1−7 お前を倒して、真の勇者となろう
遅くなってすみません。
前回の投稿から一ヶ月ほど経ってしまいました。
ヘルトがどのようにして神剣バルムンクを使えるようになるのか、そこにずい分と悩んでしまいました。
メーア一行とヘルト勇者パーティーは、リントヴルムがいる深層まで降り、岩陰で身を潜め息を殺し観察している。
リンドヴルム達は、例の塊を壊そうとしていた。
小型リンドヴルム三体は、ブレスで壊そうとするが表面を撫でるだけで溶けるとか崩れ落ちるとかで形状は変化していない。
次に中型リンドヴルム二体が、手で殴ったり尾で鞭打つように叩きつけたりしても、キズ一つヒビ一つもつけられていない。
大型リンドヴルムは、そんな不甲斐ない仲間に苛立っているようで叱責している。もちろん竜語。
ヘルト達勇者パーティーには、竜の咆哮に聞こえるていて身震いを引き起こす。
言うまでもないが、竜族は知的生命体だ。
長寿故に他の種族より優れていると言われている。ただ怒りに吾を忘れる種族であるため、三色竜王はともかくリンドヴルムなどの下竜は考えなしが多い。人族で例えれば、十二歳ぐらいだろうか。
その為、観察してどういう形での接触が良いか検討していた。
リントヴルム討伐は、人族にとってほぼ絶望的に不可能な行為である。
勇者ならば聖剣バルムンクで倒すことは可能だが、それも一体まで。囲まれたら二体目以降の攻撃を防ぐ手立てがないからだ。
竜人族のリヒトは、【ドラッヘ・ケルパー】を持っているので宣言どおり小型リントヴルム三体までなら討伐できるだろう。
【ドラッヘ・ケルパー】とは、竜の肉体に変化させ同等の防御力と攻撃力を持つことができる。見た目の姿も大きくなり竜と同じ姿になる。ただし、ブレスなどの竜が持つ種族特徴までは行えない。あくまで、竜人族の能力で竜の防御力と攻撃力だけを使うだけだ。
問題はメーアだ。大型と中型を一体ずつ担当すると言う。無茶な話しだとヘルトは思う。無茶と言うより自殺行為だ。
それなのにメーアは━━━
「下竜の一匹や二匹ぐらい。どうにでもなるわよ!」
ヘルトたちに無茶だ無謀だと言われて、ご立腹中である。
怒ってはいてもひそひそ声で気を遣っていた。
「ダーメが自分より強いとしても一人では死ぬようなものです」
「だーかーらー。あの程度のお子様竜なんて人族でも倒せるわよ」
「それは単独ではなく軍隊で挑んで、多大な犠牲をだしてやっとです」
それが常識だとヘルトは言う。
「人族はそこまで弱くないわ。そもそも軍を出してまで竜を討伐したことなんてないわよ」
「それは、この国が魔王国と戦争状態だからです。情報文官もそう言ってたではないですか」
「はあ。この国の民は勇者まで平和ボケしているのね」
「それは心外です。魔王率いる魔王軍のせいで民は不安を感じて生活してます。魔王を討伐してようやく平和な世界になるのです」
「ならないわよ! その勘違いした常識は捨てなさい」
「勘違いな常識!?」
「魔王を倒しても何も変わらないし、そこのリンドヴルムを倒しても何も変わらないわよ」
「話しが逸れておるぞ。メーア」
白熱している二人に冷静になれと口を挟んだのはリヒトである。
「そうね。ここで言い争っても仕方がないわね。勇者、一つ勉強なさい。【この世界と異なる思想を持つ異世界人】と言うものを」
■□■□
戦端はリヒトの突貫で始まる。続いてメーア、慌ててヘルトたち勇者パーティー。
すばやく【ドラッヘ・ケルパー】になったリヒトが小型リンドヴルムを挑発して引きつけ、他のリンドヴルムと分離する。
ヘルトは、大型と中型のリンドヴルムに向かって、一体のリンドヴルムを引きつけようと試みるが、リンドヴルムの方は無視している。
リンドヴルム三体は、メーアの方を注視していた。それもひどく焦っている様子だ。
何故か協議をし始め、最終的にはジャンケンのようなもので決着したらしく、ホクホク顔(のようにヘルトには見える)の中型リンドヴルムがヘルトたちの方に来た。
『弱き人の子よ。思念会話はできるか』
言葉は竜語だが、他種族と話すときは思念会話を使う。
