第三話 涙の理由
第三話のタイトルを予告なしで修正しています。
第二話を読んで頂いて、タイトルを覚えておられた方がおられましたら、申し訳ございませんでした。
今回も稚拙な物語ではありますが、宜しければ一読願います。
神戸旅行の日。雄人と悠奈は東京駅の新幹線の改札口前で待ち合わせの約束をしていた。
約束の時間よりも一時間早く着いている雄人は、半透明の袋を二つ手に持って悠奈が来るのを待った。
そして約束の時間になり、スポーツバッグを肩に下げた悠奈が雄人の前に現れた。
革のジャンパーにブーツ。そしてサングラスを掛け、キャップを被っている。悠奈は傍目に格好良い男性に見える。
「ごめん待った?」
「いや、俺も今来た所だよ」
一時間近く待っていた筈の雄人は、待たせた事を気遣わせないようにと思い嘘をついた。
一年半も付き合うと、その程度の嘘は見抜ける関係にはなっている。悠奈は雄人の手に持っている袋を見た。袋から薄く見えるのは、おにぎりとサンドウィッチ。もう一つの袋もお菓子や雑誌が入っていた。
(そんな袋を持っていたら、早めに着いているのが分かるわよ……)そんな優しい彼氏に対して悠奈は微笑んだ。
新幹線が東京駅を出発してから二人は静かに過ごしていた。雄人は持ってきた小説を読み、悠奈はテーブルにモバイルコンピュータを置いてプログラムを打ち込んでいた。
時々二人はおにぎりやサンドウィッチを食べたりもしたが、特に二人で会話する事はなかった。
新幹線が京都駅に着いて、大阪駅に向かう最中、悠奈はプログラムを入力する手を止めて横に座る雄人の顔を見た。
雄人の読む本は、第二次世界大戦を背景にした家族の物語が描かれている。日本史が好きな雄人が戦争時代の小説を読む事は珍しくないが、これ迄読んでいたのは戦記物が多い。
悠奈の記憶では、家族愛が描かれている小説を読んでいる雄人を見た事がない。
(この前の京都、そして今回の神戸、何か今迄の雄人と雰囲気が違う気がするのだけど……。気のせいなのかな?)悠奈はじっと雄人の顔を見つめた。
二人を乗せた新幹線が新神戸に着いたのは十一時を過ぎた頃。そこから二人は地下鉄に乗って三宮に向かっている。二人の最初の目的地は神戸の中華街。
三宮の駅に着いてから二人は中華街に向かおうとした。しかし駅構内の人の往来は激しく、どの方角に向かって良いのか判断がつかなかった。
「これは誰かに聞いて行った方が無難だな……」雄人は周りを見渡しながら言った。
「仕方ないわね。ナビを用意するわ」
悠奈はスポーツバッグを床に下ろし、スポーツバッグの中に手を入れてモバイルコンピュータの電源を入れた。そしてスポーツバッグの脇のポケットからイヤホンマイクを取り出して、それをモバイルコンピュータに繋いだ。
(何でもコンピュータ任せって言うのは、旅行気分が台無しだな……)そう思った雄人は「せっかくの旅行だから、人に聞きながら中華街に行かない?」と言った。
「人に聞くのは面倒だから、ナビを使う」悠奈は有無も言わず雄人の提案を却下した。悠奈は基本的に人と会話するのを好まない。
「はいはい、分かりました。では悠奈様の言う事を聞きますよ~」雄人は少し拗ねて見せた。
そんな雄人の様子など構わず、悠奈はスポーツバッグに手を入れてモバイルコンピュータを触った。
「はい、これでOK!」準備の出来た悠奈は、スポーツバッグを肩にかけて立ち上がった。
悠奈の耳には丸いイヤホンが差し込まれ、その丸いイヤホンから口の方にマイクが伸びていた。
「それを使うの……」雄人は苦笑いしている。
悠奈はマイクに向かって「神戸の中華街」と言った。数秒間合間を空けてイヤホンから音声案内が流れた。その声に反応して悠奈は軽く頷いた。悠奈はナビゲーションソフトの音声に従って歩き始めた。「雄人、こっち」
ナビゲーションソフトの案内に従って歩く事十五分。二人の向かう先には、大きな門が斜めの角度で見えてきた。それは中華街の入り口を示す門だ。
「悠奈、あれが中華街だよ!」雄人は興奮した。
