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9話 フ××ク・ユー


 次から次へと……栓を取ったみたいに!

 どうして、よりにもよってあの子が厄介ごとの中心にいる。


 有は俺のせいだって責めてたが、異世界にきて半日すら経ってない俺に何を求めてる、どうすりゃよかったんだ。

 やっていいこととやっちゃいけないことだって区別つかねぇし、トラブルを防ぎたいならご自慢のネトリか正攻法の警察を通じてでも俺を止めてくれれば良かったのに。


 なんだこの、胸の奥で留まってるモヤモヤは。

 有にはまだたくさん聞かなくちゃいけないことがあったはずなのに、嵐みたいに吹き荒れる状況がそれを許さない。

 道を示す女神や師匠も現れないし、ナビを名乗るお助けキャラだって反応なしなわけで。


 ムダに意識を寄り道させてるヒマはないのに煮詰めた思考がたまりにたまって、心ん中がヘドロみたいになってる。


 最悪の気分だよ、クソっ。

 有に言われるがまま中庭に来たが、あの切羽詰まったカンジ……『トリガー』が必要になるほどの『何か』じゃなきゃいいが。


「真挿さ……うぉ!」


 中庭にたどり着くと、間像があった場所のそばで有が身を挺して玷を虹色の可視光線からかばっている。

 とてもじゃないが長時間見てたら頭痛モンだ……溶接作業じゃないんだぞ。


 それよりも有だ、アイツがこのスマホ開発したんなら責任持って保守点検させてやる。 

 あらゆる疑念を胸の内に押し込めて盲目的なまでに不問にしてやってるんだ、協力を仰ぐくらい構わないだろ。


「有、スマホを……ちょっと──」



 ぎょおおお゛お゛ッ!



 金属の張り裂ける前の悲鳴、とでも表現するしかない空気を振動させる奇怪な音が光から発してきている。


 あ゛ぁあ、うるせえっ。 

 声が遮られるし、妙な叫びがきんきんと響いてきて耳が痛む。


 どうなってるんだ、化学反応でも起こして爆発でもすんのか。

 異常が重なると悪いことが起きる前兆な気がしてならない。


「聞こえてるか! 有!」 


 だめだ、二人の方からうんともすんとも言ってこない。フラッシュバンをくらったようなもんだし、大事には至らないと思うが心配だ。

 

 この正体不明の光のせいで身動きが、足が出ない。

 踊り場で見た時よりは威力が弱まってきてるが、ビル群の反射光並みの突きさすようなまたたきに目がくらむ。


「おい! 返事くらいしてくれよ!」


 手を前にかざしながら耐え忍んでいると、光の明滅が徐々に弱まってくる。


 チャンスと見て足元だけに視線を向け歩みを進めていると、うずくまっている玷と覆いかぶさるようにかばう有が見えた。

 

