7話 五里霧中
異世界にきて女子高生のノリに合わせるハメになるとは。
何やってんだ俺……何しにココに来たんだ、俺。
こんままネトリのハナシに乗っかってもムダに終わるのが見えてる。
俺の存在を玷に受け入れさせてたようだが、転校生一人分の『席』がない事実は変えようがないし、この後に警察だの先生だの到着すれば辻褄が合わなくてバレるだろ。
玷の幸せにこだわっているわりには、目的を遂行させる『コマ』の扱いがぞんざいだな。
ネトリが何かしら対策はしてるんだろうか……スマホの一アプリでしかないコイツが? まさかな、不可能だ。
ましてや出来るなんて期待してないし、信頼なんてもっとしたくない。合法的に学校に通えるってのは利害が一致するが、やすやすとシナリオ通りに動いてたまるか。
俺を部品扱いしているように、あくまで『トリガー』アプリの付属品か何かだと割り切って付き合わないと、コイツ主導だと俺だけじゃなくて周りにも迷惑がかかってしまう。
──こんこん。
過ぎたことに思いをはせているとノックが二度、保健室に響いた。
「カケルン、そろそろ先生たちが……代わろう」
どこかで聞き覚えのある男の穏やかな声が、暗号のような伝え方で玷を呼び出す。
「あっ、りょーかい! はぁ、めんど……」
玷は「ね?」と小首を傾げて同意を求めてきた後、ぎぃ、とイスをひきずり席を立つ。
交代要員まで抜かりないとは、完全に俺を保健室から脱走させないようにまでしてるし。
そこまでして俺を閉じ込めておく理由も……あるよなぁ。
今まで権力の影で行われていたであろう、御目下がしてきた悪行の数々。
それを彼女の勇気が暴きよそ者である俺が裁いた、御目下去し今、事実の確認やら手続きやら俺たち二人に関しては厄介な存在でしかない。
「じゃ、オジサン。センセーとか説得してくるから……大人しくしてるんだよ? 精密検査して一日でも早く、一日でも多く学校に通わなきゃ」
「お、おお」
子供をあやすような言い方しなくても、逃げるのはやめたよ。なるようにしかならんだろうし。
しかしなぁ、腕と毛が蒸発してるヤツってフツー登校なんてまともに考えられる状態じゃないでしょ、どんだけ学校好きなんだよ俺。
異世界からスマホで召喚されました、よりは隻腕のスキンヘッド転校生の方が現実的だけど、痛みはないのに負傷兵みたいに扱われるのがどうも申し訳ないなぁ。
「真挿さん」
「んー?」
カーテンの向こうへと去り行く彼女を一度引き留める。
最後かも知れないだろ?
このまま事の成り行きに身を委ねたならば、スケジュール的に病院か警察に御用になるんだし。
悪あがきはしてもバチなんて当たらない……やっぱり俺の名前くらい、彼女にちゃんと知ってほしくなった。
「俺さ、オジサンじゃなくてYって名前があるんだ」
「えっ、ワイ、Y。ふ〜ん……」
玷はさほど関心がなさそうに返事すると、小さなアゴに指をあてて考え込む。
そしてどこか不満気な顔でこめかみをポリポリかくと、
「しっくりこないかなぁ、短くて……」
と、聞こえるか聞こえないかギリギリの声量でつぶやいた。
しっくりこない?!
唯一無二の俺だけに与えられた名前なんですが。
まぁ……今はしっくりこなくとも伝わればそれでいい。
「ねぇそういえばさ!」
玷が何かに気づいたのか急に前のめりになって会話にノッてきた。
「どうした?」
おぉ、実は二度目の自己紹介なんだって気づいてたり……。
「アタシってさ、『オジサン』の名前知らなかったんだ、へんなの!」
彼女はささいな違和感の正体に気づき、その何でもない過程にくすくすと笑い流す。
ですよねー。
名前にこだわってない、と言いながらも破廉恥な期待を寄せていた俺がみっともない。
ただ名前を伝えるだけ、それだけのつもりで引き留めたのに。
それにこの純真な笑顔を見ると、もっと話していたい、お節介な気持ちが抑えられない。
「真挿さんは、もっと他人を疑ったほうがいいよ」
「ん……んー?」
一応声のトーンの低さから真剣な話になっている雰囲気を察してくれたが、俺の急降下した態度に困惑しているようで眉をひそめている。
「あんなゲスなコーチと取引したのもそうだけど、俺だってどんな悪いヤツかもしれないんだぞ。会った時なんてスーツのオッサンだったろ。それがホラ、学生服着て現れた上に腕と毛が消えたんだぜ?! もうなんかヤバいオーラ出てんじゃん」
あー、何言ってんだ。会話のネタが無いからって。
得なんてひとつもないのに、要領悪いってのは……。
「別に?」
「だろ……え゛っ?!」
俺の忠告に対し、今度は悩む素振りもせずに秒で返事を返してきた。
「転校初日で制服がないなんて珍しくないし、あらたまった格好で学校にアイサツに来るのはおかしくないよ。年上の人なんだし……それに、そんなになってまでそのゲスから助けてくれた人を、『フツー』疑わないから」
「それは……まぁ……」
フツー気持ち悪いと思うけど、どう返していいか分からない。
俺が勝手にやったんだと突き放すような子じゃないし、あんまり卑屈になって俺自身をおとしめても不自然な流れになるだけか。
くそ、誠意の皮をかぶったクズなんて世の中が腐るほどいる……それを分かってほしいだけなんだ。まっすぐ自分の幸せだけを目指して追い求めてほしいんだ。
押し付けがましいのは百も承知だけど、純愛の道を妨げる目に見えた障害は避けて通るべきだろ。
【おぜんだてしてやったのに余計な口すべらせるなー、説教くさいオヤジはモテないんだぞー】
「……ッ」
ごちゃごちゃうるせーんだよ、混乱させやがって……さっきから。
余計な口を滑らせたのはオメーだ。そして俺はまだオヤジじゃない……二十八のぎりぎり青年枠に入る、はずだ。
【ワタシ様がいないとお前ホント……】
ネトリへの反論は喉元に留めスマホをポケットにしまうと、気にも留めてないようなフリを貫く。
「──アタシのこと、ダマしてるの?」
「ん……ああ、そうだ」
あっ、ちが!
