1−1 何者なんだ。あの女
25日9時過ぎ。誤字を修正しました。
---パラディース・アウフ・エールデン
人族のみならずエルフや獣人、亜人や魔族、そして竜族が大陸の覇権を争う世界。
その世界は、民族紛争から国家間の戦争、勇者と魔王との争い、悪竜とエルフ獣人連合軍との争い、その他様々な形で紛争が起きている。
大陸に住まう人類が覇権を争う様になった原因を作ったのは、数千年前の三色竜王同士の争いにより全人類が五分の二にまで減少したことによるものだ。
大陸のいたる所が荒れ果て食糧生産が悪化、さらに人々との交流が希薄となり単一種族主義が台頭、異種族は悪と言う思想が広まったのが要因だった。
そして、現在。三色竜王同士の戦いが再び始まると言う噂が実しやかに流れている。
■◆□◇
パラディース大陸の南方に三大国家の一つフランクライヒ王国がある。港街オンフルールは、人族と獣人族の貿易で潤い人々の交流が盛んである。
単一種族主義国家ではあるが、隣接する獣王国との同盟を結び、紛争ではない方法で国に富をもたらした国としても一目を置かれている。
一目を置かれていると言っても好意的なものではなく、寧ろ忌避に近い扱いである。
国民には富と平和をもたらした賢王として支持されているが、他国からはその異端な思想からこの世界の人ではない【異世界人】と言う侮蔑の意味を持つ異王と呼ぼれている。
国王は、異王と呼ばれようと獣王国と手を結ぶ必要があった。
獣王国とフランクライヒ王国に国境を接する三大国家の一つザータン魔王が君臨する魔王国があるからだ。
人族では何百万人の精鋭軍人でも魔王率いる魔王軍には勝てないからだ。そこで、同じように驚異に晒されている獣王国と手を組み同盟を結んだ。
人族と獣人の混成軍一千万人ならば、魔族軍の襲来において少なくとも防衛は可能になる。
近数十年は、小さい衝突程度の戦争があるだけで国民は平和を甘受していた。
オンフルールは、人々で賑わい獣人との商売が盛んになり、税収面において国を支える大都市である。
国家間で紛争があっても国家間の人々の往来が全く無い訳ではない。少なくない入国税を払い入国審査を受ければ入国ができる。
入国審査を受ける人々の列には、自分の命を担保に大金を稼ぐ冒険者たちが多い。
やっと自分の番が回ってきたと嘆息する美女。一見冒険者と思えない身なりだが、冒険者ギルドの身分証を提示されて審査官も納得する。
婚期が過ぎた二十歳過ぎに見えるが、若々しい上に城が傾く人外の様な美貌の持ち主。
人族の男性より頭一つ分は高い背に釣り合うような細長い脚。戦闘には邪魔になりそうな大きな胸、いかにも力がなさそうな腹筋と腰の細さ。
何よりも服装が、軽装備よりも更に軽装で、胸当や肘当てなど防御すべき急所に防具があるものの、兜や面をつけておらずへそは丸見え状態だ。
そして、剣や杖などの武器を持っていない。
審査官が最初当惑したのは、それが理由だった。
「これで最後だ。この龍眼晶に触って種族名と名前を言うように」
龍眼晶とは、全ての偽りを暴く龍眼の力を宿す水晶で、魔法による偽装や人に化けることができるアイテムなどを全て看破できるうえ、盗賊など犯罪者が得意とする行動や言葉による偽装も看破できる。
「人族のメーアよ」
試験官は二度目の驚きを見せた。
龍眼晶は、虚偽が無いことを証明する表示と彼女の素性も冒険者であることを証明したので問題はなかった。
驚いたのは、彼女が発した声だった。男性より背が高いので声が低め程度なのは理解できる。
良く例えれば、妖艶で魅了される声。悪く例えれば、おばさん臭い声。
容姿と声質とのギャップに驚いたのだ。
「最後に。その結っている髪を解いて」
「なぜかしら」
「この国では過去に龍眼晶の審査を欺いた者がいたんだ。そいつは竜人族だったのさ」
