深夜の一人歩きは危険です。
――――あれ、どうしてこんなことに?――――
確かちょっと小腹が空いて、コンビニに行っただけなのに。やっぱり深夜に女一人で出歩くのはまずかっただろうか。
……今私は、誰かにつけられてるいるのだ。コンビニから出て五分くらい歩いてから気づいた。どうしよう。まだ家まで十分はかかる。
……いや、“あの道”をまっすぐ行けば、家まで五分もかからなかったはず……。でも“あの道”はダメだ。
……でも背に腹はかえられない。このまま十分も怖い思いをするよりは、一気に“あの道”を駆け抜けた方がいいかもしれない。
迷っているうちに“あの道”が見えてきた。
「……えーい。悩んでたって怖いだけだし、覚悟を決めなくちゃ…………よし」
私は意を決して“あの道”に猛ダッシュした。
“あの道”とは雑木林の中にある一本道のことだ。この辺りに住んでいる人の所有地らしいのだが、すっかり放置されている。
この一本道がなぜダメなのか。それはあるうわさのせいだ。もともとこの道には、途中に何かの小さな墓がいくつもあって、気味が悪かった……らしい。
当時、近所に住んでいた子供たちは、そんなことお構いなしに雑木林の中で遊んでいたようだ。いつものように雑木林で子供たちが遊んでいたある日、いつまでたっても自分の子供が帰ってこないことに気づいた親が、心配になって雑木林に行ってみると子供たちが――――いなかった。
雑木林の中をくまなく見渡すが見つからない。気づいたことは、小さな墓がどれも壊れていたことだけだった。
どこか別の場所で遊んでいるのかと思い探し回ったがいない。そのうちに他の親たちも出てきて、一緒に探したがいない。
警察に通報して大捜索までしたのだが、どこにもいなかった。結局子供達は帰ってこず、墓荒らしの祟りが神隠しを起こしたといわれている。
このてのうわさなんてよくあるものなのだが、このうわさが怖いのは数年前に本当に神隠しにあった子がいるからだ。
しかもその子は、私の家の近所に住んでいた子なのだ。昔のうわさだけならそこまで信じないのだが、実際に身近の子が神隠しにあってしまっているとなれば、怖い。
だけど、本当にあるのかわからない恐怖より、今まさにせまっている恐怖の方が怖いのだ。さっさとこの雑木林から出れば大丈夫だろう。
「あとちょっと…………」
一本道の終わりが見えてきた。どうやら私をつけていた人も振り切れたようだ。この雑木林ももう出られる。
「なんだ。何もおきないじゃない」
ドンッ
雑木林を抜けたと思ったとき、何もない所にぶつかった。走っていた勢いで思いっきり尻餅をついてしまう。
「いったーい。一体なにがどうなってんの……」
ふらふらしながら立ち上がり、雑木林の出口に歩いてみる。やはり何もない……ように見えるが、見えない壁のようなものがあるみたいだ。
「…………なにこれ……どうして……出れないの」
見えない壁をぺたぺたと触ってみる。固くないのに、いくら力をこめても手が進まない。
「……このっこのっ」
なんどか殴ってみたが、意味がなかった。
「もうっ!なんなのよこの壁は!」
最後に蹴りを入れてみたが変わらない。私はあきらめて地面に座り込んだ。
「……もしかして、これが神隠しってやつだったりして……でも、そうだとしたら、どうして?」
私はただ、この道を走り抜けただけなのに。どうしてこんなことに。…………ふと、また見えない壁に触ってみる。確かにある。
「このまま座ってたってダメだ……。とにかく何かしないと……」そう言って立ち上がったそのとき、
――――ボコ――――
私のすぐ後ろの地面から音がした。
驚いて振り返ってみると、地面から手が出ている。
――――ボコ――――
と、また同じ音がしてもう一本の手が出てきた。その手の主は少しずつ体を地面から出そうとしているみたいだ。
「……どう考えても……これはまずいよね……」
私は一目散にその場から離れようと駆け出した。出れない出口にいたって仕方ない。なら、とにかく目の前の変なのから逃げなくては。とりあえず、入り口まで引き返してみよう。
――――ボコ――――
駆け出した私の先に、またあの手が出てきた。……さっきの手と別の奴のようだ。
「うそでしょ……でも、今なら……行ける!!」
ダッと、一気にスピードを上げて通り抜ける。
――――ボコ――――
――――ボコ――――
――――ボコ――――
地面からたくさんの手が出てきた。
