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アルカナの行方  作者: ほされた葡萄
第3章 青の森
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11 いざ、砂漠デビュー



 私にとって人生初☆の砂漠デビューは生易しいものではなかった。


「暑いッッ!」


 耐えきれなくなった私はそう叫んだ。じりじりと空気だけで肌が焼けていく炎天下の下、頭には勝手に血が上る。


 夜が更ける前にアマルテアのドラゴン宿舎に各々のドラゴンを預けてきた騎士団第一隊は別の動物に乗って砂漠を移動中。


 その動物と言うのが、十七年間生きてきて見たことの無い―――強いて言うなら大きなダチョウのような二足歩行で首の長い鳥。

 暑さに強く、アマルテアでは重宝されている『アークツルス』という名前のその巨大ダチョウは多分地球上には生息していない生き物で、これに乗ると聞かされたときは心底ビックリしたもんだ。


 勿論「なにこれ、こんなの乗れない。操縦できない」という旨をエルガーにちゃんと伝えたんだけど本人は私の話をちゃんと聞いているのか「別に平気だ」の一点張り。


 結果。


「お前の熱気は異常だ。背中が一番暑い」

「いやそんなことないでしょ、私なんだかんだでエルガーの影になってるんだから。日光遮ってるんだよこれでも」


 街中で見かけるバイクの二人乗り。あれとは乗り物が全然違うけど、前にエルガー後ろに私のまさにその状態で砂漠を疾走中。


 そしてシュヴァイツ城であらかじめ渡されていた黒い外套を頭からかぶって前にいるエルガーの服を両手でがっつり掴んでいる。

 更にアマルテアを出てから日が昇り、背中には直射日光がかかって暑いことこの上無い。周囲を走る隊員の顔もげんなりしている。


「それで、なんだっけ? 今回の探索、変な怪奇現象の……」

「『青の森』」

「それそれ、そんなのどうやって見つけるの?」


 昨晩出店のおじさんから聞かされた「青の森」のことは、既にほとんどの隊員が知っていたらしい。ちょっとだけ疎い数人は何だソレと言いたげな顔をしていたけど。


「青の森は目撃された時間にも位置にも共通点は無かった。地道に探すしかないだろうな」

「うえっ、こんな暑い中!?」

「夜になったら嫌でも冷える」


 生粋の冬生まれで暑さに弱い私に対してエルガーは涼しげだ。この魔王め、ちょっとくらい汗かいて暑がっちゃえばいいのに! と後ろから不穏な空気を送ってみる。


「おいジェラルド」


 背後を走っていたアークツルスに向かっていきなりエルガーが呼びかけたので驚いた私は肩を跳ね上がらせた。新陳代謝ビームがうっかりバレるところだ。


「どうした?」


 見慣れたジェラルドがヒラヒラと私に手を振りつつエルガーにそう尋ねる。


「隊を二つに分ける。お前に片方の管理を任せるつもりだ」

「マジかよ、ハルはどっち? 女の子がいるなら俺はどんな困難にでも立ち向か「こいつはこっちで担当する」


 二人の会話に私は口元が自然に引きつるのを感じた。


「仕方ねえな。ハル、この探索が終わったら愛について熱く語り合おうぜ!」

「ははは」


 目を逸らして薄っぺらい笑みを返した私の視界に、休憩地点であろう巨大な岩が映り込んだ。



           ―――――――――――――――――――



 砂漠の中で一際浮き立った巨大な一枚岩の影で暫く休憩を取り、隊が二つに分断された。


 大体同じ力量、人数の割合で二つに分かれた第一隊は、片方はエルガー片方はジェラルドが取り仕切るらしい。


 今更ながらだが、私にはエルガーとジェラルド以外知り合いがいない。だから仕方なく一人座って水を飲みながら遠くを眺めているのだけど。


―――それにしても砂漠って暑いな。なんか陽炎で酔っちゃいそうだ。


 近くにいるアークツルスの軍団は慣れ切った様子で影にあるわずかな草を食べている。あれって草食動物なのか?


