もうあんたの顔なんか見たくないのよ! と言われた相手と末永く一緒になりそう
注意:もうあんたの顔なんか見たくないのよ! と言われた相手と何故か仲良くなりそう( https://ncode.syosetu.com/n8640ij/) の続編です。前作をお読みいただいてからこちらを読まれることを強く推奨いたします。
「明登くん、こんにちは」
「だからナチュラルに同じ席に座るなって言ってるだろ」
「別に良いじゃん。ほら、席を詰めた方がお店の人も喜ぶでしょ」
「ならしゃーないな」
いきつけの喫茶店で向井が俺の前に勝手に座りやがった。
俺と向井は小さい頃から外出先で良く顔を合わせる間柄。
何処に行っても高確率で会うためお互いのことをウザいと思っており、高校生になったある日にフラストレーションが爆発して大げんか。
無事にいがみ合う関係になったかと思いきや、ひょんなことから向井の失恋話を聞いてやることになってから何故か俺を見つけると近くに寄ってくるようになった。
というのが今の状況だ。
向井にどんな心境の変化があったのかは分からないが、俺は何も変化してないから嫌なんだが。
……まぁ、こいつと話をするのが楽しいと思う時も無い訳では無いけど。
「ねぇねぇ明登くん、ここのパンケーキ食べてみようよ」
「嫌だよ」
学校帰りに頻繁に道草しているからお小遣いに余裕はあまり無いんだよ。
食べ物なんか注文したらしばらく道草がお預けになってしまう。
「でも明登くんパンケーキ好きでしょ」
「何でだよ」
「だって小さい頃はファミレスでパフェじゃなくてパンケーキ食べてたじゃない」
「そういうお前はパフェばっかりだったよな」
「見た目が可愛しい、色々なのが入ってるから楽しいんだもん」
わかる。
グラスの中が何層にもなってたり上に沢山乗ってるとテンションあがるよな。
ってそうじゃないだろ。
「パフェ派ならそっち食べろよ」
「このお店はパフェ無いんだってさ。それに私パンケーキも好きだよ。だから食べようよ~」
「だから嫌だよ」
なんと言われようとも食べねーよ。
「もしかして中学の時のアレ気にしてる?」
「っ!」
「あはは、やっぱりそうだったんだ。あれ以来パンケーキ食べてるところ見たこと無いから変だと思ってたんだよ」
「うっせ、しゃーないだろ」
「あそこのお店のパンケーキの大きさ異常だもんね」
「うっぷ、思い出させんなよ」
この辺りに初出店と話題になった某有名チェーン喫茶店に家族と一緒に行った俺は迷わずパンケーキを頼んだのだが、量があまりにも多すぎて最後の方は胸焼けして気持ち悪くなってしまったのだ。
そのせいでそれ以来パンケーキを食べる気がしないんだよ。
「このお店のパンケーキはそんなに大きくないから大丈夫だよ。それに半分こすれば大した量じゃないって」
半分か。
金額も量も半分であれば、そこまで悪い話ではないか?
喫茶店パンケーキのトラウマを克服するチャンスになりそうだ。
「分かったよ。好きにしろ」
「やった。店員さーん!」
こいつはいつも楽しそうで羨ましい限りだ。
失恋した時はあんなに泣いてたのに、もう大丈夫なのかね。
それなら新しい恋でも探して何処かに行ってくれないかな。
俺はお前の顔を見ずに一人の時間を楽しみたいんだよ。
そろそろガツンと強く言ってやらないとダメかもな。
「お前さぁ」
「お待たせしました」
「うっひょ~美味そう!」
「しかも可愛い!」
俺も写真撮るぅうう!
やっぱりパンケーキが来るとぶちあがるよな!
