15
二人が逃げ出す少し前の事。
領主の館では日が暮れると篝火が焚かれる。いつもは門の脇や入り口、庭など数ヶ所だか、今日はその倍以上の火が焚かれていた。
まるで祭りでもやるみたいだ、と一人門番をしながらマリスは思う。今まで賊が攻めてきたこともなく、平和に過ごせている。それは彼にとってありがたい事だ。
しかし、今日のように特に理由も知らされずに篝火が増えるのは不気味だった。
これは何かあるな。
クレイトン家門番の仕事をするようになって5年。経験上の勘が告げていた。
最近伸ばし始めた顎髭をなでながら思いふけっていると、遠くの方から馬車らしき音が聞こえてきた。
暗闇の中、目を凝らして見ていると、一頭の箱形馬車が門を目指して向かって来ているようだ。しかもよほど慌てているのか、かなり速いスピードで近づいてくる。
マリスは手を振って馬車を止め、御者の男に話しかけた。
「今日はずいぶん遅かったな」
馬車はクレイトン家のもので、おそらくお嬢様を乗せているのだろう。陽が暮れる前に帰れずに焦っているのか。
すると御者の男はマリスに掴みかかる勢いで告げた。
「たっ、大変だ!」
「一体どうしたんだ?」
「お嬢様が拐われたんだ!」
お嬢様が誘拐された。
御者によると、町から屋敷へと戻る途中で数人の男たちに襲撃されたのだという。彼が殴られて意識を失っている間に、お嬢様と侍女の姿が消えていた。
「とにかく侍従殿へ知らせなければ」
御者はそう言うと、説明もそこそこに慌てて走り出す。
偉いことになったな。
マリスは自分の勘が当たっていたことに関心し、同時に世間話のネタが増えたと内心ほくそ笑えんだ。
かくして、お嬢様誘拐事件は館の使用人ほぼ全員が知ることとなったのである。