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アルカナの行方  作者: ほされた葡萄
第3章 青の森
39/48

19 巨大生物襲撃


 ウォーターフォードに来て早一ヶ月。

 探索は二回目。ちょっと男顔なだけの普通の女子高生で通っていた私は、今異世界でものすごいピンチに遭遇している。


 もちろん帰宅途中にトリップしたことがまず不測の事態、それから地下牢、騎士団、廃神殿での動く骸骨、ここまでの道中にて出現した巨大ムカデやらなにやら―――この異世界に関わってからは平穏のほうが少ない。


 けど。

 なんというか、これは最大級のピンチです、はい。


 現在地青の森地下。


 右を見れば巨大サソリ(裏返し)。

 左を見れば巨大サソリ(右のものより一回り大きめ)。

 その間を走るエルガーと私。


 今までの事態から推測するに

 サソリ同士で喧嘩→片方のサソリが吹き飛ばされる→根っこを横倒しにしつつ土壁に激突、という流れだろう。


 幸いなことに左のサソリも右のサソリも、喧嘩に夢中で私たちの存在には気がついていない様子だ。自分たちの体が大きいわけだし、視界の隅でちょこまか動くものなんかに目をくれてる暇はないんだろう。


 と、剥ぎ取られた根の切り株から他のそれへと飛び移りつつ冷静に分析した私。相当気が動転しているのが自分でもわかる。ここまでくると逆に冷静になる。


 その瞬間だった。


 がっ


「ぶっ」


 腹に何かが激突。

 私たちは元々木の根の間に潜んでいたわけで、身を隠すものがなくなった―――ちなみにエルガーが私を押さえてくれなければ、飛んできたサソリで木の根と一緒に頭はまるごと消えていただろう―――からまだ残っている蜘蛛の巣根っこに隠れようと走っていたわけだけども。


 蜘蛛の巣状の根って言ったら、やっぱり立体的。登りやすそうな太い根っこが乱立しているわけだから。


 そこに向かって前も見ずに突っ込んだら当たり前だけど、体のどこかしらをぶつけるに決まってる。

 ということで今回は腹部を強打した。


「ハル、大丈夫か」

「だ、大丈夫、です……」


 エルガーに難なく蜘蛛の巣根っこの中に引きずり込まれ、腹を押さえて溜息をつく。一瞬胃液が逆流しかけたが、なんとか飲み込んだ。


「とりあえず現状を説明するぞ」

「現状?」

「こっちに来たのは正解だ。さっきお前が通った道は人為的に掘られたものなのはわかるな?」


 頷いて、さっきの洞穴を振り返ると―――案の定サソリが裏返しになってバタバタしている下にあるらしい。本当に色々危機一髪だった。


「それから向こうを見てみろ」


 言われて今度は左側。巨大サソリが僅かに視界に入る方向を臨む。


「あそこにも同じ通路があるな? あそこを目指す」

「え、でも……」


 確かに見える、ここからだと小さい洞穴。本当にこれは何かのダンジョンですか。ラストにボスのドアとかある感じですか。そろそろHPを補給したいんですが。


 いけないいけない、これは現実でしかも私は仕事中だ。


 洞穴は結構な高さに、しかも明らかに崖の断面にある。


「どうやっていけと……?」

「まずはこの根をつたって移動する。あの上に足をかける場所があるから、そこから飛び込むしかないな」


 この間、エルガーは私のほうを見ていない。

 確かに彼の言うとおり、高い場所にぽっかりとあいた穴以外に道はなさそうだ。とは言っても一体どうして人間がこんなところに立ち入ったんだろう。

 私だったらこんな虫だらけなところ御免だ。


「まず上まで登るが―――」


 この時点でようやくエルガーがこっちを見た。見て、そのまま動きを止める。

 いや、そんな目でこっち見つめられても困るんですが。やっぱり鬼団長、確認することもないが女の私より美人だ。そんな美人に見つめられて、まあドキドキはしないけどドギマギはする。


