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二 妖精

 心地良い眠り。不快だった何もかもが、自分と自分を包む周りのすべての物から取り払われて、静かに優しく、深く、そして、何より温かい。こんなふうに眠れたのは、いつ以来だろうか? はれ? いつ以来? 俺は確か……。


「そうだ。転生」


 今までに経験した様々な出来事が頭の中で渦を巻き、ジェットコースターにでも、乗っているかのように、その渦の中を爆走してから、町中一の意識は自分の声を聞いて覚醒した。


 目を開けて、最初に町中一の目に飛び込んで来たのは、如何にも妖精ですという格好をした、小さな羽を背中から生やして宙を舞っている、掌位の大きさの女の子の姿だった。


 しかもだ。あの女神様と同じように、着ている服の布が少ない。あの、女神様? 自分で思っておいて、その言葉に違和感を覚える。


「前世とあの世での記憶?」


 呟いてから、たっぷりと長い間、どうして記憶が残されているのかを夢中になって考え、あの女神様はプロポーズされたのが嬉しくて記憶を残したんだろうという、至極自分に都合が良く適当な結論を町中一は導き出した。


「そうかそうか。こいつは脈ありって奴だな。そうと分かればとっと死んであの女神様がいたあの世に戻ろう」


 さてと、どうやって死ぬか。痛いのは問題外だ。前に死んだ時はどうだったっけ? あれ? そもそも俺ってなんで死んだんだ? 町中一はムムムムと首を捻った。


「人間の子はかわいいね。独り言なんか言っちゃってね。大丈夫だよ。怖くない」


 小さな鈴が鳴っているような、澄んだかわいい声がそんな事を言う。町中一は、誰だ? と思考の中から顔を上げると、声のした方向に、と言っても、目の前なのだが、を見た。


「妖精?!」


 思わず声を上げてしまう。


「さっきも見てたよ。忘れちゃった?」


 小さな妖精の女の子はニコリとかわいく笑った。


「そうだっけか。ちょっと考え事をしていて、それどころじゃなかったっていうか、うん、そうか。そうだったそうだった。それで」


 まずは、どうしよう? こういう時は何をすればいいんだ? うーん。そうだな。と町中一は前世で得ていた知識を総動員して考え始める。


「また黙り込んじゃったね。かわいいねー」


 妖精が顔の傍まで来ると、町中一の額の辺りを、そっと撫でた。


「な、何をする?」


 町中一はビクリとして咄嗟に身を引く。


「スキンシップ。触ったり触られたりすると落ち着くらしいよ?」


 妖精がキュルっと小首を傾げる。うん。これは実にかわいい。


「じゃあ、俺もそっちを触っていいのか?」


 町中一は、妖精の頭の先から足の先までを、舐めるように見た。


「いいよー。バッチコーイバッチコーイ」


 町中一は、バッチコーイって、なんだよ。野球の守備かよ。と思いつつ、じっと、妖精のとある一点を見つめながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「どしたの? 触らないの?」


 妖精の顔に目を転じる。顔の方は、好みもあるが、町中一的には、まあまあという所。町中一は目付きの悪い、そういう言い方は良くないかも知れないので言い換えると、キリリっと目尻の少し上がっているような、ちょっときつめの感じのする目をした顔の女性の方が好みであった。


「いや。その、どこを触ってもいいのか?」


「いいよ? 別に?」


 これは、どうなのだろうか。いや、もちろん、心行くまで堪能しておくべきなのだろうが。それでもなあ。いいのかなあ。あれはなあ。流石になあ。あれはないよなあ。やり過ぎなんだよなあ。罠とかじゃないよなあ。町中一は自問自答する。


 この妖精、年の頃は、人で言えば十代後半から二十代前半という感じか。髪の色は緑色で、背中から生えている羽は、形は虫の、蝶の羽のような形をしているが、色は髪と同じような緑色をしていて、植物の葉のような見た目をしている。目の瞳の色も緑色で、肌の色は、緑ではなく、人と同じようなどちらかというと色白と言えるような色をしていた。着ている服は、服と呼んで良いのかは、甚だ疑問だが、胸と股間の部分だけを緩々と巻いて隠していて、これもまた、植物の葉のような物に見えた。


 だが、そんな事は、どうでも良いのだ。世の中の大抵の中年男がそうであるように、自他ともに認める、脂の乗りに乗ったエロオヤジである、町中一をして躊躇させている理由。それは、胸の部分を緩々と巻いている葉のような物の、下の部分から、ここだよっ。ここにいるよっ。ここにいるんだってばっ。と激しく自己主張をして来ている、下乳だった。ともすれば、町中一の目はすぐに、そこに吸い込まれるようにして、向いて行ってしまう。


 散々眺め尽くしておいて今更なのだが、町中一の脳裏に、在りし日の、自分の姿が映し出される。


 あれは、仕事で訪問した家の、十五才位の女の子だったか。挨拶をしようと、目を向けた瞬間に、お母さん。あの人、私をエッチな目で見てる。などと言われたのだ。その言葉に愕然として以来、町中一は、若い女の子を見る時には、如何なる時でも、気を付けて見るようになっていた……。


 町中一は、また、たっぷりと長い間、沈黙する。


 町中一の頭の中は、過去を思い出した事によって、暗澹たる闇に包まれていた。その闇の中に、ふっと、ぼんやりとしていて、ユラユラと揺れている、光の玉のような物が現れる。


 あの光は? ……。そうだ。昔、しかも、若い頃に、寝ている時の夢や不意に降って来る妄想の中で、見た事がある。俺は、あれを、ベタベタのベタだが、希望とか、夢とかと、名付けていた。手を伸ばすと、いっつも、離れて行って消えてしまうんだ。それでも、現れた時には、どうしても、欲しくなってしまって、諦める事ができなくなってしまって、何度も、何度でも、手を伸ばしてしまう。


 きっと、ここで手を伸ばしても、また、届かないんだろうな。


 俺は、また、同じ事を繰り返すのかな。前世と同じ、冴えない人生を。


 と。


 町中一は、そんな事を思った。

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