小細工を取っ払った直接的な言葉選びに、俺は呼ばれて応えるようにうなずいてしまった。
「えぇ?! アハハっ、やっぱり根っからの『サムライ』だね、オジサンっ」
俺のうっかりした発言にツボった彼女がまたもや一人で大笑いしている。
「な、なんだよ。笑うとこじゃないだろ」
「だってさ、バカ正直に人をダマしてるって認める人いないでしょ……ぷふ、ははーはは!」
「いるかもだろ、詐欺師は巧みな話術で油断を……!」
「分かったってば、も……もう笑わせないでよ~っ」
あまりにツボに入っているのか目じりにたまった涙を指で拭い、そしてまたひとしきり声を立てて笑い、身体を波打たせて瞳から涙のしぶきをはじかせていた。
もはや俺の言い訳なんて聞く耳すら持っていない。
なんだか無性に恥ずかしくなってきた。この歳になってまでからかわれてしまうなんて、恥はかき捨てったってこんなに恥を晒してばっかじゃ異世界でも道化者だ。
「ひぃひぃ……」
よっぽど楽しんでいただいたようで、彼女の涙と汗の友『リストバンド』でふき取り、集中豪雨の去った太陽顔で、ムスッとしけている俺をご覧になっている。
「『他人』の作った弁当をもぐもぐおいしそ~に食べたオジサンはさ、アタシに『借り』が出来ちゃったもんね? サムライなら一宿一飯の恩は忘れないっていうし……つまりさ、アタシへの恩を返すチケットは一枚残ってるわけなのさっ」
なにそのサムライ理論。
「それ半分真挿さんが無理やり……さ?」
玷は俺のことをじぃっと挑発するような目つきでこちらに視線を送っていた。
「なんだよ。ウソじゃないだろ、さっきだって……」
「……『かける』でいいよ」
グチグチ文句をたれる俺に指さしながら、彼女はニヤリ、と口角を上げた。
「アタシさ、『真挿さん』じゃなくて玷って名前があるから」
そう声を低くしてダレのモノマネかも分からん渋い声を出し、親指を立ててカーテンの向こうへと姿を消した。
「ミカミン来るから、『オジサン』仲良くしてあげてね~。借りはちゃんと返すんだよ~!」
「っおぃ……」
彼女の残した呪咀とともに保健室の扉がぴしゃり、と閉じられ封印された。
呼び止める前に行ってしまった。
しかもオジサン呼び続行かよ!