 良かった、かすかに身体が動いているとこ見ると、二人とも気絶しているワケじゃなさそうだ。

 安堵したタイミングと時同じくして鮮烈な慟哭どうこくも止み、やがて銅像の建っていた位置に二人の人影がゆらりとうごめく。



「──だっはっは、匂う臭う……生意気に『チンタマ』だけは活きのいい小童こわっぱどもが。任を果たしたな、ハザマ」



 陰影をまとう二人のうち、片方が豪快でにごった笑い声を響かせる。

 そこからぬんと顔を出して正体を現したのは、無精ひげを生やしたチョンマゲ頭のオッサンだった。


 ボロ切れみたいな甚平じんべいを着たそのオッサンは人体に必ずセットされている眼球がなく、底のない二つの空洞で辺りを見回していた。


「『人の祖』よ、食事にも許可がいるのか。わしの『チンタマ』が飢えているのだが」


 オッサンがふところに手を突っ込みぼりぼりと腹をかくと、もう片方の何かに話しかける。


 何か、というより『ダレか』だろうか。

 ソレはヒト型にくり抜かれた銅色の流体……としか見えない。スライムみたいにぷるっぷるに震えているバケモノだ。


 なんなんだアイツらは、二人ともどういう立場なんだよ。

 しかも食事、食事っつったよな。不穏な言葉出しやがって……コイツら、ホントに市の功労者か? 侵略者って言われた方が納得できる風体なんだけど。


「ぎょぉおおお──」


 ヒト型のバケモノは口のあたりをへこませて返事なのかどうかも取れない、先ほど奏でていた機械の断末魔みたいな異常音を発声した。


「なんじゃい、解らん!」


 大口開けて「かっかっか!」と笑い返している。あのオッサンはジョークが通じそうだが、銅色のペプシマンは完全に関わったらマズいタイプだな。

 間像って……こんな化け物たちを銅にして中庭で保管してたのか? スターウォーズかよ。


『──アレは生物だ』


 有がぶつぶつと呪文のように唱えていた言葉がよぎる。

 冗談じゃない……目の前にいるコイツらが生物? 


 肌にハリがあって呼吸もしてる、脈拍も正常。そんな次元の話じゃない。像が人間になったんだ。

 少なくとも異世界からきた俺が見ても、そこの二人は俺たち人間の、生物としての純粋な血が通っているようには見えない。

 

 それにいかにも解放されましたってコリをほぐす口調……こういうパターンのヤツが『こちら』側の味方であった試しがない。


「うぉっ、銅像が汚いオヤジと宇宙人になったぞ! 真挿と……御神もいる」「え、間像から人が出てきたわけ!? 転校生もいるし、またトラブル?」「うぐわ、がう!」


 俺の背後からどたばたと生徒が駆けつけ、日常に現れたバグを見て危機感もナシに大盛り上がりだ。


「ぎょぉおおお──……んん」


「キャアア! ねぇ今の聞いた?! やっば!」


 化け物の咆哮ほうこうを耳にした女子高生たちが、背後の渡り廊下でキャピっている。


 ああそうだ。

 やばいんだよ、得体のしれないヤツらなんだから何しでかすのか読めない。


「ちとうるせぇな」


 ボソッと近くにいたオッサンがつぶやくと、「しっしっ」と払うように手首を振って渡り廊下へ目掛けて何かを飛ばした。


 しまった、酸でも飛ばしたのか?!

 エイリアンみたいに!

 

「きゃぁああ、キッタなっ。あのクソジジイ変なの飛ばしてきたよっ」「ぎゃう、ぐるるぐあ!」「うわ汗じゃねっ、変態の不審者じゃんか、キモ!」


 女性陣の黄色い声、というか生理的嫌悪感マシマシの悲鳴がしてくる。


 水滴みたいな小さな粒だったからまさかと思って損した……ただの汗か。

 たんなる嫌がらせ程度のものならいい。

 凡人である俺には今は背後にいる彼女らまで気を配っていられない。


 異様な二人組のオーラに当てられ俺は、早急にバランスの取れない身体を稼働させてカメのように身を固めている玷たちの傍に寄る。


「大丈夫か二人とも!」


「っ……え、オジサ……痛っ!」


「ぐっ」

 

 声をかけた俺に反応して不意にアタマを上げた玷が、かばってる体勢だった有のアゴにヒットする。


「ありゃあ……ごめんねミカミン!」

 

 かなりいいのを有におみまいしたみたいで、彼はそのまま仰向けにひっくり返ってしまい、玷は頭を撫でながらペコっと謝った。


「なに遊んでんだお前ら」


 有にスマホ診てもらうつもりだったのに、KOしちゃってどうすんだよ。


「オジサンが呼ぶから……じゃなくて!」


「うぉっ」


 こんなはちゃめちゃな事態だってのに、玷はムッとした顔で俺に詰め寄ってくる。


「約束!」


 今そこ気にしちゃう?