雄人の様子に反して冷静な悠奈は「それじゃあ、もうナビも必要ないね」と言って、イヤホンマイクを耳から外してスポーツバッグに直した。
二人は中華街の門の手前で立ち止まり中を見た。門の向こうには大勢の観光客で混雑していた。
「もしかして、ここで食事するの……」悠奈は観光客の多さに驚いている。
「そうだよ、何を驚いているの?」
人の往来が激しい上に店の前では長蛇の列。人込みを苦手とする悠奈は、とても食事をする気にはなれなかった。
「悠奈、安心して。人が多いのは計算の内。それも店の中に入らなくても食事は済ませられるよ」雄人は悠奈が安心できるように余裕の表情を見せた。
「本当……。これだけの人込みだと、私、倒れるかもしれないよ」悠奈は余裕のない表情を見せる。
雄人は悠奈の手を引き、悠奈の少し前を歩き始めた。
中華街を歩いている途中、小さな広場に出てきた。六角形の赤色の建物があり、屋根は二重の造りになっている。上の屋根は円の形をして、下の屋根は六角形の形をしていた。いかにも中国の建物的な雰囲気を醸し出している。
「日本には無い建物ね」先ほど迄、疲れた様子を見せていた悠奈も、少し広い場所に出て余裕を取り戻していた。
それでも建物の周りには、たくさんの観光客が休憩したり、店で買った豚マンを食べている人が居る。
広場を超えると雄人の足は止まり、後ろを歩く悠奈の方へ振り向いた。「悠奈、この辺りで待ってて」雄人は傍の店に向かって走り出した。
悠奈は遠めで雄人を見ていた。雄人が楽しそうに店の人と会話しながら何かを買った後、笑顔で雄人は戻ってきた。
「豚マン、それとコロッケにシューマイも入っているよ。食べてごらん」雄人は紙袋を二つ悠奈に渡した。
悠奈は一つ目の紙袋を開けて中を見た。大きな豚マンが姿を見せるが食欲が沸かない。仕方ないので二つ目の紙袋を開けてみた。今度は海老シューマイが姿を覗かせた。どれを見ても食欲が沸かない悠奈は眉をひそめた。
「じゃあ、これは?」雄人はコロッケを悠奈に渡した。
(コロッケの方がましか……)悠奈はコロッケを口にした。揚げたてのコロッケは美味い物だが、衣の中から出てくるジャガイモの甘みが何とも言えない。「お、お、おいひい!」
あまりにも熱いコロッケが口の中に入った為、悠奈は口の中で一生懸命転がしながら冷ました。
「ゆ、悠奈……。ゆっくり食べなよ……」
悠奈が美味しそうに食べるのを見て、雄人も最初にコロッケを食べ始めた。
コロッケを食べ終えた悠奈は、少し気持ちに余裕が出来てきた。先程紙袋の中を覗いて、食欲が失せた筈の豚マンを取り出して食べ始めた。
「悠奈、少し時間の節約をしよう。このまま二人で食べ歩きをしながら、中華街を横断しよう」
雄人の提案に素直に従い、雄奈は再び雄人の後を着いて行った。そして二人は中華街の筋を真っ直ぐに進み中華街を後にした。
三宮の街を二時間程歩いた後、二人はハーバーランドのモザイクを観光した。モザイクでは悠奈の好きな雑貨屋を一通り見た後、休憩を取る為、三階の海の見える店に入った。
「こちらへ、どうぞ」
女性店員に案内されて二人は海側の席に座った。大きな窓の外には神戸の港が一面に続いている。雄人はテーブルに肘をついて、手の甲に顎を乗せて港の方を眺めた。
「どうしたの? 頼まないの?」
「いや、決めるよ。それより、この眺めいいよね」小さな声で言った。
雄人の表情はどこか切なく寂しい感じがする。
「そうね……」雄人の言葉に同意したものの、悠奈は雄人の様子が気になった。
「時代が変わると、海の様子も変わるもんだなあと思ってさ……」
「昔、神戸に来た事があるの?」
「あ、いや、今回が初めてだよ。でも……。何だろう。上手く表現できないんだけど、時代を経ると街の様子って変わるでしょ……」雄人は苦笑いしていた。
(どうしたのだろう。やっぱり雄人の様子がおかしい)悠奈は雄人の顔を見つめた。
「ごめん」雄人は悠奈に軽く頭を下げて「何か頼もう」と続けて言った。
(何かおかしい……。普段の雄人と違う気がする。明日、尼崎市に行くのも、何かあるのかもしれない)悠奈の心配は募っていた。
