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アルカナの行方  作者: ほされた葡萄
第3章 青の森
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07 決意


「ヴィオン副隊長ですか?」


 ドーナツで頬を膨らませたロズは、そう言い首を傾げた。

 訓練終了後に晩ごはんとお風呂を済ませた私は、誰でもいいからとにかく話がしたくてルーとロズの部屋を訪れている。相変わらず服は騎士団の制服だけどね。

 案の定この二人の部屋には夜食が常備されていたわけで、それを頬張りながらのトークになっていた。


「そうその人!」

「あまり良い噂は聞きませんわよね?」

「そうですね」


 ティーカップでお茶を淹れているルーも深緑の瞳を伏せてそう答える。


 やっぱり訓練中に会ったあのヴィオンとかいう男はあんまり人気のある方では無いらしい。ソリも合わないわけだ。


「妾を作ってはポイ作ってはポイですわ」

「気性が荒いので騎士団の団長や他の隊の隊長も苦労なさっているみたいですよ」


 ってことは直属の上司のディアは相当大変なんだろうな。

 王子なのに気苦労絶えなそうだし。


「そういえばハル様、昨日ディア様が探してらっしゃいましたよ」

「うぇ!? あ、いや、ちゃんと落ち合えたよ」


 ルーの口から出た名前に思わず過剰反応してしまう。そういえばまだ昨日の話なんだあれ……!

 話のきっかけを作ったルー本人は気付いてなさそうだけど、その横からの視線が痛いのは気のせいか? 硬くなった首を回転させて視線のほうを見ると、赤い瞳が二つ。


 こちらの様子を見たロズが不敵に笑った。


「ハル様ー? どうなさったんですのー?」

「いや、別にどうもしないけど……」


 目を逸らしたのに意味深な笑顔を向けられ私は一人冷や汗を流す。多分気付いてる。ってか絶対気付いてる。ロズは恋愛事情とかには敏い子だ。


「そういえばさ、ディアって騎士団に所属してるけど王子の方の仕事は大丈夫なのかな?」


 なんとか話しの流れを変えようと絞り出した議題に二人は声を重ねて「ええ」と相槌を打った。


「ディア様はこの国の第四王子ですもの。仕事はほとんど第一王子のロイ様か、第二王子のクロード様がこなしますわ」

「第四王子?」


 だいよんおうじ、という漢字が一瞬変換できなかった。


「……お兄ちゃんが四人!?」

「三人です」


 冷静に突っ込まれ、私は一人もう一度数を数え直す。

 二人兄弟で兄と弟が王位継承を争って云々、みたいな想像をしていた自分が恥ずかしい。


「それで、ディアの兄弟って全部で何人いるの?」

「王子が五人、王女が三人で八人兄妹ですわね」

「随分多いんだね……」


 大所帯の中で育ったのか。確かにディアはお兄ちゃんも弟も勤まりそうな感じだ。

 そう思って二人の方を見、ん? と首を傾げる。


「そういえば二人共、家族は?」

「私たちは田舎から稼ぎに来てるんです。実家はここから遠いところにあります」


―――出稼ぎってやつかぁ、若いのに二人とも苦労して……って、そういえば!


 私二人の歳も何も知らない!

 今更ながらルーとロズの歳やら家族構成やらを全然知らないことに気がついた。それだけじゃない、好き嫌いは何とかもっと話題を膨らませるチャンスは今までにあったはずなのに!


「ねえ、今いくつ?」


 なんてさすがに間抜けすぎだし。

 どうやって年齢を聞きだそうか迷っていると、ロズが「そういえば、ハル様」と声をかけてきた。


「今年おいくつになりますの?」


 なんというグットタイミング!

 興味津津と言いたげな眼差しでこちらを見てくるルーは少し背は小さいものの大人っぽいし、ロズだって華ある女子だし。

 あくまで予想だけど、二人は私と同い年か一つ年上だな!


