追撃
「和田はなぜコロニーに入党したんだ。やはりマルクス主義の成れの果てか」
「僕は杏奈さんに憬れて入党しました」和田は思案気に周りを警戒しながら言った。
「最近は杏奈の影響力の強さを肌身に感じているよ。それ程影響力があるとは俺は思わないんだが、学生には絶大な人気があるらしいな。ただ単にアイドルの追っかけみたいな感じだと思っていたが、もはやここまでくると、杏奈は人たらしじゃないかと疑ってもみたくなるよ」矢野は訝しげに和田に目を向けた。振り向いた矢野の目には軽蔑らしきものが含まれていたかもしれない。そう思った和田は矢野に取り繕うように、僕はそんなんじゃないと言ってまた辺りの警戒を始めた。
その頃正門を出発した田所陸士長と二瓶二等陸士は実弾が装着されていない六四式小銃を肩からぶら下げて駐屯地の外周の警戒にあたっていた。実弾を装着しないのは、外部からの侵入者が今までなかったというのが想定としてあったからだ。田所と二瓶は普段の他愛もない会話をしながら、外周を警戒して回った。時刻によっては第八五連隊の当直幹部が、外周を回って、陸士が任務に正しく就いているか確認するため、連呼することもある。これが陸士には苦痛で当直幹部への報告がきちんと出来なければ、名指しで批判される。そして事によっては外出禁止にもなりかねない。明日から正月休みの二人にとっては、事は重大である。当直幹部が二人の前に現れないことを祈るしかなかった。
田所陸士長が本部の駿河二等陸曹からそちらの状況に異常はないかと連絡を受けた時、田所は周囲を見渡して異常がないことを駿河二等陸曹に伝えた。二瓶も無線を傍受して変わったことは何も見当たらなかった。
雪の夜は静寂そのものだった。今流行りの学生運動も札幌県にあってはほとんど紛争があったという報告はない。当然そのことは駐屯地内でも危惧する者は幹部を除いてほとんどいなかった。連隊長に至っては、そういった勢力は、自衛隊が出動して鎮圧すればいいという程度に思っていた。そういう訳で駐屯地内での新左翼集団が蜂起して駐屯地を制圧するということは想像もできないことだった。
グランドに差し掛かった時、田所と二瓶はパチンコについての話を熱心に議論していた。
そこで二瓶はある異変に気づく。暗がりの中にペンライトの明かりを発見したのだ。
「田所士長、あそこペンライトの明かりが見えませんか?」
誰もいないであろうグランドを指さして、怪訝そうに目を細める。
「ほんとだ。誰かふざけて遊んでるんじゃねぇか?」田所も目を細めてグランドの先を見つめた。
「ちょっと、確認してこよう。隊員にしてはこの時間グランドにいるのは変だ。そろそろ点呼の時間だろ」
自衛隊では夜八時半から清掃が始まり、九時二〇分から夜の点呼が始まる。隊舎もさぞかし慌ただしい時間を過ごしているであろうことが容易に想像できる。
田所と二瓶はグランドに近づいていき、念のため警衛の控室で控えている駿河二等陸曹に無線で連絡を入れた。
「こちら田所。グランドにペンライトらしい明かりが見えるので、念のため確認に行きます」
「了解。念のため西門の塚原三曹にも伝えておく」駿河は特に気にした様子もなく、連隊当直幹部が見回りしながら歩いているのだろう、くらいにしか思っていなかった。
「塚原三曹おくれ」
「こちら塚原おくれ」
「今の無線を傍受していたら、直ちにグラウンドに駆けつけてくれ」
「了解」
短い会話の中に妙に不安があった。塚原三等陸曹は弾薬庫から実弾を持っていった方がいいのではないかと思い、六二式機関銃に実弾を使用しようと、周りにいた二名の陸曹と相談して決めた。駿河二等陸曹にはあとから報告をすればいいのではないかと、話し合いの末に決まり、塚原三等陸曹の面持ちはこわばっていた。
「何事もなければいいが・・・。」そんな期待を込めて、西門を旋回し東方面へ向けてジープを走らせた。




