重い誓い
この世界の淑女教育は恐ろしい。
私が前世の記憶を取り戻してから一月程が経過し、レベッカ先生の淑女教育も順調に進んでいる。っていうか、ちょっと進み過ぎなんじゃないかと、最近少し危ぶんでいる。
「そのうち、サラさんはたくさんの殿方から忠誠の誓いを受けると思うわ」
「正直申し上げて、”誓い”という概念が重く感じるのですが、愛を告白するのとは意味が違うのですよね?」
「まったく違うわ。忠誠の誓いは、相手に対する敬愛を意味しているの。だから相手は恋愛対象よりもずっと年上の女性だったりすることもあるの。その女性を尊敬し、その女性の秘密を守り、その女性のために戦うことも厭わないという誓いよ」
「誓うだけなら誰でもできませんか?」
「あら、形骸化しているとはいえ、忠誠の誓いは魔法的な制約に縛られるのよ?」
「どういうことですか?」
「忠誠を誓った女性の秘密を暴露しようとすると、呪われるのよ」
「の、呪いって本当にあるんですか?」
「あるに決まってるじゃない」
「呪いが発動するとどうなるのですか? 解呪方法はあるのですか?」
「その女性の秘密や悪口を言えなくなるだけよ。解呪できるのは忠誠の誓いを捧げられた女性だけね」
「なるほど。それくらいなら良いか」
「あ、それと忠誠を誓われた女性が解呪すると、凄く苦しむそうよ。聞くところによると、心臓を鷲掴みにされるような痛みが数日続くとか」
「えっ」
「だから、調子にのってたくさんの女性に誓いを立てると、酷い目に遭うこともあるみたいね」
レベッカは優雅に微笑んだ。
「でも、サラさんのように秘密の多い女性の近くにいたいと心の底から願うなら、男性は誓いを立てることになると思うわ」
「怖すぎます。そんな誓いを受けられません」
「基本的に、女性の側は誓いを断れないのよ。それは相手の心を踏みにじることになるの。もし断ったら『あなたのことは生理的に受け入れられません。顔も見たくありません』って受け取られてしまうわ」
「あまりにも酷い習慣です。廃止すべきです」
「文化ですから黙って受け入れるしかありません。そういえば、忠誠の誓いよりももっと重い主従の誓いというのもあるのよ」
「それは騎士が主君に対して忠誠を誓う儀式ですよね?」
「ええ、そうよ。大抵は領主や国王陛下に忠誠を誓うことになるわ。すべての秘密を守り、誓った相手のために戦うことを誓うってことは同じなのだけど、この誓いを受けた主君は相手の生殺与奪の権利を持つの」
「ひぃ」
「サラさん、その悲鳴は淑女的ではありませんわ」
「申し訳ございません」
「この誓いも、誓いを受けた側なら解呪できるわ。解呪する際に相手を苦しめることもないのだけど、複数の相手に主従の誓いをする騎士は周囲から軽蔑されるわ。過去の誓いを否定する行為は騎士の恥になるのよ」
「それは何となくわかります」
「ちなみに、主従の誓いが解呪されていない状態で別の人に主従の誓いをしようとすると、その場で命を失うわ」
「えっ!?」
「一応確認なのですが、解呪されたことは自覚できるんですか?」
「もちろんよ。魂に刻まれる誓いだもの。ちなみに誓いを受けた側が勝手に解呪しようとしても、誓った側が受け入れなければ解呪もされないわ」
「凄く怖いですね。大人になっても、できるだけ誓いを受けないような生き方をしたいです」
だが、このとき私は想像もしていなかった。わずか8歳でトマスから忠誠の誓いを受け、ダニエルから主従の誓いを受けることになるとは。
重い、重すぎるよ。誰か助けて!