八十五 すべてを可能にする魔法使い
うが母と、うがちゃんが、黙ったまま見つめ合い、部屋の中の音が消えた。暫くの間、町中一は、そんな二人の姿を見つめていたが、ここにいても、邪魔なだけだな。と思うと、部屋の中から出ようと魔法を使おうとする。
「あの、俺、ちょっと、出ていますね」
何も告げずに行くつもりだったのだが、二人が閉じ込められたと思って心配になってもいけないと思った町中一は、そう声をかけた。
「ここにいて下さい。うがの気持ちを聞いてあげて下さい」
うが母が、町中一の方に顔を向ける。
「は、はあ。でも、俺が聞いても良いのかな。それに、うがちゃんも言い難いんじゃないかな」
町中一は、気まずさをごまかす為に、頭をぽりぽりと掻いた。
「お母しゃん。うがは、本当は、一しゃんと一緒にいたいうが。でも、それよりも、お母しゃんとお父しゃんの為に、売られたいうが。うがは、皆の為にお金が欲しいうが」
うが母が、とても悲しそうな、とても辛そうな表情をして、うがちゃんを抱き締める。
「本当に良い子。でもね。お母さん、分かっちゃったの。お母さんは、うがを売ってまでお金が欲しくないって。貴方を捨てて、貴方が帰って来てくれて。私達の事を、愛しててくれて。貴方は、私達にはもったいない、素敵な良い子に育ったわ。だから、ね、うが。貴方は貴方の道を行きなさい。その素敵な貴方を、貴方の事を本当に大切にくれる人に、たくさん見せてあげてなさい。もう、私達の事は忘れなさい」
うが母が言い終えると、うがちゃんから体を離した。
「お母しゃん?」
「魔法使いさん。この子の事、お願いします。私が、あの人と領主様に、この子を売らないようにと話します」
「お母さん。でも、そんな事をして、貴方達は大丈夫なのですか?」
「私達なら大丈夫です。あの人は、あんなですが、私の事を愛してくれてます。だから、私の行動は理解してくれます。うが。ごめんね。こんな母親と父親で」
「お母しゃん。そんな、そんなの駄目うが。うがは、うがは」
うがちゃんの言葉がそこで途切れ、うがちゃんの目から涙がぼろぼろと零れ落ちる。
「うが。こんな女を母親だなんて思っては駄目よ。自分の都合しか考えてない酷い女なんだから。今だってね。貴方の事を思ってるような事を言ってるけど、一緒に暮らそうとは言ってないでしょ? それはね。貴方の事が。……。大切じゃないから。私は、家族に順番を付けて、それで」
「お母さん。もう良いです。もう、充分です」
町中一は、うがちゃんの傍に行き、うがちゃんの片方の肩の上に、優しく手を置いた。
「うがちゃん。妖精の森へ帰ろう。女王様が待っている」
「妖精の森、うが」
うがちゃんが、小さな声で呟く。
「ああ。それで、あそこでずっとずっと皆と暮せば良い」
「う、うが。でも、うが」
町中一の方に、顔を向けていた、うがちゃんが、うが母の方に顔を向けた。
「うが。元気でね。幸せに」
うが母が、言葉の途中で、言葉に詰まったように、言葉を途切らせてから、涙を拭うように両の目に、手を当てる。
「魔法使いさん。うがとの別れの時間を作ってくれてありがとうございました。でも、もう、行って下さい。後の事は、私がちゃんとやっておきますから」
うが母が、言い終えると、深く頭を下げた。
「お母しゃん」
うがちゃんが、それだけを言うと、ぐっと唇を引き結んで、押し黙った。
「お母さん。うがちゃんの事は、任せて下さい。決して、不幸にはしません。でも、貴方達をこのままにしていくつもりもありません。こう見えても、僕は、なんでもできる、そう、すべてを可能にする魔法使いです。恐らく、できない事はないと思います。貴方とうがちゃんの関係だって、いくらでも変える事ができます。豊かな生活を、送れるようにする事だってできます。それでも、このまま、別れてしまって、本当に良いのですか?」
このまま、うがちゃんと、うがちゃんの両親を別れさせて、うがちゃんの面倒を、妖精女王とともに、見ようと思っていたが、うが母に向かって、言葉を作っている途中で、町中一の気は変わってしまった。自分には、すべてを可能にする魔法の力があるのだ。本当に、このままにして良いのだろうか? 魔法の力を使えば、この崩壊寸前の、いや、もう既に崩壊している家族だって、元に戻す事ができるのではないのか? そして、そうする事こそが、自分の力の意味であり、うがちゃんという少女に出会った意味ではないのだろうか? そう思った町中一は、その思いをそのまま言葉に乗せて、この閉ざされている空間の中に解き放った。
「魔法使いさん。どんな魔法でも、人の心を変える事はできないと思います。もちろん、その人の意志を無視して、上辺だけを変える事はできるでしょう。でも、それは、違うと思います。そんな物で得た幸せなんて、本当の幸せではないと私は思います。私は、私の行った、うがに対する仕打ちを、すべてを可能にするという魔法で、すべてなかった事にはできません。すべてを忘れてやり直せるとしても、そんなのは、本当の私ではないし、うがでもない。私は、そう思うのです」
うが母が、言いながら、頭を上げて、真っ直ぐに、町中一の目を見つめた。