 視線を再び遠くに向ければアマルテアの街はもう既に見えない。雲ひとつ浮かばない青空が下に行くほど白んで、陽炎で揺れているばっかりだ。


―――ダメだ、陽炎のせいで目がおかしくなってきた。


 砂漠の向こうでやけに砂が弾けているように見えて、私は一人目を擦った。


「……ん?」


 あれ、おかしいな。

 やっぱり砂が変に弾けているように見える。風に吹かれて飛んでいるとかじゃなくて、まるで砂の中を何かが走ってるみたい。


「……走ってる、みたい?」


 ぞっとした私は立ちあがって岩陰から出ると、近くにあったなだらかな丘まで上った。ブーツなので幸い砂が靴の中に入ることはなかったけど沈みこんだ地面には苦労した。


 そしてようやく緩やかな丘に立った時、私の視界に飛び込んできたのは砂漠に残るアークツルスの足跡。

 そしてその後ろから蛇の肢体のように曲がった太い線が一本。


「なにこれ……」


 太い線を目線で追うと、途中で千切れていたそれの先端からは、黒い角のようなものが二本砂の中から立っていた。


―――とりあえずエルガー達に報告しよう。何かわかるかもしれない。


 そう思って踵を返そうとした瞬間、足の裏に震動が伝わってくる。


「……地震?」


 いやまさか。

 生唾を飲んでゆっくりともう一度二本の角の方を見ると、それが勢いよく動きだした。

 太い線がこちらに向かって走ってくる。それは異様で不気味な光景に、私の思考回路が一回転した。


「き、き、きも―――――いっ!」


 絶叫に騎士団の面々がこちらを向くのがわかる。しかしこっちに向かってくる砂中の謎の物体を前にして私は丘から駆け下り始めた。

 アークツルスの軍団も本能的な何かを感じ取ったのか暴れ始め、騎士団の隊員たちは剣を抜いた。


 そして。


 丘陵を下る私の背後から「ドン!」みたいな妙に圧力の籠った音がして、巨大な何かが砂の中から姿を現した。


「ム、ムカ―――」


―――ムカデぇ―――――っっ!?


 体長は横幅二メートルくらい。黒い角はムカデの頭から生えていて、鋭く尖っている。団子がいくつも繋がったような僅かに赤黒いその姿に私の脳みそは爆発寸前だ。

 しかし悲鳴を上げる前に、足がもつれて勢いよく砂に顔から突っ込んだ。


―――熱い熱い熱い熱い!


 ゴロゴロと前回りで砂の上を転がる間に、口や服に砂が入ってざらざらするわ、目が回るわで完全に士気が下がっていく。


 だけどムカデに踏みつぶされて死ぬのは嫌だ!


 右手を外套の中に潜り込ませ剣の柄を握り、タイミングを合わせて足を踏ん張った。

 踵を砂にめり込ませ、なんとか滑り落ちる勢いを止めた瞬間振り返りざまに剣を横に薙ぐ。


 瞳に映ったのは散りじりに牙の生えた口内と、どす黒い色の喉。


「ぎっ」


 その牙に自分がすり潰されるところを一瞬でも想像すると、冷静ではいられなくなる。

 思わず両腕に力が籠り、日光を反射した剣が私に応えるように光った。


「ぎゃああああああ――――――――――っっ!」


 固い手ごたえ。

 バキイッ! という太い木の枝が折れるような音が響いたかと思うと巨大ムカデの頭に剣が刺さった。


「ひえええええ!?」


 なんで刺さるの!? なんで!? 抜けないし!


 ムカデは方向転換したかと思うと騎士団が休憩している岩陰に向かって突っ込んでいく。私は剣の柄にぶら下がって震動に耐えていた。もしも振り落とされたらムカデの足に着き刺されて体中穴だらけになる。


 辛うじて騎士団の様子を窺うと、エルガーが指示を飛ばしていっきに包囲網が広くなっている。


―――ちょ、ちょっと待て! このまま岩に突っ込んだら絶対圧死する!


 剣が刺さっているのはムカデの体の先頭である頭だ。もしも一枚岩に向かって突撃などしようものなら巻き添えを食うに決まっている。


 そして柄に宙ぶらりん状態の私の両腕にも、限界はやってきていた。


 時速何キロくらいで走っているんだろう。大体車と同じかそれより少し下だと思うから目算五、六十キロ。

 そんなところから飛び降りたら例えしたが砂漠の砂でも痛いだろう。


「飛び降りろハル!」

「ナナセ隊員!」

「離れるんだ!」


 いや絶対ムリだから!