行動力の化身め……若さゆえ素早い。
こちとら良心との葛藤で意思決定を二転三転させたってのに。
…………。
……。
で、どうするか。
今度はミカミンってのと面会しないといけないの? ダレだよソイツ。
【ガッカリだぞーYー】
ポケットからぶるぶると弱弱しい振動とともに不快なロリボイスが聞こえた。
「うぉっ」
そうだ、忘れてたよ。
ミカミンとやらが来る前にさらっと聞いてしまうか。
俺はスマホを取り出し、すっかり怒りマークを浮かべご不満のチャイナっ子に説明を求めた。
「ガッカリしたのは『お互い様』だろうが、ネトリ。情報の後出しには限度ってものがあるだろ。よき信頼関係を結ぶにあたって、お前は人心ってのを理解する必要があるぞ」
【器が小さいなー、無敵の『トリガー』パワーを実感しただろぉ、リスクにビビってんのか能無しー】
コイツはコイツでスネているのか、両目を横棒にして口が3になっている。
この熱い『トリガー』推しはなんだ? 致命的な欠陥を与えるスキルなんてホイホイ使えないし、今後の異世界ライフで数回使うかどうかの諸刃の剣だろ。
人の尊厳を軽く見てるのか、不愉快にもほどがあるぞメスガキドットめ。
「玷が困ってるなら助けるつもりだし、常識の範囲内でなら『トリガー』も使うさ。でもそれはな、俺自身の意思で、タイミングで、覚悟して『トリガー』を使うんだ。協力してほしいのなら『対価』についてもっと詳しく聞かせろ」
【……『必要』なコトだから答えてやるー】
しぶしぶと『トリガー』のメニュー画面を広げ、淡々と能力名のタグをオートで俺に見せた。
御目下にやられている時だからそんなに見れてなかったけど、ずいぶんと突貫工事のアプリだな。開発中のモノなのか? 単色のピンクとグレー、文字が黒、Web開発を最近やってみましたって感じだな。能力特化なデザインなのは構わないが。
上から下にスワイプして、グレーのボタンに刻まれたスキル名から気に入った能力をタップし、対価を承認して発動。この時だけは操作も音声だけじゃなくなる……単純で分かりやすいことこの上ない悪魔的なアプリだ。
なるほど、ダレでも手が付けられるからこそアプリの起動までは『ネトリ』に管理させているわけか。このスマホの開発者はぜぇったい見る目がないな。
【奇跡を起こすための『対価』、それには人の強い意思が関わってくるんだー。負の感情からでも正の感情からでもいいー、人並み以上の『想い』に応えて発動するのが『トリガー』なんだぞ~】
「……大切なものとか左腕とか、対価にする条件も俺が無意識に選んでいたってことなのか」
【『無作為』かなぁ、Y自身の力量だったりー、欲しているスキルの『概念』が分かりやすいかで対価が自然に算定されるんだー】
御目下を退けるための『対価』が俺の左腕だった理由がそれか。
……。
スマホを眺めてると……『思い出』と『色彩感覚』を犠牲にロードと透明化ってのが使えるな……たしかに一見して能力が分かりやすいか分かりにくいかで対価で取られるものの複雑さが違う気がする。
しかし間男とか呼ばれてた御目下も、追い詰められていたのなら対価を使って俺より強くなれば良かったのに。そうしなかったのは、やっぱり間男ってのは根本的に力の出どころに違いでもあるんだろうか?
「……なぁ、御目下も同じ類の力を持ってたけど、まさかアイツも『トリガー』を使って強くなったのか?」
【むむ……その説明をする前に人類誕生の歴史を理解する必要がある、少し長くなるぞー】
「手短に話せよ、人来るのに」
【すみません、よくわかりません】
機械的な女性の声が聞こえると、ネトリの頭上にデカい文字で謝罪の言葉が出て並んでいく。
なんだよ、コイツめんどくせぇな。
長ったらしい説明はやだってのに……。
「説明しようか」
「えっ……ッうわあ!?」
先ほど玷と話していた声の主が割り込んできた。
バッと顔を上げてみると、カーテンのスキマからぬぅっとスイカ模様の髪型をした少年が顔を出していた。
なんつー絵面だ。ホラーゲームかと思った……。
一度見た人なら決して忘れないであろう、十代とは到底思えぬ特徴的な髪型と厳かな顔。
御目下に会いに行く前に出会った数少ない俺の目撃者、『御神・有』が現れた。
ミカミン、お前だったのか……玷の友達ってのは。
そうか、名前がミカミだからか。ミカンみたいなあだ名だったから、スイカヘッドとイメージが合わなかった。
「さ、さっきはありがとう、おかげで彼女を……」
「礼はいらない。外で話そうか、カケルンが戻る前に」
有は首をくいっと明後日の方へ動かし、俺を外へ誘導しようとする。
なんだ、この子もせっかちだな。
ネトリのヤツ、ちゃんと事情を話しているのか、玷と同じ設定でしっかり整合性もあるんだろうな?
外に連れて行こうとしてる時点で、俺への扱いも彼女とずいぶん違う気がする……もしかして説明した後に逃がしてくれるのか?
でも、玷には先にサムライ理論で釘を刺されてしまったからなぁ。
「ありがたいけど、保健室から出ない約束でさ。玷に借りがあるし、良かったらここで聞かせてくれない?」
諦観の頂にいるかのような姿勢を見せると、あからさまに彼の表情に不満が宿る。
「キミは知りたいんじゃないのか? なら踏み出す他ない。ワタシとよき『信頼関係』を結ぶには、ね」
かなり凄みを感じさせる顔で俺に選択を迫ってくる。
顔だけ出されて来いと催促されてもシュール過ぎて反応に困るんだけど、しょうがないからコクンと頷いた。
いつの間にかネトリもチャイナ服から屍の絵になってるし。
死んだのかツッコミ待ちなのか? ずっとやってろ。
ごめんな玷、情報を掴むためだ。
彼と仲良くすることも約束の内だしな。
ぬぽっとカーテンの向こうに引っ込んだ有を追いかけてるため、致し方なく俺はベッドから起き上がる。