普通の会話は、その意味を伝えないため他言語を学ばない限り理解できない。
思念会話は、その意味を伝えるため受け側の言語で理解することができる便利なものである。ただし、使えるのは竜や竜人、魔人と言った上位のみ。エルフは魔法で思念を共有するとこで可能としている。人族はエルフから伝わった魔法で可能だが、竜が使う思念会話のように意味まで伝えられない。
だが、今回は竜の思念会話が強制的に割り込んできたのでヘルトたちにも理解できる。
脳内に響く龍の声は、威厳ある堂々とした重みを感じる声質だった。
『できる』
ヘルトは、剣を体の前に構えて臨戦態勢をとったまま脳に響いた声に応える。実のところ思念会話は初体験だったので、この言葉はハッタリであった。
女魔法使いたちも同様に可能だと応えた。
『ならば問おう。なぜ我々の前に立ち塞がろうとする』
ヘルトたちには、威厳と威圧が伝わって身体を硬直させた。声を発しなくても良い思念会話でも慣れていないため言葉に詰まってしまった。
『どうした。応えぬか。我が優しく問おっておるうちだぞ』
『くっ。お、お前たちリンドヴルムたちが、オアーゼを破壊したせいで人々が住処を追われ苦しんでいる。お前たちのような悪竜は放置できない!』
『我々が悪竜? 面白い冗談だ。作業の邪魔になる奴らを追い払っただけに過ぎぬ』
『お前たちにとってそれだけの事だろうけど、人族にとっては死活問題なんだ。生活が出来ずに飢えて死ぬこともあるんだ』
『それは我々の責任では無いな』
『なんだと!』
『当然であろう。たかが人族がどのように生きようが死のうが関係ない。お主たちは他種族の生活まで面倒を見ているのか?』
『そんなことするわけ無いだろう』
『そういう事だ。自分たちも出来ないことを我々に押し付けるのか?』
『それは…』
『我には娘がおる。もし我が死ぬようなことがあれば、娘は孤児になるぞ。いいのか?』
『くっ…。それは人族も同じだ』
『そうか。だが、我々には関係ないな』
ヘルトは、このリンドヴルムの勝手すぎる考え方に憤りを感じた。
これが竜の考え方なのか。他人がどうなろうと自分たちさえ良ければ構わないのかと。
それは間違っていない。竜はこの世界において最強の存在。自分たちより弱い種族などどうなろうと関係ない。逆に他種族が竜に対して何もしなければ、そうそう竜から関わろうとしない。
それが竜の価値観だ。
相容れない考え方だとヘルトは断じた。
『その身勝手な考え方を許せるわけがない。ここでお前たち悪竜を討つ!』
メーアがリンドヴルムを討つことを強く主張したのは、こういった考え方をもつ竜を人族の国やその周囲にいると必ず災いが起きると考えたのだと理解する。
その理解は、実のところ間違っていた。
『他種族に自分たちの価値観を押し付け滅ぼそうとする。人族らしい愚かさだ』
「神の正義の元に悪竜を討つ!」
上段に構えた聖剣バルムンクが黄金の光を纏う。加えてギフト【邪悪を断罪する者】が自動発動し、ヘルトの能力を数十倍に跳ね上げ、聖剣バルムンクの基本能力も加算され、聖剣バルムンクの性能が上がる。
『愚かしい!』
中型リンドヴルムは、大きく息を吸い込み【ドラッヘ・アーテム】を放つ。
【ドラッヘ・アーテム】は、竜が持つ種族特性の物理攻撃だ。同時に魔法特性も含まれている。
このリンドヴルムは、氷の魔法特性を持っているため、放たれるドラッヘ・アーテムは無数の氷の礫がヘルトたちを襲う。
盾役である重装備戦士が大盾を構えて、リヒトの前に出る。すばやく魔法使いが防御障壁を展開し賢者がその防御障壁を数倍の大きさにして、大盾の前に置く。
「うおおおおっ!」
「ヘルト!!」
防御に徹しようとした勇者パーティーは、ヘルトが雄叫びを上げて重装備戦士の前に飛び出し、襲いかかる氷の礫を次々と弾いて反らし、または切り裂いて砕く。しかし氷の礫で冷やされて風がヘルトを容赦なく襲う。
魔法使いは、こんな無茶な戦い方をするヘルトを初めてみた。いつもならギフトを発動しても相手の出方を見て弱体化魔法等を駆使して弱ったところを戦うか、先手を取られた場合は地形まで利用した防御に徹した上で時間を掛けて戦うスタイルだった。
