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2話 間男(まおう)


 俺が行き倒れになっているところを荒療治で救ってくれた女学生。

 偶然とは思えない未知なる引力によって俺たちは鏡のように向かい合った。


【おー紹介の手間が省けたー。アレだ、Yー。アレが真挿……】


「うぉっ……!」


 どうやら本当に彼女が玷って子だったようだ。最高で最低なタイミングで鉢合せたな。

 ネトリが得意げに話している途中で、彼女が映ったスマホを素早くズボンのポケットにしまった。


「え、今アタシの名前……?」


 玷が首を傾げながら俺のズボンに指を指す。

 少し遅かった。ネトリはこういう間が悪い時にぺちゃくちゃとおしゃべりになるようだ。この状況でスマホから個人情報を流してたら、警戒されるのは俺なんだぞ。初対面で人の名前なんて知ってたら恐怖の対象でしかない。


 どうする……。

 言い訳は……。


「……スポドリありがとうって言ったんだ」


 おー……何の言い訳にもなってねぇ。そんなすぐにごまかすための言葉なんて浮かぶか。

 ただでさえ女学生となんてまともに話してないってのに。そもそもどうする、タメ口? は失礼だから敬語で話すべきなのか。逆に舐められるのか……?

 くそ、ネトリみたいなクソアプリだったら遠慮なく悪口はいても罪悪感ないのに。


「え、いやぁ。アタシこそ人助けなんて経験ないからやれて良かったよ、あはは」


 玷はそう照れくさそうに両手をアタマの後ろに回すと、彼女自身もクルクルと歩き回りだした。


 わー、すっごい可愛い。

 達観した感情でそう思っていればいいものの、しょせん俺は美少女に免疫のない男。つい控えめに張っている胸元とか、肉付きのいい腰回りとか邪な視線を配らせてしまう。ミニスカってのもヤバい。助けてもらってこれって俺もすでに『予備軍』ってヤツなんじゃないのか。


 最低だ、俺って……。


 しかしまぁ、俺の無茶苦茶な返しに「なにそれ皮肉?」とかキレられるかと覚悟していたが、本当に健気で良い子なんだな。


「そうだ……えと……」


 何か、何か気の利いたことを。

 って別にそんな気持ち悪い意識をもたなくてもいいんだよ、クソ!

 俺みたいな通りすがりはフツーに接して当たり障りなく話すのがベストなんだよ。


「うん」


「まぁ……あれだ」

 

 あれ?

 っていうかフツーってどんなだっけ。『誠実』にしていればいいのだろうか。

 誠実? 仕事の話をする時みたいな話し方か? 紳士的に接してたつもりだった事務員さんには当たり障りあったみたいだし、こんな考えこんでる時点でもうすでに詰んでる気がしてきた。


「──どしたの?」


 俺の卑屈的な自問自答をさえぎって、玷ははにかんだ笑みで顔を覗き込んでくる。

 あまりにも無警戒、そしてあまりにも無防備な彼女。人の善性を信じている真っすぐな瞳。彼女のそんな目を見ていると、俺の中にあった不純な心が許せなくなる。

 

