1−6 女の胸は、【不思議】で詰め込めれているのよ
サブタイトルを正式なものに変更しました。
なんで、元のタイトルになったんだか(T_T)
メーア一行とヘルト勇者パーティーが、ハルガに到着したのは昼前。
まだ気温が低い明け頃に出発し、ハルガで情報を収集していた文官が馬車の操車ができたので、馬車には人数分の飲食物、メーアと女魔法使いの女性二人が乗車。男どもは、護衛も兼ねて四頭の馬に乗馬して移動した。
馬車に乗っていた女性たちは疲れてはいないが、リヒト以外の男どもは【休憩させろー】【敬老精神はないのかのぅ】【皆がそういうのだから休みをとろう】などと言ってきたので、情報文官がセーフハウスにしている民家で休息を取ることにした。
結局、飲食物の保管とメーアたちの宿屋にそのセーフハウスを使用することになった。
ハルガは、複数体のリンドヴルム襲来で街のほとんどが壊れ瓦礫の山となり、とても住める状態ではなかった。
セーフハウスは、その中で無事だった村長の館で街の中心から離れていたため難を逃れた感じだ。
このオアーゼの住民も村長を頼って押し寄せて来たが、村長が住民たちと一緒に領都に向かう事を決め、今は誰もいなくなっている。
街にいるのは、この砂漠特有の毛の無い猫が餌を求めて彷徨い歩いているぐらいだ。
「ある意味平和ね」
人がいない街を見てそういったのはメーアで続けて
「リンドヴルムがいなくて」
そう、視界に入る風景の中にリンドヴルムの姿がなかったのだ。
リンドヴルムは下竜とはいえ竜。その大きさは小高い丘ぐらいの背丈はある。階層の低い民家が多いこの街で遠くても見えるはずである。
情報文官の話しでは、複数体のリンドヴルムはオアーゼの水場を活動拠点にしていると言う話しだったので、姿だけでなく咆哮も聞こえて来ているはずだ。
「他のオアーゼに移動したのでしょうか」
情報文官は、可能性の一つを挙げた。
この街から住民がいなくなり、牛や豚などの家畜も食べ尽くして、興味を無くして他のオアーゼに行った可能性である。
「そもそも、リンドヴルムはオアーゼを破壊したのでしょうか」
情報文官の【興味をなくして】の発言を人がいなくなり飲食物がなくなって興味がなくなったに対するヘルトの根本的な【なぜ興味を持ったか】である。
リンドヴルムはベヒーモスと異なり無軌道に街を破壊したりしない。人がいなくなれば食料となる家畜がいなくなると分かっているからだ。
ただし、攻撃を受けたか、あるいは逆鱗に触れたかした場合はこの限りではない。
「原因が解決したから引き上げた…と言うことかの」
「そうかもしれません。ただ、その原因が何だったのか調べる必要がありますが」
原因を突き止めなければ、各地で同じような被害が発生する。
小規模とはいえ魔王国との戦争状態にあるときに被害が拡大すれば国力が下がり魔王軍に攻め込めれるだろう。
今回、リヒトの入国許可やヘルト勇者パーティーが派遣されたのも軍隊を送り出すことはできないが早急に解決したいと言う思惑があったからだ。このあたりの事情は、情報文官から聞いている。
リンドヴルムがいなくなつたから引き上げると言うわけに行かない。
「そういえば、この近くに遺跡があるわよね」
アルタートゥム・エギュプテン王朝の遺跡は、現代の魔法文明と異なる文明だったと推測されている。その証拠として常時魔法を掛けて置かなければ崩れ落ちそうなほどの二十階層ありそうな石造りで【ビル】と呼ばれている建造物が砂の下から見つかっている。その維持にどのような技術が使われたのか、未だに不明である。
三色竜王の争いと同時期に滅亡しているので、史実では三色竜王により滅亡と記されている。
「そこならリンドヴルムもここから見えないでしょうね。それに竜たちが王朝を滅亡させた理由があったのかもね」
「ダーメは、遺跡にヒントがあると言うのですか?」
「どうかしらね。情報文官、最近の遺跡調査で何か見つかったなどの報告はないかしら」
「確か、大砲のような構造をしたものが発見されています。その大きさは尋常ではないので使用目的ではなく国力を他国に知らしめるためではと学者たちは言ってました」
【ドラゴン・バスター】
「? ダーメ、何か言いました?」
「何も言ってないわ。それより、遺跡にリントヴルムがいるかは分からないけど、遠くのオアーゼに行くよりは楽だと思うわよ」