 と思ったら。


「お前、鼻血出てるぞ」

「!?」


 ドーン、と背後で再びサソリの喧嘩が始まった。

 そういえばさっきあれだけ木の根に顔を押し付けられていたんだ。しかも結構な勢いと力を伴っていたから当たり前なんだけど。

 ただ一応男性(仮にも)に見られてしまったというまさかの事態。


 服でこすると袖にべったりと赤い血がつく。すぐさまそのまま袖で押さえる。


「汚いものをお見せいたしました」

「……無理やり押さえつけた俺も悪かった」


 鼻血にばかり恵まれる十七歳、今日も女子力は下がっていくばかりです……。


 とりあえず上を見上げてみる。これは鼻を押さえて登るなんて無理そうだ、湾曲して重なる根はどちらかと言うとジャングルジムに近いし仕方ないから鼻血垂れ流しで行くしかない。


「じゃあ行こうか」

「お前その鼻はいいのか?」

「垂れ流しで全然大丈夫!」


 親指を立ててエルガーに笑いかけると、彼は無言のまま視線を逸した。明らかに見てられないって顔をしている。

 そのまま根っこを登りはじめたエルガーの後を追う。真横では二匹のサソリがまだ喧嘩していた。小柄なほうは今にも倒れてしまいそうだ。切実に巻き込まれなくてよかったと思う。


 というわけで。



「ひっ」


 足が滑るたびにヒヤヒヤしているのは高所恐怖症のせいだ。落ち着け七瀬ハル、下を見るな下を。

 自分に言い聞かせつつおよそ十分、スラスラ登っていくエルガーを他所に私は涙目で根に足をかけている。もうすぐ例の穴の上から出ている凹凸にたどり着くけど―――


 ドン!

 背後から嫌な音がした。

 我に返ってサソリの様子を見下ろせば、彼らの勝負はどうやらついたようだ。小さいサソリは裏返って微塵も動かない。


 そして大きいサソリが小さい方に近付いたと思うと、突如まるで缶でも潰すような音が耳に飛び込んできた。


 背筋が凍りついて、そっと冷や汗が出てきた。熱くなっていた身体の熱が一気に冷めていく、そんな感じがする。


―――共食いしてるのか。


 私が今いるのは情け無用の弱肉強食の世界。食べれる物はさっさと食べておかないと自分の命を長く保てない。それは私の知るものと比べ物にならないくらい残酷だ。残酷だけど、知っておかなければいけない光景なのだろう。


 だけど……これは流石に目を背けたくなるグロ映像だ。音が鮮明に耳にこびりついてしまっている。


「おいハル」


 淀みのない声で呼ばれた名前に、ぎこちなく前方に視線を戻す。


「行くぞ」


 エルガーの言葉でフワフワ浮いていたような気持ちが、落ち着きを取り戻した。

 そうだ今はとにかくここからの脱出が先決だったんだ。

 自分に言い聞かせて、出口の穴をじっと見つめる。だいぶ近い、穴との直接の差は二メートルくらいだろう。


 だけど下までの高さを考えると飛び移るなんてそんな所業無理無理。恐らく高所恐怖症でなくてもこの高さは戦慄するだろう。


「エルガー、でも私、あの出っ張りから中に飛び込むなんて流石に手が震えて出来ない気がするんだけ」


 ど、の言葉は爆音にかき消された。

 足元を見下ろすと巨大な何かが近づいてくるのがわかった。しかもすごく速く、そして根を破壊する勢いだ。


―――サソリ!?


 条件反射でそれだけはわかった。ただどうしようと焦って足が滑った瞬間に、間髪入れず背中に走る衝撃。


「げ!?」


 気付いた時には、体が宙を舞っていた。


 エルガー嘘でしょ―――私の背中蹴ったなあの鬼畜上司!


「げええええええっ!?」


 身長百六十センチを超える私だけど、二メートルある空間をいきなり後ろから突き飛ばされて飛び移れるはずもなく、


「ぐえっ」


 上半身だけがなんとか穴に引っかかった。

 そのほんの後ろをサソリが通っていく気配。気配というよりは、根を押し倒す音の方が存在感はあるけども。


 なんとか腕力だけで地面にしがみついている私の上を軽々とエルガーが飛び越した。


「おい、早くこい!」


―――ちょ、今どうやってここまで来たこの人!?


