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アルカナの行方  作者: ほされた葡萄
第3章 青の森
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10 アマルテア



 ドラゴンの訓練が始まって二週間。

 アマルテアに旅立つその日が、ついにやって来た。



「お前はどうしてそんな格好で来るんだ?」


 早朝、ドラゴンの飼育舎の前で集合をかけられていた第一隊の面々。彼らの視線はしっかり私一人に突き刺さっている。


「ナナセとか言ったか、あの女子隊員……」

「なんかこう、あり得ない部分が多々あるよな……」


 ひそひそと囁き合う隊員を尻目にエルガーの前に立った私は「えっと……」と頭をかいた。


「砂漠って聞いたから、涼しい格好がいいかなって思って。ほら、ちゃんと騎士団の制服も持ってきてるし」


 最初から騒がしかった周囲がますますざわめく。

 私が今着ているのは、高校の制服であるセーラー服だ。基本紺と白で赤いスカーフがある一般的な地味なヤツ。荷物は学校のスクールバッグ、ウエストポーチ、ショルダーの三つのみ。


 これは私の数少ない服の中で一番暑いところ向きの格好だ。


「お前、そこは空気を呼んで制服で来ようとは思わなかったのか?」

「砂漠って暑いんでしょ? 風通し良い方が涼しそうだから」


 そう答えるとエルガーどころか周りのみんなも「わかってない」といった様子で溜息をついた。


「……では、アマルテアに向けて出発する。ドラゴンの配列は先日言った通りだ。襲撃に備えて四名は最後尾につくように」


―――スルーされた!

 エルガーのスルースキルには日に日に磨きがかかっている気がする。しかもそれが発動されるのは私の前ばかり。そんなに答えに困るような事を言っているはず無いんだけどなぁ……エルガーを見上げたまま「うーん」と首を傾げる。


「では解散、各自ドラゴンを連れて飛行を開始せよ」


 エルガーの声でいっきに切り替わった空気。


―――若いけど団長、なんだもんなぁ。


 背筋を伸ばして騎士団の面々と一緒に返事をする。


 さて、今からアマルテアに出発だ。

 今まで二週間みっちり鍛えられた私とドラゴンのシエラは最終的に息ピッタリ女の子チームになった―――と思う。


「シエラ、餌だよー」


 朝早いためか、まだ半ば眠たげなシエラの前に大きな肉の塊を放り込み手招き。

 シエラは小さく翼を動かすと、重そうな瞼を上げて欠伸をした。


「出ておいで! これからアマルテアに行くんだから!」


 ぴくっと反応した彼女は肉を咥えるとのっそりした動きで檻から出てくる。


「よし良い子良い子」


 他の隊員も自分のドラゴンを檻から出して飼育舎から出ていく。シエラは他のドラゴンに比べて体つきが小さく、まだ幼いドラゴンで、今回の探索では体力の面が心配されている。その割にはよく食べてよく寝るけど。


 と、歩き出した私たちの隣に巨大な赤いドラゴンが顔を出した。顔を出したと言うより首をもたげる感じだ。蛇とかが獲物に対してよくやるアレ。


「うわ、でかっ」


 驚いた私をよそに、シエラは歩きながらモシャモシャと餌を食べている。


「おうハル、今回も頑張ろうぜ」


 そしてその隣から操縦用の綱を持って姿を現したのは、誰かと思えばジェラルドだった。どうやらこのドラゴンの担当は彼らしい。


「おはようジェラルド、その子がジェラルドのドラゴン?」

「ああ、随分でかいだろ」


 確かに見上げるほどに大きい。

 ドラゴンの目の色は金色で、どこかで見覚えがあるような無いような―――


「おいハル」


 丁度飼育舎に出る頃、エルガーに声をかけられた。何だろうと視線を上げた瞬間に黒い物が目の前を覆った。


「いやああああ!? 何!?」

「外套だ。お前持ってなかっただろう」


 パニックに陥った私の顔から、シエラが黒い物体―――外套を剥がしてくれた。正確には餌だと思って食べようとしたらしいけど、それが無理だとわかるとすぐに私の手元に吐きだす。


「え、なにこれ、砂漠行くのに暑くない?」

「日光がきついからそれを被っていた方が得策だ。体温が上がらずに済む」


 ああ、テレビとかで見る砂漠でみんなが布を被ってるのはそのせいだったのか。

 納得した私を余所に、ジェラルドが話を切り出してきた。


「ところでハル、そのドレスさ」

「ドレスじゃないって。セーラー服」

「せ、せーらーふく? それ、風で捲れて下着見えることとか考慮してないのか」


 その質問に一瞬固まってしまった私の代わりに、エルガーが無言のままジェラルドの脳天に鉄拳を振り下ろした。


「いってえ!」

「そんなことを訊く奴がいるか馬鹿」

「だって気になるだろ? あんなドレス、じゃないせーらーふく? なんて見たことないわけだしよ」


 頭を押さえたジェラルドは涙目になりながらもエルガーを睨む。

 確かに風でぴらってなったらスカートは終わり。


 しかし女子高生たるもの、そんな危険は日常茶飯事。自転車で登校する時、風の強い日、階段、それらに対応するためのものが存在するのは女性のうちほとんどが知っているはずだ。


