Look at me alone.
それは私が「武術大会に出たい!」と言い出したことから始まった。
「サラさん、武術大会に女性は参加できないのよ」
「そんなところまで差別されているのですか?」
「差別というよりも、規制と考えるべきね」
「どういう事でしょう?」
「ある時期から、王都の花の姫たちが顔を売るため、華やかな衣装を着て参加するようになったの。しかも年を追うごとにどんどん衣装が過激なものになっていくものだから、とうとう王妃殿下が不快に思われて女性の参加を禁止にしてしまったの」
「確かに大勢の目に触れる武術大会の会場は、宣伝に向いている場所ですものね」
「対戦相手も心得たもので、わざと衣装の胸元やスカートを切り裂いたりしてたんですって」
ポロリもあるよってヤツ!?
「それは上手な人がやらないと怪我しそうですね」
「もちろん対戦相手も仕込みよ」
「それは王妃殿下が怒るのも無理ありませんね。でも、美青年が肉体美を披露してご婦人方の目を惹くこともあるのでは?」
「あら既婚女性が見目麗しい護衛を従えるのは普通のことよ。当然、武術大会は若い騎士たちが自分をアピールする場よ。ミンネのお作法について復習が必要かしら?」
「あぁ、そんな文化もあると以前の授業で習いましたね。本音と建前のギャップが凄すぎて頭が痛くなりそうでしたが、一応覚えています。正直、私には縁が無さそうです」
「でも、誓いを捧げられた時にハンカチを渡すのは、ミンネの証からきているのよ?」
「それは理解しています。本来は精神的な愛を意味しているはずですよね。なのに、どうして『ミンネの果実』などという言葉が生まれるんでしょう」
「貴族は圧倒的に政略結婚が多いからだと思うわ。継嗣を産んだあとは自由になりたいと思うのでしょうね」
「それに、ミンネの果実は嫡出として届けるのが常識というのがまったく馴染めません」
「そこまではお勉強しなかったものね。サラさんにはまだ早すぎるかと思っていたから」
「レベッカ先生、ミンネのお作法そのものが8歳には早すぎると思うのですが」
「だって、サラさんは優秀過ぎて教えることが無くなっちゃうんですもの」
レベッカ先生は困ったような表情で小さく微笑んだ。
「わかりました。概念としては理解しておきたいと思いますので、続きを教えてください」
「えっと、基本的にミンネの昂りを女性が受け入れるのは、既に継嗣を産んでいるのが普通よ。そうでないならただの不貞行為として、夫の側から離婚を切り出されてしまうこともあるのよ」
「夫の不貞行為は離婚原因になりませんよね?」
「ならないわ。例外は夫の方が婿養子で、妻以外の女性を引き取ろうとした時くらいかしらね」
「婿養子の婚外子がダメな理由はなんですか?」
「貴族家の乗っ取りにあたる行為と見做されるからよ。籍に入れることも無いわ」
「なるほど」
血族による貴族家の存続を重視するのであれば、確かに婿養子の婚外子は家の乗っ取りと判断されても致し方ないだろう。
「話を戻すわね。既に継嗣が居るなら、ミンネの果実が男子でも騎士爵になるだけだから問題ないわ。女の子が生まれれば、家の利となる相手に嫁がせることになるわ。正直なところ、見目麗しい騎士の胤の方が子供も美しいことが多いから、政略結婚向きとも言えるわね」
「あまり納得したくはありませんが、理解はできました」
私は少しばかり痛む頭を抱えるように授業の続きを聞くことにした。
「それにね、何年も子供が生まれていない夫婦の場合、夫がミンネの果実を積極的に受け入れることもある。その場合、兄弟や血族の騎士がミンネを捧げていることが多いの。それに、ミンネの果実の可能性が高い男子には、一族の女性を娶ることも多いわ」
「レベッカ先生、それはすでにミンネの愛は関係ないですよね?」
「結局、言葉は良いように解釈されてしまうという典型的な例ね。でも、グランチェスター家にはあまり関係ないと思っていて大丈夫よ」
「あぁ皆さんヘタレで一途ですものね」
「グランチェスター男子は、偽りの愛を囁くことはしない。だからって適当に遊ぶのを止めたりもしないんですけどね。相手が合意してるなら、大人のお付き合いをすることに躊躇しないみたいですけどね」
マズい。レベッカ先生に変なスイッチ入った。完全に目が据わってる!
「レベッカ先生、伯父様が遊んでることが気に入らないのですか?」
「だって、浮かれすぎててみっともないわ!」
「伯父様が少々みっともなくても、若い独身の男性ならそういうものでしょう。あるいは、レベッカ先生からはっきり言ったらよろしいではありませんか」
「何を言えと?」
「今仰ったように『浮かれすぎててみっともない』と」
ぶっちゃけ、『他の女性を見ないで私だけ見て』って言えば解決しそうだと思うんだけど、レベッカ先生は言わないんだろうなぁ。
「淑女はあまりそう言ったことを口にしないものなのよ」
「最近、私は淑女になれない気がしてるんです」
「立ち居振る舞いはとても優雅よ?」
「そういう表面的なことは問題ないと思うのです。ですが、殿方からの誓いは重いですし、貴族の世界の恋愛事情にも付いていける気がしません。男女のことだけでもこれだけ違和感があるのですから、他のことでも戸惑うことになるでしょう」
私の発言を聞いて、レベッカ先生はハッとした表情を浮かべた。
「もちろん貴族のすべてがそうだと言っているわけではないわ。そういう文化もあることを知っておいてほしいだけよ」
「もちろん理解しています。ただ、他の方々がそうしたことに寛容であっても、私はそうではありません。それに、自分が好いた殿方に対しては、自分の気持ちを正直に打ち明けたいと思っています。それが淑女失格ということになるのであれば、私は失格で構いません」
「そうね、サラさんはそれでいいと思うわ。ふふっ、少しだけサラさんが羨ましいわ」
レベッカ先生はふと窓の外に目を遣った。その視線の先は執務棟が見えていたが、レベッカ先生は少しだけ目を細めた後についと目を逸らして授業に戻った。