「クレーンゲームでもやってろよ」
「だってあれお金がいくらあっても足りないんだもん」
「分かるけどさぁ」
ゲーセンに行くのってかなりレアなのにどうしていつも向井がいるのだろうか。
ガチでストーキングされているのではと、時々本気で思うことがあるわ。
「明登くんは何やるの?」
「お前が何か始めたら別のやるよ」
「あはは、じゃあ明登くんが何かやるまでや~らない」
「おいコラ」
ちょっと前まではムキになって言い返して来たじゃねーか。
丸くなりすぎだろ。
「前みたいに勝負しようよ」
「嫌だよ。あの後、小遣いが無くなって大変だったんだからな」
「私も私も。学校終わったら何処にも寄れなくてつまらなかったもん」
「マジそれな」
「だから今日はあそこまで熱中しないゲームにしようよ、ほらアレとかさ」
「レースゲームか」
確かにあれならゲーム中は夢中になるが、もう一回もう一回と何度も繰り返すタイプでは無いな。
音ゲーの時はクリアという概念があったからお金を使いすぎてしまったんだ。
「今日は絶対に勝つよ」
「余裕でぶっちぎってやるぜ」
あれ、どうしてこいつと一緒にゲームやることになってるんだ。
だがもうお金を入れてしまったから引き返せない。
チッ、仕方ない。
やるからには絶対に勝つ。
このレースゲームはアイテムを使って相手を妨害しながら順位を競うものだ。
「あ、てめぇ何しやがる!」
「やった、おっさき~」
向井め、俺に甲羅をブチ当てて抜いて行きやがった。
それならこれでも喰らえ!
「あ、サンダーずるい!」
「ずるくねーよ、お前が抜いたからだろ」
「ぶーぶー!」
順位が下の方であればあるほど良いアイテムが入手しやすいゲームだ。
向井に動きを止められた俺はそのまま順位をあげずに狙いのアイテムを手に入れ、全員を行動不能にしてごぼう抜きしてやったぜ。
「うお、なんだあいつ」
「きゃあっ!」
残りあと一周。
このまま逃げ切ってやるぜと思ったら、あるキャラクターが俺達をアイテムで潰して先頭に躍り出た。
このゲームはネットを通じて遠くの人と対戦も出来るため、その知らない誰かさんにやられた形だ。
「悔しい!」
「あいつだけは絶対に倒すぞ!」
「分かった!」
はっはっはっ、俺達を相手にしたことが運の尽きだったな。
「くらえ!」
「やるぅ」
どうだ、ホーミング無しの攻撃を目測だけであててやったぜ。
「えいっ」
「ははは、やるじゃないか」
スリップしてるところに向井が車体をあててコース外に弾き飛ばした。
ざまぁ。
「よし、あとはお前との勝負だな」
「まって、あいつ三連赤甲羅を持って追って来てるよ」
「はぁ!?」
あと少しでゴールだってのにやべぇ。
ホーミング性能のある甲羅を当てられたら俺達のどちらもスリップして奴に抜かされる。
「俺に任せろ」
「え?」
「合図したらそのゴミを置いてくれ」
「う、うん」
さぁ仕掛けて来いよ……来た!
「今だ!」
しっかりと合図のタイミングで向井が地面にゴミを置いた。
当たってしまうとスリップしてしまうお邪魔アイテムだが、ホーミング性能のある赤甲羅の動きも止めれくれる。
俺は相手の攻撃を誘導して向井が置いたゴミに当たるように調整したのだ。
「よし、次来い!」
やつの攻撃の二撃目は俺が持っているアイテムで相殺する。
最後の攻撃はもう防ぐ術がない。
「明登くん!?」
「気にせず走り抜けろ! 絶対に負けるなよ!」
「う、うん!」
もうゴールまでわずかだ。
アイテムを補充するタイミングも無く、俺の犠牲により向井は無事に一位でフィニッシュした。
「やった、やったよ! 明登くんありがとう!」
「よっし!」
「「イェーイ」」
いやぁ今日もハイタッチが気持ち良いぜ。
…………あれ?
だから違うだろうが!
何でこいつと協力プレイなんてしてるんだよ!
「それにしても明登くんって熱~く守ってくれるタイプだったんだね」
「な、なに言ってやがる。お前が頼りないから仕方なくで……」
くそ、くそくそくそくそ。
嬉しそうにしてんじゃねーよ!