遺跡は、ここから南に二ミリアリウム(約三キロメーター)のところにあるので、徒歩でも行ける距離。通常なら観光用馬車が定期運行し、案内役の女性が遺跡の説明や観光地の特徴などを語って観光客を楽しませている。
それに他のオアーゼに行くなら、確実にリントヴルムがいる情報を得てからでないと無駄に終わってしまうことになる。
情報文官もリントヴルムに関する情報が入って来てからではないと行動出来ないことは分かっているので、メーアの提案に応じた。
「行ってもいいけどよー。先に情報文官を生かせてリントヴルムがいるか確認してからでも遅くはねーだろう」
重装備戦士は、メーアの提案に応じた情報文官に言ったが、周知のようで快諾した。
すると、リヒトがその話しにその必要ないと割って入る。
「必要ない。僅かだがリントヴルム固有の魔力を南に感じる。数もあっている、間違いない」
重装備戦士と女魔法使いは、そんな魔力感じるわけがないと顔を見合わせている。賢者も分からないが、竜人が魔力能力に長け、そう言った技術があることを知っている。
ヘルトも同様に分からないが、そう言った技術も身につける必要があるのではと思った。
そんな反応が面白かったようで、メーアが解説する。
「索敵能力の魔力版と考えれば良いわ。人族ではギフトと呼ばれている一つにあるわよ」
「過分に知らんがのぅ。書物になかったはずじゃし」
「この国の文献にはないかもしれないわね。伝承や偉業などを記録した書物は、過去の歴史に偏るから」
「それで、ダーメ。そのギフトは習得出来るものなのですか」
「あら、あなたたち人族は、【ギフトは神から与えられたもの】ではなかったかしら?」
「確かにそうです。ですが、神剣バルムンクを使用するのに何かのギフトが必要なら、習得出来るギフトがあるなら得ておきたい」
「ただの剣に神聖視し過ぎよ。まあ、いいわ。後天的なギフトなら習得可能よ」
「それも初耳じゃ。それが本当なら誰でも勇者になれるではないか」
「誰でも勇者になれるわよ。ただギフトがないからって諦めてるだけ。それにギフトがなくても勇者より強い者ならいくらでもいるわよ」
「それは、ダーメのことですか」
「それはどうかしらね。それより索敵能力だけど、人族が使うのは気配感知によるものなのは知ってるかしら」
重装備戦士と女魔法使いは、知らないと首を横に振る。ヘルトと賢者は縦に振る。賢者がメーアの話しに付け足す。
「じゃから気配を感じ取れる範囲が個人差が出やすく、誤認もまた多い。そのあたりは経験で補っておくものじゃ」
「では、魔力は種族ごとに固有の波長があることは知ってるかしら」
ヘルトと重装備戦士は横に振る。女魔法使いと賢者は縦に振る。女魔法使いがメーアの話しに付け足す。
「知っているのは一部の上級クラスの魔法使いと賢者様ぐらいかしら。それに魔物や魔獣にも固有波長があるわ」
「そう。つまり魔力感知では種族がわかり、気配感知では人数がわかるってことになるわね」
「ダーメは、魔力は気配と同じように漏れていると言っているが、それだと直ぐに枯渇してしまうと思う。女魔法使いが魔力枯渇したときの症状は見たことはない」
「それに魔力が漏れたら空気中に拡散するじゃろう。とてもここまで届くとは思えんのぅ」
「もちろん漏れると言っても僅かだし、空気中に拡散するけど風や遮蔽物などの影響は受けないから、四方八方に散らばるけで消えることはないわ」
「その薄まった魔力を感知できるのが、そこの竜人なんですね」
「竜人でなくても魔力感知はできる。その範囲が広いか狭いかだけだ」
竜人族は、上から数えたほうが早い種族だ。もちろんリヒトのような武人でも魔力制御は、人族を遥かに超える。
だが、魔力感知は種族に関係ないとリヒトは言う。
「俺に出来るだろうか」
「先代の勇者は出来たわよ」
「ダーメ。前にも同じようなことを言っていたが、本当ならあなたは何歳━━」
怒れる竜の顔を再び幻視するヘルト。
「女性に年齢を聞くと大事なものがなくなるって諺を知らないかしら」
と、ヘルトの股間を指差す。
すると本当に股間から大事なものがなくなった幻覚に襲われ股間を弄ってしまった。
『今のはなんだ?! どうやって幻覚を? 魔法ではなかった。気配で殺気で見せたのか?』
「今のは、殺気でですか」
「を? 怪我の功名かしら。魔法ではなく殺気、気配だと判断した理由はなにかしら」
「え?」
「魔力を感じなかったからよね。それが魔力感知の一端よ」
「いや、魔力を感じられないから魔力感知できないのでは?」