 半ば無理やりのサムライ理論で押し付けられた約束なのに……有の監視の下、保健室で安静になんかしてられるかよ。


「そんな場合じゃないだろ! どういうことだよコレは?!」


「えっそれは、その、オジサンを……」


 玷は何やらぶつぶつと呪文を唱えていると、バツが悪そうに目をそらしてから次第に声が小さくなっていってしまった。


 玷を責めても一般人の学生である彼女にこの状況が説明出来るわけないか……彼女には恩義も感じている。素直にあやまって信頼の回復をはかろう。


「約束破ったのは謝るよ。でもさ、もう半分の約束は守ってるぞ。そこのペテン野……ミカミンと仲良くしてるだろ?」


 仰向けで気絶している有にシュビッととっさに指を差して話をすり替える。


「そ~ですケド……そうかな?」


 じと〜っとした眼差しで俺をにらみつけている。

 どうも半信半疑ってカンジか。ごまかしスキルも限界か……。

 

「──彼が寝ている間に話はつけたじゃないか、カケルン。もう必要以上にソイツに関わるな」


 気まずい沈黙の合間に有がつぶれたカエルみたいな状態から口をはさんできた。

 

 なんだよ腫れ物に触るような言い方しやがって。玷を守るためだから話を合わせるが、あまり当人の前でおとしめるマネをするのはおススメしないぞ。


「彼の気持ちを尊重するなら一日でも、いや一秒でも早く勉強に復帰させてやるのがベストだ。その根回しも『ボク』が請け負ったと言ったはずだろ?」


「……え、そうだっけ」


「ああそうだ、つまり余計な真似はしないでくれ」


 バケモノそっちのけで俺の学習相談してる場合か。

 しかも噛み合ってないじゃんか。


「アタシだってこんな大ごとにするつもりは……もう」

 

 玷は不満げにため息をついてから有に手を貸し、ゆっくりと起こしてあげていた。


 体勢を戻すと有が軽く咳払いしながら俺の方に「おい」と一声かけ、彼女にチラッと視線を送る。


「カケルンを避難させる。ココにいたらマズい」


「アイツら、やっぱり敵なのか。『トリガー』を使いたいんだ、でもスマホが……」


「『今は』使えない、まずは安全確保だ。カケルン!」


 有が玷を急かしながら手を取ろうとするが、彼女は差し出された手を華麗にスルーし、不審者二人組に近寄っていく。


「おいカケルン!?」


 呼び止める有だが、すでに遅かった。

 玷は勇猛果敢にも見ず知らずの二人組の前に相対する。


 そうだ、この子……とりあえず対話してみる子だった。

 未確認生命体に近づくクセは直した方がいいな……みんながみんな善良なE.T.じゃないんだぞ。助けられた俺がこんな冷めたこと思いたくもないが、彼女は悪漢のカモと言ってもいいだろう。


「なんじゃい、小娘」


 じょりじょりとヒゲを撫でながらオッサンがたずねると、彼女は深々と頭を下げ俺の方に指を差した。


「お願い、間像さん! あそこにいるオジサンの『全部』を返して上げて! 代わりにアタシが対価を払うから」


 …………。

 ……はい?


 なん、なに? 全部って??

 俺が失ったものを返し……なんで玷が。


「何を──」


「何をバカなこと言っているんだカケルン! 正気か、自分の言ってることを理解しているのか?! 命をどぶに捨てるに等しい行いだぞ!」


「おい」


 有がここ一番に汗を浮かべ取り乱した表情かおになっている。

 ああそうだ、彼女の行いには意味がないし、俺の努力を、覚悟を拒絶するようなもんだ。


「俺のこと気にすんなってさっき……」


「真剣に話してるんだから、二人とも黙ってて」


「いや真挿さ──」「ソイツに──」


「いいからっ」


「「……」」


 有も俺も玷を引き止めようとするが一蹴されてしまい、その場で立ち尽くす。

 

 どうして玷のヤツ間像から出てきた怪物に対価の話を持ち掛けて……。

 と、間像について考えた時、御目下と玷が話していた間像のウワサと有が言っていた高純度『チンタマ』の話がつながった。

 

 まさか俺が間像に願って対価を支払ったと勘違いしてんのか? だから間像の対価は間像に返してもらおうと? 

