまったのだ。
―――うそ、やばい!
とっさに回収しようと太ももで踏んでいたコートに手を伸ばしたその時、がちゃん! と慌ただしい音と共に誰かが飛び込んでくる。
ドアの真上から突き出ている棒に座っている私。そしてそこから垂れ下がる黒いコート。
入ってきた人影は、頭にコートが絡まったらしく走ったままの勢いで転倒した。
いや、笑いごとじゃない。入ってきた人物は転んだ方を除いてもう一人いたのだ。大柄で、今にも筋肉が弾けそうなムチムチの男が。
しかし幸か不幸か、黒いコートを取られバランスを崩した私は悲鳴を上げながら棒を中心にグルンと一回転してしまったのである。その際に、真下にいた大柄男の顔に革靴を履いた私の踵が見事
大 激 突 !
ごっ、とまるで鈍器で殴ったような音がして彼の首が変な方向によれた。かと思うと呆気なく地面に倒れる。
一方私はバランスこそ崩したものの、足だけでなんとか棒に掴まっている状態で難を逃れた。
「い、今のうちに……!」
棒から下りると同時に黒いコートでぐるぐる巻きになった―――なんと人を散々馬鹿にしたあの金髪の青年が私を見て目を見開く。
「お前!」
「わああああ! ごめんなさいごめんなさい!」
だけど私は逃げたいんだ。
横たわっている大柄の男を見ると、腰に差してある剣が目についた。武器があればこの先役に立つに違いない。
「やめろ!」
制止の声を無視しその剣を掴んでベルトから抜く。予想以上の重さだったそれを抱きしめるようにして青年に背を向け独房から出た。
右も左もわからない、石の積み上げられた冷えた廊下を一人走っていく。一体どこで人に見つかるか、そんな恐怖と一本の剣を抱えながら適当な角を曲がったその時。
歩いてきた二つの人影に止めたくなくても足が止まった。
―――ひっ……!
漆黒の外套を胸元のブローチで留めた二人の人間は、こっちを見て同時に言葉を無くした。さっきまで独房で寝っ転がってた不審者が剣などという物騒なものを持って廊下を走っているのだから当たり前の反応なのかもしれない。
しかも片方はあの「団長」で、その隣には金髪碧眼の青年が立っている。だが今は外見的特徴を並べられる余裕などない。
硬直した私の目の前に、銀色の何かが突き付けられた。
近すぎて何かわからない。
けれど「団長」の手の中から伸びるそれと、彼の放つ殺気からしてこれって。
剣じゃない?
私は本能に従うままに後ずさった。思った通り銀の光を閃かせたそれは紛れもない剣だった。生身の刃物を向けられたのは生まれて初めてでさっきよりもよほどじっとりした汗が背中を流れる。
「どうした? 貴様わざわざ独房から逃げ出してきたんだろう? 抵抗しないのか、その腕に持っているやつで」
―――「団長」めっちゃこええ!
しかし彼の言った通り、私は独房から逃げ出してきた身だ。なんとしてでもこの殺気メーカーから逃れなければ、私に未来はないっ! この人に背中を向けたらぶすっとやられちゃいそうだし!
震える手で剣を抜こうとすると鞘が勝手に落ちた。予想以上の重量に矛先は定まらないし二の腕が痛い。
まさか本当に斬られたりしないよね? 平和なご時世のこの日本で、こんな危なっかしい剣でぶすっなんてそんな笑えちゃうようなこと。
いや、笑えないわ。
「団長」の行動に彼の背後に立っていた青い瞳の青年も肩を竦める。いや、呆れた顔してないでこれ止めて下さい。今の状況からして止められるのどう見てもあなただけなんですけど。
そんな心の叫びも空しく、誰もこの展開を止めてくれる人はいない。
―――ええい、こうなったらかつてやっていた剣道の記憶を呼び起こして「団長」を打破して脱走するしかない!
と。
意気込んだ私は、腰を据えた。