1 私、魔法少女だったわ
原始、人は土であった。やがて土から芽が生え、やがて人の形を成し、女のヒトが誕生した。
目を開いた。何本もの緑と茶の棒状のものがズドンズドンと聳え立っていた。金の瞳にそれらが映っていた。
次にそれは己の足を動かした。生きるために必要最低限の言語と知識はあるようだったので、そのまま歩き始めた。
頭のちょうど頂点に降り注ぐ角度の光がじりじりと熱く感じた。金の髪が光を反射しすぎるからかもしれない。
崖の手前まで、緑の大地をえっちらおっちら踏みしめながら歩くことができた。快挙を成し遂げた。
風が吹いて、暑さを街にさらっていった。薄汚れた茶が目によくつく、整頓された街並みがよく見えた。よくわからないが行ってみることにした。
湖の橋を渡って、そのまま歩いた。裸足に石畳がひりひりとした。
それは街に入った。と同時に周りの人からうおおだのうわあだの波が広がっていった。よくわからないから歩くことにした。
「ちょちょちょちょ、ちょぉっと待った〜!!!」
左斜め前方から派手なカラーリングの服をきた女が大声を上げながらスカートを持ち上げて高いヒールで走り寄ってきた。
「なにしてんのあんた!」
「・・・・・・」
なにしてんのと言われても歩いている。としか言えない。
「服!なぁんで着てないの!」
「・・・・・・?」
たしかに目の前のうるさい女と自分の違うことといえば落ち着き度合いと布を身につけているかいないかだろう。よくわからないので首を傾げた。
女の後ろの人が目に入った。顔を赤くして顔を手で覆っているが覆い切れていない。普通に指の隙間から目が見えている。何がしたいんだこの人は。
「ダンマリじゃない・・・・・・ああもう、こっちに来なさい!」
女は自分の手を引いて人混みをずけずけ割りながら大股で進んで行った。女が止まった扉のよこには大量の布吊されたガラス張りのショーケースがあった。
「あんたもしかして喋れないの?」
女が振り返ってこちらに尋ねた。
「喋れるわ」
「喋れるんかい」
女は呆れたという体を全身で出して自分をふかふかの椅子に座らせた。
「ちょっと待ってな」
しばらくして、女は服を持ってきた。
「はい腕あげて〜」
ズボォっと上から服を被せられる。上からまるまる被れる服が着せられた。リボンがついていた。
「流石に下着は自分で履いて」
寄越された三角の布を頭にむんずと被ると慌てたように取り上げられて穿かされた。
「で、あんたなんで裸で外歩いてたのよ、ん?」
「街を歩いてたからよ」
「答えになってないよ・・・・・・下着の付け方も知らないと見た。おいこっちに来な」
ふたたび引きずられて今度は青のでっかい垂れ布の前に立たされたり触らされたりする。
「よし完璧」
「なにをしてるの」
「うお喋った。新商品の宣伝よ宣伝。あんた顔は可愛いし、おなご向けの服のモデルにピッタリなのよね〜。親も居ないみたいだし、アタシが特別に雇ったげるわ。感謝しなさ〜いあんた」
「感謝・・・・・・?」
「ありがとうございます〜って言ってみなさい」
「ありがとうございます」
「心がこもってなさすぎる感謝をありがとう。今日はもう終わりでいいわ」
そういうと女はスタスタ自分の手を引いて店の奥へ入っていった。
「はい、ここ!これあんたの部屋よ」
ばっと手を広げて見せられた先には、ちょっと古めの、けれど綺麗な天蓋付きのベッドがひとつ右壁際に、扉を開いってまっすぐのところに1人用サイズのイスと机があった。窓から夕方の光が差し込んできていて、壁に飾ったパッチワークも部屋を明るくしている感じがした。
ぽわん、となにかが心に生まれた。
「あったかい」
「ん?」
心臓があるあたりを抑えた自分を不思議そうに見た女は、ぱちくりと目を瞬いたあと、はぁ、とため息をついた。やけにため息の多い女だと思った。
「それはね、きっと嬉しいっていう感情なのよ。あんたがこの部屋を気に入ったってことね」
女は腰に手を当てて、少し屈んで自分と視線を合わせた。
これが、うれしい。
「うん、うん、そうね・・・・・・。うれしい、うれしいわ。ありがとう」
嬉しくて女にお礼を言うと、女は一度びっくりしたあと、眉を下げて笑った。
「あんた、そういう顔もできんだねえ」
ちょっと待ってな。と言われて頭をくしゃっと撫でられた。乱れた髪を直してベッドに腰掛けて、女が出ていった扉を見つめて、女が戻ってくるまで足をプラプラさせていた。
「おまたせ〜。お、いるいる。あんたすぐフラフラどっか行きそうだから、いなくなってたらどうしようかと思ってたわよ」
女は自分でひとしきり喋った後、机に鍋をドンと置いて、皿を並べた。鍋からはいい香りが漂ってきている。
「ん」
