第七話 まちびと
今回も稚拙な物語ではありますが、宜しければ一読願います。
雄人と悠奈は宗一郎の手配した車に乗って奈良の生駒に向かっていた。
大岸宗一郎、現在は大岸建築の会長として現役から退いていた。
戦争が終わった後、宗一郎は澤田家の大工職人として働いた。少しでも登美江の傍に居たいと思った宗一郎は、登美江の父親に仕事振りを認めて貰おうと一生懸命大工仕事を覚えていった。
澤田家で働く大工の中でも宗一郎の腕は良く、登美江の父親も宗一郎を認め始めた。登美江の父は、宗一郎を婿に迎えるように考えたが、それを反対したのは登美江だった。
登美江の気持ちに届かなかった宗一郎は、大工職人から足を洗って自分の会社を設立した。その会社が高度成長期時代を迎え、宗一郎の会社も他の会社同様大きくなり、今では日本最大手の建築会社に成長したのだ。
雄人と悠奈を乗せる車も宗一郎の運転手付きの車だ。
雄人と宗一郎の関係が気になっていた悠奈は質問を繰り返した。
「さっきの人と、どんな関係?」
「……親戚がお世話になった人」
「どの親戚なの?」
「……曾爺さんの妹が、嫁いだ先の長男の奥さんの弟に当たる人」
「そんな遠い親戚と雄人は、どんな繋がりがあったの?」
「……小さい頃、よく遊んで貰っていたんだ」
「何をして遊んで貰ったの?」
「……」
悠奈の質問は目的の生駒に着く迄止まる事はなかった。
車を降りる時、「運転手さん、ありがとう。宗一郎さんには宜しく言っておいてください」と雄人が言った。
運転手は雄人の方を振り向き「この先のデイサービスに澤田様はおられます。それとあなた様にこれを渡しておいてくれと言われております」と言った後、名刺を雄人に渡した。
『大岸建設 会長 大岸 宗一郎』
記憶にある昔の友人、時代を超えて社会的に偉くなっている事に雄人は感心させられた。
(あれだけ弱虫だった宗一郎が、有名な大岸建設の会長だとは夢にも思わなかったな)
悠奈は雄人の持つ名刺を身を乗り出して眺めた。「大岸建設はK大学でも毎年何人も就職してる人気企業の一つだけど。もしかして雄人は、そこに就職したいの?」
「まさか……」雄人は苦笑いした。
車を降りて二人はデイサービスの施設に向かって歩いた。
時刻は十六時を過ぎている。デイサービスから送迎される人達が車に乗り込む姿も見えた。
雄人は焦った。「悠奈、走るぞ!」
(ここで会えないと、いつまた会えるか分からない!)
悠奈は鞄が邪魔になって走る事ができない。「あっ! 雄人待って!」
悠奈の声が耳にかすり、雄人は走るのを止めた。そして後ろに振り返り悠奈の鞄を持った。「今日は悠奈を悲しませてばっかりだね」
いつもの表情を見せる雄人に悠奈は安心感を得た。「ごめん。雄人の邪魔をしたくなかったけど、私が邪魔になってるね」
「いいよ。その代わり、今日は最後迄、俺に付き合ってくれるね」雄人は悠奈に手を差し出した。
しかしデイサービスの送迎者は悠奈の手が雄人に届いた時、施設から出て来て二人の前を通り過ぎた。
雄人は悠奈の手を引いた後、ゆっくりとデイサービスの施設の中に入って行った。
施設内に入ると車が何台か停められるスペースがあり、奥に自動ドアが見える。雄人は自動ドアに向かって歩いた。
自動ドアが開くと受付が見え、雄人は受付に向かった。
「すいません。こちらに澤田登美江さんが居ると伺って来たのですが、こちらに居ますか?」
受付に居る看護師は、突然の訪問者にどう対応していいのか分からなかった。
「澤田さんの身内の方ですか?」
雄人は困ってしまった。登美江の身内でもなければ縁者でもない。
「知り合いです……」
「ごめんなさい。知り合いの方でしたら、澤田さんが帰宅してから伺って頂けますか」
雄人は親指と中指でおでこを挟んで悩んだ。
「では澤田様にお伝え願えますか。私は佐竹善郎の親戚の者です。善郎がお世話になったので一度お会いしてお礼が言いたいと……」
正直、看護師は困っている。「分かりました。一応、伝えておきます」
雄人は後ろを振り向き壁に掛けてある時計と見ると、「タイムリミットだ。悠奈、そろそろ帰ろう」と言った。
「本当にいいの? 帰る日を変更して、もう一度明日行く方法もあるんだよ」悠奈は残念そうな雄人の様子に気付いている。
「いいよ。もう東京に帰ろう」これ以上、自分の焦る姿を悠奈に見せて心配を掛けるのは嫌になっていた。
その時、廊下の先で「とみえさん、お家に帰りましょうね~」と女の人の声が聞こえた。
雄人は廊下の先を見た。そこには介護ヘルパーに車椅子を押されるお婆さんの姿が見える。
(あれが登美江なのか?)
