04 地下通路
「っつ……いたたたた」
暗がりの中、私は瞼を上げた。
階段から真っ逆さま、下に落ちたものの高さはそれほどなかった。予想では地下六階分くらいまで凹んでいるんだと思っていたけれど、実際は目測二階と半分くらいのところから落ちたらしい。それでもこうして意識があること自体幸運なんだろうけど。
なにより横向きに落ちた分まだましだったのかもしれない。体の右側はしばらく痺れて動かなかったけど今はもう直ったみたいだし。
「エルガー? どこー?」
暗くて周りがよく見えないから恐る恐る声を出すしかないけど……
「太った」
真下から聞こえた声に私は驚いて勢いよく飛びのいた。
「ぎゃああ―――っ!?」
「なんだその悲鳴は」
「びっくりするでしょうが! っていうかなんで下にいるわけ!?」
闇の中で黒い影がむくりと体を起こすのが認識できた。真昼間だって言うのに薄暗いこの空間では夜目が効くのは遅いけど。
「お前が下だったら圧死してただろうな」
「まさかとは思うけど……団長空中で体の位置逆にするとかそういうサーカスみたいなこと……」
「後々ディアに小言喰らうのも面倒だから仕方無く」
―――やったんですか!
あんたは完璧人間か! そりゃあ騎士団の団長なんて運動神経良くなきゃできないんだろうけど、さすがにサーカス団入れちゃうよ!
間髪入れず団長がマッチを取り出して火をつける。辺りがちょっと明るくなったので立ち上がって周囲を見回してみるけど……とても上によじのぼれそうなでっぱりとかは無さそうだ。
「うーん……どうしよっか」
「どうするもこうするも、ディア達が救助に来るまで待つしかない」
もっともなご意見に、私は唇を尖らせた。
だってこんなところで待ちっぱなしとかお腹すいちゃうし暇だし。
エルガーはいつの間にか近くに落ちていた太い木の枝に布を巻きつけて火を移してたりして、彼がいるところだけぼぅっと明るくなっている。私も明り欲しいな。
「時計塔の地下ってことはどこかに通路があるのかな」
「そうかもな」
大した反応も無く、お互いに無言になる。
―――は、話しづれえ!
エルガーと二人っきりで話した素直な感想はこれだ。
考えれば最初に投げ飛ばされて以来、二人で話す機会なんて無かったわけだし。ディアとかジェラルドが会話を繋いでくれていたからこそのコミュニケーションだったんだね。ありがとう、二人とも!
そんな風に普通に話しやすい二人に感謝していた時、ぐいっといきなり前から誰かに肩を押された。
「!?」
誰、とは言ってもここにはエルガーと私の二人しかいない。
だけど、あれ?
「ちょ、まっ―――うわっ!」
あまりの力に私は後ろに向かって尻もちをついてしまった。肩を掴んだ腕の力は強くて外套の上からなのに肌に完全に食い込んでいる。
「エルガーッ!?」
何を血迷った!
明りはまだ向こうにあるのに、自家製松明放り投げてまで私をねじ伏せるって一体どういうこと!?
「どうした!?」
けど……あれ?
エルガーの声は確かに光の方からして―――じゃあ私の肩を掴んでるのは一体ダレデスカ?
ぼうっと、松明の明りで照らされた相手の正体に私は息を呑んだ。
真っ白くて細い躯体に、顔にぽっかりと開いた無数の穴。
骸骨だった。
「キャ――――――――ッ!?」
なにこれなにこれなにこれ!
ナ ニ コ レ !
ガイコツが私を押し倒してるってどういう状態!? しかも肩を押さえつけている方と反対の手は高々と振り上げられそこには鋭いナイフが握られている。
そのナイフが私に向かって振り下ろされそうになった瞬間、真横からの衝撃にガイコツが吹っ飛んだ。
半泣きでそこを見ると―――どうやら鬼の団長がガイコツを蹴り飛ばしてくれたらしく足を上げた状態で小さく舌打ちする。
「さっさと起きろ!」
「は、はい!」
素早く体を起こすと同時、エルガーが剣を抜いた。
どこからともなく何体ものガイコツたちがいつの間にか私達二人を囲んでいて、仕方なく私も剣を抜く。おぞましい光景に手が震えるがなんとかそれを構え準備は完了。
「え、エルガー……これって」
「おそらく古い魔術だろうな。誰がやったのかはわからないが―――少なくともこいつらに話が通じるとは思えないし、適度に倒しておくのが得策だ」
「て、適度に……?」
手に武器を持ったガイコツたちはぼろ布をまとって裸足で少しずつこちらに距離を詰めてくる。そのたびに骨と骨がぶつかってカタカタと不気味な音をたてた。
「……気持ち悪い」
一般的女子高生から言わせてもらうと、これほど気持ち悪い光景ってないと思う。どこかのネズミの国(海の方)のインディーなんちゃらじゃないけど……生でガイコツ動いてるって想像以上に怖い。
と、目の前の一体が手に持っている錆びた剣を振り上げた。
「行けっ!」
「ぎゃあ!」
背中に目でもついてるの!?
