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7.サシャ神官

降臨祭で手すりから落ちたフェリシア

酔っ払って手すりから落ちた。

よりにもよって、

聖なる日に斉唱する神官たちの――その真ん中に。


わたしはすぐさま白い布でぐるぐる巻きにされ、

神官たちに取り囲まれ、抱えられるように連行された。


神殿の長い回廊を運ばれていく途中、

遠くで日付の変わる鐘が鳴り響く。


――あ……十九歳。


夜空には、

これまで見たこともないほど派手な花火が、

無数に打ち上がっていた。


光の洪水が眩しすぎて、

街が燃えるんじゃないかと本気で心配したほどだ。


飛び散る火花をぼんやり見上げながら、


「……わたし、火炙りになるのかな」


ぽつりと呟いた瞬間、涙が勝手にこぼれた。

まだ酔っていて、最悪のことを想像してしまう。


奥へ連れて行かれたわたしは、女官たちに身を清められた。


入浴の世話なんて、公爵家で慣れているはずなのに、

なぜか異様に念入りに感じる。

高級とすぐわかる香油を、何度も丁寧に肌へ塗り込まれる。


(……お酒の匂い、そんなに酷いのかな?)

恥ずかしくなった。


ミゲル殿下、目の前でわたしが落ちて、

びっくりさせちゃった。


カイルの修羅場はどうなったんだろ……


アスラン兄様はわたしのこと心配してくれているかな……


アスランのことを想うと、

エメラルドグリーンの海に吸いこまれていくような、

穏やかな感覚になって、

ふかふかの寝具につつまれ、眠ってしまった。


目を覚ますと、朝の光が差し込む、やけに豪華な部屋にいた。

酔いはだいぶ引いていた。


……まさか、このあとすぐ処刑?

誕生日なのに?