女が座っていない方の椅子に促されて、座る。目の前の皿には、赤いスープが盛られていた。
「あなた、どうして私を助けてくれたの?」
「アタシはジェーンよ。あなたじゃないわ」
「ジェーン、どうして私を助けてくれるの?」
女はむぐむぐとスープの具を噛みながらスプーンを置いた。
「あんたみたいないい意味でも悪い意味でも目を引くヤツがいたらそりゃあ気になるし、素材に見合う服を着てなかったのも腹が立ったわね。あと、宣伝用に使えそうだし」
ロクな理由ではなかった。少々興醒めしてスプーンを手に取る。
「・・・・・・あとは、強いて言うなら、アタシのもう死んだ娘に似てたってところかしら」
自分はスプーンを置いて向かいに頬杖をついて斜め下の床を見ているジェーンを見た。
「アタシの娘はね、アタシに似て超絶美人だったのよ。太陽に反射する金色の髪と、金色の目をしてた。気前も良くて、街じゃ1番の嫁候補だったわ。だけどね、死んだのよ、3年前に」
「寂しいの?」
「虚しいわね」
あたりを沈黙が覆った。いつの間にか日は翳り始めていて、部屋の中が薄暗かった。
「食べないと冷めるわよ、スープ」
そう言われて、自分がスプーンを持っていたことを思い出した。自分がカチャカチャ皿を動かす音だけが部屋に響いた。ジェーンは何も言わずに自分をじっと見つめていた。すぅ、とスプーンで口に入れると、酸味の中に凝縮された旨味が入っていて、思わず顔が緩むのを感じた。
「おいしい?それ」
今度は自分がぱちくり、と瞬きした。
「・・・・・・うん、おいしいわ」
「ふはっ」
目の前のジェーンがいきなり笑い始めた。口を手に当てて結構笑われている。
「あんた、表情がころころ変わるところも、アタシの娘にそっくりだわ」
ジェーンはろうそくを持ってきて、ランプに火を移した。さっきより明るくなった部屋で、2人で夕食を取った。2人が食べ終わると、ジェーンは鍋を片付けて、なにやら大きな箱を持ってきた。
「あんた、アタシの娘に似てるって言ったけど、決定的に違うところがあるわ。あんた、表情はころころ変わるけど、基本的に何もわかってないもの」
「そうかもしれないわ」
実際なにもわからない。土から生まれたものでして。
「あんまりにも世間知らずなままじゃいけないから、絵本から学習しなさい」
そう言って箱をドンとベッド脇に置かれた。降りる時に気をつけないと踏んづけそうだったので、端に押して移動させた。箱の中には、カラフルで薄い本が大量に入っていた。
「じゃ、アタシは向こうの部屋で仕事してるから、なんかあったらいいなさいね〜」
おやすみ〜と後手に手を振られて、見えないだろうが手を振りかえす。とりあえず、もらった本の1番上の絵本を手に取ってみた。
「魔法少女!アリスの物語!」
なんとも幼児向けのタイトルが書かれた対象年齢5歳くらいの絵本だが、当然そんなことはわからず、12歳くらいの見た目でもなんせ中身は0歳の赤ちゃんなもので、その本を素直に読み進める。
絵本の中ではアリスという魔法少女の主人公が、敵を次々に倒していく様子が描かれていた。
最後まで読み進めると、アリスがこう言っていた。
「生まれた意味なんて結局みんなわからないまま生まれてくるんだわ。大事なのは、自分で生まれてきて、生きる意味を自分で決めるコトなのよ。あたしだって、最初は魔法から生まれて、1人で彷徨っていたわ。だけど、自分が魔法少女になって、みんなを助けるうちに、あたしはみんなの笑顔を守るために生まれてきたんだって、そう思えたのよ!」
自分はこれだ!と思った。それから本を閉じて、ベッドに放り出したままジェーンの部屋のドアを開けた。
「うお、な、なに?どうした」
「ジェーン、私、魔法少女だったわ」
「・・・・・・ん?」
「それだけよ。おやすみなさい」
バタンと扉を閉めて自分の部屋に戻る途中、ジェーンの部屋から困惑した声が聞こえてくる。部屋に戻って、ベッドに入って、今日は寝ることにした。投げ出されていた絵本を拾って、箱にしまう。表紙で杖を掲げているアリスと目が合った。
「光よ、その輝きで、闇を包み込め・・・・・・」
絵本の中でアリスが言っていたセリフと同じ言葉をなんとなく呟いた。その時だった。
ピカーーーッと、部屋が真っ白に光った。
自分は驚いて、何度か目をシパシパやっていたが、もう一度立ち上がって、ジェーンの部屋へ急いだ。
「ジェーン」
「うおう、今度は何?」
眠るところだったらしく、ランプを手に持ったジェーンが驚いてこちらを凝視する。
「私、やっぱり魔法少女で、アリスだったわ」
「は?」
「おやすみなさい」
バタンと、扉を閉めた。さっきより大きな困惑の声が聞こえてくるが、部屋に戻ってベッドに入った。窓の外では、赤い月が昇っていた。




