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六十二 報復の方法

 町中一は、何も言わずに、柴犬の目を見つめ返し、柴犬の言葉を待った。


「それはナイスアイディアなんだわん。ガツンとやってやるんだわん」


 柴犬が、とても、嬉しそうに、微笑んででもいるような顔になって、尻尾をブンブンと振り回す。


「お、おう」


 止められると思っていた町中一は、若干引きつつ言葉を返した。


「駄ラケット。駄スライム。家の方は頼むんだわん。これもここに残るんだわん」


「何よぉん。それならあたくしも残るわぁん」


 ななさんがすぐにそう言ったので、町中一は、おいおい。柴犬〜。もっとうまく言ってくれよ〜。兵士達が近付いて来ているのに、これじゃまったく話が進まないじゃないか。と思い、頭を抱える。


「一しゃん。何かするつもりなの? わえ達がいると都合が悪いのかしら?」


 お母さんスライムが、不意に鋭い言葉を投げて来たので、町中一は、お母さんスライムの顔をまじまじと見つめた。


「いや、その、あの、ええっと」


 町中一は、咄嗟に、何をどう言えば良いのかが分からず、言い淀みながら、これはどう話したものか? と必死に頭を回転させる。


「主様は、今から、あいつらに、これ達に手を出したらどうなるかを、分からせるつもりなんだわん。だから、皆に見られたくないんだわん。主様は、この世界にいる何者よりも恐ろしい事をしようとしてるんだわん」


 柴犬が、高らかに宣言するように言い、フンスフンスと鼻息を荒げた。


「お前、何言ってんだ。黙っていた意味がないじゃないか」


「正直に言った方が早いんだわん」


「一しゃん。わえは、今、猛烈に、感動してるわ。わえ達の為に、そこまで考えてくれてるなんて」


「あんたん。そんな事をして、戻って来られるのぉん? 今のあんたんには、女神ちゃんに貰った神にも等しい力があるわぁん。そんな力を、報復の為に使ったりして、本当にあんたんは大丈夫なのぉん?」


 ななさんが、今までに聞いた事もないような、真剣な声で、町中一に語りかけるようにして、そんな、難しい事を言う。


「はあ~? この駄ラケットは、何を意味無不明な小難しい事を言ってるんだわん? 何をしようと、どうなろうと、主様の自由なんだわん。駄ラケットの世迷言を主様に押し付けるんじゃないわん」


「ちょっとぉん。あたくしは、心配してるんじゃないぃん。あんたんにそんな事を言われる筋合いなんてないわぁん」


 ななさんが柴犬に詰め寄り、ななさんと柴犬が睨み合うような格好になって、お互いにお互いを威嚇し始めた。


「こりゃ、駄目だ。埒が明かない」


 町中一は、独り言ちてから、お母さんスライムの傍に行った。


「どうしたの?」


「魔法を使って今から皆を家に帰す。皆の面倒を見てやってくれ」


「皆、きっと怒るわよ?」


「ここにいて、また、皆に何かがあるよりはマシだ。宥めたりするのが大変になるかも知れないけど、悪いな」


「一しゃんが、わえに頼るなんてよっぽどの事だものね。柴犬だけは、おいてったら? こういう時は、あの子が一番に役に立つと思うわよ」


「最初から、お母さんスライムに言えば良かったよ。やっぱりあれ? こういうのって年の功っていう奴か?」


「女性に年の話なんてするものじゃないわ。わえ達の為にしてくれるんでしょう? それなら、止める事なんてできないわ。だって、わえだって、皆が、この、家族が大事だもの。けど、できる事なら、わえ達がされたような事はしないであげて欲しいわ。その人達にだって、きっと、愛する者達がいるでしょうから」


「お母さんスライムって、時々、凄いよな。本当は、ただのスライムなんかじゃないんじゃないのか?」


「スライムは所詮スライムよ。けど、スライムだって、日々を必死に生きてるんだから。色々あるの。そんな事よりも、気を付けてね。必ず帰って来るのよ」


「ああ。ありがとう」


 町中一は、魔法を使って、柴犬以外の者達を強制的に家に帰した。


「流石は主様なんだわん。これだけを残すとは、分かってるんだわん」


「なんだかんだ言っていても、お前は頭が切れるからな。早速だけど、お前は、あいつらをどうしたら良いと思う?」


「皆殺しにして証拠を消してしまえば、後腐れはないんだわん」


「本気か?」


「主様は、どうなんだわん? どれくらいの事をしようと思ってるんだわん?」


「そうだな。俺は、あれだ。柴犬が今言った事と同じくらいの事をしても良いなと思っていた。だが、柴犬に先に言葉にされて、気が変わったよ。今は、殺す事はないかなって思い始めている」


「殺すのが、一番良いという事になったら、できるわん?」


「他に手立てがないなら、やるしかないだろうな。今の、俺には、罪悪感を覚える間もない位に簡単に、そういう事をできる力があるからな」


 柴犬が、町中一の心の中を、見ようとするかのように、じいーっと町中一の目を見つめる。


「俺はね。こう見えても、結構歪んでいるんだよ。考えてもみろ? 俺が、何年、夢を見続けて、その夢が叶わなくって、苦しみ続けていたと思っているんだ? そういう物の蓄積があるから、人生なんてちっとも面白くないなんていう、思いあって、ちょっとした事で頭に来て、ヒステリーみたいなのを起こした事なんて何度もある。自暴自棄になりそうなった事だって、何度もあった。まあ、その度に、なんとか踏み止まっていたけどな。だが、もう、一度死んじまっているしな。こっちの世界には、踏み止まろうと思う程には、まだ、愛着もない。そんでもって、この、魔法の力だしな。自分でも思ってもいないような、酷い事でも、今なら、できるような気がする」


 町中一は、柴犬の目を真正面から見つめ返しながら言い、言い終えたと同時に、鼻で笑った。


「おいぃぃぃ。お前~。でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁ~はどうした~? あの子はどこに行ったんだ~?」


 兵士の一人が、町中一の近くまで来て、大きな声で怒鳴るように言う。


「なあ、あんたに、一つ聞いて良いか? なんで、あのスライムに怪我をさせたりしたんだ?」


 町中一は、己の中に封印していた、歪んでいる自分の持つどす黒い衝動の誘惑に、胸の辺りをかきむしりたくなるような息苦しさを覚えながら、敢えて、感情を押し殺しつつ聞いた。

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