02 サンストーン
「い、いぎゃぁぁ――――っ!」
視界いっぱいの青と、空を飛ぶ浮遊感に私は悲鳴を上げた。
たった今私七瀬ハル十七歳、ドラゴンに乗っております!
私の前で揚々と操縦をするのはジェラルド。鼻歌の一曲や二曲は歌えそうな余裕っぷりでドラゴンの口元に繋がれる手綱を握っている。
対する私はジェラルドの腰に必死でしがみつくしかない。申し訳程度のベルトじゃ心臓が持たなくて思わず涙目になってしまう。
「速い速い絶対速いからこれっ!」
先程、と言っても十分くらい前だけど、おばちゃんとジェラルドに連れられてドラゴンを見せられた私は「ドラゴンで走ってのサンストーンまで行くの?」とお間抜けな質問。
当たり前だけど、ドラゴンの醍醐味って飛ぶところにありだよね!
嫌がる私(オプション:高所恐怖症)は恰幅のいいおばちゃんに無理やりドラゴンに乗せられ、いよいよ空の旅は始まった。
ばさばさと分厚い翼を動かして飛ぶドラゴンは、速度がジェットコースター並みに速い。おまけに飛んでいる位置は雲と地面のちょうど半分くらい。叩きつける風は強く下手したら本当に下に落ちてしまいそうでますます冷や汗をかく。
「ハル、そんなに恐がらなくたって平気だって」
「だ、大丈夫なわけないでしょうが! 下見ろ下を!」
ぎゃんぎゃん騒ぐ私にジェラルドは余裕の言葉を返してくる。
「うーん、じゃあ仕方ないな。サンストーンについての伝説を話してやろう!」
「その前に下ろしてよ!」
「無理無理。俺だって最初はドラゴンで行くの反対したんだぜ? でもエルガーに言われたんじゃ逆らえないだろ」
やれやれ、とわざわざ手綱から手を放して肩を竦めたジェラルドに私は思わず目を剥いた。
「ちゃんと操縦して頼むからっ!」
「はいはい」
悲鳴に渋々といった体で応じたジェラルドの後ろで、思わずはあと大きく溜息をつく。
さっきからリラックスさせようとしてくれてるのかわからないけど、ジェラルドって危なっかしすぎる。やんちゃな悪ガキっぽいとうかなんというか、全体的に(ちょっと邪気のある)子供みたいな感じだ。
―――正直振り回されっぱなしだし……!
「ところでハル、今回行くサンストーンについて質問は?」
「特にないけど……」
「じゃあいいことを教えてやる。あそこは地下に通路があるって噂なんだけど、そこには成仏しそびれた亡霊がいるらしいぜ」
そんなこと笑いながら言われても困るんですけど。
「噂でしょ噂!」
女子に恐い話吹きこむとか男子高校生かあんたは!
「地下通路は噂だけど、亡霊の話は俺も何度も聞いたことがある。実際騎士団の中にも見たことある奴はいるんじゃないかな」
「私に話すよりディアあたりに話す方が恐がってくれそうだけどね」
ディアが耳を塞いで悲鳴を上げる姿を思い浮かべて思わず吹き出した私に、ジェラルドも「はは」と笑顔を零した。
「ハルはそうやって笑っておいた方がいいぞ」
「え?」
「人間笑ってなんぼ。笑顔でいりゃあなんとかなるって」
なんだかわからないけど……これは励ましてくれてるのかな?
なんとなく浮遊感にも慣れてきたので、こんな質問をしてみることにした。
「ねえ、ジェラルドってディアとエルガーと仲良いの?」
「仲良いっていうか昔からの顔なじみだからな。あの二人とは」
顔なじみという単語に思考が一巡。
大体ヨーコと私の間柄ってとこか。日本にいる懐かしい友達の顔を思い出しなんとなく心臓がしめつけられる感じ。
いつか帰れるのかな。
「二人って昔からあんな感じだった?」
「まあな。エルガーは無愛想だしディアは毎日ぎゃんぎゃん泣いてるし、騒がしかった気がする」
ふーん、と私は小さく零した。
三人の小さい頃なんて想像できないけど、みんな前からこんな風だったのか。
ドラゴンがまた翼を大きく一振りした。
サンストーンまで、あと数時間。
―――――――――――――――――――
「お腹すいた―――!」
おそらく午後二時くらいだろうか。
東大陸の端、サンストーンに辿りつきドラゴンから下りた私は伸びをしながら叫んだ。
昼食をすっ飛ばして長時間空を飛んでいたからか、空腹にお腹も鳴るし耳に幕が張ってるみたいで気持ち悪い。
「まあまあ、あと一時間くらいしたら騎士団も着くだろうし、それまでの辛抱だ」
ドラゴン専用の宿舎―――とは言っても大きな小屋のようなところで鎖に繋がれたドラゴンの鼻を撫でながらジェラルドが呑気に言う。
「今日は遺跡の近くの宿に一泊するらしいし、明日は日が昇ってから探索開始だな。ハル、しばらくここで待っててくれ」
「え?」
「俺は市場の方でドラゴンちゃんの餌買ってこなきゃいけないんだ。悪いけど、な?」
ドラゴンに餌って市場で簡単に手に入っちゃうものなの?
