01 城外参り
私の名前は七瀬ハル、今を生きる高校一年生!
ちょっと男顔な私が、誕生日にいきなり異世界にトリップしちゃった☆
周りは知らない人だらけだしいつの間にかなりゆきで騎士団に入団しちゃったりしてね! そのおかげで毎日てんてこまい! もう大変!
一体この先どうなっちゃうの、私―――っ!?
「なんてね……」
はは、と私は一人苦笑をもらした。
今までの出来事を一世代前の漫画風に表わすとこんな感じだろうか、とちょっと想像してみたところこんな風になってしまった。我ながら恥ずかしいことを思い浮かべたものである。
今日から私の所属する騎士団第一隊と第二隊の面々は東大陸の端、ここから遠く離れた『サンストーン』という地域に『預言書』の探索に行く。
預言書はこの世界に起こる『困難』とその対処法を書いた本らしいけど一回の探索で見つかるのはほんの二ページ分ほどらしい。それを現地に何泊かして探すんだから、相当な手間がかかるはずだ。
ちなみに私、この間までは探索には自分一人で行くものかと思っていたが無表情魔王エルガーに「そんなわけあるか」と一蹴された。
ともかく、そんなこんなで探索に出発する朝が来た。
―――――――――――――――――――
「おお、いたいた! ハル、こっちだよ!」
城内一階部分、巨大な大門の前に第一隊の集団を発見。そちらに向かっててくてく歩いていると、そんな声がかけられた。
集団の中で目に付いたのは、きらっきらに輝く金髪と銀髪。
ディアとジェラルドだ。
まだ閉じられた大門は大きすぎて首を曲げて見上げなきゃいけないくらい背が高い。一国の城の門だからこれが当たり前なのかもしれないけど―――うん、ナイス大門!
二人の方へ走っていくと腰の剣の重量感がダイレクトに膝に響く。かよわき乙女の足にこんなに重い物は耐えきれない! なんて言ってはいられず二人の前になんとか到着。
「おはよう!」
「おはようハル。今日の調子はどう?」
「うん、結構絶好調かも」
荷物を地面に置いた私はぐるぐると肩を回した。ちなみに今日はいつもの制服と何やら装飾がいっぱいついた紺色の上着に、下は白いズボン。その上から更に黒い外套っていう重装備、肩がこりそうだ。
普通はみんな利き手と反対側の腰に剣を差しているんだけど、それだと私はうまく移動できないので鞘をベルトに引っ掛けて後ろに回すことにした。ベルトと鞘が並行だから、短い剣であればあるほど抜くのは有利らしい。
―――そしていざという時のため、昨日ちゃんと剣を抜く練習してきたんだ!
小さい頃は血豆が出来るほど竹刀を振っていた私だ。一日くらいの練習でへこたれるほどヤワじゃない!
「それにしてもサンストーンの遺跡かぁ……あそこ志気下がるんだよな」
はあ、とジェラルドが重々しく溜息をついた……幸せ逃げちゃうよ。
「遺跡? 遺跡に探索にいくの?」
「ハル知らなかったのかよ。あそこの遺跡は周りが森ばっかで鬱蒼としてて、湿気が多いんだ」
どうりでジェラルドのテンションも低いはずだ。確かに彼はそういうジメジメしたところが苦手そうなので「そうなんだ」と相槌を返す。
「だけど今日はなんたってハルと二人っきりだからな! 楽しもうぜ!」
「は?」
目を点にした私の横で、ディアがぽんと手のひらを拳で叩いた。
「忘れてた。ハル、君はジェラルドと先に出てもらうんだ」
「ええええ―――っ!? なにそれ聞いてないよ! なんでよりによってジェラルド!?」
女の敵と二人きりで行けってか! マジ無理!
「大丈夫大丈夫、僕らもすぐ追いつくから」
そう言ったディアの目線が軽く右に泳いでいるのを見て自分でもわかるくらい口元が引きつる。
「あ、みんな馬取りに行っちゃった! じゃあまた後でね、ハル!」
「ちょ、ちょっとディア―――ッ!」
裏切り者め!
ディアは第一隊の面々とともに馬の宿舎があるほうへと駆けて行った。残されたのはジェラルドと私、ただ二人。
「さあ行こうかハル!」
テンションの高いジェラルドに腕を引かれた瞬間、巨大な門が音をたてて開いた。
―――――――――――――――――――
黄色い歓声を聞くのは本日何回目でしょうか。
初・記念すべき城下町デビューを果たした私。上から見ていて大体わかってはいたが、城の外は道も舗装されてて綺麗な城下町だ。均等な高さの建物がずらりと並び、その下では市とか露店とかとにかくお店がたくさん!
花に水をやったり少年達が駆けまわったりみんな平和そうだ。
一体どこへ向かうやら、ジェラルドは足早に私の一歩前を歩いている。
「騎士さま、こっち向いて―――っ!」
そんな歓声に愛想のいい笑顔を振りまきながら、だ。
―――芸能人?
