九回裏ツーアウト運命の一球はデッドボール
長編は別サイトで投稿予定です。
まずは短編で腕を慣らしています。
まだ薄いビスケットのようにサクサクと読めるものしか出来ませんが、評価・感想お待ちしております。
遠き日の記憶。あの時は夏だったような気がする。セミの歌声と、太陽からの援護射撃のおかげで不機嫌になっていたのを覚えている。
9回裏ツーアウト満塁、日本選抜にも選ばれるほどの強打者鈴木。創部初の甲子園へ向けて気が抜けない場面。俺清原一世が投じた一球はキャッチャーのミットには収まらなかった。
『デットボール』
鈴木はうんともすんとも言わなくその場に倒れこんでいる。プロ注目鈴木三郎はあの日から植物人間になってしまった。これは償いと誓いのプロ野球人生を終えようとしている一世の物語だ。
「さあー今日でプロ通算400勝を達成することができるのか? ベテラン清原一世自分との戦いが今始まります」
そう、俺はプロ野球選手になった。高校一年生の時からエースとして、強豪校相手にもノーヒットノーランなどの輝かしい成績を残している。しかし、いくら守っても味方の援護がなくては勝てないスポーツでもあったため、あの夏敗北してしまった。
そして翌年プロ一年目から20勝0敗という怪物デビューを果たした。そこからの野球人生は挫折という言葉を知らずに、二十年間で勝ちを重ねてついに、新記録への挑戦権を手に入れた。あと2回勝つことが出来れば、新記録になり三郎にも報告することができるだろう。良きライバルだった、三郎をこの手で植物人間に変えてしまったという罪悪感はあるが、勝負の世界には事故が付き物だから仕方ないと三郎のご両親は許してくれたのだった。
「いっさん、今日勝てば400勝じゃないですか。ボールこぼしたらどうしようとかサインミスとか怖くてプルプルですよ」
「そんなことを言うな。今の俺は引退間近の四十だ。だからお前のリードには従う。それに、ここまでこれたのは皆がいたからだ。だから今日もよろしく頼む」
闘争心をむき出しにする新人。目の前に来たボールを後ろに通すことはないと気合を入れる中堅。そして試合を支配すると誓うキャッチャーの柳原。こいつらと歩んだ今シーズンに華を飾るためにも、絶対負けない。
「四番梶原のホームラン、何とこれで十点目。3回裏にして札幌ファイターズ清原に激しい援護射撃が続いております。これはもしかすると今日歴史的瞬間を見られるかもしれません」
球場にいた誰もがそう思っていた。3回裏の時点でダブルスコア、こんな状況滅多にない。そして相手は早くも新人投手に変えてしまった。
「ピッチャー田室に代わりまして、鈴木」
まさか、いや、そんなことはない。
なぜ目の前に三郎がいる? あの時、全身が動けなくなって入院したはずじゃなかったか? 一体どういうことだ?
「久しぶりだな、一世。おかげさまでこんなに動けるようになったんだぜ? あの時お前が投じたボールは痛かったが勝負の世界に恨みっこはなしだ。でもな、お前は大好きな野球を償いと誓いのためにプレイするやつだったのか? 俺のために勝つ? 俺のために記録を更新する? なめてんじゃねーぞ。てめえのためにやるのが一番大事なのを忘れるなよ。お前は俺のためのプロ野球選手じゃなく、ファンや見てくださる方々への恩返しをするためにやるんじゃねえのか?」
「あーそうだな。そうだった。でもよ、俺たち気づいたらとんでもない舞台で勝負す.....」
「あがあああああああぐがgだがああああああああああああああ」
声が出せない? 何故だ? 誰か、誰か来てくれ。何で俺が病室にいる? しかも動けないなんて何なんだよ。
「一世、今日は起きてるんだな。今日でプロ通算400本塁打達成したぞ。まだまだ大先輩たちには追い付かねえが、これから徐々に増やしていくからな。応援してくれよ。お前の分まで頑張って見せるぜ」
「がgっがgjkjjjj」
何でだよ。俺がさっきまで400勝をかけて戦ってじゃねえか?
あ、そうか。
あの日、俺が投じた渾身のストレートは、三郎に打たれて高速のピッチャーライナーが頭部に直撃したんだった。
じゃあ、今の現実のような夢は何だったんだよ?
俺はこんなところで、植物人間になってるような人じゃねえのに。
「泣かないでくれ。お前に報告して泣いてくれるのは始めてだな。また、シーズンが終わったら来るからよ。今日はもう行くぜ?」
「いっさん! いっさん! 大丈夫ですか? 400勝おめでとうございます。これで新記録更新まであと一勝ですね。ぎりぎりの接戦で最終回なんてばてばてで倒れるんじゃないか心配しましたよ。なのに、最後は見違えるような投球をしてたので驚きました」
「あー俺は勝ったのか。良かった本当に良かった。ははは」
「ヒーローインタビュー、見事プロ通算400勝を挙げた清原一生投手です。おめでとうございます。今の気持ちはどうでしょうか」
「まずは、球場に駆けつけてくれたファンの皆さん、テレビの前の皆さんのおかげでこの記録を達成することができました。ありがとうございます。あと一勝で大記録になりますが、最後まで力を抜かずに球界全体を盛り上げられるように頑張ります」
そうだ、これでいい。
俺はお前でお前は俺だ。
一世、お前は記憶を作ることを達成するだろうな。引退するなんて思ってるんじゃねえよ。
評価・感想お待ちしております。
それではまた次回!