 ネトリと有のどっちが玷に事情を説明したのかは知らんが、『トリガー』に興味を持たせないようにしたのは裏目に出たんじゃないのか、コレ。


「そこの『かたわの禿』はお前の想い人か?」


「え?」


 オッサンの問いかけに玷は頭を上げた。


 ウォオ! 何聞いてんだあのオッサンは!

 知りたくもないのにずけずけと玷によぉ!


「やめろそれは!」

 

「他人です。タイプでもないです」


 わァ……ァ……。


 そうきっばりと告げた彼女の背中を、言葉を俺は忘れない。

 間接的にフラれたみじめな思い出を。

 ちなみにタイプでもないんだね。死にたいね。


「──でも大きな恩があるんです。助けてあげたいんです」


「……」


 玷、義理堅いのはおたくの方だ。


 御目下とのことなんて災害に巻き込まれたようなものなのに、彼女の方がよっぽどのサムライソウルを宿している。


「しかし他人程度ではなぁ。貴様のチンタマが反応する『対価』となると……っ」


 あのオッサン。自分から質問しておいて、すでに遠い昔話みたいに興味を失っている。

 真面目に考え事しているようで、さっきからあの空っぽの目で彼女のカラダを値踏みしている。野郎である俺には分かる、鼻の下伸びてるし。


 ただでさえ面倒そうなヤツらなのに、注意を引いてしまったようだ。

 案の定、下手に出て懇願する玷を見て次第に下卑た笑みへと変わっていく。


「あ、あの〜……ちんたまって?」


「……」


 玷の疑問を無視しながらオッサンは吟味し続けている。


「女にしてはさっぱり髪だが、なかなか質のいい雌よ……」


 両目のない面でジロジロ凝視してきて、気圧された玷は怯えるウサギのように縮こまっている。


「うむ、ちょい乳は抑え気味だが……形好し。尻は張って特に善し、白粉も口紅もなく顔の素材も良し。熟れてはいないが久方ぶりの優れたおぼこか……」


「は、はい?」


 こっちまで聞こえてんぞエロオヤジが。

 ド直球すぎて玷が体のけぞらして引いてんじゃねぇか。いつの時代の変態ジジイだよ。


「真挿さん、もうよせ! 学んだことを活かすべきだ。御目下と同じ状況だぞ、やすやすと信用するな。二秒前も俺に裏切られたろ!」


 俺の忠告に彼女は振り返り、へんに真剣で、それでいて酷く引きつった顔を向けてきた。


「お、オジサンは引っ込んでてよ! アタシだって分かってるから」


 いや絶対分かってない、そのマジな顔は。

 なんか間像から出てきたヤツらをランプの魔人かなんか友好的な存在だと思ってないか。

 ソレは願いを叶える為の試練だとか、神聖な儀式の下準備的な真面目なモンじゃないぞ。どう見てもよくある最低なセクハラだ。


 ご経験済みの彼女なら「バカバカしい」とビンタして去ってしまいそうなもんだが……ムダに愚直で頑固すぎるぞ。


 あの性格上、言い争ってもらちが明かない。悪いが玷を無理矢理連れていく。


「とにかく俺と──」

 

 玷に近づこうとほんの少し脳からの電気信号が足に行き渡り、右足の爪先を出した時だった。

 ざん、と重くしなやかな『線』が真上から俺の視界に落ちてきて、足先のレンガのタイルを斬った。


「なっ……だ!?」


「オジサン!? 大丈夫!?」


「あ……あ……」


 なんだ、ダレがやった。

 どうやった……なにした。あのオッサン……か?