「この間、十七歳になったばっかりだよ」

「そうですの! じゃあ私たちにとっては―――」


 少し間が開いた。


「お(・・)さま(・・)ですわね!」



           ―――――――――――――――――――



「アルカナ、アルカナ……」


 低い声はうわ言のように何度もそれを呟いた。

 それ以外何も考えられないとでも言う恋のような、強い憎しみ。


「あれを使えば、あの女を使えば……」


 今宵は新月。月が無く城内には無数の灯火が置かれている。その明りにすら照らされない室内で、蒼い瞳だけが煌々と輝いた。


「……それ以上魔術を使われては……」

「平気だ。お前は口を出すな」


 呟かれた言葉に、牽制をかけるようにそう重ねる。


「もうすぐ。もうすぐだ。あと少しで奴を―――」


 月下に潜む影が妖しく揺らめいた。



           ―――――――――――――――――――



 ショック。

 超ショック。


 今まで友人として仲良くやってきたルーとロズ。二人ともちっちゃくて可愛くてでも色気はすごい。だからてっきり―――年上だと思っていたのに!


「私は来月で十七になりますわ」とロズ。

「まだ十五です」とルー。


 お察しの通り、私が一番年上だった。


 結局自分の部屋に帰ってきてベッドに寝転んでやることもなくゴロゴロしていたわけだけど。

 こういう一人きりの時間は結構大切だ。まずどうやったら女の色気が上がるのか―――じゃなくてアルカナのことをしっかり考えなきゃ。


 まず、アルカナの役目をまっとうしたところで必ず日本に帰れるとは思っていない。


 それどころか恐らく帰れない。私は『呼ばれた』だけのわけだから。


 それに例の神様を殺そうとするくらい強い人に勝てるとも思わない。

 その前に相手の情報皆無だし。


 だからって何もしないわけにもいかない。


 じゃあ別の視点から考えてみよう。

 もし―――もしもこの世界が滅びるなんてことになったら皆どうなる?


 それを想像しただけで目の前が真っ暗になる。心が締め付けられる、なんて生易しいものじゃなかった。頭がガンガンした。寝転んでいてもわかるほどに、体が重くなる。


―――アルカナと向き合うには、色々な物が足りない気がする。


 それは私自身の勇気であったり、この世界の知識であったりするのだけど。


 丁度その時コンコン、とドアがノックされた。


 陰鬱な気分から急に現実に引き戻され、私はベッドから上半身を起こした。時刻はすでに九時を過ぎていた。


 ブーツに足を突っ込んで立ち上がりドアの前に行くとそっと音をたてないようにそれを開ける。


 そこには誰もいなかった。

 ただ蛍みたいな淡い光が一つ、迷ったみたいにフワフワ浮いている。

 本物の蛍を見たこと無いからよくわからないけど、こんな風に綺麗なのかな。


「迷ったのかな?」


 でも本物の蛍には見えない。そのまんまの光って感じだ。


 なんとなく捕まえてみようと思って指を伸ばしそれに触れた瞬間、頭に声が流れ込んできた。


『ハル、聞こえるか?』

「!?」


 聞こえてきたのは紛れもないエルガーの声だ。


「エ、エルガー? いつからこんなピュアな妖精に……!?」

『馬鹿かお前は。とりあえず今から俺の部屋に来い。預言書について話がある』

「え、話って?」

『長くなる。いいからさっさと来い』


 エルガーの声はそれだけ言ってプツンと途切れた。光はまた一度フワリと上昇したかと思うと、まるでヤカンの中のお湯が沸騰したような「ピ――――――ッ!」という甲高い音をたてて廊下の先まで飛んでいく。


