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アルカナの行方  作者: ほされた葡萄
第3章 青の森
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06 揺らぐ


「……」



 朝。

 カーテンが全開になって暑いくらいの日差しが差し込み、窓の外からは鳥のさえずりまでもが聞こえてくる。


 そんな中。


 私は、寝不足だった。




 食堂の空いた座席に一人で腰掛けもっちりパンを咀嚼する。

―――ダメだ。昨日色々ありすぎた。

 ぼーっとした気分で深く溜息をつく。いっきに老けたんじゃないかしら私。


「おっはようハル! 麗しの姫君!」


 沈んだ気分で遠い目をしていた私の視界に、突如として銀色の何かがが割り込んできた。

 今日も眩しいくらいハイテンションなジェラルドだ。


「……」

「おっと、どうして目を逸らすんだハル? ちゃんと俺の顔を見ろ」

「いやもう……眩しすぎて……」


 薄ら笑いでパンを口に押し込んだまま、落ち込むテンションをどうにかしようと少し背筋を伸ばす。

 今日は午前中から訓練なんだし、張り切らなきゃ。


「何かあったのかハル……あ、わかった! フラれたか!」


 ジェラルドがどうだ! と言いたげな顔で放った台詞は思いのほか心臓に悪い。


「……まさか、図星?」


 いっきに血の気の引いたこちらを見て彼は真顔でそう訊いてくる。


「いや、別にフラれたわけじゃないけど……」


 口からはそんな言葉が転がりつつも、脳は昨日の記憶を遡っていた。

 『ハルが好きだから』

 夕日をバックに王子様からの告白―――まるで乙女が憧れるドラマみたい。


―――私、それをぶち壊したんだ。


「じゃあなんだ、好きな奴に恋人が―――」

「違うって」


 思えば、どうしてディアは私なんかを好きになったんだろう。

 一国の王子様だし、あまり女の子と喋ったりする機会が無いのかな?

 それとも男らしい女子がタイプとか?


 考えていた時、聞きなれた歩調の足音が近づいてくるのを察知して私は慌てて俯いた。


「おはようジェラルド」

「おう」


 視界の端に映るのはキラキラ輝く金色の髪。勿論ディアだ。

 いつも通りの穏やかな挨拶にジェラルドも何も感じなかったらしく軽く手を上げて応答。

 そして。


「おはようハル」


―――きた!


 ガチガチに固まった首を上げて「お、おはよー」と返す。視線がぴったり合うと向こうは満足げに微笑んだ。


 天使かあんたは!


 そう突っ込みたくなるような笑顔のまま、ディアは視線を逸らし窓際の席の方まで歩いて行った。後ろ姿まで神々しいな。


「ディアの奴、今日は妙に爽やかだな」


 いやもともと爽やかなのに爽やか二割増しくらいだったからねあの顔。

 ディアはなんであんなしれっとしてられるんだ。考えてみれば私ばっかりアタフタしてる。


「はあ……」


 溜息混じりに席を立つとジェラルドは「もう行くのか?」とこちらに視線を寄越した。


「うん、食べ終わったから」

「おうわかった。今日の訓練、怪我しないようにな」


 ジェラルドに釘を刺され苦笑いで食堂を出る。

 訓練まで、後三十分。



           ―――――――――――――――――――



 ノックの音にエルガーは顔を上げた。

 時刻は午後九時を回り城内の喧騒も静まりかけている。羊皮紙に走らせていたペンを置き、ドアの方を見ると入ってきたのはディアだった。


「やあ」


 片手を上げた彼はそのままエルガーの机の向かいにあるソファに腰掛ける。その見慣れない表情にエルガーは眉間の皺を深くした。


「何かあったのか」

「え?」


 ディアの顔に浮かぶのは、作り笑い。

 問い詰めるように少し体を傾けたエルガーを見た彼は小さく苦笑を零す。


「ハルにね」


 少し考えたように自らの指先を絡ませた彼は、ようやく手元から顔を上げた。


「ハルに、フラれた」

「―――は?」


 ディアの言葉はエルガーの思考を停止させるには十分すぎた。

 思い沈黙がその場の空気を支配する。


「好きだって言ったんだ、ハルに。彼女を元気づけようとかじゃなくて、本当に好きだったから。出来ることなら寄り添いたいとも思った」

「……」

「ダメだったけどね」


 何を言うのが一番良いのかわからない。

 そんなことを思い、エルガーは硬直したまま視線だけを逸らす。


「何か言ってよ」

「何を言えばいいんだよ」

「じゃあ、エルガーは、ハルのこと好き?」

「はあ?」


 ますます眉間に皺を寄せたエルガーを前にしても、ディアの表情は変わらない。いつも以上に穏やかで、静かすぎる。


「なんで俺があいつを好きになるんだ。正反対だろ、色々と」


 くだらないと言いたげにそう返したエルガーは先ほどまで見ていた書類に目を落とす。

 ディアは小さく笑って立ち上がった。


「エルガーはなんだかんだ言ってハルと似てるね」

「どこが」

「色々と、だよ」


 その笑顔は、もう作られたものではなかった。

 それだけ確認したエルガーはまた羊皮紙に視線を戻す。


「邪魔したね。もう戻るよ」

「ああ」


 顔を上げず頷いた彼を見て、ディアは微笑みドアノブに手を掛けた。

 訓練前日の夜だった。



           ―――――――――――――――――――



 木刀と木刀がぶつかり合う音に、私の意識はどんどん沈んでいく。

 手に伝わる衝撃は大きいけど頭の中は魂が抜けたみたいに何も考えられない。なんとか反射で体が動いてるからいいものの、危なっかしいなあなんて自分でも思ってしまう。


「やめ!」


 全体に掛けられた声が誰のものだったか判別もつかないまま腕から力を抜く。


―――なんか、今日めっちゃだるい……


 アルカナとかアルカナとかアルカナとかのせいだな多分。


 一体どうなるんだろう、これから。

 神様を悪い人から守って、本当にそれで日本に帰れるんだろうか。


―――それに、神様やオニキスのいいなりになってるだけっていうのも癪だし!


