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魂繋 約束  作者: 滝川拳
9/10

第九話 逃亡

前回投稿してから十年以上が過ぎました。

待ちきれず忘れた方も居たかと思います。

本当に申し訳ありません。


最終話として描きましたが、予想以上に長くなりました。

二回に分けて投稿させて頂きます。

稚拙な文章ですが、宜しければ一読ください。

 洞窟の暗闇の中、息を殺して身を隠すように静かにする人たちがいる。天井には水滴が付いており、時折しずくとなって垂れて床に落ちる。落ちたしずくは、地面に叩きつけられ弾ける音がこだまする。遠くの方では外の陽が僅かに入り、人影程で人の位置も確認できた。

立っている者は一人もおらず、誰もが岩のこぶのような所に腰を下ろして座っている。背筋を伸ばすものはおろか、みな首がうなだれていた。


「誰か……、食べ物を分けて貰えませんか?」若い母親が小さな声で言った。


 その声に誰も答えるものは居ない。沈黙が続いた。


「お願いします。このままでは子供が死んでしまいます!」母親は少し声を荒げた。


「静かにしろ! 見つかりたいのか!!」と一人の男が怒鳴った。


 その声に反応し幼い女の子が泣き出した。


「黙らせろ! 敵に見つかりたいのか!」と男は怒鳴ったが、女の子は泣き止まない。


 男は立ち上がり、女の子に近づき、「黙れ!」と言って頭を殴りつけた。殴られた勢いで女の子の身体が転がった瞬間、傍に居た母親が慌てて子供を庇うように覆いかぶさった。男は母親の背中を蹴りつけた。


「お許しください! お腹を空かせてるだけで、すぐに泣き止ませますので、お許しください」母親は慌てて言った。


 男は肩に背負っていた銃を手に持ち、銃床の部分で母親の頭を殴りつけた。母親は痛みに堪えて声を漏らさぬようにしたが、何度も殴りつけられる内に悲鳴が上がり、洞窟内に広がった。男は何度も母親を銃床で殴りつけ、血が辺りに散った。その様子は暗くて見える事もなかった。鈍い音を発して男は気が済んだのか、女の傍を離れ、また自分の座る場所に戻ると腰を下ろした。



 数分後、今度は赤ん坊の泣き声が少し離れた所から聞こえた。甲高い声が辺りにこだました瞬間、さきほどの男が「誰だ! 敵に見つかりたいのか! 黙らせろ!」と怒鳴った。その声に反応して「はい! すぐに泣き止ませます!」と赤ん坊の母親が慌てて答えた。


 「お腹が空いたんだね、もう少しで、ここから出られるので待ってね」と、赤ん坊の母親は言いながら、赤ちゃんを抱きかかえて揺らした。

 その姿を確認した男は、再び銃を手に取り、母親の傍に近づいてきた。男は銃床で赤ん坊を目掛けて突こうとしたが、母親が赤ん坊を守ろうと赤ん坊を抱きしめた。ぐしゃっと鈍い音を立てた瞬間、銃床は母親の後頭部に入り鈍い音が聞こえ、大きな砂袋が落ちるように母親が倒れる音が聞こえた。

 息絶えた母親の数メートル先に、別の男が床に寝転がっていた。無精ひげが少し生えているが、陸軍の制服を着る義郎の姿があった。



 義郎は数刻前に男に酷く殴られて気絶していた。意識を取り戻した義郎の顔は酷く腫れており、頭から流れた血の跡がおでこに残っている。

義郎は仰向けになっていた体をうつ伏せにして、母親と赤ちゃんの方に顔を向けた。


(そこまでしなくても……)


 この場の指揮権は男が持っていた。日本兵は義郎を含め三人居て、その他は近くに住む村の女と子供が十二人居る。床に転がっている村の男の姿があるが、先ほどの男に全員撲殺されていた。暗闇の広がる大きな洞窟内は、男に殺された時に流した血の臭いが充満し、まともな意識を持つ者なら、とても過ごせる状況でもなかった。

 男が座っていた場所に再び戻った時、義郎は体を引きずりながら、亡くなった母親の傍に近づき、赤ん坊の生存を確認した。赤ん坊は静かになっていたが、呼吸をしている事が分かった。意識を失っているだけだった。義郎は体を起こして赤ん坊を抱きかかえた。母親が赤ん坊を包むのに使っていた布を取ろうとしたが、布が血を吸って重い事に気づき布から手を離した。そのまま腰を屈め自分の元居た場所に戻った。



