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メルーサ領を治めるのは代々クレイトン家だ。
現在の当主はフレデリック・クレイトン。パトリシアの父親だ。
彼は執務室で役人が作成した書類を見ていた。
領を統治するのが仕事だが殆どは役人が考え作成した書類に印を押す、変わり映えのしない日々。
ふと、部屋の外が騒々しくなった。何事かと思うと同時にノックが聞こえ、
「失礼いたします旦那さま」
いつもは冷静な侍従が息を切らしあわてた様子で入ってきた。
「騒々しい。何かあったのか?」
「は、はい。実はお嬢様が」
「パトリシアがどうした?」
「攫われたのです!このような文が屋敷に投げ込まれました」
領主は侍従から手紙を奪い取ると、目を通し溜息をついた。
「ふむ、わかった」
「どうされますか?」
「他の者には話すな、内密に。あとシルヴィアを呼べ」
「かしこまりました」
侍従は礼をして出て行った。なんということだ、パトリシアが誘拐されるとは。
文にはパトリシアを返してほしくば身代金を用意しろと書いてあり、その金額は莫大だ。おそらく一つの村が一生食べていけるほどだろう。領主の彼には用意できる金額だが、財産の殆どを失ってしまうほど巨額だ。
しばらくしてシルヴィアが訪れた。
シルヴィアは黒曜石のようだといわれている。
目も髪も黒く、ややつり目で整った顔立ちに艶やかな黒い髪を高く結い、胸元の開いたエメラルドグリ−ンの妖艶なドレス、まるで占い師のような神秘的な姿だ。
領主は美しいシルヴィアに入れ込んでいるともっぱらの噂である。血のつながった娘とはあまり会わず、シルヴィアと過ごすようになったからだ。
「おお、シルヴィアよ。もっと近くにおいで」
両手を開いてシルヴィアを歓迎し、ことの発端を話す。
「まぁ!パアトリシアが攫われたですって?早く迎えに行かないと」
「だが文を読んだだろう、あの子の代わりに全てを失うことになる。お前はそれでもよいというのか?」
よく考えろと。
「でも…やはりパトリシアの命には代えられません。あなたもそういうお気持ちではありませんか?」
「そうか、おまえがそこまで言うなら迎えに行こう…」
「ええ、そうですわね。早く迎えに行ってあげましょう」
とても嬉しそうにシルヴィアが微笑んだ。