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4話 対価

   

 超人類並みの最強スペックをもつ御目下に対抗するには……。

 持たざる者がモテる者を打ち負かすには……。


 なすべきをなすには……!


『肉体強化:左腕、ヒール:大切なもの』


 スマホに映っている文字が理解できない。

 外傷による意識低下が原因だとか、枠にはめるピースを探しているんじゃない。到底承諾できない条件だから本能が拒否している。

 冷たい現実が、その荒い画面に映されている。


「ながらスマホしてんじゃねぇぞォ、今更本物の警察に連絡か? オレ様が『ナニ』をしようが来ない手筈だ、そういう『法則』なんだよ」


 おぞましく醜悪な笑みを浮かべた御目下が丸太のような両腕にハードルを引っ提げ、倒れ伏す俺のそばへ迫ってくる。

 周りにいる学生たちは俺に近寄らずただの野次馬と化していて助力は望めない。

 

 そりゃそうだ、俺が勝手に始めたケンカだ。

 こんなバケモノに逆らったらどうなることか……今この場において法を破ったのは俺だということを私刑によって知らしめるんだ、口だって聞きたくないだろう。


 味方がいないのは百も承知だったが、まさかネトリの言うように警察が機能しないだなんて異世界ファンタジーを信じられなかったが、いよいよもって御目下という有力者の存在が現実味をおびてきた。

 国家を抱きこむなんて大それたこと、何の競技でどんな活躍をしたのか正直さっぱり聞いてないし興味もないが、こっちの世界でいう文化功労者だの将棋棋士だのに与える『勲章くんしょう』レベルの輝かしい栄誉があると、ヤツはそれで思いあがっていたんだ。

 

 まさに下げるアタマを持たない本物の強者男性ってわけか、逆らうには権力も実力も不足している。


 くそ、左腕。本当に左腕か!? 

 この左腕を捨てろって?! 左の袖とかじゃなくて?

 

 それに回復の方の、この、大切なものって……なんだ。

 今の今で俺が大切にしてるものを捧げろってのか。ゆいいつ持ち込んできた大切なサイフが消失したってのに、そんな形見みたいなモノなんて俺にねぇよ。

 

 どうする。

 いやどうもこうもあるか、とっくにスタートは切ってる。

 ここでもたついてたら全然かっこつかない、いいからチーティングだ!


 ……。

 俺は承認画面のOKからタップした手を離せない。


 肉体強化だけを取引しても左肩は戻らないんだろうし、多分この痛みも治まらない。だからネトリはヒールを勧めてきた。

 少年漫画じゃないんだし、粉砕された左肩をハンデにしたまま戦う根性なんてない。強化が成功したとしてもやられはしないという保証もないし、治療は不可欠だろう。

 かといって回復ヒールだけしても今の俺じゃあ、またすぐにやられるだけ。むしろ復活すればするほど、よりコテンパンにされてしまうのが目に見えている。

 

 ネトリの言ってたトリガーを使うための『対価』、イヤな予感がしていたが……。

 飲み会帰りに異世界へ転がりこんだだけなのに、どうしてここまで重いリスクを負わせるんだ。頭おかしいんじゃないの。

 

 ヤツを倒したとしても俺の腕と何か大切なものが、もう二度と戻ることは──。


 

『Yさんって、“軽い”ですよね』



 ここに来る前、飲み会で総務課の女性が酔いどれて言い放った、なんの悪びれもなく俺の本質を突いた言葉。

 どうして、こんなタイミングで思い出すんだ……どうだっていいだろうが。

 なんなんだよ、胸の奥でざわめいてる。俺が俺という人間の枠から脱したいと、形の見えない『何か』があがき、もがいてる。


 二度と……か。

 二度と自分の選択に後悔したくない……。


 ひょんなことから異世界にきて、俺の最低な人生を上り詰めるきっかけが出来たんだと……散歩するくらいの軽い気持ちで玷の問題を『俺自身』の力だけでこなすつもりだった。甘かったんだ。

 

 どんなモノを利用してでも、俺は俺の為にこの意志をウソにしてはならない。

 弱者が強者にふみにじられる『法則』そのものを打ち砕きたいのなら、俺に相応の覚悟が求められるのは当然なんだ。


 どうせこのまま何もしなけりゃ血祭りだし、もうすでに片腕喪失に近い、悶絶ものの痛みを喰らわされている。俺がやられたら彼女だって何されるか分かったもんじゃない。


 ここは異世界。

 現実に限りなく近くても、俺の戸籍こせきすらない異世界。報われるかどうかは俺の行動にかかっている。

 信じるんだ。大きな代償がともなっていても、さっきみたいに勇気を出せば前に進める。


 投げられたコインの結果はウラかオモテ、『間』なんてない。

 やるか、やられるかだ!