「それは思い込み。人族が魔力感知が苦手なのはそれが原因」
「そんなもんなんですか」
「大概のことはそんなものよ。さて、講義はここでお終い。あとは、今の感覚を鋭く意識的に感じられるなるように頑張りなさい」
「やはり面倒見が良い」
リヒトのつぶやきツッコミが聞こえているようだが聞こえていないふりで口笛を吹いている。
◆◇◆◇
ハルガから南に二ミリアリウムのところにあるアルタートゥム・エギュプテン王朝の遺跡は、砂漠にある大穴の下にある。大穴の直径が半ミリアリウムほどあり、底が見えないほど深い。下に降りるには考古学者たちが調査用に作った仮設階段で降りる。
遺跡が地下にある理由は、仮説だが考古学者が複数の可能性を唱えている。
一つは砂漠特有の暑さをしのぐため、地下に居住地を求めた説。もう一つは、過去に数回巨大な砂嵐に見舞われ埋もれた説。この二つが有力視されているが、大穴の存在が仮説に留めている理由だ。
この大穴は、一部風化で崩れている箇所はあるものの真円で最奥の地下まで同じ大きさの円筒形である。自然が作り出した大穴とは考えにくい、人が作ったと考えたほうが自然だ。ただし、これも今の魔法文明では再現不可能な技術であることはわかっていた。
そして、この大穴のサイズならば、大型のリントヴルムも通れる大きさである。
「この威圧感。確かに竜を想起させる」
ヘルトは魔力感知を得たわけではなく、気配感知で威圧を感じとった。ただし、その威圧の重さは複数体のベヒーモスの威圧を足しても一割にも満たない感じだ。
これが竜なのかと体が震える。
「その威圧感は主に大型リンドヴルムからだと言うのはわかるかしら」
「いえ。一つの塊のような感覚しか」
「威圧感にも大小や重みがあるわ。魔力感知と合わせれば、相手の力量をより正確に把握できるようになるわよ」
リヒトに言われた事を思い出すヘルト。
━━━ 相手の技量を見抜けぬようでは早死するぞ
言われるまでもなく、冒険者として積み上げてきた経験で相手の力量を推し量ることはできている。現に生きていることがその証拠だと思っている。
だが、こうして絶対的な強者の威圧を感じるとベヒーモスとの差、人族や竜人との差、よりハッキリと分かる。絶望的な差と片付けてしまえばそれまでだが、そこに大小や重みを正確に判断する能力値が必要だとメーアは言っている。
『敵わない…と思うのは簡単。だけど踏みとどまってしまったら、先に進めない。真の勇者になれない』
ヒリヒリと感じる威圧を更に細かく鋭さで見極めようとする。すぐに出来ないのは当たり前だが、当たり前とは考えずにこのリンドヴルムとの戦いまでに身につけようと考える。
人はそれを無茶だと言う。
リンドヴルムを視認できるところまで降りてきたところで、横穴に入り休憩を取ることにした。
見張りに重装備戦士が入口からリンドヴルムを監視する。
視認できたのは、大型リンドヴルム一体と中型二体のみ。小型が見えないが、いないと断定するのは危険だと考え、ヘルトにそのことを伝える。
「事前情報では、何かに怯えていると言うことだった。その様子はあるか?」
「いや、ここからじゃ遠すぎるし顔が見えねーから分からないなー」
変化があれば直ぐに報告、次の半刻(三十分)でヘルトと交代することに決まった。
この半刻の間にリンドヴルム討伐する方針を決めることになり、メーアとリヒトの向かいにヘルトと女勇者と賢者が楽な格好で座り、携帯食を齧っている。
携帯食は、栄養価と腹持ちのみを重視した味がそっけないバー状のものである。
それに対してメーアは胸の奥底から調理道具を取り出して調理を始めてしまった。
「ダーメ。それは?」
「旅に調理道具は必需品よ。大自然の中で食べる料理は美味しいわよ」
「それは同感です。いやそうではなく、それらはどこから?」
「女の胸は、【不思議】で詰め込めれているのよ」
と言って、胸の深いところを指差すメーアの仕草に顔を真っ赤にするヘルト。その真っ赤な顔で女魔法使いの方を見る。
コノヤロウコロスゾって形相と殺気を受けて目を反らす。
ヘルトには悪気がなかっただけだ。女魔法使いの胸が薄いことを忘れていただけだ。
「そうではなく、アーティクルカステンを持っているんですが」
アーティクルカステンとは、物品を入れる魔法道具で容器の中を拡張し物品の劣化速度が遅いため、保存容器としても使われる。容量の大きさによって、最小容量で袋、中容量で背負い袋、大容量で馬に背をわせる木箱と容量に応じて大きくなる。つまり、調理器具などが入るのならば、その容量はかなり大きい。胸に収まるような大きさではない。
