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1−2 このシュティーア・ブルストめ!

一泊銀貨一枚の中級宿屋に十日分を先払いして予約したあと、冒険者ギルドに向かった。

ギルドに向かう間、物色から観察するような視線に晒されたが、先程のように声を掛けてくる者はいない。

もう噂として流れていた。しかも身体的特徴【男より背が高くて細身の女冒険者】が、この街では珍しいので直ぐに分かってしまう。

冒険者の言う細身とは、男勝りの筋肉量や横幅が太いマッスルボディーではないと言う意味で、スレンダーの事ではない。

ギルドの扉を開けて中に入ると、ギルド職員がいる窓口に向かう。

やはりここでもクエストを物色していた男女の冒険者の視線を向けられる。男冒険者からは物色するような視線、女冒険者からは差別的な視線と妬みの視線を送られる。

やれやれと嘆息するメーア。


「いらっしゃいませ。本日はどの様なご用件でしょうか」

女ギルド職員は、流石に営業スマイルだ。顔の筋肉の一部が痙攣しているのは気にしないで欲しい。


「今日、この国に来たばかりだから、活動開始手続きをして欲しいの」

いわば足跡のような物である。

クエストを行えば、実績として名前と内容が記録として残る。その記録の最初のページに活動開始日とメーアの名前が書かれる手続きである。そして、ギルド長の印鑑が押される。

これにより、ギルドはどのくらいの人数の冒険者が滞在しているか確認できる。また、クエストで亡くなった冒険者がいた場合、特定もしやすくなる。

ギルド職員は、テキパキとメーアの活動開始手続きを済ませる。


「これで何時でもクエストを受けることができます。今からクエストを受けられますが、もう昼を過ぎていますので良いクエストが残ってないですが」

朝から晩まで時間が掛かるクエストが多い為、朝一でギルドに来ないと無くなってしまう。ここで油を売っている冒険者たちもクエストを取りそこねた連中で、ほとんど来ない様な数時間のクエストが張り出されるのを待っているのだ。


「それなら、ギルド長発行の特別クエストや緊急クエストはないかしら」

「失礼ですが、特別クエストや緊急クエストは、その危険性から指定されたものですのでAランク冒険者以上の方ではないと」

女ギルド職員も先の男どもと同じ様に見かけでDランク冒険者と見なしたのだ。これはしょうがない話である。

ギルド職員がよく見る女冒険者のイメージは【男勝りの筋肉量のムキムキで腰の幅が二倍以上ある女】で、そこから大きくかけ離れているメーアを薬草の採取しか許可されてないDランク冒険者と判断したのはしかたが無いことである。