数百年前、この国が建国されて間もなくの頃、龍眼晶による入国審査を導入したばかりで熟練の審査官がいなかったこともあり、とある竜人族の男性に人族の偽装したまま入国されたことがあった。
その偽装方法は、単純でかつ人道的に反するやり方だった。人族男性の手を持ち込み、その手でその男性の名前で龍眼晶に触れたのだ。
その事件以来、種族的特徴を隠すような衣装や髪型をした入国者に対して指導することになった。
メーアの場合は、ロングツインテールが竜人族の特徴である角を隠していると判断された。
「女性のおしゃれを否定する国って、どうなんでしょうね」
不快に思い文句を言いつつもツインテールに束ねていた髪留めを外して解く。
解放された髪は背に流れ、腰のあたりで毛先が弾む。
両耳の上、竜人族ならばある天を刺す用な鋭利な角は、そこになかった。
「これで良いかしら」
「ああ、結構だ。これは滞在を許可するヴァイス許可証、銀貨二枚で一ヶ月有効だ。傭兵として働くならば専用のロート許可証になるが?」
「必要ないわ。観光のついでに旅費を稼ぐだけだから」
冒険者が稼ぐ方法は、二つある。
一つは、国に傭兵として雇われる仕事で、小規模の戦争で成果を上げる事で、大きな収入を得られるが命を落としやすい。
もう一つは、知能を持たない魔物や魔獣の討伐で、パーティーを組めば命を落とすリスクを最小に抑えることができる。その代わり収入は低い。
とはいえ、生活費を稼ぐだけならば、討伐の方が命を落とすリスクを下げられるので、九割以上の冒険者がこの仕事をしている。
メーアは、銀貨を二枚払いヴァイス許可証を受け通り胸の谷間に収め、解いた髪を再びロングツインテールに結ってから手を振ってその場を去る。
オンフルールの町並みは、白い石造りの町並み。
商館街は二階建ての館が多いが、露店街は布を屋根した簡素な作り。活気に満ちてるのは、獣人の商人がいる露店街の方。
その活気の中を露店で買ったリンゴを齧りながら、走り回る子供達を避けながら雰囲気を愉しむ。
「果樹は獣王国産、野菜は国産かしらね」
メーアは、評論家ではないが土地の特産を愉しむのが旅の醍醐味だと思っている。世界中を旅している中で、その味と特徴を覚えていた。
ギルドの館があるのは、露店街の先にある冒険街の中央。酒場や娼館もその区域に集約している。つまりは荒くれ者が多い街である。
そんな冒険街なので、国王は子供たちが犯罪に巻き込まれないように、情操教育に悪影響を与えないようにと、簡素な塀で囲んでいる。東西南北の門から通行証を提示することになっている。
通行証は、外国から来た冒険者の場合ヴァイス許可証かロート許可証が通行証代わりとなる。
門を守衛する衛兵にヴァイス許可証を提示して、冒険者街に入った。
入ってすぐに娼婦の薫りと酒の香りが漂ってくる。
昼間から女を抱き酒を食らうのが冒険者の仕事と言わんばかりに賑わっている。
命を対価にする事への恐怖や不安を女を抱くこと酒に酔うことで紛らわしている。
情けない話しではあるが、人族と言う底辺に近い弱い種族ゆえの心の弱さだろう。
メーアは先に宿屋に予約を入れることにした。
宿屋に向かう途中で男臭い冒険者達の視線を浴びることになった。
『毎度のこととはいえ、うんざりするわ』
冒険者は命を対価に金を稼ぐゆえに、男性冒険者が九割を占める職業。残りの一割が女性ではあるが男の様に筋肉モリモリで腰の幅が広い女性冒険者の方が多い。
メーアの様な美人でスタイルが良い冒険者は皆無に近い。その為、物色する視線か色目の視線かエロい視線かが注がれている。
ヘソ出しの防具を装着しているメーアの方が悪いとも言えなくもないが、当人は周囲の男性を誘っている様に見えてるとは思っていない。
体のラインが出る薄い服装でウェストの細さが分かるヘソ出しは、娼婦が男を誘うときの服装だ。
案の定。エロい視線を送っていた男性三人パーティーが寄ってきて声を掛けて来た。横幅が、細・中・太で何れも欲情を隠さない顔をメーアに向けている。
