第一話 魂の記憶
前回、最後の訪問者を投稿させて頂きました。
今回より不定期ではありますが、「魂繋」の連載を開始させて頂きます。
稚拙な物語ではありますが、宜しければ一読願います。
母親のお腹に生命が宿る時、天から魂が降りてくる。
やがて母親の体内から外の世界に出た時、人としての人生が始まる。
月日が流れ肉体の寿命が尽きる時、人の人生を終えた魂は肉体を脱ぎ捨て天へと帰る。
それを繰り返すことで魂は成長する。
東京の郊外にあるK大学。広い敷地の中には幾つ物建物があり、建物と建物の間の距離は数百メートル程の間隔が空けられていた。その間には綺麗な芝生が一面に生え、所々に木が並んで植えられている。講義のない学生達は芝生に座り、学生同士で会話したり、勉強したりする学生の姿が見られた。
時刻は十二時を過ぎた頃、K大学の食堂には、食堂に収まらない程の学生達が集まってくる。
食堂は正方形の形をし、中は白い壁紙が貼られ、その壁には一定の間隔を空けて絵画が飾られている。床は大理石が一面に敷き詰められ、まるでギリシャ神話に出てくる神殿にも見えた。食堂内には丸テーブルがたくさん設置され、一つの丸テーブルには八人程度の学生が食事できる大きさがあった。
丁度、食堂の中央辺り、一つの丸テーブルに男女が向かい合って食事していた。男の方は食堂定番メニューのカレーライス。女の方は食堂で販売しているパンを食べていた。
「今日も昼から図書館に行ってるよ」男は言った。
女は男を見て「図書館で何をするの?」と尋ねた。
「昔の恋人を探しさ」男は少し意地悪な顔をして、スプーンを口の中に放り込んだ。
「昔の恋人って?」女は冷静に男に質問する。
少しは嫉妬の様子を浮かべると男は想像したが、冷静に質問された為、残念そうな表情をした。「冗談だよ。昔の日本の地理を調べるだけだよ」
男の名前は久方雄人。趣味は今時珍しく日本史。最近も昔の地理を調べたりしている。背格好は普通。服装も今時の物だが、流行物には一切興味を惹かれないと言う、少し変わった若者だ。
女の名前は小田悠奈。趣味はコンピュータ。独自のデータベースを開発して、大学のコンピュータに導入して、大学の研究に大きく貢献している。背格好は非常にスマートでモデルのような体型をしているが、黒く太い縁の眼鏡を掛け、長い髪の毛は常時括っている。更に化粧も一切しないと言う、女性としての魅力を自分に一切求めないと言う、こちらも少し変わった若者だ。
そんな少し変わった二人が恋人同士として付き合っていた。
カレーを食べ終えた雄人は、空いたカレー皿をテーブルの上に置いた。「食事終えたら図書館に行くけど、悠奈も行く?」
「私は昼からデータベースの最適化した結果を調べるから、先にサーバールームに寄って行く。私も後から図書館に行くから、雄人は先に行っててくれる」
「分かった。じゃあ後で会おう」
二人は食事を終えると、それぞれ別行動を取った。
食堂を出てすぐの道沿い、五分程度歩くと図書館に続く道が出てくる。雄人は図書館の方に続く道に入り、図書館に行く間にすれ違う学生に挨拶を交わしていった。 図書館をよく利用する学生は、雄人の顔を知らない人も少ない。
雄人は講義の合間の空き時間は、図書館を何度も往復している。雄人の挨拶の仕方は非常に人懐っこく、挨拶された側の警戒心を解いてしまう事が多い。その為、雄人の挨拶を受けた人は、自然と微笑んで挨拶を返す学生が多かった。
K大学は日本の貴重な古い文献を多数所持している大学。それを学生達に図書館内で公開していた。雄人がK大学に入ったのも文献を見る為だった。
図書館に続く道を歩いて十分。雄人は図書館の入り口に着いた。
K大学の図書館は、昭和初期に建てられた古い木造の建物と、鉄筋コンクリートで造られた最近の建物、その二つが横並びになっている。雄人の求める古い資料や文献は、古い木造の建物側に保管されている。セキュリティを考慮して、古い資料や文献を保管する木造の建物は、新しい方の建物にある奥の通路を通らないと入れないようにできていた。
雄人は自動ドアを通り抜けると大きなロビーに入った。三階迄続く吹き抜けのロビーは、大きなシャンデリアが吊り下げられ、夜になると綺麗な照明を灯すので学生達に人気があった。古い建物側に移動する為、雄人は奥の通路を目指して、そのロビーを早歩きで通過した。
奥の通路に近づくと学生達の姿が少しずつ減って行く。ロビーを通過して古い建物に移動する通路の空間は凄く狭い。雄人は通路を真っ直ぐに進み古い建物の中に入った。
古い建物の中に入ると学生達の姿は、ほとんど見当たらない。年数の経過した建物は、少し焦げたような色を示し、木が痛んでいる事が分かる。雄人が歩くと足が沈む感覚に襲われる程、床も痛んでいた。辺りを見渡すと薄暗く、本棚の高さも二メートル五十cm程あり、梯子がないと上の方の本は取れない。
雄人は昭和初期の戦争時代の資料を探しに来ていた。建物の真ん中にある階段を昇り二階に上がった。
昭和の資料も初期、中期、後期と本棚が分かれており、雄人は初期の本棚に向かった。
(昭和二十年辺りの兵庫県の尼崎の区画が掲載されている資料はどれなのだろう?)
古い資料を探すのに苦労するのは、自分の目的に合う資料と本のタイトルがかけ離れている事にある。本を検索できる機械でもあれば便利なのだが、昔からある本については、コンピュータには登録されていない。
雄人が目的の資料を探し始めて約二十分、ようやく見つける事が出来た。
雄人は梯子の上から降りて、窓際に設置しているテーブルに資料を置いた。資料を捲って行くと兵庫県の昔の地図が記載されていた。更に捲って行くと昔の町の区画が掲載されている。そこに雄人の探す物があった。しかし年数の経過と共に紙は至る所痛んでおり、字が見えない所もある。雄人は字の見えない所は指で押して、目を瞑って天井の方を顔を向けた。
(ここが、どこだったのか? 思い出せ! 善郎!)
長く続くトンネルを駆け抜けるようなイメージが、雄人の脳裏を駆け巡った。
トンネルを抜けた瞬間、川の中を歩く日本兵に撃たれるイメージが脳裏に映った。
銃の甲高い音が響いた瞬間、自分の体が傾き始めた。そしてゆっくりと川の中に倒れていった。意識が薄れる中、水の外から女達の叫び声も上がったが、再び銃の甲高い音が響くと辺りは静まり、川の流れる音だけが聞こえるようになった。
(よし、これは最後の時だ。ここから、もう少し戻れば場所が特定できる!)
雄人は集中力を高めていき、自分の脳裏に浮かぶイメージを追っかけた。やがて雄人の目的とするイメージが脳裏に映った。
月明かりが辺りを照らし、静かな波の音が聞こえる。そして海を見ると、視線の端には工場地帯の設備が見える。
(これだ! これがヒントだ!)
雄人は目を開き、資料を見直した。工場地帯の合間から海岸のある場所を資料で見つけると、雄人は手を上げて喜んだ。
「よし来週は神戸に行くぞ!」
ここ迄、読んで頂き、本当にありがとうございました。
第二話は「目的地」です。
次回も宜しくお願い致します。