 オニキスのあの憎たらしい笑顔を思い出すだけで腹が立ってきた。私を怒らせてそんなに楽しいかチクショー!


 テンションは上がらないけど無性に腹が立ってきた。


「ハル、休憩しとけよ。次は試合だからな」


  気づくと周囲の人影はまばらで、騎士団のみんなは井戸の方で水分補給していた。昼間の中庭は蒸し暑い。やっぱり地面が芝生なだけある。


 話しかけてきたジェラルドはどうやら私のことを心配してくれてるみたい。


「そうする。ありがと、ジェラルド」

「そう言ってもらえると一番嬉しいぜ。俺は女性の役に立てればそれで」

「はいはい」


 苦笑しつつ木刀を置いて井戸の方へ向かう。とにかく試合だけは集中していこう。

 これ以上暗い顔したって意味ないし、誰かに心配かけるわけにもいかない。


 中庭の角に一つずつ、つまり計四つある井戸は歴史の教科書で見かける江戸時代のものみたいだ。てこの原理を利用して古いバケツみたいなのを紐で持ち上げて水をすくう。


 と、バケツの中の水を手ですくったときに上から声が聞こえた。



「ほう、この少年が例の『アルカナ』か」



―――は?



 聞いたことのない声。

 一体誰の―――?


 顔を上げると、井戸の向こう側―――芝生から二段ほど上がった高さにある廊下に二つの影があるのがわかった。


 片方の影は大きい。エルガーとかディアよりも高身長だから百九十センチはあるんじゃないか。がっちりとした筋肉質な体形に、外国人のように深い彫りの顔。髪は燃える炎みたいな緋色。

 目の色は赤銅色に近いけど、なんとなくそれが濁って見える。


「おっと、『お嬢さん』の間違いだったか」


 口元だけを三日月型に歪めて笑ったその表情に、初対面なのに苛っときた。


―――誰コイツ。


 目の前に立ちふさがる体躯のいい男から視線を外して、その後ろにいるもう一つの影に目を向ける。

 まるで幽霊のようにそこに佇んでいるのは、金がかった茶髪の少年だった。

 表情も一切の感情が読みとれないくらいまっさらで、何を考えているのか全然わからない。歳は私と同じくらいなのに―――って、あれ?


 彼、確かこの間テラスにいた……?


「確かに不気味な瞳だな」


 思考に突如割って入ってきた男の声は、あまりに失礼な物言いだった。


「はあ?」

「どうやら威勢だけはいいようだが、貴様ごときに神のおもりが務まるのか?」


 なにこの人。

 びっくりするほどうざい!


「大人なら言いたいことはっきり言えばいいじゃないですか」

「餓鬼がなめたことをぬかすな」

「その餓鬼をからかうなんて随分お暇なんですねー。昼間から御苦労さまですことー」


 ロズの言葉遣いを真似て言うと、自分でもびっくりするほど皮肉な受け答えになった。ざまみろ、これが現代女子高生の力だ!


 ふ、と男の目が細められる。

 その時。


「何の用だヴィオン」


 いきなり目の前に誰かが割り込んできた。風でマントが舞い上がり、視界が塞がれる。

 黒髪短髪にこの身長ってことはまさか。


「エ、エルガー?」


 どうしてここでエルガーが出てくるんだろう。

 びっくりしていると、ヴィオンと呼ばれた男はフンと鼻を鳴らした。


「これはこれは、団長殿ではございませんか」

「二番隊は警備のはずだ。何故ここにいる」

「アルカナを務める娘がいると聞いたからどんな者かと思いまして少々様子を窺いに参ったのですが、ね」


 まるで値踏みするような視線を寄越され、私は背中を虫が這ってるんじゃないかってくらいの不気味さを感じた。

 なんか、気持ち悪い。


「恐い番犬もいるようだし、噛まれないうちに今日はお暇しよう」


 口角を上げて笑ったヴィオンは踵を返して廊下を歩いて行ってしまった。後ろにはあの少年もついていく。


「……誰アレ」

「二番隊の副隊長、ヴィオン・フォントノアだ」


 二番隊の人ってことはディアの部下か。


「嫌なヤツ!」


 どうせ最後に言ってた「番犬」って言うのもエルガーのことだろう。

 未だ見えるヴィオンの背中に、私は眉間に皺を刻んで悪態をついた。


「なんか絶対仲良くなれそうにないわ今の人! 初対面から失礼千万だっつの」

「お前もなかなか負けてなかったけどな」


 その一言にむっとしてエルガーの方を見上げると、彼の目は未だにヴィオンの背中を追っていた。


「あいつのように、これからはお前を『アルカナ』だと見る者も多くなる」


 視線は外さずに、エルガーは言い放った。


 わかってる。いつまでも気持ちだけ取り残されている場合じゃないんだ。

 周りから見れば私はもう既に「神様を救う人間」なんだから。


―――重いなぁ、この役職……!


「用心しておけ」


 不意にかけられた言葉と、いつも以上に真剣そうなその横顔に何故か少し胸の奥がざわついた。



 湿気の混じった風が、前髪を揺らした。



久々の更新です

遅れてすいません

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