「女性冒険者の怨嗟の声が聞こえると思って来てみたが貴方だったか」

「久しぶりね。ギルド長」

二階のギルド長室に一日中閉じこもっているギルド長の登場で職員だけでなく冒険者たちにもどよめきが起こる。

そして、明らかに数十年年上であるギルド長に対して親しげな態度に、どよめきに輪をかけた。


「窓口は他の職員に任せて良いから、君もギルド室に来なさい」

「は、はあ」

ギルド長の対応を疑問に思いつつも、他の職員に窓口を交代してもらい、メーアと共にギルド長室に向かう。

クッションが効いた座り心地の良い椅子にギルド長が座り、高級感溢れる長机に指を組んだ手を置く。

接待も兼ねてる部屋のため、クッションが効いた高級長椅子にメーアが座る。

職務中のギルド職員は、ドアの直前で緊張した態度で立っていた。


「今回は、どんな様な目的でこの国に来たのですか」

職員は、メーアに対して敬語で話すギルド長に驚く。

ギルド長の職に就く者は冒険者として功績を残し引退した者。つまりは現役冒険者はヒヨッコ同然の後輩になるので敬語なんて使わない。

そんなギルド長が敬語を使うほどの女冒険者とは、どんな立場の者なのかと思案する。


「気楽な旅をしているだけよ。目的なんてないわよ」

「貴方が来ると何かしらのトラブルが起きるって、とある方も懸念されているんですよ」

「私のイメージってどんなよ。ふー、目的ではないけど、今代の勇者を見に立ち寄っただけよ」

勇者とは魔王を倒し得る存在。神より祝福ギフトされし人族を超える力と知識を持つと言われている。

それ故に数百年に一人しか勇者は誕生しない。

今代の勇者は、Sクラス冒険者を卒業した者でその武勇は他国にも伝わっていた。

つまり魔王にも伝わっており、小規模戦争を繰り返すことでこの国の国力を下げる方法を取っている。

国王としては、獣王国との混成軍で勇者を旗印に大規模戦争を起こし魔王国を滅ぼしたいのだが、その小規模戦争のおかげで軍人の数が増えず、ここ数年は勇者の出番はない。


「それは無理ですね。勇者は、常に王城に居住んでいるのでこの街にいませんし、城に行っても面会出来ないと思いますよ」

全国民がその容姿をよく知っている。それは、ギルドがAクラス以上で功績を残している冒険者を宣伝に使っているからだ。

特に今代の勇者の功績は、一つ一つが評価が高く派手な活躍もあって国民に熱狂的なファンができるほど人気があった。

メーアが他国にいたときに興味を持ったのも、その派手な功績内容だからだ。


「目的ではないって言ったでしょ? それより旅費が欲しいのよ。緊急クエストないかしら」

ギルド長の承認が必要な特別クエストや緊急クエストは、死へのリスクが高い上にAクラス以上で、しかもパーティーを組むことが前提のクエストである。

特に緊急クエストは、魔物や魔獣などに大量発生、群の数が警戒レベルを超えたときに、国または街のギルドが発行するもの。

翻って、それほどの魔物や魔獣が発生したとなると国民が同様しパニック状態になる可能性があるため、極秘に行われる。ギルドの記録に残るが公になることはない。

唯一公開を余儀なくされた緊急クエストがあった。

それは、今代の勇者がとそのパーティーのみで行ったクエストで、【大量発生したベヒーモスの討伐】と言うもの。

ベヒーモスの発見が遅れて進路上にあった数十の村が破壊されたあとだったため、国民の不安を払拭するために公開された。

その後、冒険者を卒業し勇者の称号を正式に得た。王宮に居住んでいるのも一部熱狂的なファンから逃れるという意味もある。


「緊急クエスト? 通常クエストはもう無いのか?」

「あ、はい。収入の良いクエストは午前中のうちに。薬草の採取ならいくつかありますが」

ギルド職員は、恐縮気味に答えるが、女冒険者に対するギルド長の態度に疑問を持つものの、見た目の評価からDランク冒険者と考えていた。


「薬草採取? ああ一見では分からないだろうな。身分証は見たのか?」

「いえ、まだ確認していませんでした」

張り出されているクエストには、適正ランクの記載がある。

この適正クラスというのは、命を落とすリスクが最小で済む最低ランクのことで最低パーティー人数も併用されている。

冒険者たちは、自分のランクにあったクエストを選び受付で手続きを済ます。このときに初めて身分証の提示を求められ、ギルド側の適正確認後許可が下りる。

この街にいる冒険者は、そのほとんどがこの街をホームにしているので、ギルド職員たちにはその実力を知られている。実際は身分証の提示はなく顔パスになっていた。

特別クエストや緊急クエストは、一般公開されないのでメーアのように職員に聞く必要がある。

通常クエストとは逆の手順になるのでギルド職員に適応能力があるか見極める権限が与えられている。それも、この街に来たばかりの冒険者に許可されることはない。

ギルド職員の対応は、マニュアルに則ったものなので問題はない。

ギルド長もそこは咎める気は気はないのだが、誤解してるのかギルド職員の方が緊張しているようだ。


「咎めているわけではないよ。身分証を見せてくれないかね」

メーアは、胸元の深い所か身分証を取り出すとギルド長にカードを投げる要領で渡す。

その取り出し方を目の当たりにしたギルド長に頬を染め咳払いして誤魔化す。

冷たい視線を送るギルド職員にメーアの身分証を手渡してランクを見るようにと伝える。


「え、Sクラス冒険者!? 私、全てのSクラス冒険者の顔を覚えてますが、この女…いえこの冒険者は知りませんが」

ギルド職員ならば誰でも知っているSクラス冒険者の顔と実績。顔は国民だって知っている。


「正確にはSクラス冒険者ではない。その隣に何か書いてあるだろう?」

「アプゾルヴィールング。卒業者?」

「彼女は、もうひとりの、いや()()()()()()だよ」

冒険者を卒業する卒業者は、少ない。

普通は、冒険者としての大怪我などで能力を低下させるか歳による体力の衰えなどの理由で、()退()する。ギルド長はこれに当てはまる。

卒業は、国家が人族にとって希望となる者と認め、かつそれに価する戦果を示した者を言う。勇者がこれに当たり、冒険者は廃業する。


「待って下さい。卒業者は、勇者様ひとりのはずです」

「そう、ひとりだけ。君もこの部屋に呼んだんだ理由が正にそれだ」

ギルド長の表情が険しくなる。

圧力が掛かるような視線にギルド職員は、喉を鳴らし冷や汗を書き始める。


「他言無用って事だ」

頷くギルド職員。


「別に誰かに話しても誰にも損は出ないわよ」

「とある方の胃に穴が空きますよ! 俺のもね!」

ギルド職員は、漸く【とある方】が誰の事なのか正確に理解した。ギルド長が秘匿すべき情報、もしかしたら人族国家間の秘匿すべき情報が公開されて胃に穴が空くのは、トップだろう。

