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アルカナの行方  作者: ほされた葡萄
第3章 青の森
38/48

18 虫って美味しいのかな



「エルガー団長」

「なんだ」

「まさかとは思いますが。私に―――これを登れと?」


 じゃり、と靴の下で砂が鳴る。


 さて状況を説明しよう。

 夜中に夢遊病(仮)でフラフラと騎士団から抜け出してしまい、そのまま青の森へ。その中でたくさんの魔物(虫仕様)とおいかけっこし魔術でなんと青の森の地下に到達。このあたりは匂うってことで地上に帰るついでに預言書を探している。


 最中。


 森の根っこカーテンからようやく抜け出し、そして今私たちの前には一枚の壁が広がっていた。断層が重なってグラデーションを生み出している地面の断面。だいたい同じくらいの幅の凹凸が連なっていて足はかけやすそうだが、問題はその高さ。


 目算で私が六、七人分。身長がおおよそ百六十五センチとして計算すれば十メートルくらい。

 それを命綱無しで登れっていうのかこの鬼は!


「団長、無理です」

「遠回りすれば遅くなる。もう地上は日が上っているだろうが、夕方までに脱出できなければまた魔物に襲われるぞ」

「いやだって見ればわかるでしょこの高さ! どう考えても一般的女子高生が命綱なしに登る高さじゃないって! 落ちたら死ぬよ!?」

「仕方ない。引っ張り上げてやる」

「え、エルガーもしかしてロープとか持ってるの?」

「そんなわけあるか。上の方まで登ってこれたらだ」


 ですよねー。

 第一騎士団といえどもいつ使うかわからないロープを個人で持っているわけがない。そんなゲームみたいな装備あったら今までどれだけラクできたか。


「はあ……ウォーターフォードに来てロッククライミングかぁ……」


 嘆いても道は開かないので仕方なく片足を凹凸に掛ける。隣ではエルガーが外套を腰に結んで準備完了ってかんじだ。くそ、女の私よりスリムな体しやがって!


 ブーツの足の裏はちゃんと滑らないように作られているものの、足の指先しか掛けられないのはすごく心もとないし何より安心できない。なんていったって十メートル近く。しかもそれを自分の腕で登りきらなきゃいけないんだから。


 どうやら壁は緩やかに斜面になっているようでそれだけが唯一の救いだった。



 かくして十五分後



「うぐぅっ……!」


 ギリ、と奥歯を噛みしめて指先の震えに耐える。

 壁のおよそ半分くらいだろうか。上を見るとまだ絶望的な高さが残っている。

 ちなみに壁を登るっていうことは予想以上に難しい。開始三分でそれがわかった。なにせ足は自由に使えないし両手にかかる負担も大きい。服も水を吸っていて剣も装備中。


 これは筋肉痛確定だ……!


 ちなみにエルガーはすらすら上の方まで登っていってしまい、今は頂上に到着済み。なにやら周囲に魔物がいないか様子を見ているようで先程から姿が見えない。


「くっそ……ますます筋肉質になる……」


普段から騎士団で鍛えられているためか、鈍っていた運動神経は息を吹き返し中学の頃剣道部で溜めていた筋肉は女子にしては少しがっちり体系になってしまった。

息をつきつつまた上へ向かって手を伸ばす。残りがどれくらいあるかを見ると絶望するのでもうみない。


 そしてしばらく経ち、ようやく頂上に着いたころには息も絶え絶えだった。赤血球が酸素を求めて走り回っているのを体感する。というか酸欠でむしろ吐きそうだ。


「エルガー団長ー」


 起き上がるのも億劫なので寝そべったままエルガーを呼ぶ。しかしそれに応える声はない。


「エルガー? おーい」


 声のボリュームを上げてみるけどやっぱり返事はない。


―――変だな。


 さすがに不審に思い、けだるい体を起こす。登り終えた崖の上からはやはり木の根っこカーテン、そして左右に続く道と今登ってきたものより遥かに高い壁。

 どうやら地形的に段々畑のようになっているらしい。とは言っても縦横の尺は相当違う。そしていくつも開いた通路や穴。自然にできたものには見えないが、人為的にしては粗削りな造りだ。


「エルガー、まさか行ったまま帰ってこれないとか……?」


 このわけわからない地形のなか、もしかしたらどこかから滑り落ちていたり……ないな。


 即座に自分の頭の中で芽生えたドジなエルガーを消しておく。まさかあの鬼が迷子だなんてそんなことあるはずない。


―――ええい、ここは女の勘だ。右か左か、どっちに行ったんだろう。


 左右に伸びる道に私は目を瞑って、ばっと左を向いた。

 こっちだ。私の中の女がそう告げている!


