Silence of Time
手元に「最新日本歴史年表」という本があります。大森金五郎、高橋昇造著。三省堂発行。配給元・日本出版配給統制株式会社。三版発行、昭和20年8月10日。定価6円30銭。
いかにも「この時代」の歴史書らしく、最初のページは神武帝即位の紀元(神武紀元)元年から始まり、紀元2603年のマーカス岬の戦闘で記述が終わっています。「我海空隊ハ『マーカス』岬沖ニ於テ敵輸送船團ヲ強襲シ輸船2隻以上ヲ撃沈、4機ヲ撃墜シ我方未帰還機9機ヲ出ス」
「昔の本は戦争終わってすぐの頃、煙草を巻く紙に使ってしまって、全然残っていないなあ」そう笑っていた祖父が、なぜか遺した一冊。いったいどうして、どんな思いで、この本だけを手元に保存しておいたのやら。
奥付の日付から察するに、まだ彼の息子達は学齢に達していませんでした。祖父も役人として忙しく働いた頃です。つまり、家庭内には歴史の勉強をしている学生は、ひとりもいなかったはずなのですが。
彼がこの本を店頭で手にしたのは、おそらく終戦間もない頃。
「いや、読むものが無かった頃だから何でもよかったんだよ」。元気な頃の祖父ならば、そうやって孫たちを煙に巻いたかもしれませんが、どうも私には、崩壊する大日本帝国という国の行く末を儚んでの、センチメンタルな行為の現れだったように思えてなりません。
戦争に敗れて、この国はこれからどうなってしまうのだろう。せめて、この時点までの歴史の本は個人的にも保存しておくべきではないか? そんな感慨があったのかもしれません。満洲国の官僚のひとりだった彼には。
今、この「最新日本歴史年表」は、私の本棚に一本のカセットテープと並んで置かれています。カセットテープの中にはとある日の、NHKラジオの深夜のニュース番組が録音されています。その中ではアナウンサーがこう読み上げています。「元号が変わります。平成元年1月8日。午前零時のニュースです」
……どうもこの記録好き、保存好きの血は、祖父からたっぷりと受け継いでしまったものの、ひとつのようです。




