七十九 夕食
うがちゃん一家の道中を見守りながら、町中一は、大きな欠伸を一つしてしまってから、うぅ。こんな状況なのに。油断が過ぎるな。うん? そういえば、腹減ったな。おお。皆、飯はどうしたんだろう? と思い、画面から、視線を外した。
「あんたん? どうしたのよぉん? 何か、気になる事でもあるのぉん?」
町中一のちょっとした動きに、ななさんがすぐさま反応する。
「ななさん。皆は、飯とかって食ったのか? もう、随分と前のような気がしちゃっているけど、皆で食材探そうとかって、言っていたなって思って」
「あら。すっかりと忘れてたわ。あの子、うがちゃんも、何も食べてないわ」
お母さんスライムの、画面の中にいるうがちゃんに向けている目に、どこか、悲しそうな色が浮かんだ。
「あの親、ご飯はどうするつもりなんだろうわん。何も準備をしてないんだわん。まさか、飲まず食わずで行くつもりなのかわん?」
「ねえ、一しゃん。あんたの魔法で、なんとかしてあげられるでしょ?」
スラ恵が、町中一の傍に来て、じっと、町中一の目を見つめて来る。
「それだな。そうしよう。皆も、何か食うだろう? 何が良い?」
「雑草」
「雑草の煮込みってできるのかしら?」
「ドッグフードわん。ドッグフードなんだわんんんん。向こうの世界の、超高級な柔らかくってしっとりとしてる奴わん。それを、超大盛りでわん。ああ、わん。油こってり、にんにくマシマシでわん」
「もういやぁん。あたくしも何か食べてみたいわぁん。女神ちゃん。お願いしますうぅん。こんな、無機質なあたくしだけど、こんな、あたくしでも、物を食べられるようにしてぇん」
ななさんが、家の天井に打面を向けて、両手を使って祈っているようなポーズを取った。
「うん。分かった。皆、自由だな。俺も俺の好きな物を」
町中一は、そう言えば、うがちゃんって何が好きなんだろう? と思うと、言葉を途中で切る。
「一しゃん? どうしたの?」
「お母さんスライム。うがちゃんの好物って何か分かるか?」
「あの子が好きな物?」
「うん。どうせなら、好きな食べ物を出してあげたいからな」
「ごめんなさい。あの子がどんな食べ物が好きなのかは、知らないわ」
「スラ恵も、そういう話はした事ないかな」
「主様。優しいんだわん。けど、早くドッグフードなんだわんんん」
町中一は、分かった分かった。と言ってから、雑草の煮込みと、ドッグフードを、居間にあるテーブルの上に出した。
「一しゃん。ありがとう。でも、一緒には食べられないけど、せめて、うがちゃん達の方にも食べ物を出してもらってから、食べ始めたいわ」
「うがちゃんの好きな食べ物をって、魔法を使えば良いじゃない」
「お。それだ。スラ恵、ナイス」
「何がナイスよ。一しゃん、あんたがお馬鹿なだけじゃない」
「まあ、そう言うなって。じゃあ、早速」
町中一は、うがちゃん達の所に、うがちゃんの好きな食べ物を三人分オナシャス。というような文言で魔法を使う。
「どういう事だ?」
「何が起こったのかしら?」
「うがががが!? は、一しゃん?」
突然、食べ物がうがちゃん一家の前に現れ、うがちゃんの両親が、酷く驚き、声を上げている中で、うがちゃんだけが、何かしらの、衝撃にでも打たれたような顔をしてから、町中一の姿を探し始めたのか、しきりに、辺りを見回し出した。
「うがちゃん、俺達の事を探しているみたいだな」
「そうね」
「もう一度、魔法を使いなさいよ。スラ恵達が見守ってるって、うがちゃんの心の中に、声を届けてあげれば良いじゃない」
「スラ恵。流石だな。若いから頭が柔らかいんだな」
「もきゅもきゅ。主様。ごっくん。待つんだわん。声を届けない方が良いと思うんだわん。もっきゅもっきゅ」
柴犬が、ドッグフードの入った犬専用の容器に顔を突っ込んで、ドッグフードを食べながら言葉を発した。
「何よぉん。良いじゃないぃん。声を届ければ、あの子だって安心するはずよぉん」
「もぐもぐ。うがちゃんの為にはそれで良いと思うんだわん。ぱくぱく。ごっくん。でも、両親が、これ達が近くにいると勘違いして、もくもくもく。何かしらの余計な事をしたり、うがちゃんに危害を加えたりする可能性もあるんだわん。もきゅもっきゅもきゅ」
「それは、確かにそうねぇん」
「そうか。それはあるかも知れないな」
町中一は、しばらく考えてから言葉を発し、魔法の言葉を唱える代わりに、うがちゃん。今は、何も言えないけど、ちゃんと、見守っているからな。大丈夫だからな。と心の中で呟いた。
「うが。一しゃんってなんだ?」
「この食べ物の事、何か分かるの?」
落ち着いて来たらしい両親が、二人して、うがちゃんの方に顔を向ける。
「うががが。妖精の森で、出会った人なんだうが。魔法使いで、それで、こんなふうに、食べ物を出したりできる、とっても優しい、格好良い人なんだうが」
うがちゃんが、頬を薄っすらと朱に染めながら、キラキラと輝く目で、食べ物の入っている容器を見つめた。
「近くにいるのか?」
「うがを迎えに来たのかしら?」
両親が警戒し始めたようで、周囲を見回してから、うがちゃんを渡すまいとするかのように、うがちゃんの傍に寄った。
「一しゃん。皆。ごめんなさいうが。うがは、お父しゃんとお母しゃんと一緒に行くうが。うがは大丈夫うが。だから、心配しないで欲しいうが。一しゃん。食べ物ありがとううが」
うがちゃんが、食べ物を見つめたまま、うがちゃんの中にある、町中一達に対する気持ちが、伝わって来るような声音でそう言った。
「あの子。あんな事言って」
「もう。あの子ったら、わえ達を心配させないようにって、気を使ってるのね」
「ぽくぽくぽく。まったく困った駄熊娘なんだわん。ごくん。でも、こういうのは嫌いじゃないんだわん。もきゅきゅもっきゅ」
「もうぉん。あたくし、泣いちゃうわぁん。涙とか出ないけどぉん」
「ブハッ。もう。また、出ちまった」
町中一は、うがちゃんの見せた健気さに泣きそうになりつつ、なんだ? 俺は、毎回感動すると、鼻水を吹き出してしまうようにでもなってしまったのか? などと思った。




