1−3 止められない止まらないの永久機関やー
緊急クエストの判断について、ギルド長が早馬で国王に書簡を出し返事がくるまでには早くとも四日は掛かる。
その間。メーアは、旅の醍醐味である地元料理を堪能することにした。
冒険者街にある料理店は、安いが大味で大量の料理が主。胃に流し込めれば良い程度の美味しいとは言い難い料理ばかりだ。
冒険者街の外は、庶民的な大衆料理から商人が通う高級料理店まで多種多様な料理に溢れている。
港町で取れる新鮮な魚介の料理は、この国で一番美味と言われている。
この沖に深い海溝があり、栄養豊富な深海で育った魚は、大きく丸々太っていて美味しい。
豊富な甘みのある脂肪が身に入った深海トゥーンフィッシュは、高値で取引される高級魚。そのため、トゥーンフィッシュ料理は高級料理店で提供される。
十日分の宿泊費を先払いして残り少ない旅費では、高級料理店に入れそうもない。
「しかたがない。屋台街に行きましょ」
掌に乗った金貨と銀貨数枚小銅貨数枚の全旅費にため息を吐く。
露店街は、果物や穀物、魚介類など食材を主に扱っていて、住民だけでなく交易品として商人たちが買う。
屋台街は、短時間で調理できる揚げ物や炒め物スープなどの軽食が主で、早朝から昼過ぎまで開いており、働く男たちの胃袋を満たしている。
屋台街に来ると、風に乗った多種多様な良い匂いがごちゃまぜになって襲ってくる。咽返るほどではないが、胃袋を締め上げるには十分だった。
メーアは、どんな料理を食べようかと見回し思案しながら歩みを進める。
美味しくもなく、かと言って不味くもない様な料理は、大盛りで安く力仕事をしている男たちが多い。
たまに高級料理店で働く弟子が腕を磨くため屋台を出しているが、意外と美味しくない所もあるので見極めが必要だ。
一般的美味しい屋台は、フロイラインと呼ばれる肥ったオバチャンが調理している定食屋台だ。ベースは家庭料理だが屋台向けに食材や味付けをアレンジしている。
『この匂いは…。トゥーンフィッシュを揚げたときに出る甘い香りだわ。なぜ、こんな屋台で?』
まるで獣人のような種族特性で多様に混ざる香りを嗅ぎ分ける。
こと食事については、一切妥協しないメーア。どんな手段を使っても求めた食事を口に入れようとする。
こんな逸話がある。とあるエルフの村での出来事。
その村の近くの森でしか採れない香り高く味わい深いキノコのマイタケは、数十年から数百年に一つしか採れない超高級キノコ。その高級さ故に数千年以上貯めた金を全て注ぎ込むことを厭わないほど。また、金のないエルフたちは、そのマイタケを巡って強奪などの暴動が起こり村が地図から消滅するほど。
メーアは、その森でそのマイタケをその鼻で嗅ぎ当てて採取してしまった。
マイタケを美味しく食べるにはエルフ伝統料理が一番と村長の所に持ってきた。
その時、村長はこう言ったと言う。
【この村は無くなろうとも悔いはない。我が人生に一片の後悔はない!】
メーアにマイタケの伝統料理を披露したあと、余ったマイタケの一片を口に含み咀嚼、あまりの旨さに昇天した。
村長の家から風に乗って村中にマイタケの香りが漂い、それを嗅いだエルフたちは我を忘れて村長の家に殺到、香りが届かなかったエルフたちもその騒動に何があったのかを察し村長の家に殺到、かくして数ミリにも満たないマイタケの粉を巡って暴動が起き、その村はエルフ一人もいない村となった。
その時のメーアは、自分が食べるべきマイタケ料理に手を出そうとしたエルフには容赦なかった。
メーアは香りのもとを辿るように道を進んでいく。
露店街の人気屋台がある通りより、一本隣の人通りが少ない道。活気がない代わりにトゥーンフィッシュの揚げた匂いが強く漂っている。
香りのもとを出している屋台を見つけた。
黒い屋根の屋台で、太ったフロイラインが満面の笑みを浮かべて、常連客と思しき客と談笑をしている。
「あんた。この辺りでは見かけない顔だね」
暖簾をくぐる前にメーアに話しかけてきたおばちゃん。
「ええ。いい香りがしてきたから寄らして貰ったわ。一見さんお断りかしら?」