リンドヴルムとの会話は魔法使いにも聞こえている。その中でヘルトが冷静さを欠き始めていたことに気づいていたが、リンドヴルムに対する思いは同じだったので咎めようとしなかった。
その判断は間違いだったと思った。
「ヘルト! 無茶はしないで!」
ドラッヘ・アーテムによる攻撃はおよそ十秒だった。その十秒をヘルトたちは生き残った。
但し、体中を薄い霜が多い体温が下る。体が震える。手が悴む。
幸いなことに、ここは砂漠地帯の大穴の中なので、このまま凍死することはなさそうだった。
結果的には、ヘルトが氷の礫を切り裂いたことで盾や防御障壁を破壊されて落命することは無かった。
ヘルトのファインプレーである。
ヘルト自身も驚いている。頭に血が上って最前列に出て聖剣バルムンクで切り裂いたが、冷気で頭が冷えたのか冷静になって自分らしくないと感じたが後の祭りだった。
そして、生き残ったことに驚愕している。
『ほう。我の攻撃で生き残れる人族がおるとは。その剣の性能か?』
神の御加護と一言で片付けるほどヘルトは愚かではない。
聖剣バルムンクは愛剣と言ってもいいぐらい手に馴染んでいるが、これほどの力を感じたことは無かった。まるで手の延長線上にあるもう一つの手のように。そして、剣と一体となったような感覚。
「『俺の正義が剣に宿ったからだ!』」
言葉を発し脳で返事し、充実感を持って力の限り叫んだ。
『ならば人族の正義は、我が打ち砕いてやろう』
「うおおおおおおっ!」
再びドラッヘ・アーテムを放つリンドヴルム。
ヘルトは、迷うことなく前へ進み出た。襲う氷の礫を薙ぎ払いながら前に進む。
十秒間耐える必要はない。氷の礫を切り開いた先には、リンドヴルム胴体や脚があるのだから、そこを目指せばいい。
氷の礫の範囲から抜け出す。リンドヴルムの腹部が見えた。
ヘルトは、バルムンクの鞘を素早く取り剣にそわせる。
「【この愚かなる者を討果す神剣となれ】バルムンク!!」
バルムンクが応える。神々しく白金に光る神剣になる。
「うおおおっ! 【ジャスティス・コンデム】」
胸に響いた言葉を叫ぶ。
上段からの力強い振り下ろし。白金の尾を引きながらの神速に至る必殺の剣。
ドラゴンの種族特性である防御力こそ、どんな鉱石よりも固く分厚い肉体である。その腹部に剣が食い込み裂いていく。
「『ぎゃああああっ!』」
思念会話と肉声の両方からリンドヴルムの叫びが聞こえる。
腹を縦に裂かれ血が噴き出す。だが、この程度では直ぐに落命しない。
「『お、おれの腹がぁああっ!』」
一人称が【俺】に変わるほど余裕を無くしたらしい。
自分の腹を裂いたヘルトを憤怒とともに手で押しつぶそうとする。
しかし、一撃離脱を考えていたヘルトは、既に飛び去る準備ができていたため、難なく逃れることができた。
「【ハイルング!】」
賢者からの癒やしの魔法で、体に負った傷が治っていく。
その魔法で仲間たちの方に振り向き、笑顔でサムズアップしているのが見えた。重装備戦士の盾と女魔法使いの盾で防ぎ、賢者の魔法で凍死から逃れたようだ。
「す、済まない! 皆のことを━━━」
「私達のことは気にしないで! そのリントヴルムを倒してぇ!」
詫びようとしたヘルトに全てを言わせる前に女魔法使いが、声を嗄らさんばかりに叫んだ。
その声がヘルトの胸を撃つ。湧き上がる闘志に体が焦がれる。今までに感じたことのない高揚感。それらが勇者であるヘルトに力を与えてくれる。
今こそ、【勇者とはどんな存在なのか】自覚する。
勇者とは、人族の未来のために魔王を倒す存在と考えていた。それ故に魔王と戦うまでは死ねないと安全マージンを取った上での確実な勝利を繰り返してきた。
しかし違う。勇者とは【己の正義を貫き通す者】。その為には全てを掛けても通さなければならないと言うこと。己の命さえ掛けてでも。
それは、死線をくぐり抜けてきた者のことである。
「神の正義以前の問題だ! 己の正義が弱かったからだ! 神剣が求めるのは、己の正義の強さだ!」
神剣が求めるのは、神が望む正義ではなく所有者が追求する正義であると。同時に気づいてしまうこともあった。
