00 王子様の日常
あるかな
あるかな
こっちにおいで、あるかな
―――――――――――――――――――
「付き合って下さいっ!」
目の前で顔を真っ赤にしてそう叫んだ女子生徒は、恥ずかしそうにもじもじと手を動かした。そしてうつむいたまま視線だけをこちらに向ける。
人気の無い教室、時刻は四時を少し過ぎたあたり。もうそろそろ下校時刻のチャイムが鳴る頃だ。
「……ごめんね、ちょっとそういうのは……」
勇気ある告白だったが、自分にはどんなに可愛い女の子が相手でも付き合えない理由がある。申し訳なさそうに呟くと女子生徒は顔を上げた。
その瞳一杯に涙が溜まっていて、罪悪感を掻き立てられる。
「じゃあせめて、これだけでも受け取ってください」
涙をこぼさないように堪えながら、彼女はクリーム色のセーターのポケットからラッピングされた何かを取りだした。名残惜しそうにそれを見つめ「どうぞ」とこちらに向かって突き出す。
「今日はバレンタインですから……」
「ありがとう」
お菓子を渡した彼女は、背中を丸め教室から去って行った。
―――ごめんね……
でもどうしても付き合えないんだ。
だって。
だって。
だって、私も女の子なんだもん!
教室に帰ると下校時刻の三分前。生徒達がはしゃぐ間を通り抜け、私は自分の席に戻った。
「また後輩?」
途端に前の席の幼馴染、洋子ことヨーコが振り向いて尋ねてくる。
ニヤリと笑ったその表情はすべてお見通しだとでも言いたげだ。
「そう、しかも女の子」
「しかもっていうかあんた今まで女子以外から告白されたことないでしょ?」
「そうだよ無いよ。初めて告白されたのが中学で、以来総合十二回の告白を受けながら相手は全員女子だよ」
「いいんじゃない? 王子なんだし」
その言葉に私は思いっきり深い溜息をついた。
ちょうど十七年前の二月十四日、私はこの世に生を受けた。実家が剣術道場ということもあり幼い頃から父に剣道を叩きこまれ、中学に上がった時には既にいくつかの賞も受賞していた。
しかし悲劇はそこから始まる。
生まれつきの男顔。しかも剣道部ということもありみるみる女子生徒が集まった。しかもそのほとんどが私を『本物の男』だと思って。
運動部のため普段から学校指定のださいジャージに身を包み、幸か不幸か男顔は乙女達の理想の顔へと序々に成長を遂げる。その結果ついたあだ名は『(ださいジャージの)王子様』―――卒業式で最後の制服姿を見せた時に、今まで周りにいた女子生徒達は明らかに肩を落としていた。
そして高校二年生の今でもその状況は変わらない。
剣道もやめて、毎日ちゃんとスカートで登校しているのに『王子』を一目見ようと教室にやってくる女子高生達の視線は明らかに男に向けられる類のものだ。
「まあいっか……今日はたくさんお菓子もらえたし」
「さすが色男」
「女です!」
ちなみに本日は二月十四日バレンタインデー。あたしの十七歳の誕生日でもある。
そのため人様にもらった誕生日プレゼント兼バレンタインのお菓子が、朝持ってきた紙袋の中に大量に詰まっていた。
その重量にますます溜息は深くなる。
いつも着ている黒のコートを羽織り、私は一人教室から出た。ヨーコはこの後委員会があるらしい。
膨れ上がった紙袋を蹴らないようにしながら、寂しく帰路についた。
―――――――――――――――――――
あるかな
「……」
あるかな
こっちだよ、あるかな
「……」
住宅街の道を進むあたしの耳に、幻聴が聞こえてきた。
なんだ、あるかなって。
長年の男扱いについに溜まっていたストレスが爆発したか。あるかも。
幼い少年のもののような甲高い声に私の気も少々滅入り気味。
まあいい。謎の声はともかくとしてあの角を曲がったらすぐに家だ。家に帰ったら女の子たちからもらったお菓子をたらふく食べることができる!
吹き付ける風にコートの襟をたてながら足早に角を曲がったその時。
目の前に広がる闇に、一瞬呼吸が止まった。
「……え」
おかしなことに、本来そこにあるはずのアスファルト製の道も、左右に建つ家も澄み渡った青い空も全部。
闇色に塗りつぶされていた。
気味の悪さに後ずさった背後にも、振り返れば眼前に黒がつきつけられるだけ。
な、なんだこれ。
見れば手とか荷物とか、とにかく私自信と私に触れているものだけはか弱く白い光に包まれている。そのほかはどの方向を向いても何も見えない。心なしか体の平衡感覚もおかしい。
そこへ、突如明るい光が見えた。
眩しい光は最初は小さかったが、やがてどんどん大きくなる。というか、こっちに向かって近づいてきている気がしないでもない。
この闇から出れるのならば、今はなんでもいい。
このときはただそれだけだった。
初投稿小説です……
拙い文章ですが、暇つぶしにでも読んでいただけたら幸いです(^_^)/