 自信満々で歩き出した私は「エルガー」と本当の迷子を捜すみたいに大声で名前を呼ぶ。

 反響する私の声に、時々視界の端で何かが蠢いた。でもどこからも敵意や気配を感じることはない―――と思う。


「エルガー、おーい、エル……ん?」


 辺りを見渡しつつ進んでいくと、視界の右側に黒く大きい何かが映った。

 一瞬驚いて身体が強張ったものの、よくよく見てみるとそれは単なる穴。


「ん?」


 これは多分人が掘ったものだ。私の身長より少し高く、横幅は人一人が通れるほど。


「エルガー?」


 暗い穴に入っていくと、剣にぶら下げていたエルガーの魔法の玉が光った。オレンジ色の光が穴―――中に入ってしまえばもはや洞窟―――の壁を照らし出す。しかし出口はすぐに見えてくる。


 青白い光が出口から漏れ出ている、けど。

 なんだか所々に筋のような影が入っている。小走りに近づくと、それはまたまた木の根っこ―――なんだけど。


 先ほどまでのぶら下がっていた根っことは違う、蜘蛛の巣が立体的になったような根っこたち。それが目の前に、びっしり。


「……」


―――なんだか本当にここはわけわからない地形というかなんというか……


 私の足より太い根は人間が登って行けそうだ。まあ危ないから登ったりはしないけど。

 その根の奥にぎゅっと視線を集中させて何があるのかを見極めようとした時に、急に頭のなかに流れ込んできたものがあった。


『黒い海に 光る石』


 歌だ。

 そういえば、気付いたら青の森にいた、その時まで。この歌を聴いていたような。


『銀色の糸を引く 神の指』


 同時に足元が揺れた。ふらついたのかと思ったが、違う。

 何かくる。


 動物の本能なのか、自然に肩がこわばる。歌は相変わらず歌詞の続きを追っていて、目だけが情報を集めようと動いていた。


 木の根の奥は開けている。ぶら下がる系根っこも蜘蛛の巣系根っこもなく、凹凸のある粗い地面と所々大きな穴の開いた場所。それから陥没したところや地面が途切れたところ。それは確認できる。


 そしてどんどん揺れは大きくなる。腹に響く―――地響きだ。


 どん! と何かが爆発したような音。そして一瞬で目の前が煙った。ほぼ同時に砂が顔に吹きかかる。


―――うわ、最悪!


 あわてて目をつぶり顔は腕で覆う。砂がある程度やんで、私はもう一度砂埃の舞うなかを見つめた。


―――なに?


 巨大な何かが動いている。それしかわからなかった。

 やがてそれが二つの物だとわかり、それらが互いに争っているシルエットが見えてくる。凄まじい音で互いの尾をぶつけ合っているようだ。


 足音と、金属がぶつかりあう。ぞっとするのは、その『金属』の音がするってことだ。なめらかに動くそれらは明らかに生物の類にみえて、とても金属なんて体に埋め込んでいるようなものじゃない―――はず。


 すると、争う影の一方が一瞬でこちらに近づいてきた。


「え、なっ」


 何!? と声の出そうになったところで頭上から急に頭を押さえつけられた。そのままの勢いで伏せていた時に顔の真下にあった木の根に顔面強打。


「ぶっ!」

「あ、悪い」


 意地の悪い上司の謝罪が聞こえたが、本人は全く反省していない様子。再度ぐりぐりと私の顔を手で根に押し付ける。


「ェ……団長、殿……くるしっ」

「お前は黙っていろ」


 エルガーの言葉の最後は半分尻切れトンボだった。正確には聞こえなかった。

 まずは風を切る音。それから何かが地面に激突する音。パラパラと降って来る砂埃と、頭の上に置かれたエルガーの手。濡れた髪が頭皮に押しつけられて寒い。


 やがて音が止み、何かが大きく動く気配。それと同時に手が離れた。


「ハル、走れ!」


 顔を上げた瞬間に手首を掴まれる。わけのわからないまま引っ張られた方向へ行こうとして足が竦んだ。こんなところ走れるわけない、縦横無尽に走った太い根に足を取られて転ぶだけだ。


 そう思ったけど、目の前から根は消えていた。


「―――は?」


 一体どうして。荒々しく刈り取られたような太い根が広がっている。

 そして私の背後で大きな塊が動いた。

 見上げて息を止める。繊細に動く手足と光沢のある身体。巨大なハサミが青の光に反射する。鋭い尾がぶらりと揺れた。


 縦に私が何人、とか言っている場合じゃない。そんなこと言ってる暇があったら逃げる。


 巨大サソリだった。


 それが、木の根をなぎ倒し裏倒しになっている。手足の接合部が細かく見えてしまって―――とにかく乙女(仮)としては絶対に見たくない光景!


 そしてそのままの雰囲気で、足を動かしつつも反対側を見てしまった。


 そこには、倒れているサソリよりも一回りは大きい同種がいた。



 悲鳴が上がったのは心の中だけだった。




久しぶりの更新です(T▽T)

最近全然筆が進まず困っています・・・泣

ともかくこんなとろい更新なのに読んでくださってる方々、本当に感謝です。ありがとうございます!

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