第四話 夢と記憶の狭間
随分、お待たせしてしまいました。
何とか今回は投降する事が出来ました。
第四話のタイトルを予告なしで修正しています。
第三話を読んで頂いて、タイトルを覚えておられた方がおられましたら、申し訳ございませんでした。
今回も稚拙な物語ではありますが、宜しければ一読願います。
暗闇の中、雄人は膝を抱えて座りながら眠っていた。時折、天井から雫が落ちて雄人の被る帽子を濡らしている。雫が帽子の中迄染み込み始めた時、雄人は目を覚ました。
(ここは、どこなんだ?)耳を澄ますと周りから人の呼吸音が聞こえ、天井から落ちてくる雫の音が辺りに鳴り響いた。
(俺は、ここで何をしているんだ)辺りから怯える人の気配が感じられた。
優人は、その場を立ち上がろうとした。しかし自分の意思に反して体の言う事は利かない。座ったままの状態で動く事ができなかった。
「佐竹」
雄人の右斜め前の方向から、男の小さな声が聞こえた。
(佐竹? 佐竹は善郎の苗字と同じでは?)
「佐竹、聞こえているのか!」
その時、自分の意志に関係なく「はっ! 聞こえています!」と、雄人は返事をした。
「外の様子を見に行け」
「はっ!」次の返事と共に雄人の体は動き出した。雄人の体は風の流れてくる方向に向かって歩き出した。
(これは、善郎の記憶だ……)
夢に比べ鮮明な映像が雄人の頭の中に浮かぶ。そして、その映像は善郎の視点から見える物が映っている。雄人の緊張感が募った。
善郎は外に向かって歩いていた。辺りには子供のすすり泣きのような声も聞こえる。
「お腹すいた~」
突然、善郎の歩く傍で子供の声が聞こえ、その方向に向くと、母親の座る両隣に四歳、五歳ぐらいの男の子が二人座っていた。母親の抱える腕の中には赤ん坊の姿もあった。
「もう少しの辛抱だ。男なら我慢しろ」と、善郎は男の子に向かって言った。
「すいません」と、母親は善郎に頭を下げた。
しかし一人の子供がお腹が空いた事を母親に訴えた事で、周りに居る子供にも共鳴した。他の子供も「お腹空いた」と、自分の母親に訴え出したのだ。
その時だった。雄人の後ろの方から「子供を黙らせろ!」と男の声が聞こえた。それと同時に暗闇の中で、殺気とも感じられる異様な雰囲気に変わった。
暗闇の中の異様な雰囲気を敏感に感じた子供が泣き始めた。
「子供を泣かすな! 泣かしたら、その場で殺せ!」
その声に子供の母親が慌てて子供の口を覆った。
(ここは……、もしかしてがまの中なのか?)雄人は記憶を辿り、自分の居る場所が善郎が出征した沖縄である事を思い出した。
善郎の足が進むと雄人にもベルトの辺りから硬い物体が着いている事に気付く。自害用の手榴弾だった。
光が射し込み始め、入り口が見えた時、善郎の後方から女の叫び声が聞こえた。
善郎は振り返り、がまの奥へ走った。
「何事ですか!」善郎は暗闇の中に戻ると叫んだ。
「お前、何をしてる! 大きな声を出して敵に見つかりたいのか!」
「中で大きな叫び声が聞こえたので、戻ってきました!」
「この騒ぎで敵に見つかったかもしれん。佐竹、早く外の様子を見に行け!」
「はっ! 申し訳ございません!」
善郎は上官の命に従い、もう一度入り口の方向に向いた時だった。靴に何か柔らかい物が当たるのを感じた。
腰を下ろし、靴に当たった物を避けようとして下を見ると、そこには八歳にも満たぬ子供が倒れていた。
「おい、坊主、大丈夫か?」
善郎が子供の体を抱えようとして手を引くと、子供の体は全身の力が抜けて、地面の方に倒れようとした。
慌てて子供の背中に腕を回して子供を起こすと、子供の息は絶えていた。
「佐竹、さっさと行け!」
善郎は子供をゆっくりと地面に降ろすと、上官の方を向いた。
「吉田軍曹、まさか子供を殺したのですか?」
「お前は、さっさと外の様子を見に行け!」
善郎は目を瞑り、子供に合掌して外に向かおうとした。後方からすすり泣きする女の声が聞こえ始めると善郎の足は再び止まった。
『こんな目に遭うなら敵に投降した方が、住民達は救われるのではないか?』
そう思った時、遠くの方から光のような物が目に入った。
「眩しい」
善郎が目を腕で覆うと、雄人はベッドの上で目を覚ました。
(今のは夢でなく善郎の記憶なのか?)