「やばい……いっぱいいる」
急いでここから離れなくては。もうすぐ入り口だ。
――――ボコ――――
ガシッ
「きゃっ……!?」
地面から出てきた新しい手が、私の左足を掴んだ。
かなりスピードを出していた所に、いきなり足を掴まれたせいで、勢いよく転んでしまった。足の方を見ると、まだがっしりと掴まれている。
「このっこのっ!」
足を掴んでいる手を、右足で蹴る。ぜんぜん放してくれない。振りほどくこともできない。
――――ボコ――――
ガシッ
地面から出てきたもう一本の手が、私の右足を掴んだ。
「いや……はなして……」
あお向けのまま、じたばたするが放さない。
「もうすぐそこなのに」
どうしても放してくれない。一体なんなんだこいつは。
「放せってーの!!!」
思いっきり叫ぶ。
そのとき、気づいてしまった。
私の視界の先に、まるで戦国時代の兵士のような鎧を着た青白い人が、まっすぐこっちに歩いて来ていることに。
「なに……あの人。……落ち武者の幽霊?」
その幽霊は一人じゃなかった。あとから一人、また一人と増えてきた。地面から手を出していたのは、たぶんこいつらだ。
まだ結構な距離があるが、このままではすぐにこっちに来る。
「どうしたらいいの……」
まずいまずいまずい。このままじゃまずい。どうにかしてこいつを放さないと。焦って何も考えられない。じたばたすることしか、できない。
――――ボコ――――
足元からまた音がした。
おそるおそる足元を見てみる。……青白い骸骨が、私を見てる。
「ひっ……。放して……はなしてよぉ!」
あまりの恐怖に頭が真っ白になった。じたばたすることも忘れて、叫ぶ。
でも、いくら叫んでも何も変わらない。どうしたら、どうしたらいいの?
何も考えられないで、ただ叫んでるうちに、幽霊たちはどんどんこちらに近づいてきている。
あっという間に幽霊たちは、私の目の前に来ていた。
「ああっ……あ……だれか、だれか、たすけて」
もうダメだ……。こんな所になんて誰も来てくれない。私はすっかり逃げる元気がなくなってしまった。
私の足を掴んでいた幽霊が、私の足を放した。でも今の私はもう、動けない。
その幽霊はゆっくりと体を地面から出して、私の前に立った。
幽霊がその腰に下げていた刀を抜いた。きっとその刀で私を、切るのだろう。
(父さん、母さん友達のみんな……さよなら)
私は心の中でみんなに別れを告げた。刀が私に、振り落とされる。
――――バキィィン――――
私が死を覚悟したそのとき、かん高い大きな音が、私の後ろ、雑木林の入り口辺りから響いた。幽霊は刀を振る手を止めていた。
音のしたほうを見てみると、そこには私と同じくらいの年に見える男の子が、木刀を肩にかけて立っていた。
「やっと結界を破ったと思ったら、だいぶピンチだな。おまえ」
その男の子は、木刀を幽霊たちに向けながら、
「とりあえず、たすけてやるよ。早とちりバカ女」
救世主のような言葉と悪態をついた。
幽霊たちはみな刀を抜いて、その男の子に向かっていった。
幽霊の一人が切りかかる。男の子は木刀一振りで、吹き飛ばす。ぞくぞくと幽霊たちは男の子に挑むが、どれもみんな一振りで蹴散らされていく。
「じゃまだ!」
男の子が最後の一匹を吹き飛ばす。
「これで最後か。結界の強度から、もっとやばいやつがいると思ったけど」
男の子が退屈そうに言う。
「おい。おまえ、大丈夫か」
いきなり声をかけてきた。
「……えっ……あ、いや大丈夫」
「そうか。なら、早くここから離れた方がいい」
「えっ、あいつらまだいるの?」
周囲をきょろきょろと見渡すが、やつらはいない。
「たぶん……あいつらの親玉みたいのがいるはずだ。だからはやく帰れ」
「……てか、きみは何者なの?あの幽霊たちを、あんなに簡単に蹴散らすなんて」
「そんなこと説明してるヒマはない。はやく帰れっての、早とちりバカ」
彼がイライラした口調で言う。
「なっ……さっきから早とちり、早とちりってなんなのよ!私がいつ早とちりなんてしたのかしら!」
「……おまえ、この道に入る前に誰かにつけられてたろ」
「なっ、何で知ってんの」
「あれは、おれだ」
「……あんたが私のストーカーだったの!?」
「んなわけあるか!おれはこの道の近くに、誰もいないか確認してたんだ。そしたらおまえが近くを歩いてたから、この道に入らないように見張ってたんだ。それなのにおまえは、急にそわそわしだして、いきなりここにダッシュしやがって……。まったくあれは肝を冷やしたぞ」