「ちゃんと恩返しするので」


 ひねり出した答えが、コレな。がちがち脳みそが導き出した面白味もない内容だ。めちゃくちゃ重い男だと思われてるだろうな、恩返して。

 とことんつまらないヤツだよ、お前は。


「あっはは、なにそれ! イイね!」


 彼女は腹を抱えて笑った後、俺の顔の前にしゅっと拳を出してサムズアップする。

 ふわっとシャンプーのいい香りがした。


「じゃ、今度アタシが困ってたらさ、オジサンが助けてよ。で、おあいこ」


 彼女が「グッドアイデアー」とウキウキな表情でつぶやいている。


「はは……」


 乾いた笑いがでた。

 オジサンなぁ、否定したいけど俺の見た目じゃできないよなぁ……くそ。


 この子の曇りない笑顔を見ていると、だんだん自分への劣等感とセクハラコーチのあのニヤケ顔画像が脳内をよぎる。


 胸のうちで熱くなってるこの気持ちはなんだ。

 義憤に駆られるってヤツなんだろうか。

 それとも単なる下心か、みにくい嫉妬か。


 でもこの子に対してケガれた行いをしている人がいるのなら、報いを受けるべきだと心底思うし、この子が誰かに惚れているのなら報われて幸せになってほしいとも思える。

 それほどフィクション越しにしかみない明るく真っすぐな人に見える。少なくとも俺の人生の物語にはいなかった登場人物だ。


「分かったよ」


 約束する。

 異世界にまで来てなんで他人のカップリングに力をいれなきゃならんのか納得しきれなかったけど、受けた恩は重さに関係なく返したい。不義理な大人でいたくない。


「オッケ! じゃ、アタシ朝練だから……ちゃんと病院で診てもらいなよー?」


 そう告げてから俺の肩を軽く叩いてきびすを返し、置いていたバッグを担ぎ上げ風のように坂道を駆け上って行った。

 忙しない子だ。後ろを見ているヒマなんてないほど前向きな性格なんだ。けつまずいて足を止めている時間もないんだろう。


【──どうするんだYー。体調もノリも悪かったけど、やってくれるのかー?】

 

 ポケットにしまっておいたスマホがぶるぶる震えると、アタマの中にネトリの声が響く。


 コイツを忘れてた。

 ケツポケットから骨伝導って、どんだけ強力なんだよ。

 

「放課後とか休日じゃないと、俺はあの子に関われないぞ。いや、関わらないぞ」


 まさか用務員だの先生に変装して潜入するなんてバカなマネは出来ないしな。中途採用されるには厳しい職歴だし、住所も存在しないだろうから就職は不可能。教員免許だって取得してないのだから下手打てば逮捕されるのは俺の方が先になっちまう。

 

 こうなれば、学校付近で彼女自身か陸上部に会えるのを待って陸上部のコーチに関する黒いウワサのウラをとり、それから距離を詰めていくか。いやもしくはセクハラしてるヤツ自身に詰め寄るかして言質を取ってしまうのも悪くない。

 

 ってどっちにしてもやり口が完全にストーカー行為そのものじゃねーか。自分を正当化しているというか、正義の化身と思ってるところがヤバさ増し増し罪固め!


 やっぱ一般人が学生に絡むこと自体がムチャなんだよ。


【出待ちなんてセコいぞー、常に玷を見張れる天才的な方法があるんだー】


「天才的だぁ」


 ネトリが上から目線で妙案があると俺に話す。画面は見えないが【ふふーん】と一言添えているのでえばっているのは確実だ。


「方法って?」


 疑いの目で画面をにらみつける。


 コイツまだロクな活躍も機能も見せてないのに、よく自信ありげに作戦を持ち掛けられるよな。逆に尊敬するわ、不安の気持ちの方が勝つけど。


【Yが『学生』になって学校に潜入すればいいんだぞー】


「……」


 コイツ。



 二話【間男まおう


 

 狭間高校への道筋は俺が気絶していた急坂を上り、途中【狭間高校入口】の看板が見えたなら指示にしたがい右へ道にそれて進むだけ。


「あーぢぃ……」


 暑さを演出するセミの合唱、蒸した空気と焦げたアスファルトのにおい。遠くの景色を歪めるかげろう。すべてほんの一か月前くらいに味わったものの繰り返しだ。夏をもう一か月以上体験するなんて学生の頃なら喜んだけど……しんどい。

 

 うだるような暑さに、ため息交じりに弱音を吐いてばかりだ。

 ったく、朝っつっても六時半くらいなら早朝の枠なのに湿気だの日差しだの強すぎやしないか。木漏れ日程度の弱さでもアタマがくらくらしてくる。それとも俺が弱ってるからなのかな。またぶっ倒れんじゃないかしら。


【がんばれー、ワタシさまみたいに行進をおこたるなー、いっち、にー、いっち、にー】


 ネトリがスマホ画面の地図上で狭間高校までの経路の線を現在位置に合わせてなぞるように踏み歩いている。


「おめぇのはただの足踏みってんだよ、ドラクエ野郎」


【ワタシ様は女の子だー】


 そう……聞けて良かった。


 はぁ……それにしてもホントに学生に変装できるんだったら、いっそ俺も運動部入ってみようかな。ずっと立ち仕事だったもんなぁ。こんな山道めいたトコ通いで往復すんならやる価値は大いにありそうだけど……息が上がってヘトヘトだし。