雄人が目が覚めたのは五時。まだ隣では悠奈がぐっすり眠っている。雄人は静かにベッドから床に降りて、朝のシャワーを浴びる用意をした。
着替えを持った雄人はシャワールームに入りシャワーを流し始め、手でお湯加減を確認すると雄人はシャワーの下に移動した。先程の悪夢のような現状を振り払うかのように、雄人は顔にお湯を当てていった。
現実の感覚を取り戻すと、雄人は目を瞑った。(あの人を見つける事は出来るのか……)そして今日の行動をどう取るか考え始めた。
シャワーの音が部屋に漏れると悠奈はうっすらと目を開けた。
(相変わらず起きるのが早いな~)悠奈は早起きの雄人を感心している。しかし悠奈の脳裏には、昨日の雄人の涙が思い出された。悠奈は布団を避けてベッドから降りた。
雄人はシャワーを持たずに体を移動させて、全身にお湯を当てていると突然シャワールームの扉が開いた。
「相変わらず起きるのが早いな」
雄人は真正面から悠奈に見られて驚いた。「ごめん! シャワーの音がうるさかった。すぐに止めるよ!」雄人は慌てて扉を閉めようとした。
「別にいいけどさ。私もシャワーを浴びる」
雄人は扉を閉めた後、慌ててシャワーの蛇口を捻り出てくるお湯を止め、タオルで体を拭き始めようとした時、再びシャワールームの扉が開いた。
扉を閉めようと振り返ると、そこには裸になった悠奈がシャワールームに入ろうとしていた。
「ごめん! すぐに出るよ!」雄人は下半身にタオルを巻いて慌ててシャワールームから出ようとした。
二人は付き合って一年半が経とうとしているが、未だにキスすらした事がなかった。それがいきなり裸を見せられる事になったので、雄人の方が焦っていた。
「雄人! 待って!」
雄人はシャワールームから出ようとしている動きを止めた。
「私は雄人が大好き。その雄人が昨日から悲しい顔をしてるのに、私は何も分かってあげられない。雄人は自分が辛くても私には何も言ってくれないでしょ」
「ごめん……」悠奈の言葉に雄人は反省した。
「私達付き合ってから一年以上が経つけど、その間、雄人は私の手ぐらいしか触れた事がないよね。それは私に女としての魅力がないからだよね。私も男に興味なんて持った事がなかったけど……。でも私に優しい雄人は大好き。だから雄人が辛い時は私にも話して欲しい。傍に居るぐらいしか出来ないかもしれないけど……。好きな人が傍で辛そうにしているのは私も凄く辛い……」
雄人は目を瞑りながら悠奈の話を聞いていた。今の悠奈の行動が自分の為にしてくれたものだと思うと、雄人は悠奈の気持ちに感謝した。
「雄人、こっちを向いてよ」訴えるように悠奈は言った。
ゆっくりと雄人が悠奈の方に振り向くと、悠奈は眼鏡を外して括っていた髪を解いていた。括っていた髪が解かれ、背中迄髪が垂れると悠奈は別人に変わった。
元々スタイルと顔立ちの良い悠奈は、黒ぶちの分厚い眼鏡と髪の毛を括る事で、その辺りに居る男よりも格好良く見える時もあった。しかし眼鏡を外し、髪の毛を解く事で、悠奈は綺麗な女性に変わった。
その姿に雄人の男の本能が働き、下半身に異様な変化を感じた雄人は「ごめん!」と言い残してシャワールームから飛び出した。
雄人が自分の姿を見て逃げたと思った悠奈は「雄人!」と大きな声で叫んだ。
雄人は慌ててシャワールームの扉を閉めて、扉に持たれかかった。そして息を吐いて落ち着こうとした。
先に着替えた雄人は備え付けのポットでお湯を沸かしていた。
ポットからお湯の沸く音が聞こえ始めた頃、シャワールームから悠奈が出てきた。シャワールームから出てきた悠奈は不機嫌に変わっている。
「コーヒー飲む?」悠奈の様子を無視して雄人は平然と質問した。
「要らない」
普段冷静な悠奈が感情的になっているので、雄人は困った。
「少しだけ俺の話を聞いてくれる?」
「私に何を聞いて欲しいの」明らかに悠奈は感情的に怒っている。
「俺も男だからさ、悠奈の体に興味がない訳でもないんだよ」雄人は苦笑いしながら言った。
「そう? それなら何故、私の裸を見て逃げたの? 明らかに恐い物でも見たって言う顔をしてたけど」
雄人は頭を掻いた。「古臭い考えだけどね。そう言う関係はいつだって成れるし。それにさっき逃げ出したのは、綺麗な女性の裸を目の前にして、どっちかと言うと狼になりそうだったから逃げたんだよ」
悠奈には雄人の言う事が理解できなかったが、冷静に説明する雄人の言葉に嘘もなさそうだと受け止めていた。「分かった。私が綺麗な女かは別として、とりあえず雄人が私の素顔を知らなかったから驚いて逃げたと思う事にする」悠奈は半ば投げやりな言い方をした。
「馬鹿だな」そう言って雄人は悠奈の体を引き寄せて軽く唇を重ねた。
突然の出来事に悠奈は何の反応もできず、息すら止めていた。「ん……、んん~」苦しくなった悠奈は困っていた。
雄人は唇をそっと離して「息を止める必要はないんだよ」と言って微笑んだ。
「はあー。苦しかった……」悠奈は恥ずかしくなり顔が真っ赤になっていた。
一年半付き合って来た中で、二人がキスをしたのは、これが初めての事だった。
二人は朝の八時頃から阪神電車に乗り、三宮駅から尼崎駅に移動した。尼崎駅に着くと二人は海側に向かってひたすら歩いた。そして雄人の目的とする場所にたどり着いたのは十時頃の事だった。
ここ迄、読んで頂き、本当にありがとうございました。
次回第五話も宜しくお願い致します。