そんなことあるはずない、と必死に自分に言い聞かせつつも、

昨夜の失態を思い返すと、叫び出しそうになる。


神殿に来てから、ギグの気配が感じられないのも、

わたしを不安にさせた。


二日酔いと寝不足で、頭が、がんがんする。


コン、コン。


ノックに「どうぞ」と答えると、入ってきたのは――


白い服、白い肌――以前、祈祷堂ですれ違っていた、

若い神官だと気づいた。

近くで見ると、完璧になめらかな輪郭に、

白銀の長い髪を無造作に垂らし、息をのむほど美しい。


男性神官が未婚女性の部屋へひとりで来るのは、

本来ありえない。


若いけれど……審問官? 嫌な想像だけが膨らむ。


たまらず、行動に出た。


「婚約者に捨てられて、自暴自棄になっていた、

ただの愚かな女です……どうか、どうか、お許しください!」


こんな言い訳通用するとは思わないけど、

思い切って床に額をつけて平伏する。


公爵令嬢の矜持なんて、こうなったら関係ない。

国の最高神の、『聖なる儀式』を台無しにした罪は重く、

一生消えないだろう。


「お顔を上げてください」


青年神官が、わたしを抱き起こした。

咄嗟に距離を取る。


神官は未婚女性に触れてはならない。

場合によっては『汚れた』とされ、破門ものだ。


「神官様、わたしに触れてはいけません!」


神官は一瞬、自分の手を見つめ、


「……私を、心配してくださるのですね」


水色の瞳を細め、にっこり微笑んだ。


――何か、おかしい。


今度はわたしの手を、両手でそっと包み込む。

そのまま軽く引いて、立ち上がらせた。


さらりと白銀の髪が流れ、朝日にきらめく。

まぶしい……

同じ白銀の髪でも、二日酔いでぼろぼろのわたしとは違いすぎる。


「聖者の輪の中に現れた貴女は、

紛れもなく聖女様です。


女神様は五百年ぶりに、

この地に『光の聖女』を授けてくださったのです」


青年神官のあまりに白く無機質な姿を見ていると、

冗談を通り越して、夢かもしれないと思えてきた。


「それは、お間違いです。

ただ酔っ払って、たまたま落ちただけで……」


「いいえ。降臨祭に聖女様は現れます。

聖女様に仕えるために育てられた私には、はっきりとわかるのです」


青年神官はわたしの手を少し強く握った。

指先まで整った完璧な手。

落馬で曲がったわたしの指とは違う。


「フェリシア様こそ、世界を救う光の聖女様です」


「まさか!光の聖女なんて、五百年前の伝説だわ。

暗黒竜なんて今いないし……」


「最近増えた大地の揺れを、聖女様は感じていませんか?」


「え?」


「それこそが、暗黒竜復活の兆しなのです」


「えぇっ!?」


胸が急にざわつく。

最近の地震が、現実味を帯びて迫ってくる。


神官はわたしの手を取ったまま、静かにひざまずいた。


「暗黒竜復活と聖女の降臨は、

何年も前に、大神官様に下された神託です」


震えが止まらない。

(大神官様に神託? そんな話、聞いたこともない)



「氷壁から現れる暗黒竜を、勇者たちと共に討ち、

暗黒竜を封じた後は、氷壁の守護として、

その身を捧げる――それが、光の聖女なのです」



(それ、子供の頃に読んだ、『光の聖女』の絵本の話じゃないの?

最後にその身を捧げるって、死ぬってことじゃないの?)


「……嫌です……!」


声が、裏返った。


「聖女なんて、絶対に、いやっ!」


自由に生きるって、決めたばかりなのに。

竜と戦うなんて、そんな、そんな、怖いこと……


「神官様! 嘘だって、言ってください。

わたし戦うなんてできないし、世界なんて救えません!」


震えるわたしの手を、柔らかい手が包み込む。

だけど、やっぱり男性の手だ。逃さぬかのように力強い。


わたしはなんとか声を絞り出す。


「もしかして、家柄だけ見て都合のいい未婚の女を、

適当に選んでいるだけなんじゃ?

――だったら、もっと強そうな誰かを……」


「じきに、あなた様の手に、聖痕が現れます。ほら、もう」


神官は、わたしの右手をそっと裏返した。

手のひらに、薄く、魔法陣のような模様が、浮かび上がってくる。


……ああ。


見たこともない神々しい光を放つその印を確認して、


わたしは、はっきりと、絶望した。


(破談したばかりの哀れな女に、追い打ちをかけるなんて――

女神様は、ひどすぎる)


「聖なる力を得るために、聖女様は八人の夫を持つことになります」


……え? なに? 初耳だ。


絵本に描いて……あった!

そういえば、挿絵に聖女を囲んで勇者の他に何人か人が。

騎士とか従者だと思ってた。


あれが夫?


(ひとりの婚約者に捨てられたわたしに、複数の夫?)


この神官様は、わたしを混乱させることしか言わない……


(女神様だって伴侶はトレース神ひとりなのに、聖女は八人も?!)


「無理無理、わたしには無理ですっ!」


「あなたが驚かれるのも、無理はありません。

わたくしは、聖女様を導く役目も、担っております」


わたしの聖痕にそっと口づける。

その唇にすら、色がない。


「まだ少し時間がございます。

少しずつ、受け入れていけばよいのです」


「受け入れるって、そんな……」


「これから、大神官様にお会いください。

きっと、聖女様もご納得なさいますから」


全然納得できるとは思えないけど。


そういえば……

ドアを開ける青年神官に、わたしは声をかけた。


「神官様。お名前は?」


色のない顔の水色の瞳が、ふいに喜びに輝き、

頬にわずかに赤みが差す。


「私は、サシャ。

聖女様に一生を捧げる者でございます」


サシャ神官 23歳 歯茎の真っ直ぐな長い髪 水色の瞳 角砂糖バリバリ


サシャとフェリシアは、カイルと行った神殿ですれ違っています。


次回、衝撃の事実が

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