翻って、【同じ卒業者である勇者様より重要とされる存在。人族の最後の砦では】と理解する。


「結局、緊急クエストを受けさせてくれるのかしら?」

「そうでしたね。ありますよ、緊急クエスト。それも国王様発行の緊急クエストが」

鍵が掛けられた長机の引き出しから、紅い封蝋に王族の封蝋印が押されたクエストを取り出す。緊急クエストは、薄いピンク色の紙に書かれる。


「それは、報酬が高そうなクエストね。どんな依頼内容かしら」

メーアは気楽に言っているが、国王発行のクエストとと言うのは、【この国にとって存続を危ぶむほどの驚異であり、他のクエストよりも優先し完遂必須でなければならない】もの。

その重要性から全国のギルド本部・支部に通達され、ギルド長の責任で条件に適する冒険者を選ばなければならない。

今回の緊急クエストには、どの支部のギルド長も頭を悩ませていた。上位のАクラス冒険者のパーティーでも不足と思われる内容だからだ。


「大型リントヴルム一体の討伐ですよ」

「下級ドラッヘに属するリントヴルムですか?!」

ギルド職員が驚くのも無理はない。

ドラッヘ・竜は、全種族の上の存在でこの大陸を支配する神のような存在。魔王でさえ役不足と言える。

有名な逸話では、エルフと獣人の国に悪竜一体が現れエルフ獣人連合軍にて討伐したとされる。このときの悪竜が大型リントヴルムで、連合軍の被害は七割を超えたと言われている。


「それは冒険者に依頼するものではなく、軍が対応するものではないですか!」

「ああ。だが、今は魔王国との小規模戦争の最中だから、こっちに回って来たんだよ」

「Sクラス冒険者が何人いても、討伐なんて無理だと思いますが」

「討伐とは書かれてない。この国から追い払えれば良いとの事だ。できれば魔王国に押し付けてくれとも言われたがな」

「無理でしょ…」

軍も動かせない状態でリントヴルムに対する方法は、現れた地域の住民を疎開させリントヴルムが去るまで、ひたすら待つのが普通だ。

今回は、魔王国との小規模戦争が続いているため、国力を下げるわけにはいかず、リントヴルムが土地を破壊するのを止める必要があった。


「まー。人族だけでは無理ね。でもこの国は獣王国と同盟関係にあるでしょ。そっちの冒険者にもあたってみたら?」

「ギルド経由で依頼はしてますよ。ただ色のいい返事は来てないですね」

「自国で被害が出てないからでしょうね。他族のために命を掛けるバカはいないってことね」

ギルド長は、腕を横に広げて肩を竦めた。つまり、色のいい返事が来ていない理由がそれと認識している。


「良いわ。そのクエスト、受けるわよ」

「助かります。ですが、貴方ひとりでは、流石に無理でしょう。必ずパーティーを組むと言うことなら許可しますが?」

言外にパーティーメンバーを用意できなければならない許可が下りないと言うことだ。

メーアはひとりでこの国に来ている。条件にあうパーティーメンバーはいない。


「昔のパーティーメンバーを連れて行くわ。それなら問題はないでしょ?」

「あの方々ですか。ですが、それぞれの国で重要な役職に就いていると聞いておりますが?」

「ひとりだけいるわよ。一緒に旅をしていたんだけど、この国には入れなくて前の国に滞在しているわ」

この国に入れないということは、人族ではないことを意味する。同盟関係にある獣人は入国許可が下りる。

それ以外の種族であると言うことだ。

つまり、このクエストを行うには、この国にとって敵種族を入国させることになる。そう言う実績は作らない。

ギルド長だけではなくギルド職員も、そこに思い至っている。


「もしかして、リヒト殿ですか」

「そうよ。あいつならパーティーメンバーとして問題はないでしょ?」

「私には手に余る判断です。国王様に判断を委ねます。ギルド長の押印はしますが、国王の判断で不許可が下りたら失効すると考えて下さい」

「それで良いわ」

緊急クエストにギルド長のサインとギルド印を押し、丸めて封をしてから身分証と一緒にメーアに渡す。

メーアは、クエストの紙と身分証を胸の深いところに押し込む。

ギルド職員は、メーアの胸はどうなっているのかと問いたい気分である。同時に呪いを掛けたくなる。

【このシュティーア・ブルストめ!】

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