13 友達作り大作戦、成功
「ねえねえ聞いてっ!」
ノックをして返事も聞かず、私はエルガーの部屋のドアを開いた。
中にいたのはソファに座ったままのディアと、珍しく剣の手入れをしているエルガー。
私はうるさいくらいの足取りで室内に踏み込むと同時にドアを閉め、くるくると踊りながら二人の前に立つ。
「なんと私七瀬ハルッ、本日友達が出来ましたっ!」
ばっと両手を上げてそう宣言すると、ディアは笑顔で拍手をしてくれた。
エルガーはやっぱり無言。
「メイドさんなんだけど、すごい美人でね! しかもなんとっ、初対面にて私を女だと見抜くという所業を成し遂げたんですよ! 滅多にいないよ! びっくりして固まっちゃった!」
「お、おお、それはすごいね……!」
なんだかディアの目線が異様に泳いでいる気がするんですが。気のせい?
友達作り大作戦は見事成功。メイドのシェルルと友達になった私は気分上々だった。
無表情だけど美人で、照れ屋で優しい子だ。普段はルーと呼んでほしいとのことだったのでそれは了承した。しかし彼女、生粋のメイド。メイドの中のメイドだから私のことを気軽に「ハル」とは呼んでくれないらしい。
「ともかく朝のことは吹っ飛んだよ! 日本に帰る手立てなら探せばいいんだし、今はとにかく仕事仕事っ! 騎士団を頑張らなきゃ!」
「その仕事病のお前に新しい任務が来てるぞ」
「そうそう仕事―――って、え?」
気合いを入れて拳を握りしめる私に向かってエルガーが珍しく声をかけてくる。
しかし剣を収めた彼の言葉に私は思わず間抜けな声。
「ニンム?」
ニンムなんて、そんな一般庶民の私が滅多に聞くこともないような単語!
ニンムってあれでしょ? 任務でしょ?
「え、その任務って何するの?」
「預言書の探索だ」
でた、預言書!
以前ジェラルドが言っていたから一応頭の中には止めておいたんだけど……何の役割があるのかさっぱりわからない。
怪訝な顔をしているのに気付いたディアが「ああ」と声を上げる。
「預言書っていうのは、ウォーターフォードの人間なら誰もが知ってるものだよ。この世界にたった一つしかなくて、その一冊はバラバラになって色々なところに隠されているんだ」
「その預言書ってそんなに大事なものなの?」
一応一国の騎士がそれを探しに行かなきゃいけないんだから、そこそこ大事なものなんだろうなぁとディアに視線を向けると、彼は珍しく真剣な面持ちで頷いた。
「預言書はこの世界に起こる『困難』を書き記した本なんだ」
「だから予言?」
ノストラなんとかっていう有名な人の名前を、日本でも何回か聞いたことがある。彼はたくさんの予言を残しこの世を去ったらしいけど、予言のうちのほとんどが当たっているとか当たっていないとか。
「ハルの言う予言は未来の予知でしょ? 預言書は未来の『困難』を書いた上で、それに対する対処法も載っている。だから、預ける言葉で預言書。これは神が書いたものだって言われている」
「へえ」
「しかもその『困難』は全部当たってるからね―――ある意味この世界で一番恐い本かもしれない」
ディアが妙に冷めた表情でそう言うので聞いていたこちらまで背筋がぞくりとしてしまった。
でもそれだけ重要なものだとしたら国と国の間で預言書を求めての戦争みたいなものも起きたりするんじゃなかろうか。なんて言ったってこれから起こる不吉なことが書かれているわけだし。
「ともかく、よかったじゃないか。新しい友達が出来たんなら、この城内の案内も十分にしてもらえるだろうし。まあちょっと静かそうな子だったけど」
打って変わって人のいい笑顔でかけられた言葉に私は首を傾げた。
「シェルルが無口だって、私言ったっけ?」
ディアのみならずエルガーの動きまでもが止まった。
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「シェルル!」
「ルーです」
「ルー、聞いてよ! ディアとエルガーったら私達の会話盗み聞きしてたんだって! ありえない!」
星が瞬く夜空の下、テラスの椅子に座りながら私は拳を握りしめて憤怒。
仮にも、仮にも女子の会話を盗み聞くな! しかも「友達になってほしい」なんて痛々しい台詞を聞かれていたなんてっ……!