「エルガー……今サソリに潰されなかった? 大丈夫だったの?」

「お前ほど鈍くさくないからな」


 首根っこを掴まれ出口の穴に引っ張り上げられる。それは有り難いが相変わらず一言多いわ!

 どうやらサソリに押しつぶされる前に穴の上の凹凸に飛び移って難を逃れたらしい。運動神経はやはり騎士団の団長を務めるだけあるってところか。


―――っていうかサソリはどうして私たちの方に向かってきたんだ?


「でもここから出てもどうやって進めば」

「いいから走れ」


 人為的に掘られた穴の内側は全く整備されていなかった。何年くらい人が通っていないんだろう―――剣にぶら下がる明りだけを頼りに歩を進める。


―――青の森に入って何時間くらい経ったのかな……さすがに疲れてきた。


 帰りたさMAX! と無理やりテンションを上げたところでエルガーが不意に立ち止った。出口と思った穴の出口、何回も繰り返して期待する気も失せるってやつだ。


「―――?」


 そこは今までのどの光景とも違っていた。


 床には複雑な文様のタイルが敷かれ、ところどころに苔の緑色が這っている。地面が凹んだそこはまるで闘技場のようだっが、その闘技場の左右対称に生えた青い木々と階段を目で追うと―――黄金に光る巨大な獅子像が前方の中央に据えられていた。


 広さはサッカーフィールドを一回り小さくした感じ。上を見上げれば蜘蛛の巣状の根っこがあるが、下まで垂れるほどの長さはない。退路はどうやらたくさんあるようだ。


「なんだか……映画臭がプンプンするぞ……」

「エイガ? 初耳だな、それは」

「説明するとすごく長くなる」

「帰ってから聞こう」


 エルガーが言って剣を抜く。その銀色の光と共に、ある情景が頭の中に流れ込んできた。


 周囲は砂漠。その中に小さな街がある、外れの一軒家。本当に素朴な家だった。

 年老いた女性が口を動かす、それに合わせて隣にいた幼い少女も頷く。


 歌だ。


 黒い海に光る石

 銀色の糸を引く神の指

 砂中に眠る全てを吸い

 ヴェネが再び宿すだろう


 神の社の奥深く

 そこに眠るは金の獅子

 二つの瞼が瞬けば

 道は続き導かん


「ハル?」

「エルガー、ヴェネ、って何だかわかる?」


 不審そうに私の顔を覗き込んだ彼にそう尋ねてみる。


「ヴェネというのは神話で伝わるこの世界の守護神、ヴィラシュトラーセのことだ」

「ビ、ビラ?」

「ヴィラシュトラーセ。神話の中では女神とされ実在するかはわからないが……まず、ウォーターフォードには預言書という神の残した預言がある。そしてこの世界にお前を呼んだのは恐らくこの神だろうという推測がなされている」


 流暢な発音に流されたかけた私は、途中でん? と流れを止めてみた。


「待って、この世界では一般的に神様がいるって信じられてるの?」

「いいや。神話の中で登場する神は全てこの世のものではない―――そう思っている人間は多いだろうな」


 なるほど。つまり神様に対しての信頼度とか信仰とかは日本とほとんど変わらない、って考えてもいいんだろうか。


「ただお前は神に呼ばれたとされる特別な人間だ。オニキスという神の僕が直々に呼んだと言っているなら少なからずとも信憑性はある。この仕事に関わっているからかもしれないが、女神ヴィラシュトラーセはいるのかもしれないと俺も最近思うようになった」