 ど素人にでも分かるようなハッキリとした斬撃痕の警告に俺は情けなく腰を抜かした。

 もう少し早く右足を出していたら、俺は……。


「かっかっか! 情けないハエよ」


 とぼけた笑い方だ、おちょくっとんのか。

 手を広げていたところを見ると、何か魔法の剣みたいな異能を……。


「鈍く(にぶく)、鈍い(のろい)。そして弱い! 言葉さえも意気地が無い。弱者は思考がもたつき、戦う覚悟すらできない。『チンタマ』の薄い腰抜けは強者に奪われるだけの存在よ」 


「意気地なし!? 覚悟がないって……?!」


「うむ」


「ふざ……ふざけんなよ変態野郎がッ!」


 おたくらのお仲間っぽいヤツを、強者を国外追放したのは俺だぞ。それも右腕を失ってまで……その俺を──。


「じゃあ、対価で奪われたオジサンの腕と髪は戻せないの!?」


 おぉ、そこに食い下がるか真挿・玷。

 オッサンが言いたいのはそうじゃないよ。


「戻せんこともない」


「ホント!? どうすれば、あの人を……」


「儂の女になれ、さすれば願いを叶えよう」


 オッサンはニッコリと「よくぞ聞いた」と言わんばかりに欲望百パーセントの顔で最低な条件を玷に提示する。


「お、んなって……か、カノジョってこと、ですか?」


 呆気に取られたようで、玷はオッサンが言った言葉の意味を理解するまでに時間がかかっている。


「視ればそこの虚弱坊主、己の器にそぐわない対価で肉体欠損している。ちょい肉体を戻すには難儀するのでな、身体を戻すなら貴様のカラダを儂にささげろ。身籠るその時までな」


「……」


 いや黙るトコじゃないだろ玷!?

 ふざけてる。根拠のないデマカセで彼女をオモチャにする魂胆が見え見えだ。


 ジジイ、人を馬鹿にするのもたいがいにしろ!


 そう不条理な出来事に叫ぶだけなのに、歯向かえない。

 あ、足が震えて喉の『詰まり』が取れない。言葉にして出せなくなってる。

 スマホが機能しないだけで、俺は簡単に恐怖してしまう……御目下の時に見せた勇気は……覚悟は……っ。


「『玷』……もう、いい」


「えっ」


 彼女は不意を突かれたように、尻もちをつく俺に視線を向けた。


 そうだ、俺は弱い。

 どう取り繕っても弱い心は隠せない。

 

 なら玷にそれを知ってもらえばいい。

 そうすればこんな大人のビデオの導入みたいなやり取りなんかしなくていい。


「もういいんだ、こんな下らない茶番劇はさ……お前を助けたのは、こんな俺にも何か出来ればって、口だけじゃないんだぞって証明したくて……正義感からじゃない、身勝手にお前を利用して、満足して……ここまでされる筋合いはない」


「……」

 

「薄い髪は自前だし、いつかはスキンヘッドになる運命よ……転校生ってのもウソだし、この学生服も他のヤツから剥ぎ取ったから左腕がなくなったんだ……俺は出来てる人間でもサムライでもない、ウソまみれの罪人なんだよ」


 俺はうつむいて、何もかも自白した。懺悔ざんげに近い思いだ。多少の脚色はあれどウソじゃない。こういうのはさっさと吐き出してしまった方が、後腐れなくていい。有やネトリの都合なんて知るかよ。


 異世界人ってのも突飛すぎるから伏せるが、いちいち心に矛盾を抱えたまま彼女の善意に触れたくない。


「オジサン」


 玷が俺を呼んでいる。

 おそるおそるサビついた関節の動作で見上げると、玷は屈んでいて俺の目線に合わせてくれていた。


「アタシにとってはさ、オジサンはヒーローだから……それだけはホントだから、オジサンの力になりたいって思ったの。他のことはどうでもいい……服はきちんと返してあげてね」


