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百十 それは、彼にとって、決して、失くせない物 その十二

 ジョニーの拳が、黙り込んでいた町中一の顎を打ち抜く。完全に、虚を突かれた、町中一は、何が起きたのかすら分からずに、かくんっと、膝を折って、その場に座り込んでしまう。


 そんな町中一を、ジョニーが見下ろして、口を開いた。


「おめぇの、思いを聞かせろ。おめぇは、小説の事を、どう思ってんだぁ?」


 町中一は、殴られたショックで、呆然となりながらも、ジョニーの顔を見上げて、なんでこいつに、そんな事を言わないといけないんだ? と思う。


「おめぇよぉ。ジョニー達の事、好きじゃないのがぁ? ジョニー達の事は、適当がぁ? ただ、賞に入れば良いとがぁ、その場しのぎで良いとがぁって、そんな物がぁ?」


「お前、急に、何を?」


「ジョニーにも分からねぇ。けんど、急に、頭の中に、言葉が、思いが、湧いて来てるんだぁ」


「あんたん。ちゃんと答えてあげて。あんたんには、ちゃんと答える責任があるはずよぉん」


「責任」

 

 町中一は、ゆっくりと立ち上がった。


「ジョニー。お前、その湧いて来ているっていう、言葉とか思いの、その意味を、分かっているのか?」


「分かんねぇ。何がなんだか、さっぱりだぁ」


「ジョニー」


 町中一は、ジョニーにジョニーという存在が、自分の創作物であるという事を伝えて良いのだろうか? と思うと、どうして良いのかが、分からなくなり、言葉を出す事ができなくなった。


「僕は、ジョニーじゃない。ちょっとだけ、ジョニーの体を借りている、貴方の書いた、小説、だよ」


 ジョニーの口調が変わり、急にそんな事を言い出した。


「な、な、なんの冗談だよ、それ」


 町中一は、ジョニーの顔を、まじまじと、穴の開く程に、見つめる。


「初めまして。お父さん。この呼び方が良いでしょう? だって、お父さんは、僕達の事を、良く自分の子供だって、言ってたもんね」


「お前、それは」


 確かに、そう言っていたし、そう、思っていた。けれど、その事を、誰かに、話した事は、一度もない、はずだ。


 自分は、生涯、独身を貫き、おっと、それは、格好付け過ぎなところが、多分にある発言だけれども、とにかく、小説を書く為に、書く為の時間やら、その為の調べ物やら、勉強の為の時間やらを作る為に、生活自体の中心を、そういう物に、置いていた。


 だから、結婚などを前提として、女性とちゃんと付き合う事もなければ、子供とかを、持つなんて事もできなかったけれど。


 だから、書いた小説達の事を、そんなふうに、例えていた事はあったけれども。


「お前、本当に、俺の書いた、小説、なのか?」


「うん。僕は、お父さんが書いた、小説達の、意識? 意思? なんか、そんな感じの物かな?」


 町中一は、ぐっと、何かは分からないが、抑えきれない、衝動のような物に突き動かされて、ジョニーを抱き締めた。


「お父さん?」


「ごめん。ごめんな。本当に、ごめん。俺は、お前に、何もしてあげられていない。ただ、ただ、生み出して、そのまま放置して。お前達は、何者にもなれず、ただ、ただ、ただ、そこにあっただけで」


 町中一は、ジョニーを抱き締めたまま、涙を流し始める。


「馬鹿だなあ。お父さんは」


 ジョニーが、町中一を、抱き締め返して来る。


「あんたん達ぃん。うんうん。素敵よぉん」


 ななさんが、感無量といった様子で、そう言った。


「お父さん。僕達は、お父さんが、生んでくれなかったら、この世界に、出て来る事さえできなかったんだ。だから、生んでくれただけで、感謝してる。お父さんは、僕が、目立たないから、賞とかを取れないから、評価されないから、そんなふうに、思ってるのかも知れないけど、それは、間違ってるよ」


「どうしてだ? 俺は、そういう物の為に、お前を作ったつもりだ。だから、そういう事にならないのなら、意味がないと、思っている」


「お父さん。お父さんは、もっと、簡単な、単純な、気持ちから、僕達を生んでくれてるよ」


「それは、あれだよ。俺は馬鹿だから、何も考えずに書いているだけで、動機とか、理由とかは、ちゃんとある」


「そういう意味じゃない。もっと、別の、良い、意味だよ。お父さんはね。僕達の事が好きなんだよ。僕達の事を考えて、僕達の為に、色々な事を調べたり勉強したりして、僕達を書いて。それが好きなんだよ。本当は、その後の事なんて、お父さんにとってはどうでも良い事なんだ。でも、お父さんは、その事に気が付いてない。……。違うかな。気が付いてるけど、認めてない。というか? 気が付ないようにしてる? それとも、気が付いても、それじゃ駄目だって、思って、何かの為に、やってるんだって、思おうとしてる?」


 ジョニーが、町中一の体を抱いていた、片方の手を放すと、その手で、町中一の目から、溢れ出ている涙を拭った。


「なんだよ。急に、そんな」


 町中一は、そんな事をしてくれた、小説の気持ちが、嬉しくって、くすぐったくって、照れ臭くなって、目を、少し、伏せながら言う。


「好きなだけっていう、そういう、思いだけで、ただ書きたいからっていう、そういう、気持ちだけで、自分の為にっていう、そういう、理由だけで、僕達を生むのは、作るのは、いけない事なの? それは意味のない事? 僕達は、何かの為に、いなきゃ駄目? 何かをしなきゃ駄目? お父さんの、思いだけの為に、いちゃ、駄目なの?」


「小説」


 町中一は、ジョニーが拭ってくれたにもかかわらず、もう、涙でぐしょぐしょになっている、目を、片手で擦ってから、ジョニーの顔を見つめ、こんなに幸せな事はない。俺は、自分の小説に愛されているんだ。こんなに幸せな事はない。と思った。


「お父さん。もう、苦しまないで。もう、悩まないで。好きなだけで良いよ。楽しむだけで良いよ。僕達はそういうお父さんを見てる事が、そんなお父さんと一緒にいる事が、一番幸せなんだから」


「小説」


 町中一は、ジョニーを抱く手に、ぎゅうっと力を込め、嗚咽した。

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