「……てことは、あんたの紛らわしい尾行のせいで、私は普段使わない道に猛ダッシュして、あんな怖い思いをしたのね」
「……いやおまえの早とちりのせいだろ」
「こいつは……。とりあえず、おまえって呼ぶのやめてよね。私の名前は柊美鈴っていうの」
「名前なんてどうでもいいから、はやく帰れ。話せる説明はもう終わった」
「説明してくれてたんだ……。でもそんな言い方しなくてもいいでしょ。それにあんたの名前は?」
「おれの名前なんてどうでもいいだろう」
「一応だけど、命の恩人の名前を知りたいと思うのは変?」
「……わかった。名前を言ったら素直に帰れよ」
「いいわよ」
「俺の名前は……まて」
「ちょっと、そこまで言っといて……きゃっ」
いきなり彼が私に飛びついてきてそのまま飛んだ。
「ちょっと、なんなのよ!」
――――ボカァ!――――
その直後に、さっきまでいた地面の下から、巨大な手が出てきた。
「おい、、おまえ。はやく逃げろ。あいつはやばい」
「えっ……あーもう!わかったわよ!」
――――ボコォ!――――
怪物の体がどんどん出てきてた。その体は軽く2メートルを超えている。
「あんな怪物……大丈夫なのかしら」
私は怪物から離れて、とにかくこの雑木林から出ようと走った。入り口はすぐそこだ――――。
さぁーて、どうすっかな。
あの早とちり……いや柊美鈴は逃がせた。あとはこいつをぶっ潰すだけだ。
「……たく、ずいぶんでかいな」
あの悪霊の体はもう全部出てきている。2メートルを軽く超えている。
「まあいいぜ。かかってこいよ」
木刀を構えて、悪霊を迎え撃つ。
悪霊が刀を抜いて切りかかってくる。
木刀で受け止める。重い。だが、弾く。そのまま悪霊の胴を打つ。
悪霊は一瞬よろめくが、すぐに横に一太刀返してくる。
とっさにしゃがんでかわす。
悪霊がすかさず縦に刀を振りおろす。
横に転がってかわし、距離をとる。
「っ……さすが親玉だな。一発入れたのに耐えるか」
ギギギと、音を鳴らしながら悪霊が刀を構えなおす。
「くるか……。一発じゃむりなら連続で叩き込むか、とびっきりのをぶち込むか……だな」
悪霊が再び切りかかる――――。
「どうして、なんで出れないの」
無事に入り口にたどり着いて、いざ出ようとしたらまだあの壁があるのだ。
「あいつが入って来れたのになんで」
これじゃあ、ここにいたって意味がない。どうしたら。
「……とりあえずあいつの様子を見に行こうかな」
そう思った私はまた、雑木林の中に戻る――――。
ギンッギンッ
悪霊との死闘はまだ続いていた。何度か攻撃を連続できたのだが、悪霊は消えない。
「くそっ……しぶとい」
三発連続で決めても、こいつは倒れない。こんなしぶといやつと戦ったのは、初めてだった。
「連続で決めれば倒せると思った……けど、無理だなこりゃ」
悪霊の攻撃をかわし、距離をとる。
「どうにかして、決定的な一発を入れる隙を作らねえと、こっちのスタミナがもたないな」
もう何度か打ち合いをして、こちらは体力を消耗しているのだが、悪霊はピンピンしていて、動きがまったく衰えていない――――。
なんだあいつ苦戦してるじゃない。
私がさっきの場所に戻ってきて、あいつと怪物の戦いを見ていた。でも、あいつはだいぶ疲れているみたいで、さっきから動きにキレがない。反対に怪物はキビキビとした動きのままだ。
「このままじゃあいつ……そのうちやられちゃう」
そう思ったとき、私の体は自然に動いていた――――。
「ぐはぁっ」
ふらついたところに、大きいのを貰ってしまった。なんとか、木刀で防いだおかげで致命傷にはなっていない。
「はあ……はあ……」
なんとかふんばって立ち上がる。
「くそ……。こいつ本当に強い」
もうスタミナがやばい。これ以上消耗すると、とびっきりの一発を入れられなくなる。どうにか勝算がないかと考えていると、視界の隅っこに柊美鈴がいた。
「あのバカ、逃げろって言っただろうが……!」
最後の力をこめて悪霊に立ち向かう――――。
「おい、化け物!!そのバカをいじめるな!」
気づいたら叫んでいた。怪物が私のほうを向いた。まっすぐ私に向かって走ってくる。
「そうよ。こっちにきなさいっての!」
悪霊が柊美鈴のことを狙って後ろを向いた。
「おいおい。まさかこんな形で隙ができるとはね……!」