「だから、『だから』ヒーローってのは……」


「アタシも良い子でもなんでもないし、身勝手な気持ちで助けたいと思ってるの……自分を閉じ込めて自分ばっかり責めて、自分を苦しめないで」


 玷こそ俺に無用な罪悪感を抱いて苦痛を受けているんだ。

 

 俺の存在が彼女の苦痛の種になっている。

 俺にとってそれが一番苦しい。


「俺は苦しめてなんか……納得してるって言いたいだけで」


「ウソ、初めて会った時から苦しんでたもの」


 んだよ、そんな哀れんだ目で見ないでくれ、何も言えなくなる……。


 

「──ふあぁあぁあ~~~」



 突如オッサンがわざとらしくあくびをして割って入り、首筋をカリカリかいてから鼻をほじくり始める。


「つまんね。なぁに弱者同士で慰めあっとるか、儂のを慰めんかい」


 この野郎、水差しやがって。

 てめえのしょうもない条件なんか呑ませたくねぇから玷を追い払うつもりだったのに、失敗だ。


「いっそ……むっ?!」


 オッサンが何かを言いかけた瞬間、空いている手を真横に出す。

 が、それよりも早く伸びてきた銅色の触手がオッサンに対する『害』を振り払ったようだ。


「あ……っぐぅう」


「有!?」「ミカミン!」


 俺が少し視線をずらすと有の身体が宙に浮かんでおり、あの胴色のペプシマンの身体から伸びてくる四、五本の管みたいな触手に肢体が突き刺されていた。


 どうりで静かだと思ったら、アイツ不意打ちをたくらんで。


 足元には御目下のスターターピストルが転がっており、俺と玷のやり取りで気を逸らしたオッサンに奇襲を仕掛けるつもりだったのかもしれない。


「キサマらにカケルンは……渡さん……神の御名によりて」


 そんな状態でよく神だのなんだの……有のヤツ。

 こんなピンチの状況でも黒歴史をつづっていくとは、逆にカッコいいのかもしれん。


「神なら貴様を刺しとる」


 退屈そうに目を横に流し、オッサンは鼻に詰まっていた胴の鼻くそをピンと指で弾いた。


「んな……なに……?」


「ぎょおぉおッ」


 不可解な言葉に有が引っかかるが、再び気味の悪い金属音が爆音で流れ出す。


「うぉぉあああ゛あ゛!!」


 串刺しにされてる有も声に合わせて叫び出した。

 よく見れば胴の管みたいなのが、一定の間隔でふくらみを帯びており、有の身体から『何か』を汲み取っている。


「有ゥ! 何やってんだお前ェ!!」


 後も先もいらない、力も無いが知るか!

 立て、立つんだY! お前も戦うんだよ。


 あの子の前でみっともない姿をさらせるかよ! 体当たりしてでも凶行を止めねばならない!

 俺の行いをヒーローだって言ってくれた玷のために、アイツの友達を助けてやれ!


「こんのペプシ──」


 ……。


 ふと、俺の腹に軽い衝撃が抜けた。

 風でも当たったのかと思うくらいの、弱々しい……。


「オジ……」


 玷が言葉を失い、たたずんでいた。


 あれ、声がでない……だけじゃない。足の力も、ふんばれない。


「ぐぶっ」


 筋力が無くなったのか、口元から何かこぼれて……鉄の味が、する。

 せっかく自分を奮い立たせて起き上がったのに、そのまま立ち上がった勢いでひざが折れ、ずきんとふとももに痛みが走る。


 何が起き……。


「『あゝせ成る』」


 あのオッサン、何を、汗だくで忍者みたいな印を結ん……。

 