 くそ……なぜ俺はあんなムダな仕事を……。


 後悔の涙を頬に伝わせながら、緩やかにカーブする山道のコンクリート壁に沿って歩いていく。

 ちょくちょく背後から教師と思わしき人物が乗った自動車や朝の部活練習に向かう学生たちが追い越していく。その中で特に目立っていたのは、必死こいて自転車をこぐスポーツマンタイプの学生。すごいな、どっからあんな体力と気力が湧くんだよ。


 待てよ、そういや学生……服ってどこで調達すんだ。


「ネトリ……そろそろ服とか……このままでいいのか……学校も近いぞ」


 スマホを耳に当てて、通話している体でネトリに小声でしゃべりかける。

 のほほんとスーツを羽織ったまま通学してる場合じゃない。これじゃ通勤だ。


【問題ないぞー。さっきも言ったが着替え程度なら『トリガー』のお試し機能で一瞬だー】


 一瞬で着替えが終わるなんて言ってたか? いや、それよりも……。

 人目につかないタイミングも場所も腐るほどあったってのに、いつ着替えんだよ。

 んなツッコミ入れてもコイツのことだ、どうせまたロクでもないアイデアがあるんだろうから先に話を聞こう。


 ネトリのアプリと連動している『トリガー』アプリ。コイツにはバトル機能だの記憶管理だの何かと便利なモンだとは聞いてる。ハート型のアイコンが死ぬほどダサいが、本物の力を秘めているのなら無視はできない。極力自身の力で問題を乗り越えたいが、学生服を蒸着できるってんなら、ネトリが信用に足る存在かどうかお手並み拝見させてもらわないと。


【スキルおひろめだー、ワクワクすっぞー】


「しねぇよ」


 思い切り音割れしているテンションと音量の高さ。コイツはなんでたかが野郎の着替えに楽しそうにしてるんだよ。デスゲームでムダに権力持て余した人形みたいなテンションだな。

 周りに聞こえたところで内容がちんぷんかんぷんだろうが、下手に注目されても今後が動きづらくなるだけだぞ。


 そもそも『学生』になるんだったら、それこそ魔法の『トリガー』さんで若返らせてくれれば青春のやり直しが出来るし、めちゃくちゃ期待してたんだけどな……なぁにが【異世界に来た時間からしか記録されてない】だよ。ガッカリしたぞ。

 せめて『転生』させてくれよ、髪の生えた自称さえないイケメンにさあ。


 そんな不平不満を抱いている間にネトリが説明を続ける。


【Y~前を歩いてる学生にスマホの先を向けてみろー、他のヤツに見られないよう背後には気を配ってくれよなー】


「……こうか?」


 俺はネトリに従い一応後ろに誰もいないことを確認した後、先に行かせた男子学生にスマホを向けた。


 どうせまた変な理屈持ち込んでさ、何も起きないんじゃないの。

 

【いいかー、奇跡を起こすには『対価』を支払う必要があるんだー。今回は特別だぞー、本格的に『トリガー』を使う前に見せてやるー】


 ネトリが【はっ】と掛け声を出すと、『ピロン』と小さな電子音が聞こえた。

 とたんに目の前で歩いていた男子学生が瞬く間に素っ裸に変わり、俺の姿が夏服仕様の平凡な学生服へ切り替わった。


「あっ」


「ん?」


 一部始終を見ていた俺が一言発すると同時に、男子学生も自身の変化に気づき硬直するように歩みを止めた。

 やがて己がとてつもない不条理に襲われたのだと気づき、わなわなと全身を震わせる。

 

「なんだとぉオオーッ」


 一糸まとわぬ姿で絶叫する男子学生は、理解できない状況を目の当たりにし、どうしようもない自身のあられもない姿を手で隠しながら猛ダッシュでこちらに引き返し、去っていった。


 すまない。

 タクトを振ったのは俺だから、正直こうなるとは……。

 サイズも俺に合わせたものに変化している。なるほど、『トリガー(きっかけ)』か


【どーだー、持たざる者が『何か』を得るには『何か』を失うんだぞー。世界の法則だー】


 追い剥ぎがカッコいいこと言ってるし。


「『リスク』か……」


 白シャツに、黒ズボンのシンプルな制服。

 だったら上着脱ぐだけで解決してたんじゃないか。ズボンの色は、少し濃いめでごまかせるか微妙なトコだったかもしれないが今更だよな。あの学生から奪ってしまった以上はきっちり役立てなくては。