二人が注文した飲み物がテーブルに配膳された後、モザイクの雑貨屋で見た人形の話で盛り上がった。だが、それも長くは続かなかった。会話が途切れて、少しでも静かになると、雄人は海を眺めている。
心配になっている悠奈は、窓の外を見ている雄人の横顔を見つめた。「雄人、大丈夫?」
悠奈の声に反応した雄人が振り向いた時、雄人の目に涙が溜まっていた。
「どうしたの? 涙が出てない?」悠奈の心配は更に募った。
「潮風が目に入ると痛いな~と思ってさ」雄人は笑っている。
(建物の中に居るのに、潮風なんて当たらないわ)と心の底で悠奈は雄人に突っ込みを入れるが、普段の様子と違う雄人を見て悠奈の心配は募っていく。「そうね……」と雄人の話に悠奈は同意した。
「雄人、一旦、ホテルにチェックインしない?」
「え? 他にも観る所はあるよ」雄人は少し驚いている。
「今日の雄人、疲れているせいか知らないけど、少しおかしいよ」
「悠奈が先にホテルにチェックインしたいのなら、そうするけど……」雄人は少し残念がった。
悠奈が予約したホテルは三宮の駅から近いビジネスホテル。宿泊費を少しでも浮かせる為、ビジネスホテルを選んだ。悠奈は寝る為に高いお金を払うぐらいなら、食事や観光に少しでもお金を回したいと考える方だ。
ホテルの部屋のドアを開けると、雄人はベッドに顔からダイビングした。
「気持ちいい~」
先程の雄人の様子が何処かに行ったと思える程、雄人は子供のようにはしゃいでいる。
一人ではしゃぐ雄人の様子を見て、悠奈は少しほっとした。
「雄人、今日は私も疲れたから、夜はホテルのレストランで済ませない?」悠奈は雄人を少しでも休まる事を考えていた。
そんな悠奈の気持ちに反して、ホテルに戻ってからは雄人も元気になっていた。
「え? せっかくだから外で美味しい物でも食べに行こう」
また雄人の辛い顔を見るのは避けたい。「ごめん。今日は少し体調悪いかも……。だから後はのんびりしない?」悠奈は自分が疲れている事にしておいた。
「じゃあルームサービスでも頼みますか」雄人はベッドから飛び降り、部屋に備え付けられている机の引き出しから、ルームサービスのメニューを取り出した。
「いや……。せめてレストランにしよう……」悠奈も少し拍子抜けした。
夜の二十二時。二人はホテルの部屋で静かに過ごしていた。雄人は持ってきた資料をベッドの上に広げ眺め、悠奈は机の上にモバイルコンピュータを置いてネットサーフィンをしていた。
雄人は何度か赤のボールペンを使って、地図と区画図を合成した資料に印を付けていた。
「これ以上は、実際の場所を見ないと分からないか……」雄人は赤のボールペンを上唇の上に置いて揺らした。
「先に寝る?」悠奈は寝るのを待たせるのは悪いと思って雄人に言った。
普段から寝る時間が遅い悠奈は、雄人よりも四時間程寝るのが遅かった。
「悠奈、明日は別行動にしようか? もしかしたら一日中探しても、俺が探している人は見つけきれないかもしれないから」
「もしかして明日、私に一人で行動しろって言う事」悠奈は雄人の方に振り向いた。
悠奈の呆れている様子に雄人はどう説得しようか悩んだ。
「一日中、人探しに付き合わせるのは悪いと思ったからだよ」
悠奈はため息をついた。「最初から旅行も私が無理して着いて来てしまったんでしょ。それなら私も雄人に付き合うわよ」
「せっかく神戸に来たのに、それは可哀想だろ」
「一人で行動させられる事を考えれば、まだマシ」
(昼間から雄人の様子がおかしいのに、一人で行動させるのは無理)悠奈は思っていた。
雄人は悠奈の言葉に甘える事にした。「ごめん。東京に戻ったら、今度、美味しいパスタを奢るよ」
悠奈は呆れた顔をしたが、これ以上責めた所で話が進まないと思えた。
「じゃあ、それで手を打つから、明日は私も連れて行ってよ」
「ああ、分かった」雄人はベッドの上の資料を片付け始めた。
ここ迄、読んで頂き、本当にありがとうございました。
第四話は「彼女の気持ち」です。
次回も宜しくお願い致します。