「ムリムリム、」


 砂漠の砂に少し凹凸があったのかムカデの体が上下に揺れ動いた瞬間。

 すぽーん。

 軽々しい擬音語と共に、剣があっさりムカデの頭からすっぽ抜けた。


「リ――――!」


 同時に剣も手から離れ、絶叫を上げた私は空中に放り出されたかと思うとすぐに落下を始めた。


「ナナセ!」

「ナナセ君!」

「ナナセ隊員!」


 みんなありがとう、私の名前を覚えてくれて。

 空を舞いながら、場違いにそう思う。

 そして多分受け止めてくれようとしたのだろう。優しい隊員の一人がキャッチ態勢に入り、見事私はその腕の中に―――収まらなかった。


 心優しい隊員の額と、空中で変にバランスを崩した私の脳天とが衝突した。



           ―――――――――――――――――――



 うめき声が聞こえる。

 暗闇の中で確認できるのは爛々と光る二つの青。一体何が光っているのかわからないけど酷く不気味で、嫌な感じだ。


「殺してやる……!」


 怨念のこめられた声音。人間のものには感じられない。


「殺してやる!」



           ―――――――――――――――――――



「うわああ―――――っ!?」


 がばっと起き上がると真下では一人の隊員がぶっ倒れていた。心配して駆け寄ってきた数人が突然起き上がった私にびっくりする。


「おいハル無事か!」


 ムカデの位置がさほどかわっていないことからあまり時間は経っていないことがわかった。ジェラルドも不安げな顔でこちらを見てくる。


「あれ、私今意識ぶっ飛んでたよね……!?」

「ああ、三秒くらいだけどな」


 どうやら私より下敷きになった隊員の方がよほど重症らしい。


「伏せろっ!」


 他の隊員の叫びの反射でその場にいた全員が身を沈めた。同時に何か黒くて大きい物が真上を通過する。


「何今の!?」

「ヒルデグリムの尾だ! 気をつけろ、毒がある!」


 どうやらあの巨大ムカデはヒルデグリムって呼ばれているらしい。私の中では勝手に巨大ムカデって呼んでたけどね。

 とりあえず気絶した隊員を回収し、ムカデの方に向き直る。

 さっき見た尾のはまるで剣の先のように尖っていて、あんなの毒がなくても突き刺さったら大事だとわかった。当たったら即死だ。


「致命傷を与えるには頭にある二本の角を折るのが早いはずだ」


 ジェラルドの言葉に私は息を呑む。

 近づくことさえ精一杯な巨大ムカデ(忘れてた、ヒルデグリムだ)の角を一体どうやって折ればいいんだ。偶然剣が刺さったさっきの場合はともかく、あんなのが二回も連続してできる自信無いし。


「これは誰かが飛乗るしかないな……」

「飛乗るって?」

「足が多くて近付けないから。まあエルガーはそんなことおかまいなしみたいだけど」


 カラフルな髪色の中で、黒髪のエルガーは結構目立つ。

 とエルガーに向かって牙を剥いたヒルデグリムが、百ある脚を動かして突進を始めた。ムカデって漢字では百の足って書くもんね、名前通りだ。


 なんて言っていられるほど見ているこっちにも余裕は無かった。


「危ない!」


 ジェラルドは安心したように笑みまで零している。いや笑ってる場合じゃないでしょ!

 しかし私の心配はあっさり杞憂に終わった。


 直前まで迫った牙の生えた顎を、エルガーの剣が中央で割った。

 吹き出す濁った緑色の液体に一瞬ムカデの動きが止まる。騎士団の誰もが、それを見逃しはしなかった。


 嘘でしょ?


―――今、エルガー、剣振ったんだよね……全然見えなかったけど。


 しかし動きを緩めたムカデはまだ懲りないのか口を大きく開いて尚もエルガーを食べようとする。彼は彼で冷静に応戦して一撃一撃攻撃を深くしていってるみたいだ。


「ねえジェラルド、誰かが飛乗る方がいいんだよね?」

「え、まあそっちの方が角を切り落として早く終わるんだろうけど……ハル、お前また変なこと考えてるのか?」


 またってなんだまたって。

 とにかく女子高生とは言え、私は騎士団の一員だ。上司が戦ってるのに部下が何もしないなんておかしい。新米なんだから今ここでは少しでも皆の役に立つことが大切だ。


 私は剣の柄をぎゅっと握りしめ、一つ頷いた。


 大丈夫だって。ホラ、虫は小さいから気持ち悪いってだけで大きければ別に問題も無いし? 肝心の口はエルガーが真っ二つにしてくれたから食べられちゃうなんてことも無いと……思うし?


「おしジェラルド、行くよ!」

「はあ? お前行くって何を」

「何って勿論、あれの上に乗るの!」


 頭の中で思い描いた通りにムカデを倒せるかはわからないけど、やれるだけやってみよう! どうせ死にゃしない!


「エルガーの注意が私にそれた瞬間に、エルガーの代わりにムカデを攻撃してて!」

「お前あいつに何する気だよ……」

「いいから早くいったいった!」


 渋々といった感じでジェラルドが走り出し、私もその後を追う。

 そして。


「エルガァ―――――――ッッ!」


 声の限り叫んでエルガーに向かって突進。

 五十メートルほど先のエルガーが剣で応戦しつつ何だと言いたげな空気を発する。その隣にジェラルドが滑り込み「交代だ!」と言ってムカデの頭を斬る。


 そしてエルガーがこちらを振り向いた瞬間。


「飛ぶから、腕貸してっ!」


 勢い余った私を目前に、なんとか言葉の意味は通じたらしい。

 剣を地面に刺したエルガーは、指で手のひらを組むと中腰になる。そして私はその手のひらに踵を乗せた。


重っ、っていう声が聞こえたような気がするけどそこはスルーで、タイミングを見計らったエルガーが私ごと腕を振り上げた。


 人生初の砂漠で、人生初の大ジャンプをした瞬間だった。



更新が遅れてしまって本当に申し訳ないです。トロい作者ですいません。

それから、拍手タグをつけてみました。お気に召しましたら押していただけると励みになります。

これからもどうぞこの物語の住人達を、よろしくお願いします。

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