「……なんだあれ」


 まあいい。部屋で色々考え込むより人と喋っていた方が気が紛れる。


 今夜は少し蒸し暑いな、と思いつつ部屋のドアを閉めて廊下を歩く。外が妙に暗いのは新月だからか。


 少し不気味な夜だと感じた。




「エルガー、来たよー」


 重い扉を開けると、部屋にいたのはエルガー一人だった。いつものように執務机に向かって何やら忙しそうにペンを動かしている。


「入れ」

「失礼しまーす」


 部屋に踏み込んでソファの方を見ても誰もいない。

 よかった、今はとてもディアと顔を合わせられる状態じゃないし。


「で、どうしたの? 預言書のことで話があるって」


 執務机の前に立った私は落ち着かない気分でエルガーの方を見た。


「騎士団で預言書の探索に行く地域が決定した」

「あ、そうなの? 次はどこ?」


 まだよくは知らない外の世界に興味もあるし、サンストーンは景色が綺麗なところだった。

 今回もそんな風に綺麗なところに行けたらいいな、と思いつつエルガーの表情を窺うと何やら難しそうな顔。


「お前には、シュヴァイツ城で待機してもらう」


―――は?


 声を出すのも忘れて、私は立ちつくした。


 何それ、どういうこと? まさか―――


「私が『異世界からきた救世主』だから?」

「今日は妙に察しがいいな」


 ペンを置いたエルガーは腕を組むとやっと私と目を合わせる。


「もしお前に死なれでもしたら、この世界は終わりだ。少しでもその可能性は小さくしておいた方がいい」

「だから、私にはついてくるなって言うの?」


 アルカナだから。

 私がこの世界を救う人間だから、もう騎士団の一人として役目も貰えないって。


―――ふざけんじゃないって話だっつの!


「なんで! そんなの変でしょ!? 私はアルカナの前に騎士団の一員だし、預言書の探索にもついてくから、絶対!」

「それでお前に何かあったら終わりだ」

「だけど―――」



―――決めなきゃ、今ここで。


 アルカナと向き合うか、このまま逃げ続けるのかを。


 決めるんだ。



 私は今まで、この世界の何を見てきた?

 この世界で何と出会った?


 本当に些細で、だけど私の人生を大きく変えてしまうようなこの出来ごとの中。

 驚いて迷っていた私の背中を、この世界の人たちが押してくれたんじゃないか。


―――この世界、なんて大仰なことは言わない。エルガーとかディアとかルーとかロズとか、そんな周りの人たちだけでも構わない。

 その人たちの平和だけでも守れたら―――



「アルカナ(・・・・)の(・)()が(・)いなきゃ(・・・・)、預言書(・・・)は(・)見つけられない(・・・・・・・)!」



 咄嗟に口走った言葉に、今度はエルガーが唖然とする番だった。


「だってそうでしょ? サンストーンの時だって、私が預言書見つけたし!」

「アルカナがいなくても今まで預言書は見つかってる」

「でも絶対私がいた方が効率は良い!」


 ぎゅっと拳を握りしめ、必死の交渉を試みる。


「第一、お前はまだアルカナとしての決心がついてないだろ」


 痛いところをつかれた。

 だけど、もう決めたはずだ。

 一度決めたことは、絶対に曲げない!


「私はアルカナとしての役目を全うする。そう決めた」


 そうだ。向き合え、ちゃんと。勝手に与えられたものだけど私だけの役目。

 いつまでも逃げてはいられない。


「お前は迷っていただろう」


 エルガーは優柔不断な私にとっくに気付いていたらしい。眉間に皺を刻み、こっちを見てくる。


「今決めた!」

「偉そうに言うな」


 腰に手をやってそう言った私を前に、エルガーは深い溜息をつく。


「だがそれなら尚更連れて行くことは出来ない」

「なに言ってんの! 騎士としては四分の一人前以下かもしれないけど、アルカナを預言書探索に混ぜて損は無いんじゃない?」


 決めたんならこっちの勝ちだ。

 これから先にどんな敵が待ち受けてて、どんな光景を見るのかはわからない。

 もしかしたら誰かの命を奪うかもしれないし、誰かに命を奪われるかもしれない。


 それでも、恐怖に捕まっていたら、前には進めないんだ。


「……」

「どう? 私も一緒に行っていいでしょ?」


 困ったようなエルガーの表情に、私は笑顔をもらす。


 どんな運命でも、受け入れるんだ。

 逃げずに正面からぶつかればいい。今は、それだけで十分だ。



 今だけは、それで。



主人公、やっと優柔不断から卒業しました。

長かった……(泣)

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