「やー。おねぇさん。宿が決まってないなら俺たちの部屋に来ないかな」
「もちろん、タダで泊まらせてあげるよ」
「ゲヘゲヘゲヘ」
男たちは、逃げられない様にメーアを囲む。いきなり身体を触って来ないところを見ると一応の分別はあるようだが、ゲヘゲヘゲヘ言っている太った男は股間に手を当てて劣情を隠そうとしていない。
こんな誘い方で乗ってくる女なんて、里を出たは良いが仕事がなく金銭的に困り果て寝床さえ確保できないような田舎者か、誘ってきた男どもを色で手懐けて暗殺者に仕立てあげる他国の間者ぐらいだろう。
「はあ。せめて劣情は隠して欲しいものだわ。乗る気はないけど」
メーアは大きく嘆息し、前を塞ぐ太った男の横を横を通り抜けようとすると、その太った男が体当たりしてきて、逆に倒れ込んだ。
「痛いよー。足の骨が折れたよー。ゲヘゲヘゲヘ」
そう言いながらも押さえているのは股間。
「治療に金貨十枚ぐらいは掛かる怪我だね」
「払えないと言うなら体でも良いんだぜ」
他の二人は、足の骨が折れていると言っている仲間に近寄ろうせずにメーアの行く先を妨害して止める。
ガールハントが出来ないと思ったのか、当たり屋紛いな行為で脅し始めた。
『最低な男たちね』
女とはいえ、ここは冒険者街。娼婦でなければ、それは冒険者である。
屈強そうに見えない女だから、争い事になっても自分たちの方が有利だと判断したのだろうとメーアは思った。
「喧嘩を売るなら見た目ではなく技量を見抜く目を持った方が良いと思うわよ」
「んだと、こらーっ!」
「俺たちは、Aランクの冒険者様だぜ。そんな筋肉もない女が勝てるわけないだろう」
「ゲヘゲヘゲヘ」
ギルドは、身分証を見せびらかす。
ギルド発行の身分証には、自分の名前や素性など書かれているだけでなくランクを示す文字が大きく掘られている。
その素材もAランクならば、希少金属のアダマンタイトで作られている。
強さのレベルを例えるならば、小規模戦争で先陣をきって圧倒できるレベル、魔物のならば大型魔物を狩れるレベルである。
つまり、このバカども…もとい男どもは、十二分に強いのだ。強いからこそ、自分たちより背が高いとはいえ筋肉もない弱そうな女に見えたのだ。
「Aランク冒険者も落ちたわね」
Aランク冒険者は、品格を兼ね備えた者のほうが多い。はずである。
命を対価にすることへの恐怖や不安はストレスになりやすい。その為行動や言動が荒くなり荒くれ者が増えていった。
ギルドは、そのイメージを変えるため上から二番目のAランク冒険者には品行方正であることを求められ、イメージアップの為にAランク冒険者の功績と姿絵を公開して英雄として宣伝することがある。
因みに、この三バカ…もとい男どもは、その宣伝対象となるほどの功績は残していない。Aランク冒険者を維持する為の最低ラインの魔物や魔獣討伐をこなしているだけだ。
「そう言うお前こそ、どうせ最低ランクのD止まりだろう」
「生意気なことを言わずにAランク冒険者様の言うことを聞いていれば良いんだよ」
「ゲヘゲヘゲヘ」
いっこうに靡こうとしないことに苛立ち、Aランク冒険者であることを笠に着始めた。一人変わらない太った男もいるが。
二人の男はメーアの腕を片方ずつ掴みに行き、太った男はヘソ出しの胴を抱きに行く。
ここまで完全に傍観者で成り行きを見ていた物色する視線を送っていた男たちが止めに入ろうと駆け出す。
数秒後には、二人の男が腕を取りに行った勢いのまま、おでこを同士を激しくぶつけ気を失い、そのまま太った男の上に覆いかぶさり、二人分の重さで地面に叩きつけられて気絶した。
メーアの姿がない。消えたように傍観者たちも見えた。
しかし当人のメーアは、数歩先を歩いていた。
何が起きたかさっぱりで、ぼうっとする傍観者たち。
「何者なんだ。あの女」
そう呟くのが精一杯の結果だった。