第六話 残された者の気持ち
今回も稚拙な物語ではありますが、宜しければ一読願います。
善郎の記憶を思い出した後、雄人はゆっくりと目を開いた。
横に座る悠奈は心配そうに雄人の様子を見ていた。「雄人、大丈夫?」
「ああ……」そう言った雄人は椅子から立ち上がった。
雄人の目の前でゲートボールをするお爺さんは、善郎の知る宗一郎の面影もあった。(あの弱虫だった宗一郎が無事に生きて帰ってこれたのか)雄人は心の何処かで嬉しく感じていた。雄人の足は宗一郎と思われる老人の方に自然と足が進もとしている。
「雄人、どこに行くの?」突然雄人が歩き出したので悠奈は焦った。
「少し、あの人達と話したい。悠奈はここで待ってくれ」
悠奈の目には、別人と思われる雄人の姿があった。普段から優しい雄人は、傍に居るだけで優しい空気が流れているとも思わされた。しかし今の雄々は雄々しい男の空気が流れている。
悠奈は雄人に着いて行こうと思ったが、足が固まったように動く事が出来なかった。別人とさえ思わされる雄人の様子に、悠奈の警戒心が高まっていたからだ。
雄人は老人達の前に行くと「こんにちは」と会釈した。
老人達は雄人の方にゆっくりと振り向いて「こんにちは」と挨拶を交わした。
「すいません。今、スティックを持っておられる方は宗一郎さんと呼ばれていましたよね。もしかして大岸宗一郎さんではありませんか?」
「あんた、宗一郎さんの知り合いかね?」少し険しい顔をしたお爺さんが雄人の方を見た。
「直接の知り合いではないのですが、私の縁者が昔大岸さんに大変お世話になりまして」
「ふ~ん。そうかね」お爺さんは若者の言葉を信じて宗一郎と呼ばれる老人の方を向いた。「宗一郎さん、あんたの知り合いが尋ねて来られたぞ」
スティックを持つお爺さんはプレイを止めて、雄人の方を向いた。
雄人は一歩ずつ宗一郎と呼ばれる老人の傍に近づいて行った。
(見れば見る程、あの宗一郎に似ている)雄人は老人の顔を厳しい目で見つめた。
二人の間の距離が一メートル程の距離に迫った時、「お若いの、ワシに何の用かね?」お爺さんは惚けた口調で雄人に質問した。
雄人は少し微笑んで「佐竹善郎と言う人を覚えておられますか?」と尋ねた。
老人は雄人の顔を嘗め回すように見ていた。
「さたけ、よしろう。そんな名の者は知らん」
八十を超える老人の目とは思われぬ程、雄人を見る目は厳しい。
「昭和十八年。大岸さんは予科練に入隊しましたよね」
「あんた一体誰なんだ? 何故、ワシの事を調べておる。お金が目的か?」
雄人は笑い始めた。「お金が目的……。アハハハ!」雄人は笑いながら相変わらず勘の鈍い男だと思っていた。
次の瞬間、雄人は悪ぶった表情に変わった。
雄人は老人の顔に自分の顔を近づけた。「いつまで経っても思い出さないのなら、この場で言ってやるよ……」
老人は勢い良く迫る雄人の様子には一切驚く事なく、冷静に次の言葉を静かに待っていた。
「登美江の事しか頭にない宗一郎! お前に預かった手紙に何て書いてあったのか、俺は知ってるぞ!」
その話に驚いたのは老人の方だった。
「何で、こんな若者が手紙の事を知ってるんや!」老人は後ろに後ずさりした。「それに手紙の事を知ってるのは……」
老人が後ろに下がると、それに合わせて雄人は前に進んだ。
雄人は意地悪そうな表情を浮かべた。「弱虫のお前が生き残ってこれたのに、お前より勇気のある善郎が戦死したんじゃ、善郎も浮かばれねえだろ!」
「あんた……、本当に……、善郎か?」
雄人は少し呆れた顔をした。「やっと思い出したか。そうだよ善郎だよ!」
老人はお化けでも見るような目をしながら、ゆっくりと腰を下ろした。
その時だった。他の老人達が雄人の後ろに現れた。二人のお婆さんが宗一郎を引き起こして椅子に座らせようとした。
雄人の傍で険しい顔をしたお爺さんが「アンタ、宗一郎さんの知り合いか知らんが、あまり年を老いた者を苛めるものではない!」と、大きな声で雄人を叱咤した。
「すいません。宗一郎さんから教えて頂きたい事がありました」雄人は慇懃な姿勢でお爺さんに頭を下げた。
雄人の傍に現れた悠奈は、雄人の手を引いた。「もう、帰ろう」不安な顔をしている。
雄人は我に返り「そうだね……」と答えた。
雄人と悠奈が公園から出て行こうとして歩き始めた時、椅子に座って下を俯く宗一郎が思い口を開いた。
「善郎、待ってくれ!」
その場に居る者、全員が宗一郎の方を見た。
「皆、悪いがワシら二人にしてくれんか。この若者はワシの昔馴染みの者での。決してワシに危害を加えるつもりはないから安心してくれ」
老人達は顔を見合わせた。そして険しい表情をするお爺さんが「そうか、分かった。お前さんが、そう言うならワシら近くで待っておる」と言った。
「雄人、年を老いた人を苛めたら駄目だよ」悠奈は雄人の手を引っ張った。
「分かってる。それは大丈夫だ」悠奈の方に顔を見せて微笑んだ。
二人は他の人達が居る所から十メートル離れた椅子に横並びに座った。
「登美江はどうしてるんや?」
「登美江さんは大阪の生駒に住んでおる。ワシも数年前迄は登美江さんの事が心配で様子を見に行っとった」
雄人は宗一郎の方を向いた。「宗一郎、お前、今でも登美江の事が好きやったんか?」
宗一郎は雄人を横目で見た。
「お前が死んでくれたおかげで、ワシが登美江さんと一緒になれると思ったんだが、登美江さんの中にはお前が強く残っておったわ……」
「登美江が……」
「お前も死ぬんやったら先に登美江さんを解放してやったら良かったんや。この年になっても、まだお前の事を心に残して生きておる。その登美江さんの気持ち、死んだお前には分からんやろ」
雄人は深く反省をさせられた。頭を抱え自分の髪の毛を鷲掴みにした。
「最近、登美江さんは惚けが始まっておる。お前が会いたいと思うのなら今の内かもしれんぞ」宗一郎は頭がうな垂れた。
「何やと!」雄人は立ち上がった。
宗一郎は頭を上げて雄人の方を見た。「今から会いに行ってみるか?」
「当たり前や!」雄人は力強く答えた。
ここ迄、読んで頂き、本当にありがとうございました。
次回第七話も宜しくお願い致します。