背後からエルガーにどつかれて、私はガイコツの群れに突っ込む形になってしまった。しかもその時目の前のガイコツの頭に私の剣がぐさっ! と勢いよく突き刺さって。
「いっやああああああぁぁぁぁっ!」
当たり前だけど半狂乱。
「いちいち騒がずとにかく倒せ!」
「わああああ!」
慌てて剣を抜くと頭の部分にひびが入って割れ、頭の無い理科室の人体模型に―――
やば、気絶しそう。
頭が無くなっても骨なら関係ないのか、目の前に剣が振り下ろされる。間一髪避けたからいいものの、錆びた刃に当たっていたら怪我じゃ済まないかもしれない。
―――気合だ七瀬ハルッ! 今まで何年剣道をやってきたと思ってるんだ!
冷静に、けど素早く相手をぶちのめせ!
そう思うと、腕が勝手に上段の構えを取ってがら空きになった頭からガイコツを真っ二つにした。背骨を割る感覚に、思わず鳥肌。
人間の骨って脆い!
でもこれで一体は戦闘不能になった。エルガーの方からも金属と金属がぶつかりあう音がする。まさかとは思うけど松明片手にやってるのかあの人はっ!?
ばきいっ! とまるで木か何かを斬っているような感覚と飛び散る破片に毎度のこと「ひいい」とか「いやああ」とか悲鳴を上げてしまう。―――ごめん、ごめんねガイコツさん! 上司の命令ですから一応!
飛んだり跳ねたり走ったりの繰り返しで、ようやくほとんどのガイコツを粉砕することに成功した時にはすっかり息は上がっていた。
「団長さん、吐いていいですか……」
「吐くなら向こうでやれ」
冷たい態度のエルガーを尻目に、私は壁に手をついた。
―――よかった、お昼ごはんすっ飛ばしてたから胃の中カラッポだ。
見知らぬ土地で吐くという女子からぬ行為は避けられたけど……やっぱりお腹減ったなぁ。
「おい、さっさと吐いたらこっちに来い」
「吐かんわ!」
剣を仕舞って言われた通り松明を持ってるエルガーの近くまで行くと、壁にある異変に私は首を傾げる。
「穴?」
ぽっかりと人が通れそうなくらいの穴が、古びた壁に空いていた。サイズは大体ドアくらいなものだろうか。さっきのガイコツはもしかしたらここから出てきたのかもしれない。
私の前髪が風で揺れた。
「どこかに繋がってるのかな」
風が通るっていうのは、どこかに繋がっていることを表している。
小学生くらいの時に身に付けた知識だけど……エルガーの方を見るといつも以上に難しそうな顔で穴を凝視している。
一体どこまで続くのか、松明の明りも奥までは灯しきれない穴は人為的なものだとわかる。無機質な風音が耳を掠めると鳥肌がたった。
「地下通路か」
「地下通路ってあの噂の?」
「ああ」
ジェラルドから聞いた噂①亡霊が出る、という話はさっきのガイコツのことだったとして、もしかしたら地下通路の話も本当なのかもしれない。
「行くぞ」
「ええ!? 行くの!? またガイコツ出てくるかもしれないよ!?」
トラウマが一つ増えました!
ってそんなことは問題じゃなくて、この穴に対して妙に乗り気な団長をどうにかせねば!
「それにほら……ディアたちが来るのも待ってなきゃいけないしさ!」
自分、ナイスアイデア!
この言葉を言えばエルガーも折れてくれるはず、と揚々に答えを待った私だが。
「それなら心配ない」
彼は手袋を取って松明と一緒に私に預けると、両手でおにぎりでも握るみたいに空気を集めた。
ん?