「別に珍しいものじゃないでしょう。うん、美味しい。あなたたちも食べる?」
鍋から自分の分を取っ手付きのカップに入れて、鍋ごと渡す。
メーアが作ったのはスープだ。味も素っ気もない携帯食をお湯で煮詰めて具の代わりにし、調味料と緑野菜と豆を入れたもの。ちなみに緑野菜と豆は持参したものだ。
戦闘前に摂る食事は、直ぐに力となるように消化が良く栄養価があるもの、腹持ちも良ければなお良い。
「なんだー、ありゃー。ヘルト来てくれ」
見張りをしていた重装備戦士が、穴の奥底を凝視したまま何かを見て驚いている。
ヘルトとメーアは、入口付近から覗き込む。
「大きい! 銀の塊か? しかし、銀にしては輝きが…。ミスリル?」
ヘルトが驚いている塊のようなものは、小型リントヴルム三体が引きずって持って来るほどの大きさ。小高い丘よりも更に大きい塊だ。
塊のように見えているが、情報文官が話していた大砲の特徴にあっている。聞いた話で想像をしていた大きさより遥かに超える。
これほどに大きいものがあれば他国からも見えたはず。大砲の形をしたものが見えるのであれば、その威圧感は凄まじく国力を誇示するには十分だろう。
今で譬えるならば、色を冠する竜に匹敵するの威圧感だったことだろう。
「リントヴルムが怯えていたのは、この大砲のような塊なのか」
ヘルトには塊にしか見えないが、メーアには実用性があったように見える。
小型リントヴルムの大きさほどある砲身の太さと空まで届きそうなほどの長さ、砲身を支えるための砲台には操作盤がついている。砲台に繋がっているケーブルは、途中から切れているがおそらくエネルギーを送るものだろう。
『確かにドラゴン・バスターのようね』
ドラゴン・バスター、現代の共通語で訳せば、ドラッヘ・バスター。竜を殺せる質量兵器だ。
アルタートゥム・エギュプテン王朝時代に実際に使われ色を冠する竜を倒した。その威力を目の当たりにした周辺国は次々と属国となることを無条件で了承、後に王朝に吸収され大陸の半分を占めるまでの大きさになった。
この行為は、竜の逆鱗に触れることになった。色を冠する竜たちが次々と飛来し王朝の領土を焼き尽くした。王宮がある王都はその被害は尋常ではなく地下水までも蒸発し草木が育たず空気も乾燥し、砂漠化した。砂漠化後も色を冠する竜たちの攻撃は続き、その攻撃で発生した熱波が気候変動を起こし大型の砂嵐を何度も発生させ王都が埋もれた。
王朝が滅亡する直前にドラゴン・バスターを放ったがとき既に遅かった。その最後の攻撃で放ったときに出来た弾道がこの大穴である。
数千年後に残った史実には、【三色竜王に滅ぼされた】と記録されているが、同時期に三色竜王が争っていたために三色竜王と勘違いして残ったものである。
『再び人族が使用するのを恐れ破壊しに来たのかしら。リントヴルム単独行動とは思えないから、色付き竜の指示かしら?』
メーアでも推測で判断するしかない。
そもそも竜は、被害が出ないように防衛に徹するとか先に驚異を払っておくとかしない。圧倒的強者がそんなことをするわけがない。気に食わなければ、大陸から消し去れば良いだけだからだ。
『竜の中にも異変が起きてるのかしら。旅の目的がまた増えそうね』
自分の思いに苦笑するメーア。それを視界の隅でヘルトは見ていたようで。
「何か思い出されたのですか」
「何でもないわ。それより、あの塊のようなものが、リントヴルムにとって驚異のようね」
「どうやらそのようですね。他のオアーゼの被害は、この塊を探すためだったようですね」
「どーするよー。あの塊があいつらの目的なら行動を監視するだけでいいんじゃねーか?」
「いやだめだ。もしあの塊を破壊するようなら、この大穴が崩れ落ちる可能性がある」
「リントヴルムたちでも持ち去ることは難しいし、破壊するでしょうね」
次の半刻の休憩の後に、リントヴルムを討伐することになった。
その間に魔法薬や治癒薬など必要なものを小分けにして各自で持つなどの準備と、これからリントヴルムに討伐するため心を奮い立たせる準備をする。
ヘルトは、未だに神剣化できないバルムンクを手に取り、精神集中させる。
『リントヴルムには悪いけどこの子たち成長の糧になって貰うわ』
本当に面倒見の良いメーアであった。