どうりでディアの様子がおかしかったわけだ。
とりあえず二人のことは小一時間説教してきた。
「何か問題でも」
「いや、問題っていうかなんていうかさ!」
「恥ずかしいのですか?」
無表情でそう尋ねられ、私の顔に血が上ってきた。
「そっ、そうだよ、恥ずかしいんだよっ!」
普通に学校みたいに王子モード出ちゃってたしさ!
「ははは……大失態」
「いいではありませんか。団長殿とディア王子とは親しい仲なのでしょう」
「うん、そりゃあまあね……」
そう返答して一瞬後、「ん?」と私は顔を上げた。
「ディア王子?」
今「おうじ」って単語が聞こえた気がしたんですけど。
「ディア王子でしょう。ハル様、もしかしてご存知なかったのですか?」
走馬灯のようにウォーターフォードに来てからの記憶が頭の中を流れていく。
僕はディア。ディア・ファイアライエス・コーラル。
コーラル?
代々この国『トゥールーズ』を治めるのが王族『コーラル』の姓を持つ者たち。
ディアからは確かにそう説明を受けましたが―――彼、自分が王子だなんて一言も言ってませんでしたよ。ええ。
「ディアが生王子ぃ―――っ!?」
「生って何ですか。そのことは国民も承知の事実ですよ」
厳しい突っ込みにも、私は唇をわななかせるのみ。
まさか本物の王子に会ってしまうなんて! 王子様だよ王子様! 王様の息子!
「で、でもディアはそんなこと一言も……っ!」
「ハル様には知られたくなかったのではないですか?」
なんでやねん!
ともかく、私はとんでもなく失礼なことをしてきてしまった。最初なんて顔はたいちゃったし! 王子って、どうりで顔綺麗なわけだよ! むしろ顔整ってない王子なんてこの世にいるのか!?
「うああああ―――っ、まじで―――っ!?」
あの天然タラシ王子め! どうりで私の手を取ったりする仕草が優雅だったわけだ!
手すりに身を乗り出して夜景に向かってひとりしきり絶叫。すると見かねたようにルーが澄んだ声をかけてきた。
「ところでハル様、三日後の出立についてなのですが」
「ああ、預言書探索のこと?」
心臓をヒヤヒヤさせつつそうルーの方を振り返ると彼女は静かに頷いた。
「こちらを何時頃に出発されるのですか?」
「私は個別に六時半なんだって。どうしてかわからないけどさ……」
預言書の探索は三日後から。東大陸の端にある「サンストーン」という場所で向こうに何泊かして行うらしい。とは言っても必ずしもそこから預言書が見つかるわけではないらしいんだけど。
しかし一般的に移動手段は馬。当たり前だけどごく普通の女子高生をやっていた私は当然乗馬技術など持ち合わせていない。一体どうしろって言うんだ。
「怪我などなさらぬよう、気をつけて下さいね」
ルーの不吉な言葉に私は「う、うん」と首を縦に振った。
「別に怪我なんてしないと思うんだけどなぁ……」
「何を仰っているのですか。預言書の探索では怪我人だけでなく死者が出ることもあります」
「死者!?」
思わず声が裏返った。
死んじゃうなんてそんな!
「だから油断はなさらないでください」
「うん、わかった! 絶対生きて帰って来るからね!」
がしっ、と私は力強くルーの小さい手を握った。
探索、三日前の話だった。
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「次はサンストーンか」
その声には僅かな期待が含まれていた。
彼が彼女を見ているのは、いつも夜。しかもきまって遠い場所から腕組みをして様子を窺っている。
小さいテラスを見ることができるその部屋には彼一人。
嘲笑が漏れた。
騎士団の少女は新しく友人を作ったようだった。相手はメイドの―――確か名前をシェルルと言ったはずだ。一片も笑顔を見せない彼女はどこか騎士団団長のエルガーに似ている。
「ナナセ・ハル―――消すのは容易いがいい駒になりそうだ」
海の底のように蒼い瞳が、闇夜で瞬いた。