俺達は元々敵同士みたいなものだっただろうが。
勝手に心を許すんじゃねーよ。
ああもうイライラする。
向井の顔を見ることすら出来ねぇ。
流されたとはいえあんなにも嫌いだったやつと遊んでいるだなんて、俺は一体どうしちまったんだ。
最近向井の顔を見ると以前よりもイライラする。
でも道草先にあいつが居ないと何故かもやもやする。
居ても居なくても俺を惑わすとか、マジであいつ嫌な奴だな。
気分を切り替えるには大声を出すことだ。
そのため俺は一人カラオケに行くことにした。
場所は前回の反省を踏まえて、三駅隣にあるカラオケ店だ。
流石にここで会うことは無いだろう。
「あれ? 明登くんどうしてここに?」
神様あんまりだ!
いくら行動パターンが似通っているとはいえ、ここまで一緒にする必要は無いだるぉ!?
「もしかして一人? 私もなんだ」
おいコラ。
この流れは流石に……
「せっかくだから一緒に」
絶対に嫌だ。
止めてくれ。
「って思ったけど無いよね~」
え?
「一人で歌うのが気持ち良いんだもんね。流石に邪魔は出来ないよ」
なんでだよ。
いつも俺のことなんかお構いなく寄って来るくせに、今日に限ってどうして遠慮するんだよ。
本気で嫌なことだけはどうしてやろうとしないんだよ!
「それじゃね」
ふざけんなよ。
お前が最近ウザいからストレス発散に来たってのに、どうしてここでもお前に振り回されなきゃならねーんだよ。
それにどうして俺は少し残念がってるんだよ!
ああもうイライラが止まらない。
ひたすら熱唱して全てを忘れよう。
そうだ、それで良い。
幸いにもあいつは今回は近づいて来ないって宣言してるんだ。
ああもうだからなんでもやもやしてるんだよ。
そう言えば小さい頃に家族とカラオケに行ったらあいつと会ったことがあったっけ。
あの時は個室が隣同士で相手の声が聞こえて来たから恥ずかしくて全然歌えなかったな。
今日は隣同士ではないが、もしそうだったらあいつはどんな反応をしていたのだろうか。
はは、何を馬鹿なこと考えてるんだ。
部屋を変えてもらうに決まっているだろう。
当たり前だよな。
はぁ……
結局その日は全然気分が乗らず、ストレス発散が出来なかった。
そして落ち込んだ気分に追い打ちをかけるような悲劇が俺を襲ったのであった。
――――――――
「え、お祖母ちゃんが?」
母方の祖母が亡くなった。
その知らせを受けた俺はショックでどうにかなりそうだった。
お祖母ちゃんはとても優しくしてくれて、会う度に『大きくなったねぇ』と笑顔で頭を撫でてくれて、お小遣いをよくくれた。
お金なんて貰わなくても大好きで、会いに行くのがいつも楽しみだった。
でも中学生になって思春期を迎えると、優しくされるのが照れくさくなって会いに行かなくなった。正月とかでたまに会う時があってもそっけない態度をとってしまった。
いつかごめんと言おうと思っていたけれど、その機会はついには訪れずに永遠の別れとなってしまったのだ。
「明登くん、こんにちは」
「…………」
「どうしたの?」
余程酷い顔をしているのか、マ〇〇ナル〇で会った向井は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
今日の道草はいつもとは違う。
家に帰りたくなかった。
お祖母ちゃんは俺以外の家族からも慕われていて、特に母さんはかなりショックを受けていて沈んでいる。
あの重苦しい空気の中に入ったら俺まで悲しみに押し潰されてしまいそうになる。
「なんでもねぇよ」
「そっか」
ついいつも以上にぶっきらぼうで攻撃的なテンションで言ってしまったが、向井は何も気にしていないようだった。
「悪いけど、今日は一人にしてくれないか」
いつも思っていて口に出来なかった言葉が自然と出た。
それだけメンタルがやられていたのだろう。
自嘲するような笑いすら出なかった。
「う~ん…………」
向井は何かを悩んでいるようで離れてくれない。
普段と違う様子を察しているなら気を遣えよな。
「良かったら話を聞くよ」
「あ゛?」
こいつは馬鹿なのか。
誰がそんなことをしてくれって言った。
もういい、だったら俺が店を出る。
「待って」
「放せ」
こいつ俺の服を掴みやがった。
「放さない」
「てめぇは!」
ギリギリでまだ冷静さが残っていたのだろう。
ここが店内だと言う事を思い出してどうにか怒気を抑えた。
今の精神状態でトラブル対応なんかまともに出来るはずがないし、親を呼ばれるようなことになったら悲しんでいる母さんに負担をかけることになってしまうからな。
「話を聞くよ」
「余計なお世話だ」
「私を信じて」
「一人にしてくれって言ったのに近寄って来る奴をどうやって信じろと」
どうしても攻撃的な言葉になってしまうが、今の俺には止められない。
「一人になりたいなら他の店に行くよね」
「…………」
なんで俺はここに来たんだ。
好きな飲み物があるから?
