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アルカナの行方  作者: ほされた葡萄
第1章 十七歳の誕生日 
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02 王子様の非日常


 ゴーン


 地面からビリビリと伝わる震動に私は目を開けた。

 何故か冷たく硬い地面に雑魚寝状態。その現状に嫌でも脳みそが冴えわたってくる。待て、ここどこだ。今何時だ。私の荷物はどこいった。

 地面に貼りついていた頬を引っぺがして頭を上げる。ずっと冷たい床に寝そべっていたのか顔の右半分はちゃんと自分の血が通っているか不思議になるくらい冷えていた。


 さて、まずは自分がどういった経緯でこんなことになっているのか。それを理解しなければいけない。


 最初にわかるのは、ここが石造りの部屋―――というより牢屋みたいなところだということ。しかも床面積だけは狭いくせに異様に縦長く、暗い色の石が高く内側に反るようにして積み上がっている。金属で出来たいかにも頑丈そうな扉が一枚、床との間から僅かにオレンジ色の光が漏れていた。牢屋というよりむしろ独房といった表現の方があっているかもしれない。

 今のところの光源といえばドアの上についた金属の棒みたいなもの先っちょに申し訳程度についた小さなカンテラ。あとは天井と床のぴったり真ん中ぐらいの高さにある、壁を切り取り格子の嵌めたようなところがぼんやりと光っているだけ。あそこがはダイレクトに外に通じているらしく、時々誰かの声がする。


 まさか。まさかとは思うけど。


「誘拐とかっ……!?」


 いやそれは無いな、と自分で呟いておきながら首を振る。幼稚園生、小学生ならまだしもこんなに大きい女子高生を誘拐とか、笑えてくる。


 まずは記憶を辿ろう。学校でヨーコと話して、一人で下校。そこまではちゃんと覚えてる。で、帰ってる途中で変な声が聞こえてきて……


 ようやく全部思い出した。しかし謎の少年の声で周りが暗くなってその後いきなりこんなところにいるとは……うむむ、謎は深まるばかりだ。

 それより今最も重要なことは私がとても腹ペコ状態であること。女の子たちからのプレゼントを食べるために昼飯を我慢し、腹の音を抑え、ようやくありつけると思ったら手荷物は消えていた。


「ああ、もう最悪だ……」


 もしかしたらこれはとんでもない悪夢なのではないだろうか。寒くて薄暗い場所で腹ペコの私。夢でも嫌なのに、これ本当に現実だったら。まさか現実だとは思えないけど現実だったなら。

 頭を抱えようとして後頭部に右手を添えた途端。


「いたっ」


 鋭い痛みが走った。離してしまった手のひらでもう一度そっと触ると、わずかに皮膚が膨れ上がっている。


―――たんこぶ? 一体いつ……


 その痛みは紛れもない本物の『痛み』だ。夢なんかじゃない。

 これ、現実だ。

 独房みたいなところにいるのも現実。じゃあ夢だと思ってたけど。


 白い光から出たその先は、見知らぬ部屋の机の上。その時はまだ学校指定のバッグもお菓子の入った紙袋も手の中にあった。

 しかし見知らぬ男が部屋に来て、それで色々言っているうちに襟掴まれて荷物持ったまま視界が回転―――



 投 げ ら れ た !



 どうりで体中が痛いはずだ。しかも人間の体のなかで結構大事な腰までキリキリする。


 あの男、どっからどう見ても外国人なのに日本語流暢だったなぁ。髪こそ黒かったけど目の色が綺麗だった。

 と、例の男を思い出したところでどっと冷や汗が流れる。


 投げられる前に向けられた敵意に満ちた眼差し。片手には剣のような物まで持って、そして私は気絶させられこんなところにいる。


―――死亡フラグ……立ってる?


 いやまさか、男に投げ飛ばされたくらいでなんだ。別に私は悪いことしたわけじゃないんだし!


 冷たい地面に座り込んでそんなことを考えていると「おい」と上から声がかかった。

 顔を上げると、例の格子の嵌った小窓のようなところから誰かがこちらを見下ろしている。どうやら金髪の青年のようで、背後の光で髪が光った。


「ぷっ」


 しかし青年は私を見るなりまるで面白いものでも見たかのように吹き出した。


「なんだあの間抜け面」

「あ?」


 思わずとびきりの低音ボイスでそう聞き返してしまう。こんな状態ではあるけれど、初対面の人間に対してあまりに失礼過ぎやしないか。


「おー、恐い恐い。後半刻で調査が入る。それよりお前、団長の部屋に忍び込んだんだって?」

「団長ォ?」


 団長って何の? 応援団?

 ともかくその団長が例の男であることはすぐわかった。なんというか、体中から発する殺気が尋常じゃなかったからだ。

 『団長』と呼ばれるくらいだから結構な地位の持ち主なんだろう。なんたって長がつく!長だよ長! 頭なんだよ!


「なんだよ、お前そんなことも知らずに忍び込んだのかよ、間抜けな間者だな」

「患者?」


 聞き返したその言葉を青年はあっさりスルー、格子窓から姿を消した。

 再び静寂に包まれた独房で、私の背中を流れる冷や汗の量が倍になる。


 ―――死亡フラグ……立っちゃったよ……


 お偉いさんの部屋に忍び込んだだけでいきなりこんなところに放り込まれてしまうくらいだから今後の行く末なんて決まってる!

 絶対暗殺されちゃう!


「どどどど、どうしよう……私が死んだら、女の子達のお菓子は誰が食べてあげるんだ……!」


 独房の気温と脳内で繰り広げられる恐ろしい想像に歯がうまく噛み合わなくなる。


 ―――……待てよ?


 さっきの苛つく青年が言っていた「半刻で調査」という言葉にピンと来た。

 調査にしても何にしてもあと半刻であの扉が開く。だったらその隙を見て外に逃げ出せばいい。


 そうだ、生きたければ逃げればいいんだ!


 みなぎる思いに私は立ち上がった。



 ちなみに。

 世の中そこまで甘くはなかった。





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