とびっきりの一撃を決めるために、渾身の力を込めて駆け出す――――。
怪物が刀を振りかざしてくる。危ないところだったけど、なんとかかわす。だが、勢いよくかわしすぎて、転んでしまう。
「ちょっと、やっぱこれ以上こっちこないでぇ!!」
勢いだけで、怪物にケンカを売るんじゃなかった。一分ともたなかった。怪物が次は外すまいと、刀をきれいに構えなおした。
怪物の目が、ギラリと光り、私に向かって刀を振り下ろすまさにそのとき、
「ひいらぎっ!伏せてろおおおお!」
あいつの大きな声が、怪物の後ろから聞こえた。その大きな声に気づいた怪物が振り返る――――。
「おおおお!」
渾身の一撃を放つ。
悪霊はそれを刀で止める。だが、それは読んでいた。渾身の一撃はその刀を砕く。同時に木刀も砕けた。
「これでっ、終わりだ!!」
砕けた木刀の先から、青白い光を放つ刃が現れ、とびっきりの一発を悪霊に突き刺す。
ガアァァァァアアア
悪霊はうめき声をあげながら消えていく。
怪物の胴から、青白い剣が出てきたかと思ったら、怪物はうめき声をあげて消えてしまった。
「……あれ。倒したってこと?」
「そうだ。あの悪霊は消した」
「あれって悪霊だったんだ。……てゆーか、その青白い剣なんなの?」
いまだに、青白く光った刃のある、折れた木刀を、指差しながら尋ねる。
「……これは、企業秘密ってやつだ」
「なにそれ。教えてくれてもいいでしょ」
「ダメだ。一般人は関わらなくていいことだ」
彼がぶっきらぼうに答える。
「ふーん。まあそれはいいや。じゃあかわりに、あんたの名前教えなさいよね」
「なぜだ。教える必要性がない。それとここにいた悪霊どもはすべて消した。つまりおれの仕事も終わったということだ。おれは帰る」
「えぇぇ!?さっき教えてくれるって言ったじゃん」
「あれは、おまえがああしないと帰らなかったからだ。……じゃあな」
彼はそういって走り出した。
「ちょっと待ってよ!あーもう、助けてくれて感謝してるんだからぁ!」
最後に力いっぱいお礼を叫ぶ。すると彼が振り向いて、
「そううだった。今夜のことは誰にも話すなよ!絶対だぞ!」
と、叫び返してきた。
彼はそのまま見えなくなってしまった。
「まったく。名前くらい教えてくれてもいいのに……」
私は雑木林を走り抜けて、まっすぐ家に帰った。もちろん何もおきなかった。
「って、ことが昨日あったのよ」
さっそく次の日の学校の昼休みに、昨日の事を友達の由美子に話した。
「ふーん。で私が貸したCDはまだなの?」
「いや、CDまだだけど……。てゆーか、由美子ぜんぜんしんじてないでしょ」
「そんな作り話考えるくらいなら、はやくCD返してほしいなー」
「作り話じゃないのに~。もういいよ。親友の言うことが信じられないなんて」
「信じるも信じないも、突拍子すぎて意味不明だって」
「う~。まあいいや。自分でもそう思うし。私ジュース買ってくる」
「私、オレンジジュースがいいなー」
「りょーかい」
そういって教室から出て、一階にある自動販売機をめざす。
自販機の前で何を買うか迷っていると、隣の自販機で知らない男子生徒がコーヒーを買った。あれっ、見たことあるような気がする。
私がその男子生徒を、じーと見ていると私の視線に気づいて振り向いた。
「「あっ」」
私たちは同時に声を出した。男子生徒がいきなり走って逃げ出した。
「ちょっと待って!あんた昨日のやつでしょ!待ちなさーい!」
私は急いでその男子生徒を追いかけた。
どうも矢口日です。
今回は新ジャンルにたくさん挑戦しました。ホラーと戦闘。それとファンタジーです。ファンタジーは微妙かもしれませんね(笑)全部できているでしょうか。心配です。
実はこの小説タイトル「深夜の一人歩きは危険です。」は適当につけました。もしかしたらシリーズ化するかも。なんて考えてたり。なのでサブタイ風にしました。もしもの話ですけど。「続きがみたい」って言ってくれる人が、いたら書くと思います。
ここまで読んで頂いただけで、嬉しくてたまりませんが、もしよかったら感想を貰えるともっと嬉しいです。悪いところのご指摘でもなんでもかまいませんので。
最後にここまで読んでくれたあなたに、作者の最大の感謝を。ありがとうございました。
追記
投稿してから、少し文章を増やしたり、ちょっとこれはわかりにくいだろうって所を訂正しました。申し訳ありません。