『正義は人それぞれ、種族それぞれ異なる正義がある。それを通すことは我儘だ』
そして、メーアが言っていた【ただの剣に神聖視しすぎ】を思い出し苦笑いする。
「確かに普通の剣と変わらないな」
その剣が持つ特性ではなく、剣に対する人の思いまたは願いは変わらないと感じた。
『赦さんぞ!』
腹を裂かれたリンドヴルムは、再びドラッヘ・アーテムを吐こう大きく息を吸い込む。
「お前を倒して、真の勇者となろう」
ヘルトの方が早かった。リンドヴルムの腹の下を潜り後ろにでる。尻尾を駆け登り、背を駆け上がって行く。
一撃で仕留めるには、急所を狙うしかない。つまり脳天。
だが、リンドヴルムもヘルトの狙いに気づき、身体を左右に振って排除を試みる。
「うおおおおおっ!」
左右に身体が振られ脚が縺れそうになるが、さらに前に踏み込んで登っていく。勢いが止まらない。
普通は、小高い丘ほどあるリンドヴルムの背を登ったりしない。全力で走って登り切る体力が人族にはないからだ。
しかし、唯一攻撃されない場所でもある。アーテムはもちろんのこと、手が届かない。
「【ジャスティス・コンデム】! うおおおおっ!」
リントヴルムの頭部に到達すると、バルムンクを上段に構えてジャンプ、半回転して剣を下に体を上に、全体重を乗せた全力全開の攻撃態勢を取る。
小高い丘ほどあるリントヴルムに対して全体重を乗せても、ほぼ無意味である。つまりノリだ。だが、そのノリのためにジャンプした事で━━━。
『バカめ!』
リントヴルムも身体を入れ替えて上に向く、つまりヘルトに正面で向き合う。そして口を大きく開け【ドラッヘ・アーテム】をヘルトに向かって吐き撃つ。
しかし、ドラッヘ・アーテムは、ヘルトに届かない。
白金に輝いたバルムンクが氷の礫を裂き微粒子化させた。
『バカな!』
そのあり得ない結果に驚愕するリントヴルム。そのリアクションが致命的な結果を招く。
バルムンクがリントヴルムの鼻面を裂く。
「うおおおおっ!」
落下する勢いを乗せた一撃は、鼻だけでなく何の抵抗を感じることなく口先から顔、頭を斬り裂いて行く。
そのまま、後頭部から出たヘルトは、リントヴルムの背に着地。足を縺れさせてしまい転がり落ちる。
地に転がり落ちて、剣を支えに立ち上がると、ゆっくりとリントヴルムが崩れ落ちて行った。
「勝った…のか?」
とある世界では、この場面では禁句とされている言葉だがヘルトはそんなことは知らない。
倒れたリントヴルムのそばにひとり背が高い女性がいた。その女性はリントヴルムの頭に手を置き口を数回開閉させていた。
ヘルトには、リントヴルムと会話しているように見えた。それにその女性に見覚えがある。
「ダーメが、なぜここに?」
メーアは、大型と中型のリンドヴルム二体と決死の戦いをしているはずだ。
そもそも普通の人族に大型のリンドヴルムを倒せるわけがない。そのことでメーアと口論になったぐらいだ。
ヘルトたち勇者パーティーの救援が来るまでどうにか持ちこたえるように戦っているはずだ。いや、はずだった。
ヘルトが驚いた顔でメーアを見ているのに気づき、笑顔で手を振った。
ヘルトたちに近づき、神剣化したバルムンクを見てヘルトを讃えた。
「ようやく神剣化できたようね」
「はい。神剣バルムンクが欲したのは【確固たる己の正義】だったということですね」
「それが正しいかは剣が判断することはない。これだけは覚えておいて」
【確固たる己の正義】が正しいかは、剣が神剣化したから正しいのではなく、己が常に正しいのだと強く抱くということだ。
それが揺らぐときは再び神剣バルムンクを使用できなくなる。
「わかりました。ところでリンドヴルムはどうされたのですか」
「どうもこうも倒したわよ」
首を一刀両断されたリンドヴルム二体を指差す。
「んなーっ!」
今までメーアと話すときは紳士気取りの面構えで対応していたが、初めて顎が外れるような大きな口を開けて絶句するしか無かった。
「本当にあなたは何者なんですか?」
「そのうちにね」
言葉にハートマークが付きそうなほど甘ったるい声で、ウインクをしてみせる。