 夜が深まり、辺りから寝息が聞こえる頃、義郎は衰弱した赤ん坊をそっと抱えた。ゆっくり腰を浮かし、足音に気を付けながら、月明かりの入る洞窟の入り口の方へ歩き出した。所々こぶのような小さな岩が飛び出ている所につま先が当たれば、足の裏でこぶの高さを確認して、ゆっくりこぶの裏側に足を下ろす。その繰り返しで、ゆっくり進んだ。

 義郎は寝ている村人に「シッ」と言いながらゆっくり起こした。軽く手で触れて、目を覚ます女の腕をゆっくり引いた。


「気づかれないように静かに着いてこい」と義郎は言って、左手に赤ん坊、右手に女の手を引いて進んだ。


 義郎に手を引かれ恐る恐る歩く女と子供が一人二人と増えて行き、義郎を含め九人が洞窟の入り口に辿り着いた。

洞窟の入り口の所は月明かりで奥に居る人間からは人影を確認する事はできる。その事を心配した義郎は、足早にその場を離れようとした次の瞬間、一人の男が義郎の横に姿を現した。


「おい! どこへ行こうとしてる!」


その声の方向に義郎が振り向くと、次の瞬間、義郎の顔に拳が入った。義郎と同じ階級の兵士が洞窟の入り口で見張りをしていた所、義郎の姿を見つけて、殴りかかった。


「みな走って、ここから離れろ!」義郎は倒れざまに大きな声を発した。義郎に着いてきた村人は一斉に走り出した。


見張りの兵士が一人の女の服を掴んだ時、義郎は慌てて立ち上がり、両手を広げて兵士のお腹を掴むように飛び掛かった。兵士は義郎に押され、女の服を離した。女は慌てて逃げだした。


「邪魔だ! 佐竹、その手を離せ!」と兵士は義郎に怒鳴り、右手の肘を義郎の背中を目掛けて振り落とした。

義郎の背中に激痛が走り、義郎は兵士の足元に倒れた。兵士は足を高く上げて、義郎の後頭部めがけて足を落とそう.とした。義郎は体回転させながら兵士の足を避けて立ち上がり、拳を強く握り締めて兵士の顔にストレートパンチを入れた。義郎の拳は兵士の顔に入り、兵士がよろめいたが、兵士は倒れないように左足を後ろに下げて体を支えた瞬間、次の義郎の左手のパンチが兵士の右頬に入り、兵士は手で右頬を覆って姿勢を低くした。すかさず義郎は兵士に体当たりし、兵士を勢いよく押し倒して、その場を去った。



一メートル近く生える雑草の中、義郎を先頭に草むらをかき分けながら、邪魔になる草を倒すように足を踏む。少しでも洞窟から離れようと急いだ。数分後には草むらを抜けて、今度は川辺が見えてきた。

 数メートル柔らかい土の上を走ると、ふぞろいの石が足の裏に当たる。義郎は兵士が追いかけてきたら、そろそろ追いつく頃だと想像した。


「川の方へ逃げたぞ!」


 兵士の声が草むらの中から聞こえた。


(奴らに追いつかれる!)


 そう思った瞬間、義郎は川の流れる音に気付く。


「みな静かに着いてこい!」義郎は村人の方を向いて言い放って、きびすを返した。


 義郎は石の上を走り、川の音が聞こえる方へ向かった。義郎の足が水に濡れると、迷わず前に進み腹部まで水で浸かるまで進んだ。


「みんな! 川の中に入れ! 子供が流されないように気を付けて下流を目指すぞ!」と言って、義郎は屈んで水の中に浸かり川の流れに乗った。義郎の後に着いてきた村人も義郎に続いて、次々と川の中で体を傾けて川の流れに乗った。


 ところどころ川の流れが交差しながら、勢いが増して行く。義郎たちの流されるスピードは、どんどん増していく。ときどき体の一部が川底を擦ると、その時は立ち上がって深い所を探し、見つけるや否や、川の深い方へ上半身から飛び込み、再び川の流れに乗った。