好きな食べ物があるから?
でもここに来たら間違いなくこいつに会う。
分かっていたはずだ。
一人になりたいのなら、こいつと会わない確率が高い他のチェーン店に行くなどの方法があったはずだ。
これじゃあ俺はまるでこいつに会いたくて……!
「明登くんの力になりたい」
「………なんで」
俺なんかにそんなことを言ってくれるんだ。
だって俺達は元々!
「私が辛い時に話を聞いてくれたから」
向井の目はとても優しく温かく、それでいて真剣だった。
真面目に俺を心配し、本気で耳を傾けようとしてくれている。
くそ、そんなことされて拒絶なんて出来るわけ無いだろうが。
どうしてこうなったと思いつつ、俺は再度腰を下ろした。
そうしてしばらくの間、手元のシェイクの容器を眺めていたが、やがてポツリと口から言葉が漏れ出した。
「お祖母ちゃんが死んだんだ」
「うん」
一度漏れだしたら次の言葉を発するのは容易だった。
「優しいお祖母ちゃんで大好きだった」
「うん」
流れ出した水が止まらないように、俺の言葉も流れ出る。
「いつもニコニコしていて、抱き着くと太陽のように温かくて、頭を撫でてもらうのが嬉しくて……」
お祖母ちゃんがどれだけ素敵な人物なのか。
そして俺がどれだけ大切に想っていたのかを赤裸々に語り尽くした。
「でも俺は恥ずかしくなって、お礼も言えなくて、謝れなくて」
やがて言葉は文脈をなしてないものになり、ただ後悔の念だけを呟き続けるBOTと成り下がる。
「うん」
でも向井はその全てをちゃんと聞いてくれていた。
否定もせず、肯定もせず、意見も言わず、ただ耳を傾けてくれていた。
言葉を発するたびに、自分の弱さを自覚して心の澱みが強くなる。
でもそれと同時にその澱みが体の外に流れ出る感覚もある。
そうか、俺は本心ではこうして誰かに自分の気持ちを聞いてもらいたかったのかもな。
「ねぇ明登くん」
「…………」
一通り話終わり、再び沈黙した俺に向井は初めて頷き以外の言葉をくれた。
「あそこに行こ」
「え?」
そして強引に店を連れ出され、ある場所にやってきた。
「…………そんな気分じゃねーよ」
「いいからいいから」
向井に連れられてやってきたのは、いつものゲームセンター。
相変わらず騒がしい音が鳴り響く雰囲気が、今の俺には受け入れにくいものだった。
だがこいつはそんな俺の気持ちを無視して強引に中に連れてくる。
「はい、コレ」
「お前……」
連れてこられた場所にあったゲームは『エアホッケー』だ。
なるほどそういうことか。
自分がエアホッケーで辛い気持ちを吹き飛ばしたから俺にもそうしろと言う流れね。
「あのなぁ。俺は悲しいんだぞ。お前みたいに怒ってねーのに出来ねぇよ」
向井の場合は相手に過失のある失恋だったから、その怒りをゲームにぶつけることで気持ちを切り替えられたのだろう。
だが俺は親しい人を亡くして悲しんでいるだけで怒りなんてない。
こんなところに連れて来たって何の意味も無いんだ。
「ううん、明登くんは怒ってるよ」
「はぁ? 誰にだ?」
敢えてあげるならお前にだ。
そう声を荒げようとした俺の胸を向井は軽くポンポンと叩いた。
「怒ってるでしょ?」
…………なるほど。
確かにそうだ。
俺は怒っている。
激怒している。
そいつの顔を見る度にぶん殴りたくなるくらいには怒り狂っている。
はは、今になって気付くなんて。
それとも傍から見た方が分かりやすいのかな。
「さぁ、やろう」
手元で揺蕩うパックを見つめる。
それを憎らしいあいつの顔だと思うことにする。
「どうして会いに行かなかった!」
カンカンカン!