 だけど私はもっと強力な武器を手にしていた。


「大丈夫、ちゃんとその対応はしてるから。ほら」


 スカートの裾を持った私は、そのままそれを上に上げた。



           ―――――――――――――――――――



「な、なんで私まで殴られなきゃいけないの……?」


 シュヴァイツ城を出てからおおよそ二時間。

 ドラゴンに乗って上空を飛行する私たち騎士団第一隊、その先頭を行くのはエルガー。

 鳥が飛ぶのと同じように矢印型でアマルテアに向かっているけど、私はその列の後ろの方だ。今日はしっかり鞍に跨って命綱も装着している。


 セーラー服の腰回りにもいつもより頑丈にベルトを巻き、そこに剣が差してある。スクールバッグは二つある持ち手をそれぞれ肩にかけ、まるでちょいワル女子高生。


 そして今回は砂漠での探索だしあまり大きい物は持ってくるなと言われてたけど、女子にしては少々省きすぎた。

 なんたってスクールバッグの中身は、往復四日分と探索四日分計八日分の着替え。それから歯ブラシとか生活用品がちょっとと、暇つぶしに読むための英語の教科書。ルーから借りた日焼け止めと、ウォーターフォードの通貨。タオル数枚。


―――我ながら女子力の無さにはびっくりだ。


 勿論それだけ入れればバッグはパンパンだけどショルダーバッグにはその他もろもろの雑貨が詰め込んである。

 これだけで荷物が済んじゃうって便利だけど悲しいよね。


 ちなみに。


 スカートの中には高校の体育で使う学校指定の赤い短パンをしっかり履きこんでいた。ウォーターフォードに来た日も寒くて下にジャージを着ていたんだ。


 スカートをめくって見せた私を前に二人は一瞬硬直した後、エルガーはジェラルドに対してそうしたのとと同じくらいの威力で私の頭に拳を下ろした。


「ねーシエラ? 私何かまずいことしたのかな? いくらなんでも殴ることなくない?」


 まだ頭がクラクラする。

 シエラに問いかけても、彼女はいつも「ガー」とか「ゴギャー」とか短く相槌を打つだけだ。今日は外の世界に興味津津の様子できょろきょろと辺りを窺っている。


―――初めて見た外の世界って、どんな風に感じるんだろう。


 シエラにとって、今日は城外デビューの日だ。

 私は生まれて初めて外に出た日なんて覚えてないけど、目に映るものの全てが不思議で周りを見てばっかりだったんだろう。人の話なんて聞いてる余裕なんて無いくらいに。


「綺麗な景色だねー」


 下は見れないけど(オプション高所恐怖症)、正面を見れば遠くに頭を白くした山々が連なっている。空は晴れていて雲一つない。


「私、すごい所に来ちゃったな……」


 大きな風が吹いた。




 そしてその晩、ようやく砂漠地帯の近くにあるアマルテアに辿りついた。


 砂漠の中で一番大きい都市のアマルテアは、商業の中継地点なんだそうで結構賑わっている。白くて四角く建てられた独特の住まいがずらりと並び、その軒下には多くの店が出ていた。


「すごい、こんな大きい街なんだ」


 宿についてからすることも無く暇だった私は、一人アマルテアの小路を歩いていた。

 騎士団の中にいた時以上に目立ってしまうのでセーラー服から騎士団の制服に着替えて街中に出ている。

 今日はルーもロズもいないけど、言葉も通じるし何より、


「人生初給料……」


 があるからね!

 給料の一部を入れた腰元のポーチに手を当て、ふっと一人笑いを零すと


「おっ、そこのお兄ちゃん! どうだい恋人に花でも!」


 近くの出店のおじさんに声をかけられた。

 昼間と比べて少し肌寒いのにこの土地の人はみんな熱気ムンムンだな。

 おじさんはどうやら花やらアクセサリーやら女性用の飾りを売っているみたいだ。残念ながら私とはあまりご縁が無いけど。


「え、いや、遠慮します」

「そうかい、そりゃ残念だな……って、アンタ騎士様じゃないか」


 驚いた様子のおじさんは頭にターバンを巻いている。教科書で見た異国の人々が確かこんな格好をしていたはずだ。


「騎士様が一体アマルテアに何しに来たんだい? ああ、あの森を調べに来たのか」

「あの森?」


 おじさんの言葉を反復する私に、彼は首を傾げた。


「あれ、違うのかい」

「すいません、『あの森』って、ここ砂漠の近くでしょう? 森なんて無いんじゃないですか?」

「それがねえ、最近ここらで変な噂があってな」


 おじさん曰く。


 なんでも二カ月ほど前から砂漠で奇妙な『森』が目撃されるんだそうだ。

 それが現れる時間も日にちも不定期でまるでオアシスのような存在のそれは最初は「神からの贈り物」とあがめられていたらしいけど、その裏側で起こっている事実に段々と気味悪がられていった。


「―――人が、消えた?」

「そうさ、初めは砂漠を渡っていた商隊、次は旅人、この街の人間も何人か消えてる。それがあの森に喰われたんじゃないかって言われてるんだよ」


―――何それ、こわっ!


 明日から砂漠で探索を始める身としては耳を塞ぎたい内容だ。


「青いかすみがかかっているから、この辺りじゃ『青の森』って呼ばれてるのさ」

「『青の森』ですか……」


 深刻な声をもらした私に、おじさんは笑って「まあ暗い話はやめにして」と片手で出店の商品を示す。


「どうだい? アクセサリーでも買って行ったら気になるあの子もすぐオチるぞ?」

「はは……」


 おじさんの言葉はともかく、ルーとロズにお土産を買っていくのは名案かもしれない。女の子だし喜んでくれるだろう。


「そうですね……どれか買っていこうかな」


 気を取り直して出店に並んでいるネックレスやら指輪を見てみる。色も豊富でキラキラ輝いているそれは、私から見ても綺麗だ。


「じゃあ―――」






『青の森』


 幻想的で神秘的なその森でこれから起こる奇怪な現象。

 それが何なのか、私は知るよしも無かった。




15万HIT到達しました!

これからもこれを励みにして頑張っていきたいと思います。

またここまで長々と読んでくださった皆様に心より感謝です。

ありがとうございます!

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