 しかし『トリガー』アプリは本物……っぽい能力を秘めているのは確かみたいだな。

 実際にこの目で見るまでは半信半疑だったが、テレビのチャンネルみたいに服装が変わったのは十分に現実離れしていておどろいた。

 対価ってのが気に入らないが、まぁ今回代償を払ったのは制服と尊厳を奪われた彼というわけだし……。

 いや、考えようによっちゃあ俺のスーツだって消え……。


 そこまで考えてから反射的にズボン後ろのポケットに手を突っ込んだ。


 ……ない。


「ネトリ、サイフ消えたぞ」


 持っていたスマホに冷めた口調で話しかけると、ネトリはニコニコしながら足踏みを淡々と繰り返す。


【そうだなー。服を奪ったから、スーツは上書き消失するぞー】


 へぇ。


 ……。


「なんだとぉオオーッ!!」


 持っていたスマホを両手でがっちり握りしめ、血走った眼でネトリを睨みつける。


「てめー今回は『特別』とか言っといて! サイフには免許証だとか保険証だとか大事なモンがいっぱい入ってんだぞ! 返せ!」


 怒りに任せ俺はスマホをぶん回し、ぐるぐるの目を描いているネトリに怒鳴り散らす。


【お~、おお、おちつけ~。こここ、これはいわゆる、コラテラル・ダメージ……致し方ない犠牲だー】


 ぶつん、と俺の中にある堪忍袋の緒が切れた。


「ワケの分からんダメージを与えんじゃねぇ! 闇深なヒトのスマホみてぇに液晶画面叩き割ってやるぞ!」


 あぁ~もうガマンならねぇ、ちょいとおどかしてやろう。


【よよ、よせぇ~、『トリガー』が使えなくなったら後悔するぞー】


 いまだにメニュー画面すら見てもないアプリが消えてもどうでもいい。

 同意なき犠牲に対して報いを与えてやらねば。


 生意気な2Dメスガキへの調教が必要だ。

 投げ落とす手前で止めてビビらせてやる!

 計画を実行に移す覚悟を決めると、スマホを持っていた腕を振り上げる。


【おいやめろッ! はやまるんじゃない!】


 やめないぜ。

 そう、賽は投げられ──。


 ……。

 

 ん? なんかまたスマホがブルブル震えてるぞ。


【カウション……カウション】


 スマホから妙な声も聞こえてきた。命乞いか? 

 違うな、聞きなれない言葉を発しているだけか。


【カウション……カウション】


 ネトリの声っぽいな、ネイティブの発音で英語話してるよ。

 なんだ気持ち悪い。日本語で『注意』と言ってるようだ。おいおい『ビービー』警告音までしてきたぞ、なんだよ充電切れか?


 脅す気満々だった俺は苛立ちながらスマホ画面を確認する。


間男まおうが玷に接近しています……間男が玷に……】


 今度は真面目なネトリの声がする。なんだなんだ。


間男まおう?」


 俺が目を丸くしていると、スマホの画面がいつものレーダーのような背景になり真ん中には玷をデフォルメした愛らしい笑顔が映っていた。

 そして、その右斜め上からニヤニヤと気味の悪い笑顔をした陸上部のコーチのアイコンが近づいてきている。


 『御目下・秀一おめげ・しゅういち』とニタついたアイコンの下に追尾するようにして表示されている。

 そういえば興味なかったから話半分にしか聞いてなかったが、例の陸上部のコーチ、名前そんななのか。


 ひでぇ名前……。


 ってそれどころじゃない! これヤバいってことなんだよな。

 彼女の想いを成就する前に『敵』が動き出したってことだ。ネトリに仕返しするのは後にしなくては。


「ネトリ、これどの辺りの──」


【間男が玷に接近……いまアナウンス中だからしています……ちょっと話せなカウション……】


「なに一人でわちゃわちゃしてんだよ」


 相変わらず俺が操作しようとしても、どうにもならない。レーダー画面のままネトリの姿も見えなくなってしまっている。もっとも、ワンオペアナウンスで忙しいのだということは察しがつくが。

 せめて音量操作だけさせてほしいのだけど、このジャングルで散歩しているようなノイズのスコールは止みそうにない。


【ビービー……ちょっと待カウション……にワタシ様が接近しています】


 ……いいや、もう。

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