力任せにパックに怒りを叩きつけると小気味良い音と共に跳ね返って来る。
「何が恥ずかしいだ馬鹿野郎が!」
「あんなに優しくしてもらったのにこの恩知らずが!」
「おばあちゃんの気持ちを考えたことがあるのか!」
大嫌いで憎たらしい俺自身に対する怒りをぶちまける。
悲しくて苦しくて辛くて切なくて悔しくて腹立たしい想いを力の限りぶつけ続ける。
「てめぇなんか大っ嫌いだ!」
「でも明登くんのお祖母ちゃんは明登くんのことがきっと大好きだったよ」
「そんなことは俺自身が一番良く知ってるよ! クソおおおお!」
涙が止まらない。
感情が止まらない。
心身ともに壊れてしまいそうな程の激情に襲われている。
でも。
カンカンカン!
力強くパックを打つごとに。
「明登くんはお祖母ちゃんが大好きなんだね」
あいつの穏やかな声を聴くたびに。
不思議と何かが軽くなったような感覚がした。
今になって分かった。
あいつがどうしてあの日以来俺に構うようになったのか。
それもそのはず。
心から辛い時に寄り添ってもらえることが、辛い気持ちを吐露して聞いてもらえることが、激しく醜く辛い気持ちを受け止めてもらえることが、こんなにも救いになるのだから。
「はぁっはぁっはぁっ……」
はは、エアホッケーで息を切らすとかありえねー
「ご、ごめん明登くん」
「ん?」
「そ、その、周りが……」
いきなり向井が慌てだしたから何かと思ったら、周囲から注目されていた。
店員さんも困ったような顔をしている。
そりゃあそうか、ここは旅館の人気のないゲームコーナーとは違って人が沢山いるゲーセンの中だ。
泣きながら大声出してたら注目の的だよな。
まったく向井は詰めが甘いなぁ。
「とりあえず外に出よ」
「はは、そうだな」
「あっ……」
「ん? どうした?」
「ううん、少しは元気出たかなって思っただけ」
「そう……だな。向井のおかげだ。ありがとう」
「ふふ、どういたしまして」
本当に感謝してもしきれない。
こいつもあの時、こんな感覚だったのかな。
「それじゃあもっと元気出すために次はカラオケにでも行く?」
それはとても素晴らしい提案だ。
「あ~今日は止めとくや」
だけれども悪いが断らせてもらうよ。
「どうして?」
だって俺にはやらなければならないことがあるから。
「家に帰って母さんの傍に居てあげたいからさ」
「そっか!」
俺はもう大人だからな。
親孝行をするのも当然のことだ。
――――――――
おかしい。
向井がどこにも居ない。
祖母を亡くした悲しみが癒えて来て、母さんも立ち直って来たので学校帰りの道草を再開した。
しかしどの店に寄っても向井に会わないのだ。
最初は特に気にしなかった。
元々遭遇率は百パーセントではないのだ。
数回会えなかったからといって普通のことだ。
そもそも待ち合わせもしていないのに会えていた今までが異常だったのだ。
しかしそれが一月も続くと不安になってくる。
まさか病気で入院しているのではないか。
それとも家庭に何かトラブルがあったのか。
もしも新しい彼氏が出来ていたのだとしたら……
ズキリ、と胸が痛んだ。
単純と言われるかもしれないが、俺は向井のことがもう嫌いでは無い。
むしろ会えないと思うともやもやするくらいには気になっている。
自分以外の男が隣にいると思うと……
クソ!
お互いに一番のお気に入りの喫茶店に通い続ければ会えるだろうと思ったが一向に会えない。
それならばと〇クド〇ル〇とゲーセンとカラオケを一日で回ってやれと移動するものの居ない。
向井に会いたい。
この前のことでもう一度お礼を言いたい。
子供の頃の外食の話題で盛り上がりたい。
一緒にゲーセン行ってハイタッチしたい。
特別なことなんて何もいらない。
あいつとの放課後の些細な時間が欲しい。
あんなにも一人が良いと思っていたのに。
あいつが居なければ良いのにって強く思っていたのに。
あいつが居ないのは寂しい、嫌だ、傍に居て欲しい。
ああ、そうか、俺はあいつのことを……
「外食?」
「そう、久しぶりに行かない?」
向井と会えないまま二か月が経過したある日、母さんが外食に誘って来た。
こっちはそんな気分じゃないのだが、母さんを悲しませたくないから断れないな。
いや、待てよ。
外食だって。
もしかしてもしかするんじゃないか?