「──やめて!」


 遠くから駆け寄ってくる足音がする。

 ソレが俺の耳元にまで来るとザッと立ち止まり、土埃が舞い上がった。


 「もしや」と脂汗のにじむ額で地面を擦り見上げると、玷が横たわる俺の前で両手を広げ御目下の前に立ちはだかっていた。


「この人は関係ない!」


 玷が強気に言い放つと御目下の片眉がひくついた。

 

「ほー、その関係のないヤツがオレ様のジャマをして、その関係のないヤツをお前はかばうのか? このオレ様に逆らっていいのか?」


「かばうって……ホントにこれっぽっちも関係ないケド」


 そう玷は困惑しながらちらり、と俺の方へ少し振り向く。


真挿まがさしよォ、生意気にしらばっくれてんじゃねぇぞコラッ」


 御目下は次第に苛立ちを含んだ声になり、ずんずんと肩を怒らせながら俺たちに近寄ってくる。


「逃げてろ……俺が……」


 もういいんだ、覚悟は完了したから。

 俺なんかかばって攻撃いかりの射線上にいたら巻き込まれるぞ。


「ムリ、足動かないもん……はは」


 そうぎこちなく笑顔を作る彼女の身体は、かすかに震えていて、目尻に涙を溜めていた。


 何させてんだ、俺は。

 十歳下の学生を盾にしてんじゃねぇよ。これで助かっても、『対価』よりもっと大事なものが俺の中から消えてしまう。

 抱えきれない後悔だけしか残らないじゃないか……。


【おーい、とっととスマホ自分に向けて承認しろよー。左腕だけだろー、間に合わなくなっても知らんぞー】


 痛みをこらえるために握りしめていた右手のスマホから、ブルブルとネトリがバイブレーションで催促してくる。


 あ~、小憎らしくごちゃごちゃとよォ! 

 決意は固まってんだよ、おかげ様で。こうなりゃ腕や足の二本や三本でも何でも持っていけ!


「う゛……あぁあ゛あ゛あ゛!」

 

 心の底から雄たけびを上げながら俺はスマホを自分に向け手を離すと、警告画面にタップしていた指も離れ『対価』が承認される。

 スマホが地面に落ちた瞬間『ピロン』と電子音が脳内に響き、劇薬でも呑まされたような、即効性の浮遊感が俺の全身の細胞から噴き出し視界があたかも光に包まれ──。


「──叔父ソイツといい、あの幼馴染といい男をたぶらかす淫売の娘がっ、とことん調教してやる」

 

 御目下の強固な肉塊が放つ圧迫感と威圧感に玷はまけじとにらみ返し拳を構えるが、ヘビの眼光の鋭さにカエルは弱弱しく立ち尽くすことしかできない。


「や……やってみろ変態ヤロー!」


 口だけ威勢のよさを出しても隠せない彼女の弱さ。

 それを見越していた御目下は鼻で笑い、片方のハードルを肩に掛けてもう片方のハードルを棒立ちになっている玷の身体に潜らせると腹部のあたりで止めて、指をパチン、と鳴らす。

   

「あっ……ぐ!」


 するとハードルのバーがギロチンの刃のように迫り、スタンド部分との間に玷の身体を挟んで締め上げていく。


「オラッ、まずは『締め』の練習だ、ハッハッハ!」


 玷の苦悶する表情を眺め御目下は高笑いしている。

 そこには『陸上競技界の英雄』とでも示唆するような驕り高ぶり女をいたぶる男の姿があった。


 その高慢ちきな鼻をへし折ってやる──。


「あ? お、お前!」


 御目下は平然と立ち上がる俺にたまげて、わが目を疑うといった調子で玷を捕えていたハードルを離す。

 

