終わりなきリアル
矢野と和田は寒さの限界だった。
「このままじゃ凍え死んでしまうな」矢野の息が白い。和田は気の遠くなりそうな計画に参加して、後悔しかなかった。いくら鹿野杏奈に気に入ってもらおうとしていたとしても、この作戦に参加はしたくなかった。このままでは銃殺されかねない。嫌な予感が和田の脳裏を巡った。降伏しよう。しかし問題は矢野だ。矢野を説得できるかが問題だ。これは和田にとっては難問であった。
矢野はコロニーの幹部であり、コロニー設立当初からの幹部だ。和田のように駆け出しの党員とは訳が違う。和田は矢野の目を盗んで逃げようと思ったが、うまくいくかどうか運任せだった。
「矢野さんは死の覚悟は出来ているんですか?」和田は言葉を詰まらせながら話を繋いだ。
「僕は死にたくないです。死ぬのが怖いんです。だからもう降伏します。恨まないでください」そう言って和田は正門の方角にペンライトを向けて、矢野にリボルバーを押し付け発砲した。弾は矢野の肩に着弾し、矢野は低い呻き声をあげ、痛みに耐えきれず意識が遠のいていくのを感じた。そして和田の肩を掴んだが、膝から崩れ落ちていった。拳銃の音が辺りに響き渡りこれで全てが終わりだと和田は覚悟を決めた。矢野を殺したわけではない。死刑は免れるだろう。和田はペンライトを正門の方に振って自分の位置を自衛官に知らせた。ここから逃げることも考えたがいずれは捕まるだろう。自衛官が警衛の任務で実弾を装着していないことも知っていた。しかし非常事態となれば話は別だ。いや、一般人に銃をぶっ放すなんて、そんないかれた奴が自衛隊に居るはずがない。和田は手が熱を持っていることに驚きながらもう一度拳銃を眺めた。これで人を殺すなんて朝飯前じゃないか。和田はなんだか嬉しくなって、今度は矢野の額に銃口を押しつけ、もったいぶりながら引き金を引いて、空に向けて発砲した。
「やめてくれ。何でも言うことを聞くから命だけは助けてくれ」矢野の消え入りそうな声に和田は耳を貸さなかった。和田の心はすでに決まっていた。矢野を殺す。これこそが今の自分に出来る最高のパフォーマンスだと思った。もうこれで最後だ。そう言って和田は矢野の額に向けて発砲した。その瞬間、矢野の体が宙に浮いて、地面に落ちた。まるでスローモーションのフィルムを見ているようだった。それから和田は満足げにペンライトの先を見ると、二人の自衛官が和田に距離を詰めて、叫んでいる。どうせ彼らは実弾も持っていない。やるならやってやるよ。和田の体から血の気が引いた瞬間だった。和田は冷酷にも二人の自衛官に間を詰めていった。弾はあと四発。二人を殺すには十分だった。