 確かに私は神様に呼ばれた人間……なんだった一応。神様というよりは預言書の番人のオニキスに呼ばれたっていう方が正しいけれども。


 だから女神のヴィラなんとか様という存在を、ウォーターフォードの住人より近くに感じることができるのかもしれない。


「ねえエルガー、この歌聞いたことない?」

「歌?」


 今まで何回も聞いてきた、あの歌を口ずさんでもエルガーの表情は芳しくなかった。


「初めて聴くな。どこの民謡にもそのようなものはなかったと思うが」

「エルガー民謡に詳しいの?」

「あの図書室に出入りしていると自然にそうなる」


 どうやらエルナイトさんと一緒にいると様々な知識を否応なく叩きこまれてしまうらしい。苦々しい表情がそれを物語っている。


「前半は神話でも登場する、この世界の成り立ちを表している。怪しいのは後半だな」

「神の社の奥深く、そこに眠るは金の獅子……ってつまり!」


 私は洞穴から身を乗り出して向かい側にある金色の獅子像を見つめた。


「あの像のことだ!」

「だろうな。だが厄介だぞ」


 謎が解けた達成感でエルガーを見て、彼の口から漏れた言葉に間抜けな声で「え?」と返す。同時に地響きが足の裏から伝わってきた。


「その歌、お前何処で聞いたんだ?」

「どこでって……最初は砂漠で寝てる時かな。一番はっきり聞こえたのはさっきと、青の森に来る時。あの歌が聞こえて気が付いたら森にいたんだ」


 記憶を辿って一人頷くと、なんだか不自然なことがわかってきた。


「今まで行方不明になってきた人たちももしかしたら……」

「お前のその歌が聞こえてこの森に迷い込んだところを上の魔物に喰われたか……運よく助かってこの内側に逃げ込んだ者もいただろうな」


 あの歌は、この獅子像に人間を集めるためのものだったんじゃないだろうか。

 だけどどうして突然―――その矢先に視界の中が大きく翳った。


「!?」

「しかも、だ」


 地面に着地するそれは先程まで見覚えのあった大サソリ。甲羅が木々に光って不気味な色を醸し出した。


 闘技場の中央、獅子像の手前に降り立ったそれはゲームでいうと完全なるラスボス。けれどもこれはゲームじゃない、現実だ。


「砂漠に生息するあの魔物は寿命は百年を超え、餌が無ければ共食い。一番の好物は―――あろうことか人間だ」

「今あれどこから来た!?」

「上だろうな。ここに入ってから感じていた地響きは奴が穴を掘る時の震動だ。さっきの魔物は死んでるから生きてる俺達を先に仕留めた方が得策と考えたんだろう。わざわざ穴掘ってまで来るとはあの食欲に恐れ入るな」


 考えたんだろう……ってソレ完全に人間並の思考回路でしょ!

 だからあのサソリはわざわざ私たちを追いかけて突っ込んできたりしたのか。魔物から見れば目の前で高級食材が走っているようなものだったのかもしれない。


 パニール&ルーシャン兄弟が言っていた人喰い魔物っていうのはもしかしてあの巨大サソリのことなんじゃなかろうか。


「ここ一帯の砂漠からは預言書が見つかったことはないが、預言書ではなくてもあの獅子像の中には何かがあるはずだ」

「わざわざ誰かがこんなところまできて……昔の人も大変だなぁ……」


 サソリはさっきから闘技場(仮)の中央をうろうろと彷徨っている。どうやら穴で待機している私たちを探しているらしい。


「でもあの獅子像は歌によると瞬きさせればいいってことだよね? 瞬きってどうやってさせるんだろう」

「さあな。何も考えず突っ込むのはあまり名案とは言えないが……気付かれたらしい」


 視線を戻すと、サソリは頭を垂れこっちを睨んでいた。目と思しき光る玉が左右対称にくっついているて、もう完全にロックアウトされている。


「……どうしろと!?」

「とりあえずお前は、どうにかして獅子像まで行け」

「どうにかって、そんな無茶な!」


 ズン!

 サソリが一歩こちらに踏み出してきた。それからまた一歩、また一歩とどんどん早くこっちに迫る。そして本体の半分ほどある巨大なハサミを振り上げた。あのハサミだけでも表面積的には私×五人分くらいありそうだ。いやもしかしたらそれ以上かもしれない。


 持ち上げられたハサミで、目の前が翳った。



長々とした文章お疲れさまでした

次はいよいよ仮ラスボスとの対戦です(笑)

ここまで読んでくださってありがとうございます!

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