だって俺達の繋がりの根本は家族との外食だったじゃないか。
「「あ」」
はは、こんなことってあるんだな。
あんなにも探して探して見つからなかった相手がこんなにも簡単に見つかるなんて。
ファミレスのドリンクバーコーナーで、俺は向井と再会した。
「向井!」
「明登くん!」
再会したのは良いんだけれど、抱き締めて来るのは何か違うんじゃないかなぁ!?
ここってファミレスですよ、みんな見てるんですよ!
「良かった無事だった。心配した、心配したんだよ!」
心配したのは俺もだけどさ、流石にちょっと恥ずかしいしそれに……
「朔? どうしたの? え!?」
「鈴? どうしたの? え!?」
ほらぁ、お互いの両親にバレちゃったじゃないか!
「え、きゃっ、あ、その、これは違って、じゃなくて、あの」
真っ赤になって慌てるくらいなら最初からやるなよな。
「お母さんごめん、ちょっと外で話をして来るね」
「え、うん。後でちゃんと教えてね」
「うっ……分かったよ」
くそぅ、母さんがニヤニヤしてやがる。
後でしつこく聞かれるんだろうなぁ。
俺は向井と一緒に店の外に出て話をすることにした。
「ええ、その日って私、〇〇ドナ〇ドに居たよ!」
「マジか。じゃあその翌日は? 俺はゲーセンとカラオケ店に行ったんだけど」
「そこは喫茶店だったかな」
「うわぁ」
「見事にすれ違ってたねぇ」
なんてことはない、俺達は絶妙にズレてお互いを探し回っていたらしい。
「本当に心配したんだよ。あんな後だったから悪い想像しちゃって」
「ああ、そういうことか。だからさっきは……」
「あれは忘れて!」
悲しい事があった後に姿を見せなくなったから心配をかけてしまったようだ。
でもいくら心配だからってあそこまでするのは……って言うのは野暮だよな。
「でもまた会えて本当に良かった」
「ああ、そうだな」
今回の事で俺は分かったことがある。
会いたい相手がいるのなら、運命的な何かに縋るのではなくて確実な接点を持たなければならないということだ。
そもそも高校が違うんだ。
全てが向井と同じって訳じゃない。
こうしてすれ違う可能性はこれからも沢山ある。
「なぁ、連絡先を交換しないか?」
「え?」
そして会いたい異性がいるのなら、しっかりとアプローチするべきだと言うことだ。
「…………そうだね」
向井は少し頬を染めながらも連絡先を教えてくれた。
よっしゃ。
「これからは一緒に遊びに行こうぜ」
まだまだ攻めるぜ。
だって会えなくてすげぇ寂しかったんだもん。
こいつとやりたいことが山ほどあるんだ。
「う~ん、じゃあいっそのこと付き合っちゃう?」
なんてやつだ。
いきなり攻めすぎじゃないか!?
「あ~でもそれだと別れた時に愚痴を聞いてもらえないかぁ」
そしていきなり日和るんかい!
ほんっとマジで止めてくれないかな。
可愛すぎて困るからさ。
「別にそれならそれで愚痴を言い合えば良いんじゃね?」
「エアホッケーしながら?」
「そうそう、それでお互いの気持ちをぶつけ合って発散すれば別れないんじゃね?」
「……ということはずっと一緒ってことだね」
「……今さらだろ」
どうせこいつと俺の行動パターンは似ているんだ。
どうあがいても顔を合わせ続ける未来しかない。
だったらずっと傍に居続けた方が楽だろ。
「明登くん」
「な、なんだよ」
「答えを聞きたいな」
答えを言う前に日和ったのはそっちだろうが。
ここは大人としてビシっと答えてやるか。
「よろしく」
「…………」
何だよ!
何が不満だって言うんだ!
「はぁ……まったく。それじゃあ明登くん、末永くよろしくね」