まあ私はウォーターフォードの知識も薄い人間だし、ここは大人しくジェラルドの言葉に従っておいた方がいいだろう。
ジェラルドはそのまま街の方へ行くために宿舎を出ていき、取り残されたのは私とドラゴンのみ。
「……暇だなぁ」
一人でここにいても仕方ないのでその辺りでも散歩してこよう。
立ち上がった私にドラゴンがどこか寂しげな視線を向けてくる―――いや、ちょっと散歩に行くだけだから!
「すぐ帰って来るからね! 大人しくしてるんだよ!」
それだけ言い残し、私は足早に外へ出た。
確かに……周りは木ばっかりだ。
少し歩いたら街があるらしいけど、一本道が続く以外に隔離された宿舎の周囲は鬱蒼と草木の茂る森。しかも薄暗いしなんともおどろおどろしい雰囲気!
「テンション下がるのもわかるかも……」
まだ日も高いのに静まり返った森は、確かに心が鎮まって騒ぐのにうってつけではない。
だけど日本ではなかなかお目にかかれない光景だし、敢えて道なき道を行ってみよう!
ぐっと拳を握りしめた私は一本道の横にある獣道に足を突っ込んだ。
がっさがっさと足を動かし雑草の生えた森を進んでいると、小さな虫がひらひらと飛んでいく。それを手で払いながら更に踏み出していくと、何故か森の奥が明るくなっているのが見えた。
「ん?」
どこかに開けてるのかな?
宿舎からそれほど離れているわけでもないし、と明るい方角へと歩を進めるとそこにあるものがなんなのか段々とわかってきた。
―――街だ。
森の奥は切り立った丘のようになっていて、その下には大きな街―――だけどそこからは人の気配は一切感じない。
灰色の外壁に絡まるツタや、ところどころから生えた草。湿気の匂いも濃く寂しげな印象のその街は天井が抜け落ちた建物も多く、中にある階段なんかが日差しを受けていた。
これが、遺跡?
その時。
『アルカナ』
少年のような高い声に、私は振り返った。
だけどそこには誰もいない。
ただただ森があるばかり。
「だ、誰……?」
この声、通学路で聞いた声だ!
『大丈夫、もうすぐ会えるよ』
「あ、ちょっと待ってよ!」
消え入った声相手に呼びとめるが、そのまま一陣の風が吹き抜けて何も聞こえなくなった。
「……なんなの、まったく」
いきなりここまでトリップしちゃったのは、多分あの声が原因だ。
勝手すぎるでしょいくらなんでも! ちゃんと現状説明くらいしてってよ!
ふーっ! と大きく息を吐いた私は苛々とした足取りでその場を後にした。
―――――――――――――――――――
「アルカナって何?」
「あるかな?」
夜。
宿泊している宿での晩ごはんの場で、私は他人から見ても明らかに不機嫌全開な顔でディアにそう尋ねていた。
「うーん、そんなの聞いたこと無いけど……」
「でもアルカナっていう何かがあるはずなんだけどなぁ……」
昼間の謎の声に対し、心の中から湧いてくる感情は「なんで私をここに呼んだんだよおい!」と「さっさと日本に帰して!」と「とにかくムカつく!」だった。
だっていくらなんでも自己中すぎ! 自分の都合で人を異世界に拉致監禁ですよ! 常識的に考えてアリエナイ!
ウォーターフォードの初友達、シェルルことルーから持たされたお城のもっちりパンにかぶりつく私を見てディアは「はは……」と苦笑い。
「でもそのアルカナっていうのが、ハルがここに来た理由と関係してるなら、早めにそれについての調査を始めなきゃね」
「そうだね」
とにかく今は食べて食べて食べまくるっ!
腕まくりをしてパンに手を伸ばすと、ディアはまだ食べるの……? と言いたげな視線をこちらに向けてきた。
明日から、探索が始まろうとしていた。
すごくたくさんの方に読んでいただけているようで、作者自身本当にびっくりしています!感謝感激です。
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