16 足音
結局寒々しい通路に一人置いて行かれそうになった私は、慌ててエルガーの後を追いかけた。
青色ばかりが続く薄暗い通路に、私も自然と顔面ブルーになる。ぎゅっと剣の柄に手を置いてなんとか正気を保つけど―――この雰囲気! いつ何が出てきてもおかしくない!
「エルガー、これ、一体いつまで続くのかな……?」
試しにエルガーに訊いてみるけど、そんなこと彼が知ってるわけもなく「さあな」と冷めた声が返ってくる。
―――もしかして、私ここで死んじゃう? なんか周りブルーだしいつまで経っても同じ景色だし無限ループで生き倒れなんてことも……
「あるかもしれない……!」
ごくりと生唾を飲んだ時、エルガーから溜息がもれた。微かな音にも過敏になってしまっている私には、それすらびっくりする元凶になりえる。
「!? なに、何かいた!?」
「あまり隣で緊張するな、こっちまで息が詰まる。もっと楽にしていればいい」
エルガー的には私の緊張をほぐそうとしてくれたんだろうけど、私は気が気がいられない。なんというか、この場所自体が冷えていて下手したら幽霊とかそっちの気とかも寄ってきそうで怖いのだ。
「エルガー、怖くないの?」
「は?」
「幽霊とか魔物とか出そうだし、冷気すごいし、怖くない? 雰囲気とか全体的な色とか」
私の台詞に、エルガーは露骨にくだらないと言いたげな表情を作る。確かに馬鹿げているけど、いくらなんでもヒドいんじゃないかってくらいのしかめっ面だった。
「魔物はまだしも幽霊は考え過ぎだろう」
「だって、たくさんの人が行方不明になってるんだよ? 幽霊の一人や二人いたっておかしくないでしょ?」
「行方不明だからって死んだとは限らない。もっとも―――」
視界の先が不意に暗くなった。青い光が途切れている。通路の終わりだ。
「わかるのも時間の問題だが」
「どういう意味?」
不穏な言葉にエルガーを見上げると、いつも以上に険呑な表情を浮かべた彼は「そのままだ」と答えた。
そしてようやく通路が途切れた。今まで薄暗かった通路よりも、何倍も暗く不気味だ。ところどころ壁に這っている太い糸のようなものが辛うじてその空間を照らしている。
「あれって……根っこ?」
「どうやら青の森の地下らしいな」
どうやら平地が続いているらしいけど細かくはわからない。無機質で硬い通路の素材が凹凸のある土の地面に変わったことと、そこが大きく開けた空間であること以外はほとんどわからなかった。
「剣を抜け」
「え、なに、何かいるの?」
「音がしたらまず真っ先に叩け。何がいるのかは知らない方がいい。それから」
親切ながらも不吉な言い回しに、言われた通りに剣を抜いておく。前に立ったエルガーは、さっと拳を握った。
「何してるの?」
「これをつけておけ」
その拳を開くと、私たちの半径一メートルほど周囲に光が溢れた。抽象的に表現するとまるで妖精、ってところだろうか。実際は光の球体って感じで手のひらに収まるくらいの小ささなのに妙に明るい。
「……なにこれ……」
「魔法だ。しばらくはそれで保つ。水に入っても消えないし、無いよりはマシだろう」
魔法って便利なんだなあ、と探索の時は感じることが多い。エルナイトさんやエルガーを見ていると、自分も少しはこちらの魔法とやらを覚えた方がいいのかななんて考えたりもする。
「あ、ありがとう……」
ありがたく受け取ると、妖精(仮)は私の手を避けて浮き上がったかと思うと剣の柄頭に降り立った。
「……便利だね」
確かにこれで手は塞がらない。便利にできてる魔法だ。
「行くぞ」
いつも通りの冷たい声に、私も頷いて足を進めた。
―――――――――――――――――――
まず鳥肌の立つような音。この音は、まるでサメ肌を擦り合わせたような音だった。それが私の真後ろから、正確に言うと頭の高さの壁沿いから聞こえた。
そしてほぼ同時に、その音源に鋭く剣が突き立った。まさに瞬殺、って感じだ。勿論私の剣じゃないけど。
一拍遅れて
「うひょおおおあああああああああああああああっっ!」
渾身の悲鳴。
「なんだその叫びは」
「な、な、なんだって……危ないでしょ! どう考えてもこの角度!」
振り返りざまに壁と獲物を剣で縫いつけたエルガーの肘は、私の顔の真横。どう考えても直撃寸前。
「だったら魔物に頭から喰われるか?」
「それは勘弁してほしい……」
「これくらいは自分でどうにかしろ」
壁から剣を抜いたエルガーはそう言って獲物を地面に落した。なんだかグロテスクな音が聞こえた気がするけど、それに関しては耳にフィルターをかけて全力でスルーしておこう。
「はあ……なんか私、最近虫ばっかりと遭遇してる気がする」
「虫? 魔物のことか?」
「そうそう。なんか虫が巨大化したようなのが多くない? ムカデやらサソリやら……」
いや、奴らは虫じゃなくて節足動物か? と思いに耽ったところで嫌な気配を周囲から感じる。また魔物が集まって来たらしい。
「エルガー、大丈夫かなこれ……」
「このままだとこちらが体力を削られるだけだ。走るぞ」
身をかがめて走り出した私たちに、気配が歪む。光の周囲に自分たちの獲物はわかっているが、光り自体には弱いらしい。姿の見えない魔物が自ら退いて行く。
自分で言うのもなんだけど、私はそれほど運動神経は悪くは無い。だけど正直、魔物みたいなものを足で踏んでしまうと息が乱れる。
―――うわ、感触まで気持ち悪い……!
薄暗い道を走りながら何度もつま先を引っ掛ける。しかしここで転んだら、と考えたときに背筋を這いあがる恐怖が私の足を保った。
「出口だ」
「どこ!?」
「正面!」
確かに正面から明るい光が射し込んでいる。だけど、ますます嫌な予感がするのは私だけでしょーか?
背後から迫る魔物たちの足音はどんどん大きくなっている。追いつかれているわけじゃない、数が増えている。何十から何百に。
―――あともう少し!
そして光のなかに一歩踏み出した。
私の腰より何倍も太い根が周囲の土の断面に張り付いている、そこはドームのような天井があり、そして広さは計り知れなかった。青の森がどれほど広いのかはわからないけど、天井からは根がぶら下がりその根が数え切れないほどある。
そして、走って行く地面の先は、見事に途切れていた。
「エルガー待って!」
勢いよくブレーキをかけた私をエルガーが振り返る。
「そこ落ちたら死ぬって絶対!」
しかしそれを言った瞬間、背後の通路から小さな震動とともに黒い何かが溢れだした。
群がるアリみたいに―――正確にはアリではなくて、私の顔ほどの大きさもある、蜘蛛。
背後を閉ざされた。前には断崖絶壁。
竦んだ私の腕をエルガーが掴んだ。
「来い」
一瞬、周囲の音が離れた。エルガーの声だけが明瞭に聞こえる。
いつだって彼の言葉は正しい。説得力があった。
その言葉でどれだけ助けられただろう。どれだけ命を救ってもらったんだろう。
それを考えている間に地面から足が離れた。次に聞いたのは、空気を裂いて自分が落ちていく音だった。
クリスマスギリギリでした←
これを読んでいるみなさんに素敵なクリスマスを!メリークリスマス!