 そう玷の背後にいるオッサンの行動に気付いた時、とめどなく俺の口からふき出しあふれてくるヨダレの正体を察して見下ろした。


 数滴、タイルに見慣れない血紅の雫がぽたりぽたりと落ちていく。

 原因は身体の腹部と両脚の三か所、血を弾いている透明の、液体みたいな棒がゆらめき、ささって──。


 襲いくる痛みに思考がおぼつかなくなり、俺は倒れ伏した。


「かぁっ、こんな雑魚に『技』を。貸し借りはナシだぞ人祖」


 顔だけ擦り上げると、有はとうに搾り取られてぐったりとのびている。

 血が滴っていないところを見ると命に別状はない、と思いたいが……。


「──むやみに人を狩るな『汗かき地蔵』。私の蒔いたチンタマだ」


「貴様もそこの餓鬼を殺ったろう。これからココの人間を喰らうのに堅いことを言うな」


「取り戻しただけだ、殺してはいない。それに、あくまで目的はそこの娘だ」


 聞きなれない渋い声とのやり取りが耳に入る。

 俺は首をそらしてさらにごみを見るような嫌悪感ある眼差しの甚平のオッサンの隣に、純黒のトレンチコートを羽織り身だしなみがきっちりとしたオールバックのオッサンがいた。


 狙いは、やっぱり玷なのかよっ。

 それにあの変態野郎、人間を喰らうだと……想定内すぎて驚きもしないぞ。


「済まないな、ぼうや。私の『知識』は私のものなのでね」


 流し目で有を見ると、挑発的に両眉を上げて誠意のこもっていない謝罪の言葉をかけていた。

 有から何かを吸い取った銅の物体があんなダンディなオッサンになったってのか? もう人間業じゃねぇ。


 最悪だ……残された玷はどうなる。茫然自失になってるぞ、好き放題されちまう。

 と、いよいよ他人を気遣っている場合でもない。


 寒い。

 寒くて、生きる意思が身体から抜けていく。

 御目下の時は違う、圧倒的なまでに迫る死の実感に、死にゆく俺への絶望。


 結局俺だけじゃ何一つ為すべきことをやり遂げられなかった。

 玷の想いを、俺の意地を守り通すことも出来ず、みじめに死んで──。


【遠隔操作が解除されました】


 …………。

 ……ん?


 今の通知の声と電子音、どこかで……。


【おぉー、ワタシ様の復活だぞーY-。会いたかったかー?】


 この呑気で間延びしたような口調、間違いなくアイツだ。

 どこだ、どこに落としちゃったんだっけ。さっきまで俺、持ってたのに。

 

 あっ、足元に転げ落ちている。角度的に画面は見れないがネトリが足踏みしてるピコピコ音が聞こえるぞ。


 壊れていたんじゃないのか。それとも有が倒れたから……。

 んなことはどうでもいいか! 早く『トリガー』を……!


【まぁたこっぴどくやられてるな~Y~。それじゃ『トリガー』メニューに触れないぞー】


「そ……なんだ……はや、く」

 

【慌てるな~慌てるなぁ~、使用履歴でショートカット無双が出来る機能があるんだぞー、しかも音声操作が可能なのだー】


 ああ、知ってるよ相変わらずうざったいな! もともと音声でしか動かせなかっただろ。

 対価はいくらでもくれてやるから早く力を俺に!


【対価を承諾しろよ~】


「OKだ……しょう、にんだ……」


 どの道このままじゃ死ぬだけだ。

 肉体のどれかと、大切なものだろ? 見るヒマなんかあるか。


「『トネリコ』?」

 

 トレンチコートのオッサンがネトリとの会話をいち早く察し、俺に近づいてくる。

 

 だが、間に合ったな。脳内に電子音がピロンと響いたぜ。

 玷を守り切る、相手が推定無罪だろうが知ったことか。こちとら歪んだ弱者だ。


 お前ら強者の足をとことん引っ張ってやる──。

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