「そんなわけないよ。大歓迎さ」
高級料理店では、【一見さんお断り】を掲げる店が多い。そういう店には常連客に紹介して貰わないと入れないが、流石に露店ではない。
メーアもそう思っていたがトゥーンフィッシュ料理を出しているので、念の為の確認だった。
おばちゃんは、ムサイ常連客に席を譲らせ空いた席に勧める。
ムサイ常連客は、こんな美人さんなら大歓迎だと、エールが入ったジョッキを持ちながら席を譲ってくれた。
空いた席にありがとうと微笑んで座る。
ここの常連客は、ムサイ酔っ払いなだけで美人さんに粉を掛けるような事はしないようだ。
「女に不埒なことをするやつは、追い出してるさ」
おかげで暴力オバサンとか揶揄されて表通りから追い出されたと笑いながら答えてくれた。
こういう人柄を好ましいと思うメーア。だからこそ、気の合う常連客どうしの歓談の場になっているのだと思う。
『いい雰囲気の露店ね』
早速、トゥーンフィッシュの揚げた香りについて聞いてみる事にした。
「本物のトゥーンフィッシュを使っているよ。ただし、クズとして捨てられるところだけどね」
トゥーンフィッシュの取引価格は、身に甘く柔らかいスジ(脂質)が適度に入った量とマーブル状に身全体に回っているかで決まる。
それを確認する為、尾から数センチノ所を切断し断面を見て乗り具合を確認する。
その時に切断された尾についている身がクズとして捨てられる。
おばちゃんは、魔法潜水士である夫のツテを使って、タダで仕入れているのだ。
トゥーンフィッシュの揚げ物としての統一された品質はないが、美味しさは変わらない。それにスジの入れ具合を見て揚げ加減をしている細やかさだ。
これは期待できるとメーアは思う。
トゥーンフィッシュの揚げ物とそれに合う酒を注文した。
あいよっ!と威勢の良い声で注文を受け、調理し始める。
魔法冷蔵庫で保存されたトゥーンフィッシュの尾から身を削ぎ落とし、包丁で軽く叩いてスジを切っておく。削ぎ落としたいくつかの身を長細い形に成形、溶き卵、小麦粉、パン粉の順に薄く付けていき、油で揚げる。
メーアの鼻孔をくすぐる。
揚げ時間は、それほど長くはない。表面が軽く狐色になった感じで油から揚げる。
皿に千切りのコールと揚げたてのトゥーンフィッシュの揚げ物を二つ乗せる。
「あいよ。酒は安酒だけどファスビーアが一番だよ」
ジョッキごと冷やされたファスビーアがどんと置かれる。
生ビールとは珍しい。一般的に発酵処理したほうのエールだ。
メーアにとっては初めて飲むファスビーアと言うわけではなく、味わいと喉越しの感覚は良く知っている。
確かに揚げ物の油を舌から洗い流して、再び揚げ物の美味しさを味合わせてくれるはずだ。
「コールを先に食べてから食べるといいよ。私みたいに細くなれるよ」
どこがだよっと常連客から総ツッコミが入り爆笑となる。
まー、細いと言えば細い。女冒険者と比べれば。
メーアは、おばちゃんの勧めにならって千切りのコールから食してからトゥーンフィッシュの揚げ物を一口食べる。
噛んだ瞬間から油で熱せられて溶け出した脂質が舌先に乗る。確りと感じる甘みが舌を包み込み、トゥーンフィッシュの身が咀嚼されて渾然一体となって喉を通る。
「美味しいわー」
高級料理に遠く及ばないだろうけど、手軽に食べられる家庭料理を完全に昇華していた。そう、劣化や退化ではなく昇華だ。
そして、ファスビーアを飲むと舌を洗い流し、かつトゥーンフィッシュの甘みを完全に消し去る。
そして、次の一口。
これはいくらでも食べられる。止められない止まらないの永久機関やー。
「姉さんいい食いっぷりだねー。俺からもファスビーアを奢らせてくれ」
ムサイ常連客の一人が、真っ赤にした顔でおばちゃんに注文して、メーアが飲み終わった頃に出してくれた。
その間もその後も、おばちゃんと常連客たちと楽しい談笑で美味しい料理が進んで行った。
『ランチは、ここが一番ね』
そう昼を過ぎたとはいえ、まだランチタイムと言っていい時間帯。その時間に飲む酒に美味しい料理は正義と言っても良いだろう。