雄人は廊下の先を目を凝らした。
横で雄人の表情を見る悠奈は、いきなり雄人の肩を押した。
「雄人、行ってこい!」
突然、後ろから悠奈に肩を押された雄人は足が三歩前に出た。そして後ろを振り悠奈の様子を確認した。
悠奈は雄人に微笑んでいた。
「ゆうな……。ごめん! 行ってくる!」廊下の先に向かって雄人は足早に歩き出した。
雄人が奥に入って行くのを見た看護師は慌てた。「ちょっと!」
その瞬間、悠奈は叫んだ。「あー!」
悠奈は受付カウンターの上に置いてある花瓶を、自分の鞄を当てて態と倒した。
看護師は慌てて花瓶を起こして、傍にあった布でテーブルの上を拭き出した。
「すいません。うっかりして花瓶を倒してしまいました」
素直に謝る悠奈の様子に看護師も雄人を止めるのを諦めた。
車椅子は介護ヘルパーに押され少しずつ雄人の傍に近づいてきた。
(登美江……。長い間待たせてしまったな……)
雄人は車椅子が近づくのを待った。
「安田さん、あの人は誰だい?」
介護ヘルパーは雄人の方を見た。
「さあ……。どなたなのでしょうね」
登美江の目に映る雄人は、かつて自分が愛した男の空気が流れていた。しかし登美江の痴呆症は身内すら覚えていない者も居る程だ。
それでも登美江は何かを思い出したのか「あ……。う……」と苦し紛れの声を出した。
雄人は登美江の姿を直視した。「とみえ……、登美江! 俺だ! 善郎だ! 俺を覚えているか? 帰ってきたぞ!」
介助ヘルパーは、登美江が愛した男性の名前を登美江から聞いていた。
(善郎? 登美江さんが好きだった人も善郎って言ってたけど……)
年齢からして登美江が愛した男性とは思えない。(新手の詐欺なのかしら?)介護ヘルパーは足を止めた。
車椅子が停まったので、今度は雄人から登美江の方に近づこうとして足を進めた。
しかし介護ヘルパーは雄人を怪しみ始めた。「ちょっと、あなた! 誰ですか!」
介護ヘルパーに大きな声を出されたが、もう雄人には自分の足を止める事が出来ない。どんどん前に進み後一歩進むと車椅子に当たる位置に来た。
雄人は屈んで登美江の方をみつめた。そして登美江の手を引いて強く握った。
「登美江! 俺だ善郎だ! 分かるか、佐竹善郎だ! お前に会いに来たんだよ!」
善郎と言う名前に登美江は反応している。「よしろう……さん……」
「ああ、そうだ。善郎だ。戦争に行く前に約束しただろ! 地獄の底に叩き落とされても、お前には必ず会いに戻るってな。その約束を果たしに来たんだよ!」
ここ迄、読んで頂き、本当にありがとうございました。
次回第八話も宜しくお願い致します。