 リスクを冒してまで取引して正解だった。

 肉体的な外見に変わりはないが全身が羽毛になったような身軽さと合わせて、左肩の傷の痛みも氷のように溶けて消えてしまっている。

 それに副産物と呼べるものなのか、俺のアタマん中のモヤモヤもすっきりしていて熱中症の症状も肉体の外へ完全に取り払われていた。


 なるほど、俺の精神状態も含めて完全回復ヒールか。


 神経も研ぎ澄まされていて集中すればさざ波の音まで感じ取り、視ようとすれば筋肉の『おこり』からどう動くのか、肉体に重なっている影で予測できる。

 力をこめれば天地を裂くことも不可能じゃない、無敵の人外へと進化した確信がある。


「どうなってるんだ、お前! お前も『候補者』の一人だったのか!?」


 聞こえるぞ、ヤツの鼓動が……思った通りにいい反応してやがる。

 女のケツばっか追いかけてる暴力コーチにはキツいサプライズじゃないかな。

 

 候補者の意味が何を指しているのかは知らんが、『有力者』という意味でノーマークだった弱者の俺が土俵入りしてきたのだから、踏みにじるだけで覚悟もしてないオマエが動揺するのも無理はない。


「みっともないぞ御目下、これで公平になったんだ」


「な、んだと……!」


 俺は御目下の顔面を貫き刺すように一睨いちげいすると、いまだに状況を呑み込めていないヤツは俺のまとっている異常な『気配』に後ずさりしてしまう。

 

 ざまぁ、と立場逆転にいい気になるのもここまでにしよう。

 まずは彼女を助けないと。


「待ってろ!」


 すぐさま玷のそばに寄って背中から俺の腕をバーに挟みこみ、「ふん」と力んでハードルを紙のストローみたくへし折って彼女を謎のサバ折り状態から解放する。

 狂人に近い御目下からのプレッシャーに耐えていたせいなのか、彼女はその場でせきをしながらへたり込む。


「お、おじさ……いったい」


「俺はワイだ」


「え……?」


 異様なオーラを放つ俺が意味不明な言語を使った。玷は宇宙人が話した程度にしか思っていないのだろう、首をかしげている。


 まぁいい、俺の存在を刻んで恐れおののくのは御目下ただ一人だけで十分だ。


「おい……クソハゲっ」


 御目下の震えた声に反応して目線を配らせると、ヤツは拳銃をこちらに構えていた。

 というよりは、競技に使うスターターピストルだろう。先ほどの妙な方向に振り切った能力を見る限り、アレも実弾に近い何かが入っていると考えてもいいだろうな。


「ハードルぶっ壊した程度で得意そうにしてんじゃあない、オレ様には間男まおうの血が流れているんだ! 見せかけの筋肉がオレ様の血統に勝てるかァ!」


 マオウ、か。魔王ね……。

 もはやどうでもいい、そんなガキみたいな肩書き。

 さっさと終わりにして、玷を守れればそれで。幼馴染とやらの恋路ってのにはコイツが最大の障壁なんだろうから、御目下さえいなけりゃ後はどうとでもなる。

 

「撃てよ」


 ヤツの向けている銃口が震えている。ほんの一メートルほどしか距離が空いていないが、ソレでは俺に風穴を空けることはできない。

 いや、俺の視力が未来視レベルに到達しただけのこと。ヤツがきわめて冷静に俺を射殺しようとする意思があろうと銃弾を避けるのは容易だ。


「なめんじゃねェエエ!!」



 ──たん、たん。


 

 銃弾の火薬がはじけた。

 怒りに任せて撃ったように見えたが……二発も俺に銃弾をぶち込むなんて意外にも明確な殺意をもってして引き金に指をかけたんだな。


 案の定、無意味に終わったようだが。


「キャアアアア!」「うわあああああ」


 御目下の放たれた凶弾によって、野次馬だった学生たちは一斉に悲鳴を上げて散って行ってしまった。

 ちょうどいい、御目下がヤケになって人質とらんこともないだろうからな。

 もともと朝早くの時間だから人目も少なかったが、余計なギャラリーはいないに越したことはない。


「お、オジサン!?」


 すっかり腰を抜かしてしまっていた玷は、上半身を精一杯に伸ばし俺の安否を気遣った。

 俺は無言で手のひらを彼女に向けて「大丈夫」だとジェスチャーし、そのまま御目下の眼前にまで歩み寄る。


「お、お前なんなんだよ!」


 銃弾を二発捉えた俺の異様な能力を目の当たりにし、御目下はツバを飛ばしながら俺をけなし、隠せないほど気が動転している無様な姿をさらす。

 ムリもない、俺も正直驚いている。てっきり鋼の肉体で弾道をそらすとか指で挟み込んでカッコつけようかと思っていたのに……。

 

