粛清
北部方面警務隊が事件現場に駆け付けたのは事件発生から三〇分と経っていなかった。その凄惨な現場で警務隊の隊員は吐き気を催したという。警務官らが現場に着いた時にはすでに救急車が四台到着していて、それぞれの怪我の状況を把握し始めていた。そして現場の長である村井三等陸佐に、どのような状態なのかを報告していた。
警務隊の村井三等陸佐は捜査の長に任命され、塚原三等陸曹、二瓶二等陸士に事件の状況を聴取していた。警衛の長である駿河二等陸曹は、塚原三等陸曹が実弾を持ち出したことを把握しておらず、事件は想定外であったと、苦しい言い訳に終始した。二瓶二等陸士は心の整理がつかず、精神状態も不安定であったため、救急車で市内の病院へ運ばれた。
グランドは白熱投光器数台によって照らされ、まるで真昼のような明るさだったと、後に二瓶二等陸士は語った。
現場検証に時間を割いたのは、侵入者である身元の確認だった。警務隊はこれをテロと言ってもおかしくないなと、警務隊の捜査にあたっていた小林曹長は思った。小林は二七歳で自衛官らしく引き締まった体つきをしていた。端正な顔立ちは他の隊員に爽やかな印象をあたえた。彼は陸曹学校出身の切れ者で、警務科の中でも出世頭と噂される程だった。
現場は依然騒然としていた。駐屯地内も拳銃と機関銃の発砲音で、グランドには人だかりができていた。警務官たちが、白い布でグランドの半分を覆うと、やじ馬で集まっていた自衛官たちから、期待外れの溜息が漏れた。もうお終いかよ、いったい何があったんだ、誰か死んだのか、等々。小林曹長は部下にグランドに集まった自衛官に退去するようにと命じて現場検証にあたることにした。
既に遺体は救急車で運ばれたため、所持していた遺留品を確認する。リボルバーが二丁。これで撃たれたと見られる。仲間同士でトラブルがあったのだろうか。民間人二人はリボルバーを所持し、結局二人とも生きて駐屯地を出ることは出来なかったことになる。すでに偽造した身分証明書を発見していた。良く出来ているが、認識番号が出鱈目に羅列してある。これではどこの教育隊で訓練を受けて来たのかが不明瞭である。
しかしー。納得がいかない。何故、仲間割れが起きたのか。また何が目的で駐屯地に侵入したのか。どうやって身分証明書を偽装して隊舎に入営したのか。
「この二人が侵入した時刻は?」近くにいた部下に小林は聞いた。
「一九五〇頃と思われます」
「その時の東門の衛兵は何故二人を入営させたのか。その時の東門の衛兵は誰だ?」すでに食堂と風呂場の間に脱ぎ捨てられた衣服とカバンが押収されていた。
「佐藤陸士長と思われます」
雪が鬱陶しいなと思いながら小林はタバコに火をつける。後から後からグランドを覆っていく雪に警務官らも疲弊していた。
「その佐藤陸士長の聞きこみは誰がやっている?」小林は空に煙を吹きかけて、一息ついた。
「八幡二等陸尉が、それと橋本二等陸曹が聴取にあたっています」
現場にいた二瓶二等陸士は事情聴取の後、精神に不調をきたし市内の病院へ救急搬送されたとのこと。それはそうだと、小林もこの凄惨な現場に立って思った。
「塚原三等陸曹は?」一瞬空白の時間が出来た。周りの者たちは何も答えない。まあいずれ塚原も八幡と橋本で話を聞き出してくれるだろう。橋本は自分より若いが中々の切れ者だと小林は聞いた事がある。
リボルバーで侵入者に撃たれた田所陸士長も命を落としている。この短時間で民間人二人と自衛官一名が命を落とした。小林はグランドをぐるりと回って少しでも事件の真相に迫ろうと白熱投光器の下、警務官たちに意見を求めた。