川に流されて三十分ほど経った時、少しずつ水の落ちる大きな音が聞こえてきた。それが滝つぼに水が落ちる音だと義郎は気付き、水をかいて浅瀬に移動した。


「みんなー! 浅瀬に上がって待ってろ!」と義郎は言って、滝の方に向かって行った。


 滝つぼは暗くて見えないが、下から聞こえる水の音は、そう遠くないと判断できる。義郎は滝の横の崖を降りる事を決断して、村人の待つ場所に戻った。



「崖を降りるぞ!」義郎は大きな声で村人に言った。


 村人の表情が凍った。体力は限界に近い上に、子供を連れて崖を降りるのは、途中で体力を切らして崖から落ちるだけだと思った。

 村人から流れる空気を読んだ義郎は、「死にたい奴は残れ! ここに居れば、兵隊に追いつかれて殺されるだけだ。ここで死ぬか、いちかばちか崖を降りるかだ!」

 もし村人が、ここに残る事を決断したら、その時は覚悟するしかないと義郎は思ったが、「いきます、崖を降りたら逃げることができるのですよね?」と希望を持とうとする女の声が上がった。


「当たり前だ! 崖を降りたら逃げ切れる!」義郎は自信をもって答えた。


 義郎を先頭に川辺を歩いて、滝つぼに続く崖を目指した。



 滝口の横から義郎は崖の下を見るが、暗くて高さの判断はできなかった。しかし水が滝つぼに落ちる音から判断すると、崖の高さは酷く高くないと判断した。


「よし! 俺の後からゆっくり降りてこい! 俺が一段降りたら、俺の手の所に足を下ろせ。」


 義郎は足を下ろす場所を迷わせない為、後に降りる人の足を降ろす場所を手で示すつもりだった。義郎は下半身を崖に放り出し、力強く石を掴み崖を降り始めた。義郎の姿が見えなくなると、義郎の後ろに居た女が崖をゆっくり降り始めた。その姿が見えなくなると、また次の村人が崖を降り始める。子供を連れている者は子供を背負って崖を降りる。怖がる子供が居れば、その前後の大人が、「いい子だから、一緒にここを降りようね」と宥めた。

 最後の者が崖を降り始め、先頭の義郎の耳には滝つぼに落ちる水の音が近づいているのを感じていた。


「もう駄目、落ちる……。」崖を降りる真ん中の女が口から漏らした。


「兵隊さん、上の方から落ちるって……。」義郎に続いて降りてきた女が言った。


 義郎は上を向き、「ゆっくり足を下ろしてこぶを見つけろ。見つけたらゆっくり足を降ろして行け。」と義郎は女に言い残して、横に移動して、すぐに崖を登り始めた。


「落ちると言ったのは、どいつだ?」と義郎は言いながら、どんどん登って行く。


「兵隊さん、私の上の人です!」


 義郎は声の方向へ急いで近づいた。


「落ちそうな奴は、どいつだ?」


「わ・た・し・で・す……。」


力ない声が聞こえ義郎は背負っているリュックを胸の方に寄せて、中から紐を取り出した。義郎は落ちそうになっている女に紐を巻き付けた。


「よし、俺が紐を持ってるから、ゆっくり降りろ。」


女は震えていたが、安心したのか震えが止まり、ゆっくりと崖を降りだした。しかし力が残っていなかったのか、いきなり足を滑らし落ちそうになった。


 義郎は紐を引き落ちるのを止めた後、紐を自分のお腹に巻いて括った。義郎はゆっくりと降りながら、義郎に括られた女は、義郎に釣り下がった状態で、義郎と共に崖を降りて行った。

 一番先頭を降りる女が、滝つぼの音が傍で聞こえるようになった時、水の中に飛び込んだ。


「みんな! もうすぐよ!」先頭の女は水面から顔を出して大きな声をだした。


 先頭の女の声を聞いて、後続の者も疲れを忘れて崖を降りて行き、水面に落ちる水の音が傍になったと思ったら、次々と飛び込んだ。中には子供を背負った者も居るが、迷わず飛び込んだ。背負われた子供が泣き出したが、命が助かったと思った母親は笑みがこぼれていた。滝つぼに飛び込んだ者は、川辺に向かって泳ぎ、浅瀬になると歩いて川の外に出て行った。

 最後の村人が川の外に上がると、村人たちは抱き合って喜ぶ者。手で顔を覆って泣いていた。この数日間の出来事が頭に過っていたのか、誰もが恐怖から解放された喜びを露わにした。


(ここで限界だな……。)


 もう少し遠くへ逃げたい気落ちが義郎にはあったが、村人の様子から、これ以上の移動は難しいと判断した。


「よし、その辺の草むらに入って、ここで少し休憩しよう。日が上がれば、すぐにここから移動するぞ」と言って、義郎は草むらに入って倒れ込んだ。

次週、最終話の後編を公開します。

最後まで今暫くお付き合いください。

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