海外スターが日本に来た時の空港の賑わいを思い出し、私の頭に浮かんだのはそんな単語だった。こっち向いて、とか普通一般人は言われないからね。
「ハルも手振っときな」
「……」
はは、と口元を引きつらせつつもなんとか笑顔を作り手を振ると「きゃーっ」と再び歓声が湧き上がる。体育の時間とかにもあったな、この光景。
「ところでジェラルド、一体どこに向かってるの?」
「もう着くぞ、ほら」
彼が指差した先、見えるのはちょっと大きめの建物。外側には窓がちらほらついているだけで他とは違う異様な雰囲気。白いタイルで覆われたそれの門の入り口には、私には読めない文字がびっしり。
「なに、ここ……」
あたりまえだけど私の反応はこんなもの。なんだか最近敏感になった牢屋センサーが過剰に警報を鳴らしている気がするんですが!
「入ればわかるって」
ジェラルドはそのまま門をくぐっていってしまう。一人入口で立ち尽くしていても意味がないので私も渋々後をついていった。
ドアを開くとカラン、と鈴の音が鳴った。
「おお、ジェラルドじゃないかい!」
同時に聞こえたのは脳みそを揺さぶられそうな大声。
―――こ、声でかいっ!
のけぞった私をよそに、ジェラルドは木製のカウンターまで歩いていき、そこにいる恰幅のいいおばちゃんに話しかけている。
「お久しぶりですマダム」
「マダムだなんて気色悪いこと言ってんじゃないよ色気づいて!」
おばちゃんはカウンターの向こうから豪快にジェラルドの頭をはたいた。ばしん! ……ってなんだか最早人をはたく音じゃないような気がする。
二人が何かを話しているうちに私は室内を見渡した。
全体的に茶色っぽくて、外側のイメージとはかけ離れてる感じだ。とは言っても内側には物なんてほとんど置いてなくて奇妙な絵がいくつも飾られているだけで、他にはソファとテーブルがいくつかあるのみ。絵は見れば見るほど不気味―――これなに動物?
「ハル、行くぞー」
ジェラルドに声をかけられ、私は絵から視線を外して彼についていった。二人はカウンターの向こう側の木のドアから更に奥に入っていく。
「ねえジェラルド、本当にここなんなの?」
進むにつれ壁が灰色になっていく。まるで、あの時の独房みたいに。
―――やばい、独房軽くトラウマだ!
自覚したトラウマはともかく、私は荷物を握り締めながら後に続いた。
「ほら、これ見ろよ」
ジェラルドの明るい声にトラウマに陥って俯いていた顔を上げると、そこには灰色の金属製でめちゃくちゃ重そうなドア。
そしてそこに入るように促された私は、足を踏み出してん? と首を傾げた。
―――ワラ?
床に敷き詰められていたのは大量のワラ。そしてその先を視線で追い、黒い影が蠢くのを見て私は驚きに言葉を失った。
鋭い鉤爪に、眉間の間から突き出た二本の角。暗い色の硬そうな鱗で覆われた巨体は三メートルをゆうに超え、ぎらりと光る眼は赤い。そして口元からは光を反射する白い牙。背中から生えた翼は大きく、今にも羽ばたきそう。
「ど、ど、ドラゴン―――――ッ!?」
映画やら絵本やらで見たことのある姿に私はいつもよりワントーン高い悲鳴を上げた。
なんてたって生ドラゴン! 本物が目の前にいるものだから恐がるものか迷うけど普通の女子高生がしそうな反応をしてしまった。
カウンターのところに飾ってあった絵はドラゴンの絵だったんだ。
「大丈夫だよ、噛まないから」
いや、普通の犬とかならちょっと噛まれるくらい平気なんだけどさ!
小さい頃からアグレッシブな私、野犬に追いかけられたりなんて序の口、最近ではくちばしの鋭いインコに噛まれても無反応でいられるようになった。
けど……ちょっとでかいでしょうこれは! 甘噛みでも死亡フラグだからね!
「……触っても大丈夫ですかね?」
「お、ハル勇気あるなぁ」
赤い目はさっきから何かを訴えかけるようにずっとこちらに向けられている。正面から見てもなんだかちょっと目の鋭いトカゲみたいでむしろ可愛い。
「鼻の頭なら大丈夫だよ」
おばちゃんのその答えに「う」と思わず息が詰まる。
ちょっと恐いけど……ちょっとっていうかかなり恐いけど!
この空気は触る空気だ!
おそるおそる近付くとドラゴンの視線は相変わらず私に向けられている。うう、そんな目でみないでください!
なんとか顔の正面まで来たものの、ぎちぎちとした慣れない手つきで鼻の頭に触れると、硬くて冷えた鱗の感触が広がった。
対するドラゴンちゃんの反応はというと猫みたいにごろごろと喉を鳴らして目を細めている。
「かっ、かわいい……!」
「早速克服しちゃったか。恐がるハルを期待してたんだけどなぁ」
ジェラルドとおばちゃんの笑い声が重なった。
そしてはて、と私は二人を振り返る。
「このドラゴンちゃんでサンストーンまで行くんでしょ? ドラゴンって走るの速いの?」
はぁ? とジェラルドは怪訝な顔。
「あの翼が見えないのかよ、飛ぶに決まってるだろ」
―――飛ぶ?
とんだ御冗談を、と思わず眉が下がる。
小さい頃からアグレッシブだった私、家の近くにあった公園でブランコから振り落とされてそれ以来高所恐怖症。
手から力が抜け、荷物が床に落ちた。
私にとっては地獄の、空の旅の始まりだった。
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