 秒速五センチメートルで舞い落ちる俺の『髪』こそが武器になってくれるとは。

 髪、というか詳細な部位でいうところの『もみあげ』が自動的に音速を超える銃弾を捕捉し、タコのように絡めとったのだ。こりゃ普通の髪だったら自然なカールに仕上がってしまうだろうな。

 自分で言うのもなんだが、ものすごく映える曲芸をやり遂げてしまったようだ。

 

「近寄るんじゃない! このハードルで真挿の首を跳ね飛ばすぞ!」


 そう言って肩に掛けていた二台目のハードルを玷に向けようとする。

 が、あまりに判断が遅い。いまや互いに拳の届く距離にいるんだ、彼女は俺の背後にいる以上、威嚇にも脅しにもならない。

 もっと早くに捨て身の弱者に恐怖していれば玷を人質にすることも、決定的な攻撃を俺に与えることも出来たろうに。


「ハードルは飛び越すものだろう、御目下」


「ッ知った口をきくんじゃ……オ゛っ──」


 返事を出す余地は与えない。ブルースリーのジークンドー並みの速さで手を突きだし御目下のふさふさに生えそろった髪をむんずと掴む。


「なに……をしやがる……はなせっ」


 頭皮をひっぱられる痛みに御目下は一生けん命に手を振り回してもがく。

 時には俺の顔面を殴ったり足を踏んづけたり目を突いたりするが、俺の肉体の頑強さに敵わず逃れることができない。

 俺自身もここまでの肉体硬度になるとは思いもしなかったよ。髪の毛で銃弾を止めたのだってチリチリに焼けこげるのを覚悟していたんだ。残り少ない大切な髪の毛だから神経質にもなってしまう。


 が、もう不安はミジンもない。勝負はここで幕引きのようだ。

 強者である御目下、お前ひとりだけの敗北でな。


「御目下よォ、俺はお前を暴力で押さえたりしない……かといって聖人の器量で許す気もない。だから俺の目に入らない場所でお前はお前の権威を振るっていればいい」

 

「……んだとオ!」


 よほどシャクに障った言い方だったのか、目を血走らせ顔を怒りに歪めている。

 

 御目下・秀一、今の俺になら分かる。

 強者になる前のコイツはまさしく本当の英雄だったのだろう。俺のスマホで得た偽りの力ではなく、本物のアスリートとして地道に努力しめざましい活躍をしていたんだろう。


 掴んでいる髪の毛を通してコイツの肉体の記憶が俺に語りかけてくる……生きていたい、と。

 その気持ちに善悪を感じさせない。生物の本能的なもので死を免れたいという細胞の叫びを俺に知覚させる。


 安心しろ、今度からは合意を得た女性と好きなだけ楽しめ。

 お前ならいくらでも需要あるんだからさ……努力は裏切らない。


「じゃあな」


 一言御目下に告げると、俺は目を見開き歯を食いしばってぶん投げる体勢に入る。


「オ゛っ! やめ……ッ」


 砲丸投げの世界記録保持者──。

 それがお前のプライドなんだろう? 教えてくれたよ、お前の肉体が。

 壊してやるよ。今回の一件を高い勉強代にして、それを対価に新しく生まれ変わるんだ。根っからのスポーツマン精神を持っているお前なら大丈夫だよ、しょーじき暴行犯の行く末なんて知らんけど。


 耳元で御目下の最後の命乞いを聞き流しながら、俺はその場で腰をひねると九十キロはあるであろう御目下が足からふわりと宙に浮かびだした。


「お、オレ様がわる──……」


「イヤーッ!」と俺が心の底から湧き上がる興奮の気張り声の後、


 どぼおッ


 と背後にいた玷が軽く吹っ飛ぶほどの戦艦主砲並みの轟音ごうおんと共に、御目下という男の存在は空の彼方へと消えて行ってしまった。


「終わった……」


 一人の罪を犯した子羊が初速千メートル毎秒でぶっ飛ぶのを見送り、少なくともこの狭間市の領空おそらく二十キロ先の上空まで、焦げ付いた全裸姿のスーパーマンみたく空を飛んでいる御目下を視認すると、俺は目を閉じてひざを折り母なる大地に抱きつくように眠りについた。

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