なんか黄色い玉みたいなものがエルガーの手の中央で浮いている。
―――なにそれ?
彼が小さく呪文を呟くと、その玉はフワリと空中へ飛び出して上の方へ飛んで行った。
一瞬の出来事に、私は玉が消えた方に首を向けたまま硬直。
「これでディアにも伝言が行く」
「今の!? 今の伝言!?」
「単なる魔術だ。行くぞ」
それにしてもあんなひょひょいのひょーいって!
ウォーターフォードってすごいな。色々。
「けどさエルガー、建物には崩壊の恐れが……」
「後ろを見てみろ」
そう言われて振り返ると、散らばった亡骸たち。
その中のいくつかがカタカタと動いて一つの体を作ろうと集まりつつある。
「うっ……はやく行こう」
「賢明な判断だ」
出来る限り背中を見せたくないな、この状況!
「松明はお前が持ってろ」
「うんわかった」
手袋を返して、前を歩き始めたエルガーに私も急いでついていく。
後ろからカラカラと乾いた音がした。
―――――――――――――――――――
がっしり。
この効果音、無論私の手がエルガーの外套の裾を掴んでいることを示している。
「……おい」
「なんですか」
「その手が邪魔だ」
「しょうがないでしょ―――っ!」
いつまで経っても変わらない、延々と続く細い地下通路に私の恐怖パラメーターは絶頂を迎えている。
生ガイコツを見てしまったせいか周囲の様子がやたら気になるし、誰かの服でもなんでもいいから掴んでないとどうにかなりそう!
「あのねエルガー、先に言っておく。私ほんっとこういうの苦手。まじやばい。吐きそう」
「だから吐くなら向こうで」
「吐かないってば例えに決まってんじゃん! もう向こう行けみたいなこと言うのやめて! 死んじゃう!」
終始涙目の私にエルガーは呆れたように嘆息。
周りは真っ暗。しかも二人きり。少女マンガなら「あらまあ素敵な展開に期待できそう」が、ホラーに変わっちゃいそうなくらい不気味で。
松明が手の中にあるおかげでちょっとは安心できるけど―――背後が気になって仕方ない。
「場所交換しない?」
「いざという時に殺されるのはお前だぞ?」
「……エンリョシマス……」
脅し文句に近い言葉に冷や汗をかきつつまた後ろを振り返る。今のところ何かがついてきてるとかそういう感じはしないけれど……。
そうだ、と私はエルガーの方を振り返った。
「エルガー、さっきはありがとう」
「は?」
「階段から落ちそうになった時、助けてくれたでしょ。馬鹿馬鹿言ってても、なんだかんだ見捨てなかったし」
そう言うとエルガーの眉間からシワがすっと消えた。
きょとん、とでも言うのだろうか。ビックリしすぎて何も言えないみたいな顔で私の顔を見てくる。
―――……シワ外れた!
ちなみにその間私は小さく感動していた。
眉間シワ大魔王のエルガーからシワ取ったらやっぱり想像していた通り、顔立ちのよく整った美青年になる。
「な、なんでそんなに驚いてるの?」
「……別に」
ふい、と視線を外した団長相手に私は一人考え込む。
―――まさかとは思うけど……これは照れフラグか?
前にあったようにエルガーなりの照れ方をしているのかもしれない。
にっこり笑った私は言葉を繋いだ。
「最初にエルガーの部屋に落ちた時も、不審者扱いだったけど私を殺そうとかそういう感じなかったしさ」
「……」
「正直、落ちたのがあそこでよかったと思ってる」
「……」
「騎士団に配属されて色々あったけど、そのおかげで何とか自分の居場所も見つかりそうだし。エルガーにもディアにも、感謝してるんだよ?」
「……」
あれ、おかしいな。
さっきとうってかわって、彼の眉間にどんどんシワが寄っていく。
まさか胡散臭かった!?
「ねえエル―――」
松明を持ってエルガーの横に並ぼうとした時、何故か彼の肘が顔面に衝突してきて「がっ!?」と声を上げてしまった。
「ちょ、ちょっと、急に止まらないでよ! 一体な―――」
ひょっこりと顔を覗かせて前に続く道を見て私は言葉を呑みこんだ。
地下通路は二つに分岐して、いかにも「どちらかが危ないですよ」な雰囲気。
女の勘が危険を告げていた。